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スイキョウさんが体に住み着いてから4ヶ月がたった。
スイキョウさんと入れ替わる事ができると分かってからは、たまに入れ替わったりして今まで教えて貰えなかった事を教えてもらってる。その中でも掛算や割算は面白かった。
九九を3日でマスターってマジかよ…………ってスイキョウさんは言っていたけれど、九九さえわかれば他の計算だって簡単に出来るようになった。元々父さんに足し算と引き算は教えてもらってたし、理屈さえ分かれば難しい物でもなかったね。
そんな事をしていたのも、雪が酷くてなかなか家から出れなくて暇だったからだ。スーリア帝国でも北方よりのこの地は、とてもよく雪が降る。雪が降り積もる時期には屋根の扉から出入りしなければならないほどそれはもうよく降り積もる。魔法で溶かしてもいいんだけれど、事故が起きやすいので父さんもやめておけとよく言っていた。
家の床を地面から2mあげてもしっかり上まで埋まる。それほどどっさり雪が降る地域だからね。つまりこの地に生きる人々は雪への対処も心得ている。毎年降り積る雪に対し各々対策は既に練っている。
そんなスーリア帝国では特段珍しくない気候なのだが、春が訪れるとあっという間に雪が溶け出すのはこの地方独特の雪の特徴らしい。スイキョウさんは納得できないと言っていたけれど、僕にとっては何をそんなに不思議そうにしているかわからない。だって物心ついた時にはこうだったし。むしろ他の地域に関しては父さんや本から学んだだけで、一向に溶けていかない雪を僕は知らない。
《いや、あんな3m越えの雪が春になったからって急に溶け出すか?》
「(うーん、多分『アイスドレン』や『ホツリトニド』が芽吹いたからだよ)」
これらの植物は春頃になると一斉に芽吹き、物凄い勢いで水を吸い上げて大きくなる。この時にアイスドレンは凄い勢いでで発熱して雪を溶かし、また更にその雪から生まれた水を吸い上げる。
この様な特性を持つ植物は【雪食い植物】と呼ばれていて、大体が滋養強壮などの高い栄養価があり高値で取引される。雪が溶けるとともに林などに沢山の人が雪食い草を取りに向かうのはこの地方の風物詩だ。
父さんは魔力を多く溜め込む植物である『魔草』の一種なんだろうとは教えてくれたけれど、魔草については詳しく教えてもらってないんだよね。
ともかく、利益が大きい分、収穫には大きな危険も伴う。雪が溶けるということは冬眠していた動物も目を覚ます可能性があるのだ。その上、長い間冬眠をすれば動物も痩せ細り、自ずと高い栄養価を持つ食べ物を求める。つまり雪食い植物は冬眠から目覚めた動物などにも大人気だ。
そうして草食動物が冬眠から目覚めてわらわら動き出せば、当然肉食の危険な動物も活発化する。
また、急な雪解けは地面のぬかるみを生む。咄嗟に逃げようたって簡単にはいかないし、腹が空いてるもんだから動物も結構しつこい。
だがしかし、国がわざわざ動いて警備兵を派遣する程に割と危険で、それ相応に実入りがいいのだ。故に毎年怪我人や死者を出しながらも懲りずに人々は雪食い草を求めてやってくる。
春が訪れてから僅か1週間で、雪はほぼ溶けて無くなった。ドアを開けて久しぶりの日の光を浴びるととても心地よい。まだ結構肌寒いし雪はチラホラ見えるけども、やっぱりこの直に浴びる太陽の温かさは暖炉の火や魔法の火の暖かさとは違うなぁ。
家の周りは特に大きく荒れている部分はなさそうだ。ただ、馬の寝床に関してはまた作り直した方が良さそうかもしれない。ただ、どうにもうまくつくれないんだよね。なぜかうちの近くだといつもソワソワして居づらそうにしてるから、きっとなにか不満点があるのだろう。けどそれはちょっと後回しだ。
《まあ確かに家に殆どこもりっきりで、俺の勧めでちょっくら運動していたとはいえ、ほぼずーっと家の中に篭りっきりだったからな》
暖かさで少し気が抜けるが、のんびりしている場合ではない。まだ時間はあるけれど暫くすれば警備兵に率いられた街の人々がやってくる。そしたらあっという間に林は踏み荒らされてしまうだろう。その前に見えてる範囲の雪食い草はできるだけ取ってしまいたい。
父さんがくれた子供用の雪靴はギザギザが付いているので泥でぬるぬるした地面でも滑ったりし難い。そのことに感謝しつつ、せっせと草を引っこ抜く。
《ところでアルム、お前の母さんがいないが?雪食い草はいいのか?》
「(もう家を出てるよ。雪食い草はたしかに価値のあるものだけど、全部自分の家に抱え込むくらいならある程度は売った方がいい稼ぎになるんだ。首都に転売すればボロ儲けできるってお祖父さんも言ってたよ。だからこそ商人はこぞって買い上げるんだけれど、街全体がお祭りみたいになるから買い取る方もそれなりに用意が必要なんだって。それに、それだけ稼ぐとみんなの財布の紐も緩くなるから厳しい冬からの解放と相まって色々な物を売り出すのに最高の時期の1つなんだってさ)」
そう僕が説明すると、スイキョウさんは楽しそうに笑った。
《なるほど、面白い文化があるもんだな。あっ、アルム。草を抜く時はその地面に振動を与えつつ水を入れていくと抜けやすいと思うぞ》
僕が雪食い草を抜こうとかれこれずっと踏ん張っているのを見かねたのか、スイキョウさんは助言してくれた。
「(水は簡単に出せるけど、地面を揺らすってどうすればいいの?)」
《…………できないのか?》
「(うん、地属性が使えても僕は探査の方に特化してるから)」
そもそも魔法は何かを生み出すものであって働きかける物ではないと思う。やはり魔法は生み出すことが本質だと思う。
《複雑だな。まあいいや。だったら植物をある一定の方向に引っ張って、地面と根の間の隙間に勢いよく水を出せるか?》
「(それなら任せて)」
スイキョウさんの指示通りにやってみると、さっきまで頑なに動かなかった根っこが徐々に動き始める。しばらく粘っているとズポッと引っこ抜けた。
「わあ、大物だ!」
その大きさは1mを超えるほどの根っ子。スイキョウさんは黒くて長いダイコンみたいだと言っていた。“だいこん”ってなんだろう?何かの植物かな?
「(そっか、掘削できないから葉っぱだけで諦めることもあったけれど、こんなやり方があるんだね)」
《何事も使いようって事だ。ほれ、次だ次。疲れたら代わってやるよ》
「(うん、ありがとう)」
この数ヶ月、ただ家にこもっていた訳ではない。
スイキョウさんとの体の交換について、色々と実験をしていた。
その中で色々わかったけど、まずハッキリとしているのが入れ替わりの主導権は僕が握ってるという事。
次に肉体の感覚について。痛いとか寒いとかは体を動かしてる方しか感じないことがわかった。肉体という縛りが無いからか、体を動かしていない方は窮屈とか熱いとか寒いとかそう言った事とは無縁だ。1ヶ月も僕の体の中にいてスイキョウさんは窮屈なんじゃないかと思っていたけれど、実際に入れ替わってみると居心地は全く悪くない。むしろやたら居心地がいい。
肉体に関しては、動かしてる人、スイキョウさん曰くコントーラーが変化しても肉体自体は変わらない。僕の肉体が感じた疲労や眠気は入れ替わった時にコントローラーが引き継ぐことがわかった。
例えば僕が空腹の時、スイキョウさんと交代する。そうすると精神体になった僕は空腹から解放されて、スイキョウさんが空腹を引き継ぐ、というか感じることになる。
これは疲労などでも同様の結果だった。つまり僕が疲れたからと言ってスイキョウさんと交替しても身体の疲労がリセットされるわけではない。訳ではないけど、精神的に凄く楽になる。その分スイキョウさんには辛い状態からスタートとなってしまうけど、スイキョウさんは気にしなくていいと言っていた。
けれど1番の問題は、魔法だと思う。この数ヶ月2人で最も頭を悩ませたのがこれだ。
まあそれは今は置いておく。今は雪食い草の収穫に集中しなければ。
前半は魔法を使える僕が根っ子が深い雪食い植物を重点的に狙い、疲労が溜まったら交代。後半は草だけを刈り取ればいい雪食い植物をスイキョウさんが収穫する。幸い僕は【極門】があるので、普通の人が頭を悩ませる回収した植物の扱いについては全く問題がない。【極門】はスイキョウさんには使えなかったけれど、しまう時だけ一瞬交代すればいい。
数時間ほど収穫に勤しむと、足場が滑りやすいだけあって体に疲労がたまる。金属性魔法で少々の疲労程度はどうにか出来るが、魔法を使った分だけ魔力の方は消費する。もう少し収穫したかったけれど、スイキョウさんは深追いは禁物というので一度家に戻ることにした。




