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「ゼリエフさん?どうかされましたか?」

 

 

 誰も言葉すら上げられず魅入るほどの超高度な戦闘をアルムとヴィーナが繰り広げていると、ロベルタはゼリエフの異常に気づく。

 

 ゼリエフはなにかを堪えるように蹲り、顔を手で押さえていたが、ロベルタに背を摩られると体を起こして顔を拭う。

 ゼリエフの目からは、涙が溢れていた。

 

「いかんな、年を取ると涙腺が緩くなる。…………なあ、ロルカべラツィ。彼等が今、何を為しているのか、正確に解る者はほんの一握りだ。それほどまでに超高度で難解な戦闘を彼等は行なっている。それが私は誇らしく、そして理解する者が少ない事が少し悔しいのだ」

 

「………………宮廷でも、あのレベルの闘いを遊戯のような感覚で行う者は、早々いませんでしたよ」

 

 ロベルタがそう言うと、我が意を得たりとばかりにゼリエフは頷く。

 

「それだ。そうなのだ。彼等にとってあれは遊戯なのだ。私にその技巧を見せる為だけの、大掛かりな遊戯を私に披露しているのだ。最高の気分だ…………我々が仕込んだ技術で優勝を総なめにして、このようなプレゼントを与えてくれる最高の教え子たちの晴れ舞台を見れて、私は最高の気分だ。もう思い残すが無いと思える程に、彼等は大成した…………なんと心地の良い気分だ………………」

 

 ポロポロと涙を零し続けながら試合に見入るゼリエフの横で、ロベルタは優しげに微笑んでただ無言で寄り添った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら、当たりのようだね」

 

 そこは観客席の一角。一部の者のみが内密に着席を許可される場所で、1人の男が、金髪灰眼とシアロ帝国では最も一般的な特徴を持つ男が、一般的よりもクマがある切れ長の瞳を細めて、満足そうに頷く。

 

「君達から見て、彼等はどうだい?」

 

 彼が背後に控える3人に問うと、彼らは解答する。

 

「ヤバい。ヤバイぜ御主人。鼻がヤバいってのに、毛並み全然普通。超ヤバイ」

 

 獣人種の特徴である獣の耳をピクピク動かせつつ、貂熊人の男は要領を得ない解答をする。御主人と呼ばれた男は、もう1人の控える男に目をやると、その男は一礼して答える。

 

「おそらくですが、弟が申し上げようとしている事を推察させて頂くに『自分の異能では明らかに手を出してはいけないと危険を感じているのに、我等獣人の危機本能には全く反応せず毛が逆立っていない』だと思われます。もっとその先を予測するならば『我々が今見ている相手はあの状況でも自らの能力を隠している。全く本気など出してはいない』でしょうか?」

 

「兄者、それ」

 

 兄者と呼ばれた男、黄色と黒の髪が入り混じる虎人族の男が解説すると、金髪の男は頷く。

 

「成る程…………素晴らしい。君自身はどう思う?調査も君がしていたはずだが?」

 

「はい。カッター様の御子息であるのは最早間違いようがありません。寧ろ、他国の間者の可能性を疑う迄に隔絶した実力を持っていると言っても良いでしょう。今年の4月に起きたあの一件、不自然な破壊がされた木々……回収したいくつかの動物の死骸は調査を入念にすれど死因不明で使用魔法を特定できず。更には天属性の光の矢が死因と思われる死体が多く、アルム氏は隠しているだけで天属性を使用可能な可能性が高い。それと、雨でだいぶ薄まっていましたが魔獣の香りが現場ではしていました。しかし魔獣の死体は1匹たりとも発見できず、匂いは何故かその場で途絶えている。何か強力な隠し球を持っているのは間違いありません。そしてそれを徹底的に隠し切る周到さは、カッター様を思い出させます」

 

「わかる。匂い同じ。凄く用心深い匂いする」

 

 弟と呼ばれた男が言葉足らずながら補足すると、金髪の男は目を瞑りなにかを考え始める。

 

「さて、最後に魔術師として、彼等はどう見えるかな?」

 

 金髪の男が問うと、1番奥に控えていた女性、腕に沿って鳥の羽根の生えた女性が答える。

 

「申し上げるならば、稚拙な言葉になりますが“異常”でしょう。決勝戦の辺りから探査の魔法で色々と探っていたのですが、気づかれた上に此方を明確に睨みつけていました。あれだけの戦闘をしつつも、私の魔法を逆探知する魔力に対する感覚の鋭さは異能の力を疑うレベルの物です。加えて今行なっている戦闘も、彼等の魔力の揺らぎから考えるに遊戯程度なのでしょう。そして恐ろしいまでに両名とも実戦慣れをしています」

 

「ほぅ…………君の探知を逆に探り当てたか」

 

「…………はい、誠に勝手ながら今もう一度探査の魔法を放ちましたが、威嚇するように押し返されました。そして此方のガードが間に合わないレベルで探査を逆にされてしまいました。申し訳御座いません」

 

 それを聞くと、男はククククっと笑いを噛み殺す。

 

「アルヴィナ・ネスクイグイ・フロリヴガ。母子家庭で育ち其れ迄全くその姿を表に出さなかったが、私塾で才能を開花。2年で恐ろしいまでの成長を遂げ、あの一件の真実を知る重要人物。蛇女と呼ばれていた事から何らかの異能を所持しているか、呪いを受けている可能性があるが、恐らく異能の可能性が高い。実の父は帝国公権財商が1人、ディルバルア商会会長。妾の子でありながら非常に気にかけられており少なくない援助が内密に行われている。またその商人としての才能は娘に受け継がれている。成績は極めて優秀。で良かったか?」

 

 男が確認すると、虎人族の男が頷く。

 

 

「アルム・グヨソトホート・ウィルターウィル。その正体は、私達が捜索していたカッター君の、その実の息子。11才前後まで異様にその情報が少ない事からカッター君が内密に育て上げていた子と推測される。その後は母親の実家であるミンゼル商会近辺に引っ越す。其れ迄は恐らく人間からほぼ隔離された場所で養育されていたのか、その賢さに反して若干常識知らずと思われる行動を取ることも。才能も実力も筋金入りで未だ底が見えていない。ああ、そう言えば、例の件はどうだったかな?」

 

 話の途中で何かを思い出して男が問いかけると、虎人族の男が答える。

 

「ミンゼル商会会長の所有するヴルードヴォル狼の頭骨は、恐らく彼の家族内での1年前の誕生日会近辺で入手。その時期に同時にアルム氏が引っ越して来ています。あらゆる縁を使い頭骨の出所を探りましたが、ここ5年でヴルードヴォル狼が仕留められた事も、頭骨が市場に流れた事も確認出来ていません。恐らくは…………」

 

「カッター君がアルム君に預けていた?いや、会長のアルム君に向ける愛情はそれはそれは街でも有名な程であるようだ。しかし彼はアルム君の街への出入りなどに制限をかけていない。つまり、彼はアルム君の実力を知っている」

 

「でも御主人、あの爺さん素人。わからない」

 

 貂熊人族の男が口を挟むと、虎人族の男が答える。

 

「わからないのにも関わらず、その実力を知っている。その実力が圧倒的なものだとわかっている…………であるならば…………」

 

「ヴルードヴォル狼を仕留めその頭骨をプレゼントした人物は、アルム君の可能性もあるわけだ、しかも私塾に入る前の段階でね」

 

 

 男が結論を口にすると、独特の静けさが4人の間に満ちる。

 

 

「そして彼には、もっと不可解な点がある。彼はすれ違った従業員にも笑顔で挨拶ができ、ヴィーナ嬢との関わりを見ても純粋無垢で素直な性格らしいではないか。しかしだ、そんな彼が時に妙な計算高さと強かさを見せている。武器の値引きしかり、商会での自分の立ち位置を理解した振る舞いしかり、例の一件での子供とは思えない状況判断センスしかり、まるで誰かが入れ知恵をしていると言った方が納得できる狡猾さを持ち合わせている。

極め付けは、ヴィーナ嬢のトラブルに介入した時だ。まるで人が変わったかのように彼等を追い詰めたそうだね。実際に幾つかの家はいつそのツケを清算させられるのかと脅えるばかりに気を病んでしまったそうだ。

実に不思議だね。人里離れた場所で暮らしていた可能性が極めて高く、純真無垢な性格で知られる彼が、何故人の情動を読み操る事に長けているのか。あれは才能も当然あるが、まず其れ相応の経験が必要だ。

カッター君は、相当な頑固者で実力は一級だったが、正直に言えば貴族などへの振るまいははっきり言って下手くそと言えるレベルだった。

一方母親もその頑固者を堕とすほど純真で愚直な面が見られる。

では一体誰がアルム君に身の振り方を教えた?なぜ彼はあのレベルまで貴族としての立ち振る舞いを身に付けた?カッター氏が育てていれば当然貴族にいいイメージはカケラもない。調査から上がってくる行動などから性格を予測しても、彼が貴族になりたがる性質を持っているとは思えない。

本当に他国からの間者……異能で姿などを変えて潜り込んでいると言われた方がまだ信じられる。だが彼はザリヤズヘンズ氏とも幾度となく接触している。つまり間者の可能性は極めて低い。果てさて、恐ろしい程に謎が多い男だが、君達は彼等をどうする?」

 

 

 自分の中の情報を整理しつつ、3人に聞かせるように男は長々と語った。

 

 

 

「御主人、あれ、ダメ。女はいい。キケンすくない。男、手を出す、危ない。力、わからない」

 

「戦闘狂の君にそう言われると、寒気すら覚えるね。因みにここから3年内の成長とポテンシャルまで考慮しての勝率は?」

 

「女、10やって8。不意打ちで10の10。でもまだ全力じゃないから10の7かも。まだわかんないけど、あと考えると、すごく、キケンなきもする。男は…………10やって7。不意打ち9。鼻信じるなら……10やって2。けどそれは、いまだけ。ふたりとも子供すぎて、よくわからない」

 

 貂熊人族の男が正直に思うままに答えると、金髪の男は瞠目し、他2名は激しい動揺を見えた。

 

「この帝国でも上澄みの君の勝率が2割を切ってくるのか」

 

「兄者と姉者いても、20の19。完全は無理。あれ、ヤバい」

 

 男はそれを聞いて目を瞑り、指を組んで人差し指を回す。

 

「イージ、君はどうだね?」

 

「…………女の子の方は鍛えれば、後々満場一致で私の座を託す事になる程の実力を持っています。調査から見た成長速度でも相当の物。立ち振る舞いも愚弟より既に遥かに上。度胸もあります。背後にある関係から見ても我々が迎え入れるのになんら問題はありません。加えてまだ幼い。思考の汚染、つまり偏見などはなく、我らの元でも柔軟に適応できるでしょう。

男の子の方は、既に私では太刀打ちできない実力を待ち合わせています。我々では制御が効かないほどに彼の実力は底が見えません。我等の力不足を恥じるばかりですが、些か危険過ぎるに思われます」

 

 暫しの沈黙の後、男は自分の懐刀に問う。

 

「シチア……どうだい?」

 

「はい、ヴィーナ嬢については妹が述べた通りでございます。アルム氏に関しては、概ね妹と同様です。ですが、彼をこのまま何もせず放置するにはあまりに危険で、惜しい。彼はその性格から考えるに基本的には温和です。そして側に居る者を非常に大切にする。特に母親とヴィーナ嬢への対応は格別と言えるでしょう。ですので、彼を自身を抑えるよりは、ヴィーナ嬢をまず確実に押さえましょう。彼女のアルム氏への影響は多大です。その上で母親周辺を囲い込みましょう。更に申し上げるなら、彼女とアルム氏の縁が切れないように我々が助力すればより確実でしょう。加えて彼女は指輪を持っている。あれがある限り純粋なアルム氏は決してヴィーナ嬢との縁を切らない、そう愚考致しました」

 

 虎人族の解答を聴くと、男は指の回転をピタリと止めた。

 

 

「ああ、やはり同様の答えに辿り着いたか。そうだな、先ずは様子見をしてアルム君の思考調査を行うとする。イージ、“メダル”を用意してくれ」

 

「畏まりました」

 

 イージが立ち去りひと段落すると、彼は準備の為に密かに席を立つのだった。

 

 

 

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