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アルムがククルーツイ近郊の川の河川敷に秘密基地を築いて1週間。フラフラと外を彷徨う事もできずにただ秘密基地に閉じ籠り、日々の癒しは夜のアルヴィナと母親との少しの会話だけ。
完全に安心できる場所でもないのでずっと気を張りつめており、その上兎に角やることもなく暇を魔法の練習で潰す。これがなかなかアルムにもスイキョウにも堪えた。
「(暇だね〜)」
《そうだな》
アルムは秘密基地の中で保温も兼ねて猛スピードで火の矢を飛ばしていると、スイキョウが急に大声上げたのでコントロールが乱れる。
「(どうしたの急に?危うく火事になりかけたよ?)」
《すまんすまん。いやーね、何も無ければ作ればいいじゃないって話よ。アルムもいるんだし》
スイキョウが何かを閃いた。
スイキョウの閃きは結果的に良いとしても多いが、突飛なのでいつもはアルムも身構える。しかし今はアルムも暇すぎて一、二もなく飛びついた。
そんなアルムは興奮した様にあれこれ説明し出したスイキョウの指示を聞き、よくわからないがとりあえずそれに従う。
まずコインと同様の規格で、軽さに重点を置いたレンガ素材のチップを作る。
他にも使うとの事で一回り小さなチップも作る。そして獄属性魔法の応用で染料を作るとチップに色をつける。表面は白、裏面は黒に変えて色をつけたチップを計64枚作る。
白と黒のチップが一定量完成したら、スイキョウは8×8のブロックを作る様に溝を作った板を作るように指示し、これもアルムは煉瓦素材で作る。
そしてスイキョウは、これは『オセロまたはリバーシ』って名前のゲームでな、と作らせたチップなどの使い方を説明する。ルール自体は非常に簡単な遊戯な為、アルムは一発でルールを理解した。
「(でも、面白いかな?挟んだらひっくり返すだけでしょ?)」
《とりあえず一回やってみようぜ》
スイキョウに言われるまま、一手一手身体を交代してゲームを進めていく。傍目から見たらとんでもなく悲しい1人遊びだが、実際は2人でやっている。
「(あ、角取られるとダメなんだね)」
《そうだな、ひっくり返せなくなるからな》
まず最初は様子見で適当にやってみたアルム。序盤は好調で優勢だったが、スイキョウに角をとられてしまうと完全にひっくり返される。
そのままスイキョウが優位を維持したまま終了。アルムは負けてしまった。
「(角はできるだけ取られない様にして……………外縁も結構うまく立ち回らないと…………………うーん、もう一回!スイキョウさんもう一回やろっ!)」
《ただ挟んでひっくり返すだけだが、これがどうして暇つぶしにはいいいんだよな。色塗ってない小さいチップの方はチェッカーってゲームに使うからな。ほっといていいぞ。まあ、それは置いといて、もう一戦やるか》
そうしてアルムはオセロにハマっていき、暇で暇で死にそうになるのを回避するのだった。
◆
それからというもの、スイキョウは日替わりで別のゲームを教えた。
アルムが道具を自作できるので割と色々な事ができることに気が付いたのだ。
「(リバーシ、チェッカー、イゴ、ショウギ…………近い遊びはしっていたけど、他にもこんな遊びがあるんだね)」
《アルムがほいほい必要な物を作れるからな。運や魔法も絡まないし、異能で考えを読む様なものがあったらダメだろうが、それは特例としても公平性のあるゲームだろ?》
因みにアルムが1番熱中しているのは将棋。食事中にも火の矢を飛ばしながらあーでもないこーでもないと考えているのだ。
まだ全ての駒を使われるとスイキョウには歯が立たないが、それでも短期間で猛烈に力をつけている。
《アルムは基本的に地頭がバグってるレベルでいいからな。強くなるスピードが異常すぎる》
それだけ暇で暇でそちらに頭を割いている余裕があるという事でもあるが、それにしてもアルムの学習速度は異常の一言に尽きた。
そして暇で仕方なかった筈の残りの期間もあっという間に終わり、アルムはいよいよククルーツクに向かう事になった。
《目的地から約1kmの地点でただただ引き籠る生活もようやく終わりか》
「(そうだね。ようやくだよ)」
そう言ってアルムは秘密基地から出ると、めんどうなので内装もそのままにして出入り口をぴったり閉じる。そしてイヨドから少し教わった、獄属性に類する古い魔法である『人払いの魔法』などをかけておく。
《残すリスクはあるが万が一のセーフティーゾーンだな》
「(日常的に使っても良さそうだけどね〜)」
そんな事を言いつつ、アルムは秘密基地からひっそりと出て行った。
◇
上冬に突入し外は雪がしとしと降っているが、アルムは気にした様子もなくズンズン進む。
《流石は商業都市への道かな。街の外の道も整備されていて雪もちゃんと撤去されている》
「(結構都会だからね〜。それに、知ってはいたけれど色々な種族の人がいるんだね)」
例えば頭の上の方に人間の耳とは違う獣の耳を持ち、尻尾が生えている獣人種。金髪色白で少し尖った耳とほっそりとした体つきの森棲人種、毛深くて背が低くズングリしている土棲人種、褐色の肌に額の中央に白い小さな第三の目である魔力眼を持つ魔人種など、アルムが今まで見かけた事がある種族が人間と同じ比率くらいで存在する。
他にも触手らしきものがローブからチラチラ見えていたり、灰色の肌をした小さな人々だったり、大柄で青っぽい肌をした人だったりとアルムがカッターから聞いた話や本の中でしか確認したことのない人種も存在していた。
《明らかに人かどうか怪しい感じの人もいるが、ここでは珍しくないみたいだな》
「(そうだね。ここには世界的に見ても多くの神々の分体が安置されてるから場合によってはここに総本山を置く宗教も結構多いみたい。だから商業利用だけでなく参拝に訪れる人も多いんだよ。そうなると普段は地下とかに引き籠る人種も来るみたい。あれ?『特別教養』でも教えてもらったよね?)」
《もらったかもな》
そんな事情なので、ククルーツイの統治はシアロ帝国でもかなり難しい場所であり、故に沢山の貴族が住んでいてその影響力を保っているのだ。
帝国の中でも一種の独立した自治領の様な物で、トップに君臨する物はない。商人、宗教、貴族の三勢力が微妙な均衡で存在してその調和を保っている。
しかもその三勢力も一枚岩ではなく更に様々な派閥に分けられるのでその勢力図は正しくカオスである。
「(あと1番スリが多いって聞くよ)」
《だろうなぁ》
フードを目深く被っていた小さな男、おそらく異種族だが、その人物がアルムとトンっとぶつかる。
「すまなイ」
「いえ、お構いなく」
少し不思議な訛りがあった男だが、一礼するとそのまま去っていく。
《ふーん、うまいねえ》
「(今のはダミーだけど、見事に持っていったね)」
今しがたぶつかった男は偶然ではなく、アルムの内ポケットからさりげなく巾着を取っていった。勿論アルムが事前に情報を得ておきながら無警戒な訳ではなく、ある種実験的にダミーを仕込んだ。知識欲が高じてアルムはどうスられるのか体験してみたかったのだ。だからあえて能天気に無用心な感じで歩いていた。
当然アルムはスられる前から何となく気づいていたが、本当に自然に抜き取ったので少し驚いている。
しかしスイキョウの企みで、巾着に中には先日作ったコイン状のチップ(その上重量も似せてる)が入っているだけ。しかも獄属性で巾着にはちょっとした呪いを仕込んでいる。
「(『酷いしゃっくり』と『手脚の痺れ』。嫌がらせ程度だけどスりは呪いが切れるまで暫く出来ないだろうね)」
特段スりをしている人をアルムは懲らしめてやろうとは思わない。アルムも正義感はあるが、かと言って騒ぎも起こしたくない。スイキョウはもっと悪どい呪いでもいいと思っていたが、アルムなりの最低ラインがこの呪いだった。
だが吃逆も手脚の痺れもアルムの力量だと丸3日以上続くので、眠ることも食べる事も難しいはず。可愛い様でかなり悪辣な呪いをアルムは仕込んでいた。
因みにその“呪いの魔法”だが、分類上は獄属性魔法に相当する。獄属性魔法は消滅や薬毒生成などの他に『呪い』の分野を司るのだ。そして物体に仕掛けるタイプは主に他人の魔力に反応して自動発動させるので使い手の技量が非常に高くないとできない芸当だったりする。
余談だが天属性にはその対になるように『祝福』という分野が存在する。簡単に言えばデバフとバフで、魔法の中でも『呪いの魔法』と『祝福の魔法』は最高難度の分野とされている。
『祝福の魔法』はイヨドがアルムなどのローブに施した“加護”の下位互換で、魔法の分野では珍しい事に触媒なども用意しなければならないし、魔力などのコストも重い。反面、服にも人にもバフを与えられる。ただし生物に長期継続したバフはつけられず、物へのバフは効果が激減する。
簡単に言えば、生物にバフを与えるのはスポンジに水をかける事と同じ。
水(祝福)はスポンジ(生物)に簡単に吸収されていくが、スポンジが吸い込める水の量には限界があり、またスポンジ自体が形を変える(生物的活動をする)と水は勢い良く出て行ってしまう。
一方で、物へのバフは薄いタッパに水を注ぐようなもの。大部分は流れ落ちて少量の水で満たされる。しかし動きはないので水が勢いよく減っていかない。ただし自然乾燥して水が蒸発する様に物にかけた魔法もその効果を徐々に薄れさせていく。
余談だがこの効果を高めたり継続する期間を強化できるのが、魔獣の素材などの触媒だ。
血液が魔残油として具現化する様に、魔残油ほどではないが魔獣は死骸も一種のエネルギー保持長期継続物質になる。そこに魔法を使う事でその効果を高め使用期限を延長可能になるのだ。
この金属版などが魔化金属類で、迷宮で採取される希少金属である。
これは元となった金属に更に付随した効果を発揮し、魔獣の素材の様な働きも持つ。
有名なところでは、鉄の魔化金属マーズリウム、銅の魔化金属がウェヌシリコン、銀の魔化金属がミスリル、金の魔化金属がエルドラドモン、タングステンの魔化金属がオリハルコン、チタンの魔化金属のアダマンタイトで、世間一般にもよく知られている。
また、宝石類も魔化宝石といって“加護”のような効果を持つことがある。アルヴィナの指輪のアイオライトも魔化により特殊な効果を持っていた。
閑話休題。
祝福の魔法がバフ扱いされる一方で、呪いの魔法は敵などに直接かける事は少なく(というよりかなり難しい)、防犯などに利用されている。実際にアルムがやって見せた様な事も可能だ。そして“呪いの魔法”の最大の負の一面と言われつつも最も広く利用されている時が、“奴隷”を作る時だ。
捕らえたものに触媒を直接練り込んだ染料を刺青の要領で刻み込み、呪いをかける。これによりその動きに制限がかけられる。これは犯罪者に対しても行われる処置で、勾留されるとすぐにこの処置を施される。魔術や武霊術があるので単純な拘束では破られてしまうケースが多く、このようにするしかないのだ。
なので忌み嫌われると共に高度な『呪いの魔法』が使える者の需要はかなりの高さがある。
因みに、アルムは天属性の『祝福の魔法』よりは『呪いの魔法』の方が得意だったりする。
閑話休題。
アルムがとことこと歩いていくと、だんだん人が多くなってくる。ククルーツイには商人や参拝者などが多く訪れるので、一定以上の荷物を持っていると街の出入り口などでチェックされるのでその列が出来ているのだ。
アルムは荷物を最小限にして何処かの商人のお坊ちゃん感を醸し出して荷物の検問をスルーして普通に街へ入っていくが、特に警備隊が呼び止める事も無い。アルムは呆気なくククルーツイの街に入った。
アルムの住んでいた地方はとても雪が降るので、街は雪に耐える為に建物の基礎が高く壁などもかなりがっしりと頑丈に作られていた。なので何処の家も似たようなデザインになる傾向にあった。
だがククルーツイは人種の種類が多いからか、シアロ帝国の伝統的な対積雪仕様の建物も有れば、白いレンガで作られた物、特殊な木材のみで作られたもの、土壁、石壁と様々。異国風の飾りやデザインも見受けられ、屋根も壁もそれぞれの建物が違う色を使うので少しカラフルだ。
聞こえてくる言葉も、シアロ帝国公式語、それがかなり訛っている物。それ以外の言語も、そもそも人が口から出せる音か不明な音も聞こえる。
《祭りかテーマパークみてえだな》
「(“てーまぱーく”はよくわからないけど、祭りって言いたくなるのはわかるかも)」
少し歩くだけでもアルムの故郷では殆ど見たことのない物を売る露天商などがかなりいる。売っている物も少し怪しげだったりするのも露天商らしいといえばらしいだろう。
それに加えて特徴的なのは看板の多さ。そこら中に色々な看板が設置されていて店の案内などが書き込まれていた。
「(ミンゼル商会のククルーツイ支店って何処かな?)」
取り敢えずアルムは看板でも見てみようと思うが、看板だけで巨大なモザイクアートでも作れそうな程に数が多過ぎる上に、門を抜けてすぐの場所なので人も多すぎる。“閑散とした”と形容できそうな街で暮らしていたアルムにとってその人の多さはある種の暴力に近く人酔いしそうになる。なので少し歩いて人の数が減る居住区画まで一旦移動して呼吸を整える事にした。




