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「(いくらショートカットすると言っても、イヨドさんには口が裂けても言えないけれどこれはこれでなかなか問題だよね)」
《あと1週間はこの調子か。がんばれがんばれア、ル、ム!》
「(なんで人ごとなの………?)」
《人ごとじゃないだろ?だから一日置きで交代してるだろ?》
僕が呆れたように言うと、スイキョウさんはサラッと切り返してくる。
「(そうだったね、ありがとう。流石に僕も疲れてきちゃって)」
《まあしょうがない。目的地をすぐ近くにしてコレだからな。俺もイラつきはするぞ》
スイキョウさんの共感に感謝しつつ、僕は小屋の屋根を見上げてふと1週間前の事を思い出す。
◇
イヨドさんに突然掴まるように言われて、僕は咄嗟にその背につかまった。そしてそのまま氷に突っ込むから反射的に目を瞑ったんだけれど、気づいたら知らない草むらの中にいたんだ。
僕は今や微弱な探査の魔法を維持していられるほど探査の魔法が得意になっていたけれど、魔法からわかる位置情報か何故か完全に狂ってしまっている。自分の位置座標が全く分からずに混乱していると、イヨドさんは察した様に言った。
『今し方して見せたのは空間転移だ。この場所はラァサプゥガムラ近郊……………今はククルーツイ、と言ったか?その地域の街の近郊だ』
「イヨドさんって、どんどん自重が消えてますよね?伝説の魔法ですよ?」
『加護を与えるなどただの力技だ。我の1番の専門はコレだぞ』
そう言ってイヨドさんが尻尾で僕の頭を突くと、僕は少々の頭痛に見舞われた後に感覚的に座標を掴み直した。
『座標転移の感覚を覚えさせてやった。得意分野でなければこんな馬鹿げた事はできんぞ』
「ええ、おそらく“縁脈誓約の魔法”のリンクを通しているんだと思いますが、実際に直接座標情報を僕に送りつけるなんて荒技、そもそも神の領域に近い技ですよ」
僕がそう言うと、イヨドさんは嬉しそうに笑う。
『なかなか鋭いな。あの鍛錬で培った感覚の強化も無駄ではない様だ。やはり筋がいい』
おかげで僕が知りもしない場所の位置情報まで全部脳内に詰め込まれて混乱したけれど、現在地を再確認できたことの方が重要だ。
そして僕は一瞬で自分がどれくらいを移動したのかを知ることになる。
「直線距離1500km以上を一瞬で移動するって無茶苦茶ですね」
本来の計画では、僕の住んでいた街から南南東に向けてペガサスに乗って、ククルーツイとの中間地点の街に1週間かけて向かっていくはずだった。そしてそこで一旦体勢を整えて更に1週間を見込んでいた。
若干頭がクラクラするけれど、驚き以外の要因でも頭がクラクラしてる気がする。
《これでもイヨドはかなり厳重に守ってたけどな。本来なら気圧とか気温差とかいろいろと狂ってもっとえらいめにあってたと思うぞ》
「(よくわからないから後で聞くけれど、とにかくコレでもマシって事だね?)」
星々の位置から時間の経過は無いと考えれる。本当に一瞬で1500km以上を移動したんだ。父さんも大きな鳥の使い魔を自分の物として使っていたけれど、それでもこんなに早く移動するのは到底不可能だ。
これが徒歩や馬での移動だと、魔重地を避けて通ったり山を多少越える必要が出てくる。だから行きだけで推定1ヶ月以上はかかる。
僕の本来計画していた移動スピードでさえおかしいのに、1秒も満たないのは流石に現実として起きるとなんと言えばいいかわからない。もう少し何かあればいいけれど、困惑を感じる間もなくあっさり到着していたのだ。
イヨドさんは自分の用はもうないと言わんばかりの既にいなくなっており、残されたのは僕だけ。どうしたものかと思っていると、左手に嵌めた黒のブレスレットが少し熱くなる。
『距離/変/異常/不安/理由/説明』
イヨドさんの声を聞くときの様に、矢継ぎ早にメッセージが頭に響く。
母さんは魔力が使えないから僕の生存は分かっても位置情報まではわからない。でもヴィーナちゃん…………アルヴィナには僕の位置がわかる。だからすぐにメッセージが来たんだ。
『心配/無用/理由/魔法/無事/謝罪』
僕は多分これなら伝わると思った単語を返すと、すぐに返事が返ってくる。
『馬鹿/安心』
その2つの単語で、アルヴィナが目の前にいたらどんなふうに喋っていたかありありと想像できる。
最後に2人であらかじめ決めておいた『終点』のメッセージがアルヴィナから来たので『了承』と返答した。これは同じ効果のアイテムを母さんに渡した時にスイキョウさんがくれたアドバイスで、会話の終了方法を決めておくといいと言われたんだ。確かに決めておかなかったら会話の切れ目がわからなかったかも。
多少混乱はしていたが、アルヴィナとの会話で気分が良くなった。やっぱり作ってもらってよかった。
《そりゃ良かったな。それはともかくとして、取り敢えずどうするよ?》
ここは商業都市ククルーツイの近くだから色々なところから色々な人が出入りしている。上冬だろうとも活動するのがククルーツイ。アリバイ工作の為に何処かで一定期間留まる必要がある。
「(もう少し開けてない場所に行こうかな。人と遭遇しても面倒だし)」
《この季節でこの時間に子供が1人ならいろいろ問題だろうなぁ》
イヨドさんが転移した先は、ククルーツイを流れる少し大きな川の河川敷、その河川敷の川寄りの草むらの中だ。
少し遠くには目を凝らせば川にかかる大きめの橋の影も見える。幸い今は夜なので誰も気付くことはないけど、もう少し橋から離れよう。
僕は川沿いを移動して橋から十分遠のくと、かなり木々が多くなるゾーンに突っ込んで行く。
「(多分、ここならいいかな?)」
外も見えない様な木々に囲まれた場所まで切り込み少し地属性魔法でしっかり整地。見えない土の下まで環境を整える。縦横4.5m高さ3mの空間を作った所で木々は虚空に放り込む。代わりに予め焼いて置いた煉瓦をどんどん取り出す。
「(万が一の長期戦に備えて正解だったね)」
《だな》
僕らは豪雪での足止めも十分考慮して色々対策を練っていたけれど、その1つが役に立ちそうだ。
まず整地した地面に均等に黒い泥を精製し、それを炎で一気に焼いていく。
これはアルヴィナから泥の組成を教わったときにスイキョウが突如として口を出して精製に成功した物だ。砂利も混ざっていて、スイキョウさんは“こんくりーと”擬きって変てこな名前をつけていた。
硬く平らな基礎ができたら、煉瓦を正方形状にどんどん並べていく。1列に大体3つ使っていく。そして特殊な素性の泥を煉瓦の上に生成し、次の煉瓦を縦横を変えつつ並べる。そこで火を通して煉瓦と煉瓦をガッチリくっつける。
本当は支柱とか色々と必要みたいだけれど小さいし泥の丈夫さは理解しているからコレで大丈夫。
それを黙々と続けて煉瓦を積み上げていく。
壁が完成したら、正方形のど真ん中に基礎ごと穿つ長くて丈夫な支柱を突き立てる。支柱に使っている素材は“こんくりーと”擬きの変種だ。
そして魔力を大量に使い、平べったい円錐状の屋根を壁にかぶせる様に生成する。これで大枠は完成。更に壁や天井を別の泥を使い完全に接合し、壁の天井側に梁を強引に差し込む。
ドアは流石に無理なので、出入りする時はいちいち壁を生成するしかないけれどしょうがない。
《時間こそ結構かかったが、簡単に小屋ができたな》
「(後はカモフラージュだっけ?)」
《そうそう》
小屋を出たら、虚空に放り込んだ木々をその場に出す。
そして小屋の周りに粘着質な泥を覆う様に生成。ここでスイキョウさんと交代。スイキョウさんは木々やその下にあった土や落ち葉ごとフワフワ浮かせて、小屋にどんどん貼り付けていく。それを繰り返し、木々の中に家が紛れ込むくらいまで整えてスイキョウさんとコントローラーを交代した。
「(ぱっと見じゃ暗いから見わからないね)」
《そのために頑張ったんだ》
あとは内装だ。予め用意していた厚手の布を壁に貼り付けて、床にも余っていた毛皮をなどを敷き詰めていく。
仕上げに別口で用意した机とか椅子とかその他諸々を設置して、お爺さんがくれた魔残油使用のランプを点ける。
《このまま住めるな。超立派な秘密基地みてえだ》
「(たしかに)」
やっと少し落ち着き椅子に腰掛けると、思い出した様に腹の虫が騒ぐ。
虚空から母さんの用意してくれた御飯を食べ終わるころには日付が変わっていた。
僕は口の中を掃除の魔法で綺麗にすると、一応水で濯ぐ。
服も身体も掃除の魔法で綺麗になるのはわかるけども、一応濡れた布を温めて体を拭き服も着替える。ローブを脱いだら寒かったが、お陰でローブの凄さを改めて実感する。
そして僕は魔法で簡単な寝台などを拵えると眠りについたのだった。




