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《入場料1万セオンは流石に高いと思ったが、コレを見ると極めて良心的だったのがよくわかるわ》
アルムが図書館の1階フロアに入ると、見渡す限りズラーっと本が並んでいる。全体的に天井はかなり高めで、床にはカーペット敷かれていて雑音を吸収する。またフロアの奥の方は隣接した別館の閲覧スペースに繋がっていた。
「(こんなに沢山本があるんだね)」
今日アルムがあたりをつけているのは、帝国の歴史と貴族に関する書籍。本当は魔獣や魔法などの書籍を読みたいがそちらは閲覧レベルが2段階目になってしまうので更に10万セオン徴収されてしまう。なのでアルムは今日は出来るだけ1階層のフロアで粘るつもりだった。
「(えーっと、帝国史の区分は………………)」
本棚についた館内案内を頼りにアルムは歩いて行き、めぼしい本を何冊か抜き取る。それは古めかしくも馬鹿でかい本で、それが数冊重ねただけでもかなりの大きさと重量になる。アルムは魔法で身体を強化しつつそれを持ち上げて、更に本を探していく。
そして百科事典の様なレベルの大きさの書籍を15冊ほど抱えてスタスタと閲覧室に行くと、閲覧室の受付にいた従業員がギョッとした様な顔をする。
「これを貸出でお願いします」
「こ、コレ全部ですかぁ?」
アルムが受付の台に本を載せると、従業員は顔を痙攣らせる。そして重い〜と呻きつつも全ての本を確認する。
「ーーーーーーーーーと、最後に『帝国に於ける勇者の遺産』の計15冊ですね。規則に従って閲覧をお願いします」
「わかりました」
アルムはヒョイッと本を纏めて持ち上げると、手前の机に乗せて1番上の本から読み始めた。
それはシアロ帝国を理解する上でも欠かせない存在である“勇者”の活動について纏められた書籍、『帝国に於ける勇者の遺産』である。
勇者という存在は、およそ300年前の人物である。
とある国の姫君が神の手を借りて召喚した特別な力を持った人間、それが勇者だ。
勇者の召喚の目的は神々同士の戦争、クロラグナを食い止める為。
300年前、とある神の1柱が魔法に秀でた人形生物を従えて世界で猛威を奮い始めた。その神は魔神とされ、それに付き従う人型生物は魔人と呼ばれた。
その神と魔人は数多の教団に攻撃を仕掛け、それを元に宗教間での争いが勃発し戦禍は世界に広がった。
その中でとある国の姫が自らの異能を用いて、神の協力の元で神の眷属に等しい人間、通称“勇者”を召喚して争いの大元である魔神一派の制圧に乗り出した。
本格的に神々同士の衝突が起きたら世界はあっけなく終わってしまう。大ごとになる前になんとかそれを食い止めねばならない。その為に数々の国が手を組んで大儀式を執り行い、精霊に匹敵する力を持っていたとされる勇者を召喚したのだ。
勇者は召喚された後、シアロ帝国のある大陸の西端から出発して各地で争いを治めていき、東へ進み魔人達を東側へ追い詰めていった。
そして神々の協力の元、勇者は魔神を大陸東端で封印した。その封印の後は今もなおシアロ帝国に残されている。
また、魔神が封印された一方で信奉する神を失った魔人達は力を大きく失った。創造主に従っていただけの彼らは神の封印後に勇者の対話に応じて、勇者に協力していた神々に改宗する代わりに庇護を求めた。
勇者をその申し出を受け入れて、魔人達には償いをさせる為に自分に同行させて各地の復興に努めた。そして勇者はその先々で色々な女性と関係を持った様で、勇者の子孫を名乗る者達は国どころか世界に散らばって行った。
因みに“魔人”とはそのまま現在の異種族の代表格の一種族である魔人種の事である。300年もたてば当時の者はとっくに亡くなっており憎む様な者も一部だけ。彼等も真摯に復興に取り組んだので今は大規模で派手な魔法が得意な種族として市民権を得ている。もう取り除くには不可能なレベルで人口が増えているのだ。
そして神の封印から30年以上に渡る復興の末に、勇者は1番最初から自分の傍らに寄り添い続けた召喚者である姫君との間に子をもうけた。それがシアロ帝国の皇帝の先祖とされている。
勇者は復興事業の最中に、製紙技術や活版印刷、農耕技術など画期的な技術を生み出すのみならず、医学、武霊術、数理学、天文学などの発展にも寄与。食文化の発展にも尽力し、チェスというゲームも勇者の残していた手記から生み出された物とされている。
《ん、待て。『チェス』?》
「(うん、貴族の間では凄い昔から遊ばれてるみたいでね、豪商でもプレイヤーは多いのかな?ルールとかは全然知らないけれど、白と黒の小さな彫刻を動かすゲームらしいね)」
アルムはそう説明するが、違う違うとスイキョウは言って、動揺を隠すと慎重に問うた。
《…………………アルム、発音は『チェス』でいいんだな?》
「(そうだよ、『チェス』だよ)」
スイキョウはアルムの体に居ついてから、アルムの記憶がある程度共有されているのでそれを通してシアロ帝国公用語で会話していた。そこに聴き慣れた音の並びが聞こえる。そしてその内容もスイキョウにとって想像に難くない物だった。
「(…………どうかした?)」
《いや、聞いたことある気がしたんだが、気のせいだった。邪魔してすまん》
そう?とアルムも軽く流すが、スイキョウは完全に沈黙してあきらかに何か思案している。それもアルムが今までで感じたことのない精神ブロックの強度で何かを考えている。このダンマリ加減についてアルムはふとスイキョウの初期のことを思い出す。
「(確か、自分の故郷について聞かれるといつもこんな感じだった様な)」
なんでも調子良く答えてくれるスイキョウが唯一語らないエリアが、彼自身の故郷について。アルムはスイキョウに負い目を感じて以後その質問は一切しなくなったが、スイキョウから一瞬だけ伝わった動揺はこれまでで最大だった。
『チェス』には何かあるのか、それともその音の並びが重要なのか、何か故郷に関わっている事なのか。
アルムは悶々としつつもスイキョウには聴けず、ページをめくっていくスピードは少し上がるのだった。
◇
「(ん〜〜っ!……………読み終わったあああ)」
パタンと最後の本を読み終えて閉じると、アルムは大きく伸びをして体を解したり酷使した目を解したりする。
《お疲れさん。昼食も食わずに凄い集中力だったな》
「(あまり時間もかけていられないしね〜。でももう日が暮れちゃってるかな?お腹が痛いくらいに空いてるよ)」
アルムは朝から読み始めてなんと百科事典級の15冊全ての本を読了した。
スイキョウへの色々な疑問を押し出すためにも、より本を読むことに集中したアルムは周りが奇異の視線で見つめるのも気に留めずずーーーーーーーーっと本を読み続けていた。
だが知識欲の塊であるアルムにとってロングランの読書は特段苦痛でも無かった。
本を受付で返却すると、アルムは足早に図書館を出た。
「(わあ、凄い明るいよスイキョウさん!)」
外に出てみると既に日は暮れていたが、街は街灯で煌々と照らされている。アルムの街では見たことのない光景に思わずアルムは胸中で歓声を上げた。
街で見かける人種も様変わりしており、アルムは別の世界に紛れ込んだ気分だった。
《様々な種族がいるとこうなる訳か。まあ夜行性って種族はいそうな感じはしたけどな。それでも多いな》
しかしここはまだ図書館の裏手、中央のエリア。北の商業エリアはアルムのいるところから見ても煌々と輝いており、屋台から出る煙が立ち上っていた。
「(行ってみたい気はするけれど、さすがに夜にあそこをフラフラしないでくれってドンボさんも言ってたよね)」
《今日は素直に帰っとけ》
「(おっけー)」
まだまだこの街には沢山面白そうなものがある、そう思いながらスキップする様な足取りでアルムは図書館を後にした。




