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「魔法、ねぇ…………」
アルムボディのスイキョウはベッドに寝転んで疲労した体を癒しつつ、右手を天井にあげる。
当然ながら肉体疲労は引き継ぐので、スイキョウとしてはアルムの前では強がってみたが正直気だるい。だがスイキョウは疲労からあることに想いを巡らせる。
肉体交換の実験は色々な条件下で行われた。当然、スイキョウが魔法が使えるのかもチェックした。結果的には、残念ながら全く使えなかったのだが。
いくらスイキョウといえど、最初はその落胆もかなり大きかった。珍しくアルムにキツイ言葉を言いかけたぐらいにはショックを受けていた。『ファンタジーと言えばチート魔法無双やろがい!』と勝手にごねてアルムを困惑させ、大人気なく丸3日も拗ねていたといえばどれほど落胆したかはわかるだろう。
しかし、そんなスイキョウにかすかな希望が生まれた。
「精神疲労が継承されない……一体これはどういうことか…………」
魔法を使う為の燃料のようなものが精神エネルギーである魔力だ。当然、エネルギーなので使いすぎると肉体疲労とは違った疲労感が発生する。しかし、不思議なことにこの疲労だけは肉体交換時に引き継がれない。
ここでスイキョウは1つの仮説を立てる。
魔力の源は精神、それに準ずる魂。つまり精神なのか魂なのかはわからないが、とにかく交換された時に、魔力だけは肉体が引き継がないのではないか。
更にここから考えられるのが、精神が違うとなれば魔力の質も変化するということ。つまりスイキョウはアルムとは別の魔法が使えるかもしれないという事だ。
いくらスイキョウがアルムの説明を受けてもアルムと同じ魔法は使えなかった。しかし逆にこう考えることもできる、“今は”魔法が使えないだけではないかと。自分を慰めるためもあったが、それなりに根拠があって、スイキョウは自身の考えが大きく間違ってはいないと考察していた。
「しかし俺はどうにも、生み出すってのが分からん」
なまじスイキョウなりの常識があるからだろうか。質量保存の法則とか力学的エネルギーとか原子運動とか量子力学とかが頭にチラついて、無から有を生みだす魔法という物がうまく捉えられない。しかしなんとなく魔力かな?と思えるナニカが身体の中にある気がしなくもないのだ。
「アルムは言っていたな。『魔法は生み出すことが本質』。働きかけるのは本質ではない?いや、本当にそうか?」
あえてアルムへの声を遮断し、呟きながらその不安定ななにかをスイキョウは形にしようとする。
「磁力、分子間力、ローレンツ力、電力…………原子の運動?電荷?」
量子…………?スイキョウはそこまで呟いたところで、なにかを掴んだ気がした。空気中というかあらゆるところを満たすナニカがある。体の中に感じていた魔力と思える熱が拍動するように揺らぎ熱を強く帯びる。
しかしそれらは人為的にコントロールできるものではない。いや、やっぱり0からではなく、何か起点が欲しい。スイキョウは体を起こすと体を揺らしてみたりするが、変動しやすいエネルギーはその尻尾を掴む前に揺らいでしまう。
一体どうすればいい。
その時、スイキョウには机のバスケットの中にある赤い果実が目に入った。林檎みたいな形に似ているが、かじってみるとみかんのように果汁が豊富で割と酸っぱい果実だ。だがその林檎みたいな果実を見て、スイキョウは閃いた。
「恒常的なバカでかいパワー…………重力かっ!!」
万物に働く力は自らの肉体にも当然働いている。スイキョウは空気中を満たす何かに働く大きな力を捉えた。頭の中にベクトルの線が浮かび上がる。
スイキョウは体中に湧きたつ興奮から疲労感を忘れ、ガバリと体を起こす。
「それを、逆にする!」
イメージがうまく固まるように林檎に似た実を指差し、体に籠る熱に意識を集中させながら、指を天井に向けてグイッとあげる。
次の瞬間、物凄いスピードで浮き上がった林檎は天井へと激突し木っ端微塵になる。
「わぉ…………」
破裂した果実から液体が飛び散りそれがスイキョウにもかかるが、スイキョウは異様なほどの興奮でそれを気にする場合ではなかった。
普通ではありえない現象。アニメや漫画でしか見れなかった現象を自分が起こしてる。そう思った瞬間に強烈な多幸感がスイキョウの中で噴き出す。
「すっげぇ…………スゲェっ!」
スイキョウの瞳は狂気めいたものが光っていた。
魔力のコントロールもクソもないので、スイキョウはかなりの魔力を消費していた。しかしそれにすら気づかないほど、スイキョウは興奮していた。
「あははははははは!」
気が触れたかのように高笑いし、スイキョウは他の果実まで天井に打ち上げ、果汁が舞い散る。
その時だった。スイキョウは急に魔力のコントロールを失った。
◆
「(スイキョウさん、何やってんの!?)」
《はははっ!…………ん?》
何をしたのかわからないけれど、スイキョウさんは急に物を操り始めた。けれどそれ以上にスイキョウさんから感じる雰囲気が怖くて、僕は強制的にスイキョウさんを引っ込めた。
「(落ち着いてスイキョウさん!一体何があったの!?)」
僕は強い口調で問いかけて返事を待つ。しかしその返答は予想外だった。
《いや、至って落ち着いてるな》
「(あれ……?)」
どうやら普通のスイキョウさんだ。でもあまりに変貌したというか、まるで別人みたいだ。
「(ねえスイキョウさん、さっきはどうしたの?僕の呼びかけにも応えてくれなかったし)」
魔法を使い始めた段階からおかしくなってたのには気づいてた。だから僕は必死に呼びかけたんだけど、スイキョウさんはまるで聞こえてないみたいだったんだ。
僕が問いかけるとスイキョウさんは唸る。それは答えたくないというより、答えあぐねているといえばいいのだろうか?辛抱強く答えを待ってみる。しかしたっぷり3分程まって得られた回答は「よくわからん」という身もふたもない物だった。
どういうことだろう?あまりにも不自然だ。でもそれはスイキョウさんも感じているみたい。何か、何か見落としている?
試しにもう一度体を交代する。するとスイキョウさんから伝わる狂気じみた歓喜の感情がブワっと膨れ上がった。こんな無茶苦茶な魔法の行使をすれば魔力、つまり精神の消耗は相当の筈。けれどスイキョウさんに満ちているのは興奮と熱狂。僕は再び魔法を使おうとし始めた高笑いするスイキョウさんを強引に引っ込めた。
「(……大丈夫?)」
《ははは…………ん?またか》
どうやらスイキョウさんもわかっていない。でも今ので僕にはわかった。
「(スイキョウさん、あの、最初に魔法について説明した時のことを覚えてる?)」
《まあ、何となく》
とりあえず話を聞いてもらえる程度には落ち着いてるみたいだ。
「(えっと、その時大原則を説明したよね。魔法の行使には対価が必要だって)」
《そうだな………………ん?あ?》
そこまで言うと、スイキョウさんは何かに気づいたようだ。スイキョウさんは僕のことをよく天才だなんだと言うけれど、頭の回転の速さだったら多分スイキョウさんが上だ。たぶんもう答えに辿り着いてる。
《成る程ね、俺の魔法の対価は魔力だけじゃないって事だ》
「(そうだね。僕も迂闊だったよ)」
僕は魔力と少量の血液を対価にする。だったらスイキョウさんは?魔力の質が違うから、使える魔法も別だった。なら対価は?
《魔力と……感情…………いや理性か?あるいは危機本能だな》
「(うん、僕も感情かなって思ったけれど……危機本能の方がしっくりくるよ)」
父さんは言っていた、疲労や痛みは体の出す危険信号だと。
だから魔法で緩和はしても、疲労や痛みは完全に消し去ってはいけないのだと。
さっきのスイキョウさんの状態は明らかに魔力枯渇を起こしていた。普通は魔力枯渇をすれば力を失い精神は力を失い無気力になっていく筈だ。全身に強烈な虚脱感を味わい、生きる意志すら失われていく。
なのに先程のスイキョウさんは一切それを感じさせない熱狂を見せた。むしろ更に高揚していた。これはあまりにも不自然だ。
《もしかして、俺、もうコントローラーを借りるのは危険?》
「(うーん……わからないよ。感情系統を対価にするケースってかなり少ないんだよ。記憶や体液は対価として差し出したら戻ってこないけれど、感情などは人によって違うみたいなんだよ。戻る人もいれば戻らない人もいるってこと。使用の度合いでだんだん戻りやすさが変わる場合も本に書いてあったかな。多分、スイキョウさんは初めてだから魔力消費の制限とか一切せずに魔法を使っていたよね?でも感じからして、魔力は多い方だと思う。ぶっつけ本番で体系化もしてない魔法を使ったら本来一瞬で気絶してもおかしくない魔力を持っていかれるはずだから)」
その点、スイキョウは危機本能を失っていたとはいえそのあとも魔法を行使できていた。加えて今は冷静だ。
おそらく、6時間もすれば危険域から回復できると思う。アルムはそう結論付けた。
◆
「(6時間したら、1回交代してみる。その結果で今後が決まるよ)」
《うーん、魔法を使うたびに最高のハイになっちゃうのはなぁ…………》
WRYYYYって叫び出したら末期だな、とスイキョウはボソッと呟く。
「(それよりも、あれは一体何!?どうしても物が動くの!?あと、あれどうするの!?)」
アルムの見上げた先には、天井に張り付いてしまった潰れた果実たち。おまけに勢いよくぶつけたもんだから果汁やら何やらが部屋中の飛び散っている始末。これを一から掃除するのはどう考えても大変だ。しかも既に肉体的には疲労している。
しかしこれをスイキョウに任せたくても今交代すると何が起きるかわからない。では6時間待つか。それだと母親が帰ってくるかもしれない。というよりシミになってしまう。
《いや、ほんと、なんて言えばいいのか、すまん》
「(たしかに対価と色々考えなかった僕も迂闊だったよ?でもどうして、わざわざ、こんな……!?)」
温厚なアルムにしては珍しいおこモード。これにはスイキョウもタジタジになる。
《すまない。本当に申し訳ない》
「(まったくもう!あとで全部説明してもらうからね!絶対だからねっ!)」
プンスカ怒りつつも金属性魔法で肉体を強化してせっせと掃除を始めるアルム。スイキョウも罪悪感を感じてすまなく思うのだが、珍しく年相応な感情を出しつつもテキパキと掃除をするアルムがちょっと可愛らしくて、微笑ましくて思えた。
◆
「(で、あの魔法は一体なんなの!?)」
まだプンスカしているアルムだが、それでも先程の出来事には強く興味が惹かれる。疲れ切った体を癒すためにベッドに大の字になりつつ、スイキョウに問いかけた。
《なんの魔法って言われてもなぁ……該当する属性も無いし…………》
「(え!?召喚魔法と同じタイプ!?つまり全属性が前提!?)」
スイキョウの答えに俄然興味が湧くアルム。もはやスイキョウへの怒りなど何処かへ吹っ飛んでいた。
《ん〜……強いて言うなら、『重力属性魔法』だな》
「(じゅうりょく?なにそれ?)」
聞いたことない言葉にアルムが首を傾げると、スイキョウは溜息を吐いた。
《やっぱりそうなるか。しかしこの知識を教えてもいいのかな?そもそも理解できるか?》
「(とりあえず一回説明してもらえるかな?)」
《そうだなぁ…………まず、アルムはどうして物が下に落ちるか考えたことがあるか?》
そうして始まったのは長時間に渡る戦い。
元々知識欲の塊であるアルムはスイキョウの説明に少しでも分からないことがある度すぐに質問する。いつものスイキョウならもう少しスルーしたところもあるだろうが、ちょっと迷惑をかけた罪悪感があるので、なんとか頑張ってアルムの質問全てにできるだけ回答していた。
結果的に2時間以上の時間をかけて、スイキョウの根気を犠牲に漸くアルムは一応の納得をするのだった。
「(うーん、なんとな〜くわかったよ)」
力の定義からベクトルまであれやこれやと全部説明させられてスイキョウも初めて精神的に疲労していた。
《うーん、でもあの説明だけで理解出来ちゃうのか……》
後半なんて「わからない!」と言って投げ出してほしくて、敢えて難解な説明もしたのだが、それが見事に藪蛇。量子や磁力に関する説明をすることまで約束させられてしまいスイキョウとしては散々な結果だった。
「(目に見えない力……魔法とは違う力が有るんだね)」
《うーん、でもあまり説明し過ぎると、俺みたいに魔法が使えなくなるかもしれないぞ》
「(どういうこと?)」
《俺からすると無から有を産むってのは法則性を無視した事柄だからな》
「(さっき言ってた、重力とかの『世界の法則』?)」
《そゆこと。あまり理屈でイメージを付けすぎると、俺的にはよくない気がするんだよ》
スイキョウは重力という概念を理解していたから実際に操作に至った。しかし逆もまた然りでは無いか、そうスイキョウは指摘した。
「(じゃあ僕の魔法に影響の出ない部分だけ教えてっ!)」
《くっ…………全然引かないだと!?》
天才っつうか知識欲の権化だな、こいつ。
その日になってスイキョウは漸くアルムの本質を理解したのだった。




