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「ようやく、本気を出してきましたね」
「いやいや、次こそ知識欲の塊であるアルム君の真骨頂だよ」
続いての部門は『一般教養』。ゼリエフから『特別教養』をみっちり叩き込まれたアルムはこれも負けられない。
「はい、全力で頑張ります」
アルムがムンっと気合を入れると、ヴィーナは苦笑する。
「さっきのは他の参加者が可哀想なぐらいだったけれど、もっと酷いことになりそうね」
「1番の得意分野だからね」
ヴィーナはギュッとハグすると、アルムを送り出す。
「ちょっとは手を抜いてもいいのよ?」
「まさか、本気でやるよ」
ヴィーナが冗談交じりに言うと、アルムは笑って応えて待機用の部屋に向かっていった。
◆
「あれは酷かったわね。最後の方は観客までアルムが手をあげるたびに悲鳴を上げてたわよ」
「ゼリエフさんに教わった事を余す事なくぶつけてきただけだよ」
『一般教養』におけるアルムの無双具合は凄いを通り越して酷いものだった。問題の半分を読み上げるか否かで、はい!っと手を挙げるのだ。この大会はスカウトすべき子供を探す為でもあるので出題者の商人達は苦笑いを浮かべるしかなく、アルムが手をあげるたびに商人たちからは動揺混じりの悲鳴、既にファンと化した女性陣は歓喜の悲鳴をあげ…………流石のロベルタもゼリエフも苦笑していた。
「うーん、私は初めて自分の選択が少々大人気なかったかもしれないと思ってしまったよ。君の知識量は並の商人でも歯牙にもかけない知識量だからね」
「でも、あれくらい快勝してくれると気持ちを良いですよ。よく頑張りましたね、アルム君」
ロベルタに褒められて、アルムは「ありがとうございます!」と言ってニコニコと笑う。
「今や会場はアルム君一色だ。打倒ゼリエフ私塾の空気に会場が満ちているぞ。このままでは終了後にアルム君は揉みくちゃになってしまう」
ゼリエフがそう言うと、ヴィーナがニコッと笑う。
「大丈夫ですよ、次は私が空気を塗り替えます」
「頼もしいね、君達は」
言い方は悪いが、今までのは前座レベル。ヴィーナとアルムの活躍で稀に見る盛り上がりを見せたが、私塾抗争はここからが本番だ。
「ヴィーナちゃん、頑張ってね」
控え室に来るまでにスイキョウに散々唆されたアルムは、サプライズでヴィーナをハグすると、ヴィーナは顔を赤らめて嬉しそうに抱き返した。
「アルムからしてくれたの、あの時以来ね。ありがとう、凄く元気が出たわ」
今が人生の最高潮と言ってもいいぐらいの可憐な笑みで、ヴィーナは控え室を後にした。
「(………………)」
《な、言ったろ?あれこれ100の美辞麗句を並べ立てるより、アルムの一度のハグの方がいいって》
「(でも凄く恥ずかしかったよ!!!)」
アルムは椅子に座って赤くなった顔を手で押さえ、ゼリエフとロベルタはあらあらと目を見合わせて笑っていた。
◆
「得票率100%!前代未聞の得票率100%で、ゼリエフ私塾代表ヴィーナさんの優勝です!!!」
その時、龍が咆哮が轟いたと勘違いするほどの大歓声が上がった。
“商人”の枠で、ヴィーナが完全勝利で優勝したのだ。
これには珍しくアルムも大きな声で歓声をあげた。
「(すごい、ヴィーナちゃん凄い!!)」
《基礎知識量もさる事ながら、2パターンを用意した上での解答だからな。その後の質疑応答も堂々としていたしな》
ここまでゼリエフ私塾が全て優勝。打倒ゼリエフ私塾の気運は最高潮に達していた。
◆
商人の枠が終わり、昼食兼休憩時間になる。
次はいよいよ大会の山場となる魔術師と戦士のトーナメント。この時間帯になると、一般市民も入場料を支払えば観戦できるので、席は満杯になる。
一般観戦も賭けも行われるので、今迄とは違いいきなり始まるのでは無く、出場者一斉入場をしてからまずは選手紹介となる。
「まず、ヴィーナ君。君にはいくつかの制約を与えておこう。まず1つは、魔術師の枠なので徒手空拳は完全に封印して、魔法をメインに戦うこと。2つ、先手は相手に譲る事。3つ、魔力残量は8割以上をキープすること。4つ、観客が観戦できない魔法は出来るだけ避ける事。くだらない横槍を入れるなと文句も言いたいのだが、次の競技からは一般市民も観戦が可能になり、入場料も取っている。試合方法でケチをつけられたくはない。ハンデを背負った上で勝ってきなさい」
ヴィーナの実力を考慮した上で、ゼリエフはヴィーナ自身の実力を測るための制約に加えて、この大会の暗黙のルールを説明していた。
簡単な話、ヴィーナはアルムにも指導を受けてコントロールの鍛錬を続けてきたので、魔法の発動スピードが尋常ではないレベルで速い。アルムともコンマ0.~秒の差だ。しかし初手の一撃で倒すのは一回だけならまだ盛り上がるかもしれないが、続けられると大会側としては些か困るわけだ。
全員の実力が誰も彼も見たいので、アルムが『一般教養』でやってみせた完封勝利はブーイングの嵐になる事もある。
「アルム君は、戦士の枠だ。よって使用可能な魔法は金属性魔法のみ。例え咄嗟に放出系などを使ったら失格となるから、くれぐれも気をつけてほしい。魔法の使えない子達は武霊術という技術をもって身体を強化している。魔力の揺らぎが微小だからといって油断しないように」
武霊術は勇者が体系化したとされる技術である。
本来、神が魔法を与える事で人間達は魔法を使えるようになる。だが魔法が使えずとも、先天的に魔力を多く持つ者がいる。そんな人物は身体能力や感覚が優れている傾向があった。この魔力と肉体の機能向上の因果関係を調べた結果、魔力を体内で循環させて特殊な鍛錬を積む事で、身体の強化が可能になる事を突き止めた。
だが、魔法を使える者はこの技術を体得できない。
この謎について色々な調査が進んだ結果、戦士達が魔力と捉えているのは、霊力と呼ばれる別のエネルギーが魔力と融合した物だと言うことが判明する。
医学では、人間の体を肉体、精神体、霊体の3つに分けて考える。
肉体はただの器、精神体は主に記録媒体として、霊体は存在そのものを証明する核とされている。
普通の人間は肉体を動かして生活している。成長して鍛えて老いる事もある器だ。
その中の精神体は、魔力を消耗すると無気力症などを引き起こす事から、意思と自然のエネルギーを司るとされている。魔力の多さやコントロールは精神体をどれだけ鍛えているかが重要になる。また魔力と引き換えに感情や記憶を失う事から、精神体は記憶媒体としても考えられている。
そして最も中心にあるのは霊体だ。魔力を使おうとも、体の生命エネルギーをダイレクトに消耗するケースはない。あるいは精神エネルギーが尽きて意思のない肉体になろうとも、人間は生命を維持している。
生命を維持するのに必要なのは肉体と霊体なのか。いや、肉体が無事でも死んでしまうケースはある。幽霊という肉体を持たずとも生きている存在がいる。そうして肉体でも精神体でもない生命の最も重要なエネルギーを司る物を、霊力と名付けた。
現に、武霊術を修める者は、魔力と思われるエネルギーを使っても魔術師が魔力枯渇を起こした時に発生する無気力状態ではなく、時間感覚の加速と激しい肉体の消耗を感じる。これは即ち寿命を消費しているのではないか、そう考えられた。
そして実際その通りで、無理を続けて武霊術を使用し続けると寿命が大幅に縮む傾向が発見された。なんと武霊術使いは軒並み40才~50才にして老衰したのだ。
今は更に研究が進み、武霊術でも負担を軽くする方法や、霊力を効率よく回復させる方法なども発見されている。なので若くして老衰というケースはなくなった。
武霊術は金属性魔法の強化とは違い、使って鍛えた分だけ肉体も成長を遂げる。そしてその身体能力は人間の限界を軽々と超える。
世界が魔術師一色にならないのも、この技術が存在するからだ。
ではアルムが行なっているイヨドの拷問鍛錬は一体どのような意味があったのか。魔術師は武霊術を使用できない。当然アルムも疑問に思いその理由をイヨドに問いかけた時がある。




