48
結局アルムの判定は本部でも協議され、アルムが決め手がなくて困っていることを伝えると、本部は自らの運営の不備を認めてアルムの判定勝ちとして、アルムには床に10秒以上相手を倒れさせたら判定勝ちということになった。
対戦相手の少年やルンミョン私塾は最後まで抗議していたが、検査の結果少年の腰に軽度のヒビが入っている事が判明し、実力差は圧倒的と判断。本部は一切抗議に取り合わなかった。
しかしアルムの実力は完全に観客にも知れ渡る。誰がどう見てもアルムが少年を床に転がし続ける一方的な展開だったのだ。
となれば、次のヴィーナにも期待が高まる。
「ーーーーーーーーーーはじめ!」
フラッグが振り下ろされ、ヴィーナは対戦相手と向かい合う。しかし何方も動かない。ヴィーナの対戦相手はアルムの結果を受けてヴィーナに相当警戒しているのだ。
「な、なんで攻撃してこない!?」
思わず対戦相手の青年が問いかけると、ヴィーナは困ったような顔になる。
「塾長に、先手は譲れと言われたので。だからお待ちしてます」
「は、はぁ!?」
何を言っているんだこいつは、と思うもヴィーナは一切攻撃の姿勢も見せず、魔力すら動いていない。何を考えているんだと思いつつも、なんの魔法の発動準備もしてない今は攻撃のチャンス。
自分ができる最高速度の水弾をヴィーナに飛ばす。
しかし自分から数mのところで水弾が消失した。
「え?」
残されたのは水飛沫のみ。周りも何が起きているか分からずにどよめく。
ヴィーナが今一体何をしたのか、それを理解できたのはゼリエフやアルムをはじめとしてほんの一握りだ。
理解不能な現象に戸惑う青年は、ヴィーナが異能でも隠し持っているのかと思うが、心を読んだようにヴィーナが答える。
「異能ではありませんよ」
一体何が起きてるんだ。ただただ魔法の準備もせずに佇むヴィーナに異様な不気味さを感じる。依然としてガードはしていない。
今度は30個の水弾を作り出す。
だが、ヴィーナは何も動かない。
言い様も知れぬ恐ろしさを感じた対戦者はほぼ手加減抜きで水弾をヴィーナに飛ばす。しかし今度は2mも満たない位置で水が弾けて消える。
「な、何をしているんだよ、お前はぁ!!」
対戦相手は闇雲に水弾を飛ばし続けるが、数mもいかずに全部消えてしまう。やがてゆっくりとヴィーナが対戦相手に歩み出す。
「(凄いね、僕もあれは難しいよ)」
《なかなかやってる事はエグいよな》
観客も魔法が全然発動しない対戦相手と、何もせずにただ近づいていくヴィーナに呆然としてしまう。
そして既に腰が引けて壁際まで追い詰められた対戦相手の前に、ヴィーナは辿り着く。
「私、塾長にケチをつけられるのも腹が立つけれど、魅せる試合がどうしても分からなかったの。やっぱりうまくいかなかったわ。塾長の御家芸を真似したつもりだったのだけれど」
「な、な、何を言っているんだ?」
やっぱりダメか、相手の反応を見てヴィーナは気落ちする。
「種明かししましょうか」
ヴィーナは観客にも見えるように、中央に大きめの水の玉を作る。次の瞬間、何かが突き抜けたように水の玉が一点から破裂した。
だが、周りには勝手に水の玉が破裂したようにしか見えず、顔を見合わせる。
これではわかってもらえない。
そう思ったヴィーナは土壁を中央に作り出すと、自分の近くに小さめの水弾をいくつも浮かべる。
「これをやっていたのよ」
ヴィーナがサッと手を振ると目の前にあった水弾は消えて、土の壁に穿ったような穴がいくつも開く。ここで漸く周りのヴィーナが何をしていたのか理解し始める。
「貴方、生成スピードも制御スピードも遅いのよ。アルムに慣れちゃうと、やっぱりダメね」
ヴィーナは何もしていなかったのではない。対戦相手が水弾を放ってから超高速で水弾を作りピンポイントで相手の水弾を撃ち抜いて相殺していたのだ。ただ一連の流れがあまりに速すぎて、魔法が発動していないように見えていたのだ。
「こ、降参です!」
対戦者が棄権すると、会場はとてもない盛り上がりを見せる。大歓声の中、平然と立ち去ろうとするヴィーナを対戦相手は呼び止める。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。アルムって戦士枠に出てたあの子だろ?あいつが君の水弾より早く動くのか!?」
それを聞くと、ヴィーナはクスリと笑う。
「流石にそれはないけれど……躱しはするかも。私が言ったのは生成スピードとかの話。彼、本当はバリバリの魔術師よ?そして本気を出したら私の数倍強いわよ、多分ね」
それを聞いて、対戦相手はバッキリと自信を折られてへなへなと座り込んでしまうのだった。
◆
「(これは、我ながら酷い)」
勝ち進んだアルムは次の対戦相手と当たるが、アルムは勝負をつけようとするも辟易していた。
アルムはゼリエフから関節技や抑え技は教わっていない。それに相手は武器を持っている。ではどうやって10秒間床に寝かせ続けるか?
《蹴り続けるしかねえんだよなぁ…………》
一度相手を転ばせたら、立ち上がろうとするたびに手を踏みつけ腕を蹴り脚を蹴り兎に角立つ為に踏ん張らせない。だが見た目はただのリンチだった。
1回目に転ばせる事に成功した後は、さっき怪我させたことが尾を引いて手加減をし過ぎてしまい、再びギリギリで立ち上がられてしまった。
しかし自分が立とうとする所を蹴り続けられるのは相当の恐怖だったのだろう。相手は完全に腰が引けて逃げ回っていた。
本部もルール変更に失敗した事に気付いていたが、今更途中で止められない。
最後はいよいよ逃げに入った相手をアルムがすかさず蹴倒した瞬間、棄権を表明。少し後味の悪い試合になったのだった。
◆
「ふっ、スピードはあっても障壁を抜けられない以上関係ないわね!」
一方、ヴィーナ。次の試合ではまるで昔の自分を更に悪化させたようなほどに勝気な、そばかすの目立つ少女にあたった。
「私の天属性魔法の前にひれ伏すがいいわ!」
なんで属性を明かしてしまうんだろう。ヴィーナは相手の戦闘経験の低さに少し溜息を吐くが、それを少女に目敏く気づかれて激怒させてしまう。
「綺麗だからっていい気なるんじゃないわよ!!!!」
空から大量の雹が出現し、会場は響めく。
だがヴィーナは何も準備していない。
「ボロ雑巾にしてやる!!」
ルール違反スレスレの最大威力の雹が大量に降り注ぐが、ヴィーナに当たる寸前に全てが粉々になり、ダイヤモンドダストのように空中で煌めいた。
「綺麗ね……」
その煌めきの中で佇むヴィーナは神々しさを放っており、会場が静寂に包まれる。
「くそおおおおおお!!!!」
四方八方から雹がヴィーナに飛んでいくが、全てが超高速水弾で粉々に砕かれてキラキラと輝く。
「さっきも思ったのだけれど、どうして単一の魔法しか使わないの?」
例えばアルムの光の矢。あれも天属性だが、あのタイプの攻撃は水弾では上手く相殺できない。その魔法を使われたら対処を変えなければいけないとヴィーナは考えていたし、むしろ迎撃する準備も整っていた。だが飛んでくるのはさっきから無効化され続ける雹ばかりだった。
しかしながら、これは対戦相手が未熟というわけではない。ヴィーナは失念しているが、属性の適性があっても得手不得手は存在する。例えばアルムの場合、逆に光の矢より雹を降らせる方が難しい。ヴィーナ自身、地属性の探査はかなりのレベルまで鍛えても、最も得意とする泥の魔法には敵わない。
だが光や雷の方が攻撃力が高いのは確か。ヴィーナの疑問は対戦相手のコンプレックスに深々と突き刺さる。
「だまれえええええええ!」
明らかな規定以上の大火炎が少女から放たれるが、ヴィーナは大量の水の塊を即座にぶつけて火を相殺し少女ごと壁に叩きつける。少女は強かに体を打ち付けて、あっさりと気絶した。
「勝者、ヴィーナさん!!」
空気が割れんばかりの大歓声が上がる中、ヴィーナは1人、「魅せる試合って何かしら?」と考え続けているのだった。




