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『ふむ、では逆に何故魔術師が武霊術を使えないか考えたことはあるか?魔術師にも当然霊力は存在する。なのに何故、その力を引き出せないのか。少し不思議に思わんか?』
「…………うーん、条件としては魔法が使えるか否かですよね?となるとやはり魔法に原因があるとしか思えませんが、魔法が使えるからと言って霊力を扱えない説明にはなりませんよね?」
『そうじゃな』
そう言うと、イヨドは尻尾を一振りする。するとイヨドの前に氷の霧の壁が部屋に現れ、空中で三層に分かれた。
『まず1番上の層が肉体だ。これは最も外側にあるために外界からの刺激を受け易く、故に柔軟性を持つ。中間の層が精神だ。ただの器である肉体と生命の根本である霊力を繋ぎ止めている。そして1番下が霊体。生命が生命たる大元のエネルギーである霊力の塊だ』
霧を見つめながらアルムはふんふんと頷く。
『しかしこれは一般的な大多数の人間だ。次に戦士の状態を表す』
すると、精神体と霊体の層が増加して、精神体と霊体の間にあった10cm程の隙間がピッタリくっ付くスレスレまで接近する。
『武霊術に適性がある連中は、霊力を多く持っているので霊力と魔力の境目が薄い。なので人間達は同じエネルギーだと研究当初は誤認していた。霊体の持つエネルギー効率は極めて大きく、これが肉体に移ると…………肉体を大きく向上させる』
そう言って霊力を表す霧が魔力の層を通過して僅かに肉体に流れ込むと、肉体の層はかなり分厚くなる。
『魔力を体内に循環させると成長しやすいのは、流れを作る事で霊力がより肉体に流れ込み易くする為だ』
そう説明を終えると、イヨドは層のバランスを元に戻す。
『では、これが魔術師になるとどうなるか』
イヨドが尻尾を振ると、精神体の層と霊体の層の間に頑強な氷の板が作られる。
『この氷の板は神々の干渉を表しておる。体内の魔力は本来揺らぎ易く、先ほど見せたように霊力が多ければ簡単に通過して霊力は肉体に届く。魔力は上にも下にも逃げる場所があって、なかなか形にならない。その掴みようの無い揺らぎやすさは、本来コントロールできるものではない。しかし神がこうしてゆらぎを抑える土台を作ってやる。するとコントロールのし易さが跳ね上がる。それを扱う事で、人間は魔法を使えるのだ。そして魔法という奇跡を起こしても寿命が縮まないのは、神の干渉の副作用で霊体への影響がブロックされるからだ』
そこでアルムはハッとする。
「成る程、魔法が使える、つまり神の干渉があると霊力が出ていかないけれど、逆に出すこともできなくなるんですね!だから魔術師は武霊術を決して使えない!」
『その通りだ。人間の使えるエネルギーよりもこの干渉は遥かに強固だ。故に魔術師に武霊術は使えない。その代わりに生命エネルギーの減衰も少なくなるので寿命が少し伸びる。森棲人種や魔人種、土棲人種などが人間より長命傾向なのも先天的にこの仕切りを持っているからだ。逆に獣人種や蟲人種などは先天的に層の隙間がほぼなく、精強な肉体や身体的特性を得る代わりに寿命は人間より些か短命の傾向にあるのだ』
「な、なるほど。なんか凄い秘密をあっさり教えてもらってありがとうございます。では人以外ってどうなるんですか?魔獣は魔法も使えて肉体も精強ですよね?龍とかその最たるものですし。あるいは異能はどう捉えればいいのでしょうか?」
アルムの貪欲なまでの知識欲が顔を覗かせ始めると、イヨドは溜息を吐く。
『…………我が自ら説明し始めたから、多少は答えてやろう。まず異能も魔獣は根本は一緒だ。あれは神々の干渉が多大に入っている。神の眷属、神のほぼ分身の末端と言える存在が獣と交わり魔獣は生まれるのだ。だが干渉が大きすぎるあまりに層の区分がかなり複雑で、故に純粋な生物としての区分から多少逸れている。故に繁殖能力が低いのだ。異能もただ層の間に干渉するだけではなく…………』
霧の3つの層の中に、その三層を貫くような形で氷柱が何本も現れた。
『こうして生物としてのの根本的な構造を少し崩してしまうのだ。故に本来は使えるはずもない能力の行使を可能にする。実は異能を使う者はかなりの末端の末端にはなるが神々の眷属と近い。しかしその力が微弱ゆえに、魔獣の様な子孫への性質の継承は起きない』
イヨドがそう説明すると、アルムは黙り込んでしまう。
『今ので不思議に思ったのであろう?なぜ自分の一族が異能を継承するのか』
「…………はい。というかイヨドさん知ってるんですか?」
『“縁脈誓約の魔法”をただの緊急救助の連絡のためにかけた魔法とでも思ったか?それにアルムの父親にも会っている。似たような異質さを親子で持っていたとなれば何となく気がつく。だから教えてやろう、アルムの一族はおそらく人間型の魔獣と呼べる存在なのだ。
その祖先に神の眷属と交わった者がいて、その力が異能という形で顕現している。故に異能が継承されている。しかしそこまで絶大なエネルギーがないので、子供全員が継承するわけではないのであろう。もしアルムの一族の子供が全員異能持ちなら世界はもっと異能持ちで溢れている。アルムが全属性に素養を示しているのもその副作用だ』
イヨドがそう言い切ると、アルムはポカーンとしてしまう。
《これって本当はもっと後で明かされる凄い秘密じゃないの?お約束ガン無視?》
スイキョウが茶々を入れるが、それに反応すらできないほどアルムは呆然としていた。
「………………人型の、魔獣?」
「そう驚く事ではないぞ?人も動物も構造的にはただの獣でしかない。死んでも魔残油が出来ない程度に微弱な力だから、継承も1人だけなのだ。それに、アルムの一族の様な存在は居なくもない。神々は気紛れだ。生物と眷属を交えてみたりすることも無くはない。ただ、力がある者は騒動にも巻き込まれやすい。そのなかで生き残ってきた一族の1つがアルムの一族というわけだ。
世界を見れば他にもいる。しかしアルムもわかってるように、その秘密の口外は決してしない。何故なら危険だからだ。だから世界ではその様な人間の存在にあまり気づいていない。
国家ではこれを血統の印としているところもある。この帝国の皇帝とやらも勇者の子孫を名乗り、異能を継承している。あれらも翻れば祖先に神々の眷属が居るわけだ。だがそれはよくよく考えてみれば、魔獣とよく似ているわけだ」
余談ながら、魔残油とは肉体における血液と魔力と霊力が融合して生成される物質である。生物は死亡時にその霊力を消失するが、三層にきっちり分かれておらず各層が若干融合している魔獣は、死んで霊力が形を保てなくなると魔力にも肉体にも相互に作用する。霊力の大部分は消失するものの、その中で混じり合っていた部分が消失せずに具象化する。
お互いがお互いを補完し合うので魔残油の持つエネルギーの損失は極めて低下していく。それは熱だろうが電気だろうがエネルギーである限り保持する。
だがアルムの様な人種は、それほど生物的に壊れていないので、死亡時に霊力は普通に消滅して魔残油を生成する事はない。
実は完全な人型の魔獣も存在するが、それはそもそも人としてカウントされていないのでアルムの認識からも逸れている。
プレーンタイプとされる人間とは別の種族、森棲人種や土棲人種、獣人種などはこの中でも単一存在と呼べるほど強大な神の眷属と人間が交わり、それが安定した状態になった物だ。
彼等はアルムの一族の様に異能の力として何かを発現せず、生物的特性として種族的に共通な力を発現させたのだ。
元が人間なのでプレーンタイプの人間とも交配できるが、異種族同士での交配が少し難しいのは特性がお互いに衝突する為である。なので人間と〜〜人種のハーフは一定数いても、ーーー人種と〜〜〜人種のようなハーフは珍しい。例え子供ができたとしても特性が噛み合わずプレーンタイプの人間に近い子供が生まれる事が多い。
更に余談ではあるが、人間はその数の多さから多くの多種族と交流し、結果として多勢の神々を信仰するが、異人種は祖先が神々絡みで割とハッキリしているので信奉する神も当然偏る。なので同じ神を信奉している場合、その人間達との交流は結べたが、完全に他の神を信奉する自分以外の異種族と友好を結ぶには時間がかかった。
故に人間は幅広い地域を支配し、今もその大体数を占め、最も繁殖しているのだ。
閑話休題。
「ぼ、僕の一族にそんな秘密があったんですね。でも父さんも知っていませんでしたよ?」
『だから言ったであろう。力ある者は騒動に巻き込まれると。子孫に全て伝える前に死んでしまえば自ずと失伝していくのだ』
イヨドの言う通り、アルムの一族はかなりの激動の人生を過ごすことが多い。そのなかで情報が失伝していったのだ。現に今のアルムも同じ状況にあると言えるだろう。
《ジョ◯スーター家の一族なのか。それは大変だな》
再びスイキョウが茶々を入れるが、アルムもそれで冷静になってきた。
『ここまでの説明は良さそうだな。では、本題に戻ろう』
アルムはかなり衝撃的な事実の連続で忘れていたが、本題を思い出す。
『アルムの鍛錬の方法は、戦士が行なっている鍛錬を極めてキツくしたものだ。もちろん、魔術師は霊力に干渉できない事は今迄の説明で理解しているだろう。だが、アルムは例外なのだ。この氷柱の如く層を跨り、継承すらされる強力な異能を持ち合わせている。人間は強烈な痛みを覚える事で生命本能が強化され、霊力が活性化する。それを極めて高いレベルで活性化させれば、異能を仲介して神々の干渉を潜り抜けて霊力を肉体に与える事ができる』
「…………寿命が縮んじゃうのでは?」
『神々の干渉は強力だ。アルムがあのように辛い鍛錬をしても、戦士がアルムと同様の鍛錬をする効率の1/20くらいだ。加えて肉体の強化のみで、術と呼べるほどの技は使えない。だが、逆に一度に流れる霊力が微量だからこそ回復が間に合わないような絶対量を消費せずに済む。普通の戦士がアルムと同様の鍛錬をすると、20倍の速さで成長していくが寿命は途轍もない勢いで削られていくぞ』
それでも1/20と聞くと多少は気落ちするアルムの頭に、コツーンっと氷がヒットする。
『何をしょげておる。霊力の流入は闇雲に体を鍛えては辿り着けない肉体を作るのだ。普通に鍛えても肉体の層は絶対に厚くはならんのだ。それを可能にするのは霊力しかない。加えて、金属性魔法となればその効果は絶大だ。何故なら根本から肉体の格が上昇するのだから、金属性魔法による強化率は急激な上昇を起こすのだ』
ただ足を鍛え続けても、人間が3mの壁を飛び越える事は出来ない。握力を鍛え続けても鋼鉄を砕く事は出来ない。それを可能にするのが霊力だ。0と1の間には永遠に辿り着けないほど大きな差がある。
ある意味アルムは魔術師の原則を無視する事ができるのだ。当然ながら、肉体が破壊されても精神体と霊体さえ無事ならば蘇生できるイヨドが付きっきりで面倒を見てくれたり、死に切れない程の痛みを追い続ける絶大な対価を払って漸く得られる事だが、それでもその効果は計り知れない。
「そう言う事だったんですね。では最後に1つ…………霊力は僅かな量でその20倍ほどの力を肉体の層に与えたように先程見えました。だとしたら、霊力を魔力に還元したら、どうなるのでしょうか?」
霊力は魔力を通過して肉体に力を与えるが、だったらその大きなエネルギーを魔力に変えたら、どれ程の力が得られるのか。イヨドの説明を更に深読みするならば、魔力のコントロールなどを鍛えて層の質を高める事ができても、ただ鍛錬しては層が増えることはない。では、精神体の層を増やす方法は無いのか?
魔術師であるアルムとしては当然の疑問だった。
『さあ………………どうなると思う?』
だが、アルムの疑問を受けて、イヨドは悪戯な笑みを浮かべて、アルムの質問をはぐらかすのみだった。




