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 アルムの決意を受け止めたゼリエフとロベルタ。

 ロベルタはヴィーナの母親に今日の出来事を説明する為に途中で降りてヴィーナ家に向かい、アルムとゼリエフは馬車でアルム家へ直行。

 

 慌てふためくアートにゼリエフは今日起きた事とこれからアルムがしようとしている事を伝えて説得する一方、アルムとスイキョウは既に準備を開始していた。

 

 

「(出発は明後日でいいよね?)」

 

《もう夕飯どきだからな。今日で出来るだけ今日中に出来る事、まあ荷物を【極門】に放り込んで、明日は強行軍中の為の飯の用意と召喚の魔法の為の陣の確認と、作ろうとしていた奴を完成さなきゃならんし、イヨドにもあれこれ頼まなきゃならんし、せめてザリヤズヘンズさんには挨拶くらいしておきたいし、…………………なかなか気が休まらんね。そして明後日は、まあ一日空けるよな。明後日の夜の闇に紛れて目立たない様に出発するしかねえな》

 

 アルムは衣装箪笥の中身を適当に【極門】の虚空に放り込んでいき、本を入れようとするがスイキョウに止められて泣く泣く数冊だけ選んで放り込む。

 

「(ベッドも持って行けたらいいのに)」

 

《多分衣類まではアートさんも誤魔化せるが、ベッドが丸ごと消えたら流石に不味いだろ》

 

 という事で散々お世話になった上質なベッドもお別れ。

 筆記用具やその他諸々は虚空に放り込む。

 

「(あと何が必要かな?)」

 

《取り敢えず何を置いても飯。あと換金できるものは今日中に換金だな。毛皮とかあるだろ?パーっと爺さんに買い取ってもらえ。それと真面目に敷布とかは調達しといた方がいいかもな》

 

「(ククルーツイまでどれくらいでいけるかな?)」

 

《ペガサスを本契約で使役すれば中間地点の街まで1週間未満でいけるだろ。そこから立て直してもう1週間だな》

 

「(それしか無いよね)」

 

 アルムは粗方必要な物は突っ込んだことを確認すると、今現在持ち合わせている貨幣を確認し始める。

 

「(それにしても…………………)」

 

《どうした?》

 

「(もらった時は要らないって思ったのに今はすごく必要になっちゃったね)」

 

 実は、スイキョウに唆されて私塾抗争の賭けでゼリエフに代理をお願いして、お小遣いなどを全て含めた所持金をアルムは全部ヴィーナに賭けていた。

 ヴィーナは事前情報が無かっただけに、【炎身】の異能を持つ彼に掛け金が集中し、ヴィーナのみならず他の候補もオッズはかなり高く、アルムは82万セオンの大勝ちをしていた。

 

 ただでさえ持て余し気味のお金を更に増やしてどうするのかと散々アルムは文句を言っていたが、今や1セオンでも欲しい気分だ。

 

「(でもねスイキョウさん、賭けで儲けようってのはダメな大人の考えだというのは僕でもわかるよ?)」

 

《なんの話だ?》

 

「(絶対考えてたでしょ)」

 

 アルムは妙な確信を持って問うと、スイキョウは口笛を吹いてごまかした。だがアルムがそれで誤魔化されてくれないので話を変えてみる。

 

《ところで、“あれ”の準備はいいのか?》

 

「(多分母さんの分も必要だけれど、そっちは機能だけに重点を絞るよ。イヨドさんならきっとやってくれるはず)」

 

《なんだかんだ言って面倒見はいいからな、あの人》

 

 

 その後アルムはアートと祖父に呼び出され、(スイキョウが)夜通し説得に励む羽目になるのだった。

 

 

 

 

 

「(あ〜すっごい眠い)」

 

《徹夜で説得してれば流石に眠いよ》

 

 スイキョウはアルムが獄属性魔法で作り出した気つけ薬を一気に飲み干すと、涙ぐんで鼻を抑える。

 

「(っ〜〜〜高濃縮ミントみてえな刺激だなコレ!)」

 

 

 爽やかを通り越したワサビのような鼻への刺激に悶えるが、おかげで目が覚める。

 

 結局、スイキョウは徹夜でアート達を説得。【極門】の異能を知るアートは途中で折れたが、祖父はそんな事は知らないので粘り続けた。最終的にいろいろな条件をつけられたが、スイキョウは半ば強引に出ていくことを認めさせた。

 

 アートは休暇をとり、大量に料理を作ってくれて鍋ごとアルムにどんどん渡して行った。祖父も必要な物を揃えるべく秘密裏に動いている。

 そんな中アルムはとある物の製作に為にイヨドを拝み倒し、OKも貰ったところで家を出た。

 

 今はアルムも疲れているのでスイキョウが体を操作しているが、体全体が疲れていて重い。いつもの1.5倍の時間がかかったのではないかと思いつつ、スイキョウはノックして扉を開ける。

 

「おお、アルムか。話は聞いているぞ」

 

 スイキョウが訪れたのはザリヤズヘンズの骨董屋。今日も今日とて彼は店の奥で煙草をふかして座っていた。スイキョウは頭を下げつつ、店に入り頭からかぶっていたホロをあげる。

 ザリヤズヘンズはアルムの顔を見るとニヤッとした。

 

「ええ、なんだかそんな気はしていました」

 

 スイキョウが苦笑すると、ザリヤズヘンズは当然だと言った。

 

「まだ15にも満たないの子供がいきなり辺境伯にスカウトされる。普通なら冗談で終わる話だが、その2人は雪食い草の一件で活躍した子たちらしい。今やこの街一番のニュースだろうな。そんなボロ切れを被ってたのもそのせいだろ?」

 

「御察しの通りです」

 

 一晩開けて、既にアルムとヴィーナの噂は街中に伝播していた。ヴィーナは余計な騒動に巻き込まれない様に今はロベルタの元に母親共々匿われている。

 アルムは祖父が主導で露払いをしているが、そのなかでスイキョウはこっそりと出てきたのだ。

 

「しかし、その顔を見るに嬉しそうではないなぁ。この状況でわざわざここに顔を出した理由にも関係あるのか?」

 

 ザリヤズヘンズは既に全て察しているのではないか、そんな気さえ感じつつスイキョウは答える。

 

「はい、その通りです。率直に言えば……………僕は明日、ここを出ます。おそらく年単位で帰還は不可能でしょう。いえ、最悪は今生の別れになります。ザリヤズヘンズさんには大変お世話になりました。ですので、その御礼とお別れをしにここに来ました」

 

 

 スイキョウはあまり表に出る事はないが、ザリヤズヘンズの元ではよくスイキョウが肉体の主権を握り動いていた。それは自分の魔法の為の機械を作る為、パーツを物色するのが1番の理由ではあったが、スイキョウにとって正体不明ながらもザリヤズヘンズとの会話は楽しかった。

 

 どうしても立ち位置的に色々と斜に構えて見がちな状況で、ザリヤズヘンズには常に圧倒され、その立ち振る舞いに憧憬めいたものを覚え、その口から語られる興味深い話に素直に耳を傾け感心した。

 

 スイキョウにとっては短い交流ながら、理由の分からない深い尊敬を念をザリヤズヘンズに抱いていた。自分をいとも簡単に手玉に取る年長者がいる。それはスイキョウにとって悔しいが、一方で自分という物を見つめ直させてくれる貴重な交流だった。

 

 この様な感情を誰かに覚えることはスイキョウにとって極めて稀だ。何処かにスイキョウ自らの祖父を重ねて見ていたのかもしれない。ザリヤズヘンズの元はスイキョウにとって不思議と安心できる場所だった。

 

「何処へ発つ?」

 

 スイキョウは用心深く秘密主義だが、ザリヤズヘンズの問いかけにはなぜか素直に答えられた。

 

「ククルーツイで暫く滞在した後、帝都衛星都市のバナウルルを目指します」 

 

「伝はあるのか?」

 

「ククルーツイはミンゼル商会の支店もあるので、祖父が紹介状を持たせてくれました。ククルーツイで其処で手配される場所が拠点になります。バナウルルは、ゼリエフ塾長の伝手のある方に対する紹介状を頂きましたが、実際に受け入れていただけるかは分からないので一件一件周ってみるしかありません。最悪は何処かの商会に住み込みで働くかもしれません」

 

 昨夜から続いた話し合いでは、祖父が腹心がククルーツイに居るとの事で紹介状を持たせてくれた。なのでククルーツイではしっかりとした拠点があるが、バナウルルは遠方過ぎて確実な伝は誰も用意出来ない。行き当たりばったり気味なのが現状だった。

 

 それからスイキョウは二言三言言葉を交わすと、暫しの沈黙の後に俯いた。

 

 

 

「“俺”が帰るまで、ちゃんと生きててくださいよ」

 

 スイキョウはジワリと目元が熱を帯びるのを感じながら、目を細めて不格好に微笑んだ。

 

 

「なーに、わかっていた事だ。お前にとっては、辺境伯の元でも窮屈ってのはな。お前はもっと大きな所へ飛びたてる男だ。だから俺はぁ、お前の選択を肯定しよう。此処で眠りこけてりゃすぐにお前の姿を見ることになるだろうさ」

 

 そう言うと、ザリヤズヘンズはその大きな手でスイキョウの頭をガシガシと撫でた。

 

「なんでそんな顔をしとる。シャキッとせい」

 

「はい、いってきます……………」

 

 スイキョウは少し素早くザリヤズヘンズに背を向けて、目元を拭う。そしてやけにゆっくりとした足取りで魔窟の中を進み、ドアの前で振り返る。そして頭を下げようとした所で、ザリヤズヘンズが止める。

 

「待て、このまま何も無いのも味気ない。礼儀を心得、誠意を見せようとした未来ある若者には餞別を与えなくてはなぁ」

 

 そう言って椅子の手摺りを裏拳でコンコンと叩くと、ザリヤズヘンズの背後に続く更に薄暗い空間からちょこちょこと何かが出てきた。

 

 それはスイキョウから見れば三角コーンの様なものを頭から被った3歳ぐらいの子供だった。コーンが腹まですっぽり被さっていて、小さな手はコーンの側面に開いた穴から出ていた。しかし被っているのはプラスチック素材ではなく、毛皮なのか陶磁器なのか、分厚いフェルト生地にも見えるよくわからない茶色の何かだった。

 

 その小さな子供がちょこちょこ足を動かして、その手に紙とペンを持ってやってきた。

 

「……………それは、使い魔ですか?」

 

「一応そうだと言っておこう」

 

 ザリヤズヘンズが何かを紙に書きつける一方で、その子供は店の奥へ戻っていくと忽然と消えた。スイキョウの量子の探査からも忽然とその姿を消していた。

 

「あれと似たような存在に随分と前にあった気がするんですが」

 

 其奴はキンキン煩い声をしていたが、それによく似た反応をスイキョウは感じ取った。しかしその存在はあり得ないはず。だが感じた力は、確かに本能的に勝てないと悟るレベルの凄まじさだった。

 

 ザリヤズヘンズはその紙を折り畳みつつ、ニヤッと笑う。

 

「聞きたいか?」

 

 それに対してスイキョウも笑って応えた。

 

「帰って来てからのお楽しみにします」

 

「それがいい」

 

 ザリヤズヘンズは何処からか封筒を取り出すと、折り畳んだ紙を入れて、スイキョウにも、アルムにも分からない謎の魔法をかけて厳重に封印を施した。

 そしてピッとスナップをきかせて封筒を放ると、ループを描いて飛んでくる。それをスイキョウは危なげなくキャッチした。

 

「バナウルルに着いたら、そこで1番古いリタンヴァヌアという薬屋をそれを持って訪ねてみろ。そこにサークリエという偏屈なババアがいる。だが薬師としての腕は確かだ。獄属性魔法の薬毒生成の大家でもある。奴は帝国公権商人だから生活には困っていないし、それがあれば快くお前を迎え入れるだろう」

 

 スイキョウは再び熱くなる目元を拭い、手紙を丁重に懐にしまい、深々と頭を下げた。

 

「ありがとうございます。本当に、御世話になりました!」

 

 スイキョウはそれだけ言うと、また目を拭いつつ骨董屋を後にする。

 

 ザリヤズヘンズはふっーっと息を吐き出すと、静かな店内で呟く。

 

 

 

 

「色々と大変そうだが、頑張れよ。稀有な星の元に生まれた“青年”よ」

 

 

 

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