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「先に言っておくぜ!お前は今すぐ棄権したほうがいい!」
戦士の決勝戦はアルムの勝利で終わったが、表彰は最後に全体で行われる。なので戦士枠の決勝戦の空気を残したまま魔術師枠の決勝戦に入る。
ヴィーナのが決勝戦であたったのは、赤髪の目立つ少年だった。
その少年は勝負が始まると同時に、ヴィーナに棄権を求めてきた。
「聞こえないのか!?棄権しとけってんだよ!」
別に舐め腐ってるが故の発言でもなく、ヴィーナより少し年上に見える少年は、大真面目な表情で再び勧告を繰り返す。
「ごめんなさい、何故棄権しなければならないの?」
「お前に勝ち目がねえからだよ!」
どうして?、そうヴィーナが問う前に、少年の身体が火だるまになった。
「俺の異能は『炎身』!身体を炎に変えられる!」
火だるまになりつつも、彼は普通に話し続けた。
因みに服は燃えていない事から、何らかの魔獣素材という事がわかる。
彼は説明をしつつも、急に火の槍を大量に作り出す。ヴィーナはそれを全て高速水弾で消し飛ばすが、予想よりも火の槍は丈夫で三発無ければ完全に消せなかった。スピードは遅いが、存在としての質はかなり高かった。
「(使われている魔力に対してあまりに丈夫すぎる。彼の異能は火全般の強化を含んでいる可能性も高いわね)」
1番最初はただの間抜けかと思ったが、勧告しつつもう1つの能力を伏せて攻撃しているあたり考える頭はある。
ヴィーナは最初の勧告で下がった警戒レベルを元に戻す。
「凄い異能ね。でも貴方に負ける確固たる理由は見えてこないわ」
ヴィーナは水弾を丁寧に生成し、スピードは捨てて質を上げて放つ。だが、彼に辿り着く前に水弾は強制的に蒸発させられてしまった。
「俺に水は効かねえぞ!全て蒸発するからな!!だから言っている、棄権しろってな!」
ヴィーナは飛んでくる火の槍を水弾で返すまでもなく、少し金属性魔法で肉体を強化して躱していく。
「そう……水を使う私では、貴方には決して勝てない。そう言いたいわけね?」
「そういう事だよ!!」
大放火がヴィーナに教えよせて観客は息を飲むが、炎が消えると泥の覆いからヴィーナが無傷で現れた。
「別に水だけとは一言も言ってないわよ?」
ヴィーナは泥の巨腕を作り出して、対戦相手に叩きつける。しかし当たる直前でラインの制御をヴィーナは失った。
「効かねえな!俺は獄属性持ちなんだよ!それに、消滅の魔法が1番得意なんだよ!!繰り返す!お前に勝ち目はない!!棄権しやがれ!!」
炎の身を纏う彼に火属性の攻撃は効かない。
水は全て蒸発させる。
ガードがしにくい地属性魔法の土も消滅魔法で対抗可能。
接近戦などをしようにも水が到達する前に完全に蒸発するほどの高火力。
例えばこれが天属性の魔法なら対処する方法もあるが、今日は大会の最後。それまでの時間があれば、ヴィーナが何の魔法を使うのかぐらいは調べる事は可能で、彼はヴィーナが水・金・地のみしか使えない事を自分の塾長から聞き及んでいた。
棄権勧告は舐めているわけではなく、対抗可能な物がヴィーナにはないと判断したが故の勧告だった。
しかしヴィーナは特に応える事もなく、火の槍をかわし続けながら泥の巨腕で攻撃しつつける。
そんな光景がただ5分間続き、観客達は固唾を呑んで見守っていた。
「だったらしょうがねえ。抱きついてその綺麗な肌をこんがり焼いてやラァ!」
焦れったくなったのか、金属性魔法で肉体を強化して彼自身がヴィーナを追いかけ始める。そこそこ距離があるのに、高熱がヴィーナの顔を舐めてヴィーナは顔を顰める。
「本当に、凄い火力ね…………」
「そうだ。だからさっさと降参しやがれ!女を甚振るのは好きじゃねえんだよ!!」
心意気は結構。口が下手なだけ悪い人ではないらしい。
ヴィーナはそう思うが、だからといってなにかが変わるわけでもない。
「ねえ…………」
「あ!?」
ヴィーナは逃げ回っていたが、急に立ち止まる。ヴィーナがあまりに急に立ち止まり、思わず彼も立ち止まる。
「確かに、貴方は攻防ともに優れているわ。魔法にも物理にも強い。軍入りも出来るレベルのポテンシャルは確実にある。でも、少し経験不足ね」
「…………なんだと?何が言いたい!?」
彼が吼えると身体を包む火はさらに大きくなったが、ヴィーナはただ微笑むだけだった。
「その高火力だと、いいレンガが焼けそうね?」
あ゛?と意味のわからない事を言い始めたヴィーナに聞き返そうとした瞬間、彼の足元から泥が生成されて首まで呑まれる。
「何!?」
ヴィーナとの距離は20m。発動起点の位置設定としては破格の距離だ。それに泥の質もかなりの高さ。
「こんなもの!!!!」
だがそれがどうした。彼は動こうとするも、全く身動きが取れない事に気づく。
「くっ、なぜだ!?」
周りの泥を消滅させようともたちどころに補填され、彼は動けない。
「…………種明かしをしておくとね、その泥はただの泥じゃないの。ミスリルやオリハルコンを始めとした魔化金属の精錬に使われる炉の、その炉に使われる超特殊な煉瓦の素材を模した物なの。魔化金属製の品物が高額なのは、その加工が難しいのも確かだけれど、その炉を作る特殊な煉瓦の作成が金属の加工以上に困難だからなのよ。
その煉瓦はね、普通の煉瓦と違って空気に出来るだけ触れずに超高火力で焼きあげる事が必要なの。今まで泥の巨腕でその異能の炎の温度と性質は試させてもらったわ。そして結論から言うと、貴方の温度だと煉瓦を焼くには十分足りる温度だったの」
ヴィーナが泥で覆い続けたのは煉瓦が出来ていく瞬間を見せないようにするだけではなく、出来るだけ空気を入れないようにする為だ。
「こんなもの、消滅の魔法でっ!!!!」
ここまでくれば彼も何が起きたかに気付く。そして直ぐに対処しようとするが、ヴィーナは忠告する。
「消滅の魔法は、その物質が魔法から遠く、重くて丈夫で密度が高いほどその消滅にかかるコストは大きくなるそうね?私の泥は貴方が焼き上げた時点でラインが破壊されている。つまりその煉瓦は魔力と直接繋がっていない。加えて魔化金属の炉に使うものだから、耐火強度も物質としての硬さや密度、丈夫さも筋金入り。それを全身に沿うように作られた煉瓦を消すのにどれぐらいの魔力が必要かしら?
しかも、籠める魔力が大きいほどに制御は難しい。更に付け加えるなら、消滅の魔法は射程距離が2m前後と言われるほど元々制御が難しい。少しでもミスしたら、貴方、体の一部も消えちゃうわよ?」
少々青褪める彼に、ヴィーナは美の女神の様な微笑みを浮かべて言い放った。
「今すぐ棄権した方がいいわよ?」
ちくしょーーーー!!と彼の咆哮が会場に響き、審判は旗を降ろす。
「勝者、ヴィーナさん!!!!」
大歓声に湧き上がる会場の中、ヴィーナはにこやかにアルム達に手を振っていた。




