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「だが、ここまで言っておいてなんだが、1番は自分の身の安全を優先する事を最も念頭においてほしい。都市からわざわざ魔術師達を雇って万が一が起きないように気をつけているが、それでも時に不幸な事故が起きる事があるのだよ」

 

 

 そう言うと、ゼリエフはアルムとヴィーナとアルムの頭を優しく撫でる。

 

 ゼリエフが私塾抗争参加の辞退を始めた本当のきっかけは、教え子の1人が障害が残るような大怪我を私塾抗争で負ってしまったからだ。


 もうあのような光景は二度と見たくない。

 

 戦場で仲間達や教え子の死も見てきたゼリエフだが、覚悟もできていない将来ある子供達が、自分に子供がいないが故に子供のように思う塾生が、目の前で大怪我を負った光景はトラウマだった。

 

 だが万が一でも、この2人なら問題ない。そう思えたからこそゼリエフは出場を考えたのだ。

 

 

「勝ちにこだわらずとも良い。自分の実力を、存分に発揮してくるんだ」

 

「「はい!」」

 

 ゼリエフは元気な頼もしい返事を聴くと、にっこり笑う。

 

 ロベルタにも身嗜みをチェックしてもらい激励の言葉を受けると、アルム達は控え室を出る。

 

「ねえ、アルム」

 

「なーに?」

 

 控え室を出ると、アルム達はすぐに待機用の部屋に向かわずに立ち止まっていた。

 

 

「エキシビションマッチって制度、知ってるかしら?」

 

「確か、トーナメント制の弊害で戦えない選手同士がいるから、優勝者が任意で他のトーナメント出場者と追加の一戦をする事ができる制度だよね?」

 

 基本的に優勝が決まったのにわざわざ更に勝負を挑む者はいない。既に廃れて形骸化しているルールだが、アルムもヴィーナも事前にルールは隅々まで確認したので、そのルールを覚えている。

 

「多分ね、私達の実力をゼリエフ塾長が満足するレベルで見せられるか、私にはうまくやり自信がないの。魅せる試合は私には無理だわ。だからねアルム、優勝したらエキシビションマッチの相手に貴方を指名するわ」

 

「え、でも僕は戦士枠だよ?」

 

「ええそうよ。でも色々な記録を、それも何度も調べたけれど、エキシビションマッチの指名相手の規定は“今大会のトーナメント参加者” としか書かれていないの」

 

「わかったよ。じゃあ僕も優勝しなきゃね」

 

 ヴィーナ達も知らぬ事だが、実はヴィーナのエキシビションマッチの指名方法はヴィーナのやり方が正規の方法だ。元をたどれば、戦士と魔術師の優勝者のどちらが強いのか、それを見たがった昔のとある貴族のわがままで追記された特殊ルールなのだ。

 

 

「じゃあ、また後で」

 

「うん」

 

 2人はどちらともなくギュッと、今までより少し長くハグすると、それぞれの待機用の部屋に向かっていった。

 

 


 

 

「大変長らくお待たせいたしましたーーーー!これより第52回、私塾抗争in円形闘技場、トーナメント戦を開始致しまーす!」

 

 闘技場に設営された簡易ステージの上で、役員が開催を宣言すると、大きな歓声が上がった。

 

 因みにこの司会役を務める役員は武霊術で声帯と肺を強化して、生声で会場に声を響き渡らせている。元は軍の点呼用に開発された術だが、こうした催しでも使われる。

 

 

 司会者はエントリーしている戦士と魔術師を交互に呼び出して、少々の解説を入れていく。呼び出された者は闘技場に出て行き、役員が指定した場所に並んでいく。

 

 

「さあいよいよラストの組です!!戦士枠エントリーナンバー8!ゼリエフ私塾代表アルム・グヨソトホート・ウィルターウィル!!」

 

 アルムが出てくると他の選手同様に歓声が上がるが、前半から見ている連中は驚嘆して動揺混じりの声を上げる。何故なら、元より3部門兼任でも異常なのに、戦闘までしようとしているのだから。

 

 

「後半からご覧になる皆様には今の一部観戦者のどよめきは些か不思議に思われるでしょう!なんと彼は、既に前半で『基礎学術』では2位とダブルスコア以上を叩き出し優勝、大会新記録を達成!『一般教養』と『貴族のマナー・慣習』では周りの参加者に解答のチャンスすら与えず完封優勝!そんな彼がなんと、戦士のトーナメントにも姿を現しました!!ゼリエフ私塾は十数年間出場が途絶えていましたが、満を持して天災級の寵児が送られてきました!!一体彼が選手としてもどれ程の実力を誇るのか、全くもって未知数となっております!!!」

 

 

 司会の解説が入ると、会場は響めきで満たされた。そしてギャンブラー達がガミガミと怒鳴り合う。人数合わせの出場なのか、それとも…………事前情報のない完全なダークホースに会場は荒れる。

 

 

「続きしては〜最後の大取り、魔術師枠エントリーナンバー8、ゼリエフ私塾代表アルヴィナ・ネスクイグイ・フロリヴガ!!」

 

 ヴィーナがその姿を表すと、会場の視線をヴィーナが独占した。それ程までに場違いに感じるほど可憐で美しい姿だったからだ。

 

 

「彼女もまた、同門のアルム君に劣りません!『敬語』では圧倒的な存在感で断トツの優勝!商人の枠では得票率100%という前代未聞の数字で優勝を果たしております!!そんな彼女が、魔術師のトーナメントにも姿を現しました!!ここまで全ての部門でゼリエフ私塾が完全優勝!!彼等は此処でも怪物級の才能を見せるのでしょうか!?全部門優勝という前代未聞の歴史的瞬間に、私達は立ち会うのかもしれません!!!」

 

 

 

 爆発するような歓声が上がり、会場のムードは最高に高まる。

 

 

《露骨に煽ってプレッシャーかけたな》

 

「(なんでプレッシャーをかけるの?)」

 

《まずは会場を盛り上げたほうが、財布の紐が緩んで賭けが白熱して儲かるからだ。あとは、単独優勝は少し困るからだろ。私塾は商人がスポンサーだからな、単独優勝だとスポンサーやってる商人も面目丸つぶれだ。だが…………そんな事は気にしてやる必要はない。あくまで結果論であって今まででも全部門優勝は他の塾にも可能性はあった事だ。アルムは、恩師への顔より知らない商人の顔を立てるか?》

 

「(嫌だ。僕は、ゼリエフさんに晴れ姿を見せるためにいるんだ。それにヴィーナちゃんとも優勝を約束したからね)」

 

 

 アルムはそう宣言すると、プレッシャーを全く気にした様子もなく、リラックスした状態を保つのだった。

 

 

 

 

 

 

 周りが多少そわそわしながら待機用の部屋で待つ中、アルムはジッと目を瞑り魔力の流れの質を高めていた。時折歓声が上がり、部屋を出て行った者の内、1人しか戻っては来ない。部屋の中の選手は1人、また1人と減っていき、アルムの番になる。

 

 

「戦士枠第4試合!ルンミョム私塾代表、----君に対するは、ゼリエフ私塾代表、アルム君!!」

 

 アルムが会場入りすると、途轍もなく大きな歓声が上がった。それを見て相手の選手は顔を顰める。

 

「ルールは敢えて言うまでもありませんが、非殺傷用の武器のみしか使用は許可されていません。また、頭部への直接攻撃は反則です。選手が棄権の意思を表示した場合、運営側が勝負ありと判断した場合は即時戦闘を終了してください。以上の事を守らなければ、失格となります。それでは、双方武器を取ってください!」

 

 司会が指し示すリングの外縁には木製の武器が並んでいる。

 アルムの対戦相手になった少年は、迷う事なく槍を取る。

 

「おい、お前も早く選べよ!」

 

 だがアルムは一向に武器を取りに来ない。少年はイライラしながら怒鳴ると、アルムは笑って返す。

 

「僕は無手なんだよ。だから武器はいらないんだ」

 

 そう言われると少年は憤慨した様に顔が真っ赤になる。

 

「ふざけやがって!!絶対泣くまでぶちのめしてやる!!!!」

 

 

 少年は地団駄を踏んで怒っているが、アルムは苦笑いして、プロテクターの皮鎧が邪魔だなぁ〜……と全く別の事を考えていた。

 

 

「それでは試合を開始します。双方の所定の位置に。制限時間は10分です。…………はじめ!!」

 

 司会のフラグが振り下ろされると、いきなり少年は突っ込んできた。

 

 構えも何もない怒りに任せた突撃。だがそれは僅かにアルムの虚を突く。

 そして2つ目のステップで、武霊術でも基礎中の基礎の『浮軽霊術』で身体を軽くして急加速する。

 

 その穂先はアルムの心臓部分に一直線に伸びていた。

 

 

 幾ら木の槍で皮鎧があっても、武霊術で体を鍛えてる上での急加速で心臓部分を突けばかなりのダメージが入る。元々少年は美麗な上に騒ぎ立てられるアルムが気に食わなかった。

 

とった!

 

 少年は胸中でほくそ笑む。

 

 だが次の瞬間、アルムの姿がブレると腰骨に強い衝撃が走り成すすべもなく横へ吹き飛んだ。

 

 

《ちょっ、アルム、集中しろ!大怪我させちまうぞ!》

 

「(うん、ちょっとぼーっとしてた。ごめんなさい)」

  

 今しがた何が起きたのか。アルムは突っ込まれて一瞬は虚を突かれたが、少年がフェイントをかけない事を体の動きで読むと、反射的に金属性魔法で身体能力を強化して、突っ込んできた少年に対して槍を右に僅かに逸れて躱しながら、姿勢を低くしつつ手を槍の持ち手に滑らせて方向性を変え、姿勢が僅かに崩れた少年の、皮鎧のガードが無い腰骨を膝蹴りで蹴り抜いたのだ。

 

 そしてここまでの流れは、ぼーっとしていて急に対応したのでほぼ反射でやっており、手加減がかなり甘くなっていた。

 

 

 腰骨から全身へ衝撃が抜けた少年は、受け身も取れず床に身体を叩きつけられる。手から離れた槍がコロコロと転がっていった。

 

 

「ごめんね、大丈夫?」

 

 

 もしかして腰を壊してしまったかも。

 アルムは心配になり咄嗟に謝ったが、それは少年にとって非常に屈辱的だった。

 

 痛い、とてつもなく腰が痛い。だがアルムの言葉によって燃え上がった憤怒は痛みを凌駕した。

 

「ブッ殺す!」

 

 槍を掴むと、少年は立ち上がる。

 何が起きたか正確には分かっていない。ただそのいけ好かない顔に失格になろうと一撃くれてやるつもりだった。

 

 

「うぉぉぉぉおお!!!!」

 

 高速で突き出される槍。アルムはひょいひょいと躱すと、突きの甘い一撃を手で逸らしてバランスを崩させ、少年の膝にローキックを入れて再び地面に転がす。

 

 だが少年は即座に立ち上がり、再びなにかを叫びながら突っ込んでくる。

 

「(ねえ、スイキョウさん。僕、今しがた重大な問題に気がついたかも)」

 

《どうした?》

 

 アルムは少年をいなしながら困った顔をする。

 

「(武器だと、相手の急所に得物を突きつければそこで終わりなんだけれど、無手ってどうすればいいのかわからないんだ。拳で急所を攻撃しても落命判定は取れないし、時間が来るまでずっとこの状態かな?)」

 

《言われてみればそうだな》

 

 顔面に攻撃していいのなら眉間か何処かを殴って昏倒させて終わりだが、顔は攻撃不可。首も少し危ない。なら何処で判定勝ちすればいいのか、アルムには分からなかった。

 このルール、はっきり言ってしまえば無手を想定していない。当たり前のことながら無手より武器を持っていた方が強いからだ。

 

 

《股間でも潰すか?》

 

「(さらっと凄いこと言い出すね)」

 

 主要な急所は大体皮鎧でガードされている。しかし股間はガードしてても衝撃が抜ければ相当に痛い。だがあまりにえげつないのでアルムは却下する。

 

《じゃあ、もう方法は1つだろ?》

 

「(え?)」

 

 スイキョウの勝利方法を聞くと、アルムは思わず苦笑したくなる。

 

「(よくもそんな簡単にルールの穴を見つけるよね)」

 

《相当グレーゾーンだが、確認した限り頭部への“直接攻撃”は反則だからな。文句を言われたら俺が変わって言い返してやるよ》

 

「(じゃあそれを信じようかな!)」

 

 徐々にバテてキレのない少年の攻撃を見切ると、まずは突きを横にではなく下に勢いよく逸らす。

 少年は槍が地面につっかえて、一瞬動きが止まる。

 

 その槍をアルムは掬い上げるように足に乗せて、一気に少年の方向へ蹴り上げる。

 そうすると、少年の手を中心に回転した槍が、少年の顔面を強かに打つ。

 

「がっ!?」

 

 予想外の衝撃に顔面を抑えて床を転げる少年。アルムは床を転がった槍を素早く回収すると、少年に突きつける。

 

「…………審判?」

 

 アルムが司会に目線をやると、司会は困ったように本部に視線を向ける。

 

「が、顔面への攻撃は…………」

 

「僕の蹴った槍が当たっただけです。直接攻撃ではありませんよね?」

 

 アルムが行ったのは相当なグレーゾーンの攻撃。だが、どう見てもあのままで少年が勝つとは審判だけでなく周りの誰もが到底思えなかった。

 

 

「勝者…………アルム君!」

 

 

 その判定に、会場から大きな歓声が上がった。

 

 

 

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