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雪食い草の騒動を終えて、アルム達は再び私塾に通えるようになった。
自らも異能をアルムに受け入れられたヴィーナは完全に憑き物がとれたように笑うようになり、アルムへのボディタッチも増えた。時にはハグをしてくる事もあり、アルムとしては少し恥ずかしかったが止めさせる理由も意思もなくされるがまま。もう私塾内でも公認レベルのイチャつきぶりで、ここまでくるとアルムに手を出そうとする者は誰もいなかった。
元よりアルムとヴィーナの成長性は異常な高さだったが、修羅場を超えてまた一つ成長したからか、アルムとヴィーナの教育はガンガン進んでいった。
毎日が目まぐるしく過ぎていき、何事もなく一年は過ぎていき、13月を目前にする。
「…………2人とも文句無しの合格だな」
「「ありがとうございます」」
そして、アルムとヴィーナは破格のスピードで鍛錬を進め、なんと『魔法武闘、超実践編』でゼリエフから免許皆伝を受けた。
アルムは守るべきものがいる状態を、ヴィーナは初の実戦を経験して、戦闘に関する意識が大きく高まったのも鍛錬の習熟を異様に加速させた一因だ。
「些か、君達は私の私塾にしては優秀過ぎたね」
実を言うと、アルムもヴィーナも自分の取っていた他の科目は既に試験を合格済みだ。アルムは単純に学習スピードにより、ヴィーナは自主勉強で学習を進めて一般の定期試験を合格したのだ。
そしてこの科目で全科目コンプリートととなる。
「今の君達なら、軍の実戦でも通用する段階になっている。なんとも恐ろしく素晴らしいことか。これで君達はこの学び舎をいつでも去れるということだ。だが…………君たちに提案がある」
ゼリエフはそう言って、懐から一枚の紙を取り出した。
「『私塾抗争』…………ここを卒業する前の箔付けには1番良いはずだ。私は君達の了承があれば、君達を推薦しよう」
私塾抗争とは、抗争とは名ばかりの近隣の複数の私塾が集まり所属する塾生の出来を競う一種の大会だ。
まだ私塾が出来始めたような初期の頃は国の法整備も追いついておらず、国の保障を受けられるのは一部の私塾のみだった。そうなると私塾同士での潰し合いが勃発し、家まで巻き込んだ激しい抗争となった。
そんな昔の争いが、いつの間にか私塾の宣伝に利用され始め、大会として定着した。
この大会には商人達などが訪れ、自分の子供を通わせる塾を選んだり、有望な選手をスカウトしたりするので、数多の商人が融資を行って大々的に開催する。更には御忍びで貴族がこっそり顔を出したりするケースもあり、塾生によっては私塾抗争への出場を目標としている者もいる。
「私塾抗争はそれなりに危険がある。万が一、のことも起こりえる場所なのだ。故に私は今まで参加要請を固辞していた。それに下手に出たいと言う子を出させても、ただ当て馬にされて悪戯に潰されてしまうこともあるのだ。だが……最後に、自分の教え子達が活躍する晴れ舞台が見たい。そう思ってしまったのだ」
雪食い草の騒動の一件は当然ゼリエフも聞き及んでいる。そしてその後に秘密裏に処理された調査結果も、自分のコネを活用して手に入れている。ヴィーナの作り上げた広大過ぎる土壁と、アルムの作り出した地獄絵図。荒唐無稽過ぎて報告されなかった現場でおきた真実の一遍を把握している。
其のうえで無傷で帰還した彼らに驚嘆し、そしてその実力を、心底見たいと思った。
しかし自らの塾生をぶつけるわけにはいかない。
きっと彼らの才能の前に打ちひしがれてしまう。
だが、参加を断る度に他の塾から煽られ鬱憤が溜まっていたゼリエフには、私塾抗争への出場という手段があった。幸いなことに、今年は他の塾も実力者が多いと聞く。自分の育て上げた怪物達と、どこまで競ってくるのか。最期に今迄の煽りの分も全て合わせて鼻っ柱を叩き折ってやろうと画策したのだ。
「はい、ゼリエフ塾長に今までの成果を存分に披露してみせたいと思います」
「私も、是非参加させて頂きたいです」
ゼリエフにそう言われては断ると言う選択肢はない。2人はあっさり快諾する。それを受けてゼリエフは嬉しそうに笑って頷く。
「では、出場部門はどうしましょうか?」
「確か、必須科目全てに部門がありましたが」
アルム達が問いかけると、ゼリエフはニヤリと笑う。
「原則に従い、首席を代表に据える。まずアルム君には、『基礎学術』、『一般教養』、『貴族のマナー・慣習』、『職業技能』の“戦士”枠を頼みたい。ヴィーナ君には『敬語』、『職業技能』の“魔術師”と“商人”の2つの枠を頼みたい」
「ま、待ってください!4つも兼任できるんですか!?」
「それに他の出場者も……!」
アルム達は当然の如く疑問を呈するが、ゼリエフは首を横に振る。
「君達にこのタイミングで頼んでおきながらどの口が言うんだと怒られしまうだろうが、本来ならば出場者は半年前には内定して準備を進めておく物なのだよ。今更他の子を連れていくことは不可能だ。それに、恐らく彼等が一分野に絞って研鑽しても君達には届き得ない。残酷な事実ではあるがね。しかし君達はほぼ用意など必要せずに自信を持って推せる。だからこんな急なタイミングで非常識なお願いをしたのだよ」
それに散々出し惜しみかと煽られたのだから、首席をぶつけるのは当然だとゼリエフは笑った。
因みに、ヴィーナは父親の勧めで商人としての教育も受けていた。そこでも首席を勝ち取っているあたり、ヴィーナは商才もきちんと遺伝していた。
「君達には敢えて、他の出場者の情報は与えない。より実戦に近い状態での臨機応変な戦闘技巧を私は君達に仕込んだ。この抗争の成果を持って認可推薦状を書かせてもらうから、それなりのハンデをつけた上で成果を出してもらうよ」
「「はい!」」
◆
13月下旬、ゼリエフ、ロベルタ、アルム、ヴィーナは私塾抗争の為に隣街に訪れていた。ゼリエフは塾長として当然ながら、実は副塾長を務めるロベルタも今回は共に来ている。
4人はゼリエフの用意した馬車に乗って隣街へと向かったが、ゼリエフもロベルタもどれくらいぶっちぎりで優勝できるかしか話さないので、緊張も何もせずにアルムとヴィーナはかなり良いコンディションで会場入りした。
会場には遥か昔に建てられ、5度目の再建を終えた円形闘技場。隣街の名物で、この闘技場では様々なイベントが開催されるが、そのなかでも私塾抗争は人気のイベントだった。
私塾抗争に参加するのは、ゼリエフ私塾を含めて8つの私塾。各部門をトーナメント形式か一斉審査方式で争う。
それぞれの競技方法は少し独特である。
まず1番最初に行うのが、『敬語』。
この科目は一斉審査方式で、敬語を使った簡単なスピーチ、大会の審査員との簡単な問答、最後に審査員のスピーチを聞いてそのなかで意図的に崩されている敬語をいくつ見つけ出せるか、という3つの項目で争う。加えて話し方も審査されており、声量、声の速さ、滑舌の良さも評価点になる。
2番目が、『基礎学術』。膨大な数の問題が用意されおり、制限時間15分の中でいかに多く正解するかが競われる。意地悪な問題なども仕込んであり、出来るだけ引っかからないようにするのがコツだ。
3番目が『貴族のマナー・慣習』。
この科目も一斉審査方式で、出題者はなんと大会役員ではなく、観戦する商人達。事前に抽選に応募していて当選した商人が1人最大3つの質問を許されている。いかに早く、正確に回答できるかが肝で、早押しクイズ形式にて勝敗を決める。
4番目は、『一般教養』。これも『貴族のマナー・慣習』と同じ方式を採っている。『一般教養』と言いつつ品物や物流関連が多くなるのはお決まりで、商人主催のイベントらしいと言えよう。
5番目はいよいよ大目玉の『職業技能』。
まずは“商人”では、一般の商人でも頭を捻るような難問が出題され、その解答を観戦する商人達も参加する形で審査する。経営学の知識のみならず商才が如実に現れる恐ろしい部門だ。
“商人”の枠が終了すれば、いよいよクライマックス。“戦士”と“魔術師”だ。
この2枠はトーナメント形式を採用して、交互に行う。これまた商人らしく、この2枠は大会運営側が胴元で賭けまでする始末で、途轍もなく盛り上がる。
私塾抗争はこのような概ねこのような日程で進行されていく。
◆
開催式が終了し、ゼリエフ私塾に与えられた控え室にはアルム達がいた。
「ヴィーナ君、大勢の観衆をいきなり前にすると言葉に詰まる時もある。その時は落ち着いて深呼吸すれば良い」
「貴方の敬語は私も認めています。その実力を存分に発揮してきなさい」
ゼリエフとロベルタに激励の言葉を貰い、「はい!」と通る声で返事するヴィーナ。そしてドアのところで待っていたアルムの前に行く。
「僕、あまり上手いこと言えないから許してね。えっと、多分ね、雪食い草のあの時に比べればどんな物も気楽に行けると思うんだ。だから、ヴィーナちゃんなら大丈夫だよ。頑張ってね」
ヴィーナはアルムの身も蓋も無い言葉に思わず苦笑する。
「たしかに、獣の群れと違って攻撃してこないものね。じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
ヴィーナはアルムを不意打ちでギュッとハグすると、満足そうな顔で会場へ向かっていった。残されたアルムはゼリエフのみならずロベルタにまで生暖かい目を向けられて、恥ずかしそうに頬を掻くのだった。




