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アルムとヴィーナの両名は優勝した事により、閉会式では多少違う動きをしなければならない。
閉会式の準備に向けて役員が動き出す中、運営本部は打ち合わせをすべくアルム達を呼び出したが、そこでヴィーナが急にぶち上げる。
「あの」
「何ですか?」
「私達は優勝者ですよね?」
ヴィーナがそう問いかけると、本部役員は何を言っているのだと顔を見合わせる。
「ええ、その通りですよ」
「では…………エキシビションの申請を行います」
えきしびしょん……聞き慣れない言葉に一瞬反応が遅れたが、役員達は形骸している風化しかけたルールを思い出す。
「エ、エキシビション!?しかし、それは相手の同意とか色々と必要になるのですが…………」
流石に優勝者が指名したからといって、必ず勝負を受けなければならない決まりは無い。加えてエキシビションはルールの変更も許可されているので、今から一から用意するとなると難しい。役員たちは困ったような顔をするが、ヴィーナをアルムが引き継ぐ。
「そこは大丈夫です。僕等はお互いを指名します。観客へ攻撃がそれた時点ででも失格というルールを付け加えて、あらゆる攻撃の使用を無制限に、それと制限時間を20分に延長でどうでしょうか?」
「ど、同門で戦うのですか?」
アルムの言葉に面食らって聞き返すが、アルムは苦笑する。
「実を言いますと、僕は魔法が使えますし、ヴィーナちゃんも徒手空拳をマスターしています。師匠である塾長に今日は今までの成果を披露したかったのですが、大会の枠に縛られていてお互い力を出しきれていないんです。なので、師匠にその姿を見せる為にも、僕らはサプライズでエキシビションを行いたいんです」
アルムがそういうと、役員達の目が優しげになる。
「どんな怪物達かと思いましたが、その心意気に感動しました。ええいいでしょう。表彰時にエキシビションの開催を宣言します。時間も押しているので、表彰後は直ぐに試合開始となりますが、よろしいですね?」
「「はい」」
そこでエキシビションマッチを了承した役員ははたと気付く。
「そう言えば、表彰の対象は貴方お二人だけでしたね。では簡略化して一括で表彰します。そうすれば時間も少しは余裕ができるでしょう」
各部門が8人しかいないし、そこまで大きい大会でもないので、私塾抗争では一位しか表彰されない。なのでアルムとヴィーナしか表彰台に上がることはないのだ。
本部役員はエキシビションマッチの周知を運営役員に連絡させて、着々と準備を進めるのだった。
普通に考えれば、手間が大きく増えるので面倒くさい申し込みだ。だが役員達は、まだ本気を出しているように見えなかったアルムとヴィーナの頂上決戦を、確かに見てみたいと思ったのだ。
仕事が増えたとは思えないほど、役員達の動きは軽やかだった。
◆
閉会式ではアルムとヴィーナが表彰台にほぼ立ちっぱなしで、銀のメダルを受け取り続けるだけだった。
本来ならばこの段階になると観客は2割以上は帰ってしまう。しかし出入り口にいた役員たちが、「まだビックイベントが今回は残っていますよ」とニヤニヤしながら言うので、大人しく席について何が始まるのか待っていた。
一体何が始まるんだ。観客席が騒めきで満たされる中、遂にそれは始まる。
「さて〜…………いつも通りならば、ここで閉会となりますが、此度、優勝者である2人から特殊な申請を受けて、我々はそれを受理しました!」
司会が急に明るい声で会場に向けて話し出すと、会場の騒めきはより大きくなる。
「申請された我々ですら思い出すのに一拍時間を要するほど、風化された規則。最後に適応されたのは41回前の大会。ご存知ない方が殆どの制度です。この規則では、トーナメント優勝者は、表彰後にトーナメント参加者に追加試合を申し込める制度があるのです。そしてこの度〜〜〜この両名はなんとお互いを対戦相手に指名しました!」
会場の響めきはとても大きくなり、司会は満面の笑みで叫ぶ。
「戦士枠優勝者アルム君と魔術師枠優勝者ヴィーナさんの、同門同士の究極の頂上決戦、今ここに我々はエキシビションマッチの開催を宣言します!!!!」
ドッと会場が震える程の大歓声が会場が沸き起こった。
◆
「エキシビションマッチではルールの変更が双方同意の元で許可されています。今回彼らが求めたのは、攻撃が観客に逸れた時点での失格、あらゆる攻撃の使用無制限、制限時間を20分の延長です!!」
司会が大声でルール確認をする中で、ヤールングレイプルを装備した両名は向かい合う。
「よろしくね、ヴィーナちゃん」
「塾長に魅せられる最高の戦いにしましょうね」
2人は10m程の距離を置き、拳を構えた。
「ーーーーーーーーーーーーはじめ!!!!」
先手を取ったのはアルム。金属性魔法で肉体を強化して接近すると、ヤールングレイプルの拳を突き出す。ヴィーナはそれをスレスレで流体のようにグニャリと避けると、蹴りをアルムに繰り出すが、これはアルムの手でガードされる。
いきなり始まったのは戦士枠決勝戦すら見劣りしかねない凄まじい肉弾戦。
先程以上の動きを見せるアルムにもどよめきが上がるが、それ以上に魔術師枠で参加しているヴィーナがそれに対応可能なのはど肝を抜かれる。
今のヴィーナはただの箱入り娘では無い。途轍もなく厳しい鍛錬を重ねて必死にアルムについて来たのだ。だが元々の身体能力や体力が違いすぎる。
ヴィーナは泥の腕を攻防を続けながら作り、それでアルムの背を殴るが、アルムは見もせずにヤールングレイプルを硬化した上で魔力障壁を作ると裏拳で破壊して、一度距離を取る。
そしてお次はヴィーナが先攻。泥の弾丸をアルムに向けて大量に飛ばす。
アルムはそれを土壁で防ぎ、数発だけ高熱の火の矢で撃ち抜いて土の塊に変えると、空中でキャッチ。
その弾丸の勢いに合わせて回転してヴィーナに投げつける。
ヴィーナはその高速の弾丸をヤールングレイプルで殴って破壊した。
それと同時に高速の水弾を大量に作りアルムに放つ。
アルムが目標としていた、金属を切り裂く水流。まだそこまでは到達していないが、人体ならば抉るほどの強烈な威力を今やヴィーナの水弾も持ち合わせている。
アルムはいくつかは自分の水弾で相殺して走って逃げる。それを追うように次々と弾丸が放たれる。
そこでアルムがピョンっと空中に飛び上がると、何をない空中に壁があるかのように、空中を蹴って宙返りしつつ体を捻ってヴィーナの方を向いて着地。ヴィーナに向かって走り出して大量の火の矢を降らせる。
「なんだ今の!?」
「どうやったんだ!?」
ヴィーナはその矢を水弾で迎え撃つが、火の矢の10以上がそのままヴィーナに突っ込む。ヴィーナは驚愕するが即座に手に纏う障壁を厚くして徒手空拳で対応する。
ヴィーナの水弾の射撃は完璧だった。だが撃ち漏らした火の矢があったのは、アルムが撃ち抜かれる事を見越した上で10本程度のみにその制御力を集中させて、水弾を途中で躱させたからだ。
高速であるあまりにその方向性は明確。それを逆手に取ったのだ。
そこに追い打ちをかけるように、ヴィーナの足元から小さな土の柱が生えてバランスを崩しかける。
そこに再び全方位から火の矢をアルムは放射する。
中心でかち合った火の矢は激しく弾け、小さな爆発を引き起こす。だがその中心にいたヴィーナがいない。ヴィーナを中心とした場所に大量に泥水が溢れてアルムの腰まで浸水する。アルムは探査の魔法を強化したところで、泥水を魔力塊で吹き飛ばし反射的にその場から飛び退く。
アルムの足元からは白い手が生えており、ズズズっとヴィーナが泥の中からせり出てくる。
「残念、今のは少し自信があったのに」
「もしかして隙を見せるまで計算づく?」
「臨機応変ってヤツよ」
ヴィーナは火の矢をガードしきるのは魔力効率が悪いと即座に判断。
予め発動準備しておいた魔法を発動し戦闘エリアを泥水で飽和させる異常な芸当を披露。そこから異能を使用し、聴覚に全てを頼って液状化した泥酔内を素早く泳ぎ、アルムの探査からやや逸れて足を引きずり込もうとしたのだ。
「まだ余裕そうね」
「そっちもね」
アルムとヴィーナは朗らかに笑い合うと、その笑いに似合わぬ凶悪な魔法を解き放った。




