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《少し空気が冷えてるな》
スイキョウはアルムと変わると、量熱子鉱から熱を取り出して、ドームの中で静かに解放する。熱がドームに広がり、中の温度を引き上げる。
そして再びアルムに代わり、アルムは真っ暗なドームを明るくするために、天属性の光の魔法で光球を作り出した。
《アルム、まだ休めないぞ。ヴィーナが不味い》
アルムはイヨドのローブのお陰で頭など以外濡れておらず、体力は消費していない。しかしヴィーナは魔力を使い続け初の戦闘と豪雨で精神と体力をすり減らしており衰弱している。
アルムは這うように近づきヴィーナに触れると、スイキョウと開発した魔法を発動する。
「あれ?…………汚れと水気が、消えた?」
「獄属性の消滅の魔法と天属性の太陽に類する魔法を融合した、“掃除の魔法”だよ。汚れと水気を一気に吹き飛ばすんだ」
そしてそのままヴィーナの手を握り熱を流し込むと、青白くなっていたヴィーナの顔に赤みがさす。
とりあえず、ヴィーナの衰弱を食い止めた。そう思った瞬間、アルムはグッタリと倒れた。
「あ〜〜〜…………つっっかれたぁ〜〜!」
身体からは血液を持っていかれ頭も正直なところ凄くクラクラしている。そんなアルムの頭が柔らかい物に乗る。
ヴィーナがアルムに膝枕をしたのだ。
「天属性魔法……使えるのね。どうして隠してたの?」
「六属性持ちは流石に騒ぎになるからね。父さんにも実力の全ては見せるなって言われてたんだ。ごめんね、今まで隠してて」
「気にしてないわ。今は生き残れただけで十分よ…………」
ヴィーナは優しげな表情で、アルムの頭を撫でる。
「貴方がこんなに弱ってるの、塾長とのゲーム以来だわ。今思えば、貴方、天属性魔法なしで戦ってたのね。全力なら勝ってたでしょ?」
「ノーコメントで」
たまにスイキョウが呟く答えをアルムも真似すると、ヴィーナはクスクス笑う。
それと同時にお腹の音が鳴り、ヴィーナの顔が赤くなる。
「…………そうだよね、朝とっても少なかったし。僕もお腹ぺこぺこだよ。血液だって食べなきゃ回復しないし」
「でも、食べるものがないわよ?」
アルムは苦笑いすると、【極門】の虚空を開いて適当に器に盛られた、まだ湯気の立つ肉や野菜がごろごろと豪勢に盛られたクリームシチューを取り出した。
「なに、それ……?」
「僕の異能。物をしまっておけるんだ。収納した物体の経過時間もある程度コントロールできる。だから出来立てのままなんだ。本当はこれも秘密にしなきゃいけないんだけど、ヴィーナちゃんと天秤にはかけられないからね」
「私には見せていいの?」
「もう全部開き直ったよ。ヴィーナちゃんにはもうある程度打ち明けることにしたんだ」
アルムは虚空からパンだのジャーキーだのをひょいひょい取り出す。
「待って、そもそもなんで調理済みの食料がそんなに入ってるの?」
色々な疑問をすっ飛ばして、手近な疑問をぶつけるヴィーナ。アルムは少し決まりの悪そうな顔をして頬を掻く。
「実は僕、給食だけじゃ全く足りてなくて、いつも給食の後にトイレに行っては【極門】からジャーキーとかを取り出し齧ってたんだ」
そうするとヴィーナは色々と納得がいく。実際、アルム家に泊まった時に驚くほどの量をアルムが食べていたのを思い出した。それに四六時中べったりだったが、アルムは何故か給食の後はトイレに行って暫く戻ってこない変な習性があった事を思い出す。
「でも、ずーーーーーーーーっとジャーキーだと飽きてきてね、冬休みもあるし、色々作って作り置きしておけばいいって思いついたんだ。だから1年分は実はこのまま立て籠もれる量があったりして…………」
えへへへ、とアルムは力なく笑うが、ヴィーナはため息混じりに笑った。
「アルムのズボラさと食いしん坊に私達は助かったわけね。でも食器とかは?」
「ヴィーナちゃんに教えてもらった粘土を加工して器を作ってみました。まあヴィーナちゃんのお陰でもあるかな?」
アルムが茶目っ気たっぷりにそう言って見つめあうと2人して笑うが、そんな穏やかな雰囲気にさせぬと言わんばかりに腹の虫がまた騒ぐ。
「さあ、冷める前に食べちゃおう」
「そうね」
そうして2人はかき込むように食料を胃に流し込み、束の間の休息を取るのだった。
◆
「ねえ、アルム。ところで今回のコレ、原因は何かしら?」
食事が終わった後は、交代で地属性の探査の魔法で外を探ることとなった。
アルムが少々の眠気を感じながら探査で外を監視していると、壁に寄りかかって休んでいたヴィーナが出し抜けに問いかける。
「そうだね…………『特別教養』で学んだ事を考えるなら、大規模な生態系の変化が起きたんじゃないかな?」
「どう言う事?」
「おそらく森の奥の奥にいる魔獣の中でも、かなり強力な、それも龍クラスの魔獣がなんらかの理由で死んだ。そうなると、その縄張りに他の魔獣が流れ込んできて、次のボスを争い始める。そうするとそれより弱い魔獣が逃げて、そこから更に弱い物が逃げて、どんどん連鎖してしまうことがあるんだ。そうなるとパニックが感染して、一斉に大量の生き物が動く。本来大きく群れない肉食動物もね。これが所謂『スタンピード』って現象なんだよね。かなり稀な事例ではあるんだけどね」
ここまではいいよね?とアルムが確認すると、うん、とヴィーナは頷く。
「でもそれは大体他の草食動物とかに遭遇したりすると、それに反射的に飛びかかって殺したり食らう事である程度沈静化する筈なんだ。けれど今日は、沢山の人間が一斉に森へ入り込んだ。こうなると草食動物は他のエリアに移動してしまう。そうしてここらの近隣は動物が極めて少なくなった。そのせいで草食動物に行き遭えなかった、飢餓状態に近い肉食動物達の一部がパニックのまま此方に突っ込んできて、人間という手頃な餌を大量に見つけてしまった。冬眠明けもあって気が立っていたからね、なかなか退かなかったのもそれが原因だと思うよ」
「そう言う事なのね。だったらこの天気は関係あるの?」
「これは動物の異常行動とは無関係だと思うよ。聞いた話だとね、シアロ帝国では北からくる冷たい空気を南からくる暖かい空気が押し上げることで春が訪れるんだ。でもたまーに、その空気同士が競り合ってしまう。その競り合った地点の下の地域は豪雨に見舞われるんだって。今年はその位置がちょうどこの地域だったんだよ。これが晴れてしまえば、逆に一気に温かくなるけどね。
でも、もしかしたら少しは関係しているところもあるかもしれない。暴走した獣たちが逃げ出すとしたら、普通餌の多い方向、あるいは生存に適した温かい地域。だとしたら、冷たい空気がたまってる北方面じゃなく、温かい空気がたまり始めた南方面、つまりこちらへ自然と方向をそろえるんじゃないかな?特に今年はこんな豪雨が降るぐらい森の奥の寒気は強いみたいだし、獣たちが一斉に同じ進路をとっても不自然ではないよ」
アルムの推測は、実際に動物の異常行動も気象異常も両方ともあっていたりする。
「どれくらいこの豪雨って続くのかしら?」
「うーん、だいたい1日くらいかな?5日以上は無いと思うよ」
どんなに豪雨が続いても、その間はここは出ないとアルムは宣言する。当然ながら元々ぬかるんでいた地面に豪雨が降れば足場は最悪中の最悪だ。視界も悪く魔力も乱れる。
幸い豪雨の間は動物も動かない筈だし、食事などはアルムが解決できる。心配をかける事を承知でも、絶対に晴れるまで動いちゃダメだとアルムはヴィーナに強い口調で言う。
「それにね、外を放置して置けないんだよ。魔獣の死体は全部回収したいし。素材的な問題でも、騒動的な問題でもこのままはマズイ。魔獣だけでなく、大型の獣も回収するよ」
「そうね、実際にやった事を列挙してみると、誰かに話したら3日間くらいぐっすりお家で眠ることを勧めるほど夢物語だわ」
「ヴィーナちゃんが居なきゃ、死んでたね」
「アルム1人でもなんとかなっちゃった気がしなくもないんだけど?」
「それは買い被りだよ。魔力も精神力も集中力も持たない。ヴィーナちゃんの土壁のお陰で方向が絞れて後ろも完全に任せられたからこその無茶だったんだよ」
その証明をするように、魔力を使いすぎた時になる青を通り越して黒みがかりつつある指先を見せる。
「ねえ、ヴィーナちゃん。ヴィーナちゃんにはここまで明かしたから、全部見せたことは出来るだけ説明したいと思う」
そう言って、アルムは六属性使いであることや、【極門】のこと、召喚属性魔法などについて詳しい説明をする。
「それと1番気になっているであろう、僕の父親兼師匠について」
家に泊まった時にも変だと思ってたでしょ?とアルムが言うと、ヴィーナはぎこちなく頷く。
「ハッキリ簡潔に言うとね、僕の父さんは、カッター・グヨソホトート・カウイルなんだ」
「カッター…………『フドンラルの英雄』ね。フドンラルという1つの大都市をたった1人で完全防衛しきった英雄。宮廷魔導師入りを辞退した変わり者。今は完全に行方をくらませてしまってるみたいだけれど。なんか驚くより色々納得したわ」
規格外すぎるアルムのあれこれも、国規模の有名な英雄の息子だと聞けば、ヴィーナにはなんとなく納得してしまえたのだ。
「あははは…………やっぱり父さんって有名なんだね。でもね、父さんは、戦死した」
アルムがそう言うと、ヴィーナはハッと息を飲む。
「嘘でしょ?カッター様は守りにおいて右に出る者がいない英雄でしょ?」
「うん、僕も信じてないよ。父さんの実力も性格も僕はよく知ってる。だから戦死なんてものは信じられないんだ。だから僕は、父さんの真相を探るよ。時間をかけてでも、貴族になろうが何をしようとも、絶対に突き止める」
「アルムの並外れた原動力は、そこにあるのね?」
「うん。そうだよ」
そうアルムが言い切るとドームが静寂に包まれ、時折雷が落ちる音がドーム内でくぐもって聞こえた。
◆
ドームに閉じこもってから、激しい雨は一晩を超えても降り続けた。
そんな中で、昨日から何かをずっと考え込むような顔つきだったヴィーナはポツリと呟く。
「ねえ、アルム。私も貴方に打ち明けたい事があるの…………」
「お泊りの時の?」
「そう。覚えててくれたのね」
アルムが当然だよ、と微笑むと、緊張で知らず知らずのうちに体が強張っていたヴィーナの力も少し抜ける。
「アルムは……私が蛇女って呼ばれたのを聞いてるわよね?その理由がこれなの」
ヴィーナは腕まくりをして、幾度か深呼吸すると、呼吸を止めて蹲る。
それはまさしく変身というべきであろう。
肌からは純白の細かい鱗が出現し、まるで蛇のようになり、水気を含んだ光沢を見せる。それは腕のみならず首までできているが顔周り迄は鱗はあまり侵食していない。しかし、眼は蛇のように縦長で、見せた舌は長くなっている。
「コレガ私ノ異能【魄鱗】。自ラノ身体ヲ蛇ニ近ヅケル異能ナノ。ドウ?醜イデショウ?」
ヴィーナは自嘲するように笑い、恐る恐るアルムを見る。
アルムの表情は一体どうなのだろうか。
周囲と似た恐怖と拒絶か、それとも平然としているか…………だが、アルムのリアクションはヴィーナの予想を遥かに超えていた。
何故か猛烈に目を輝かせていたからだ。
その上自分の手を掴んで舐め回すように見始めた。
「凄い!本当に蛇の身体に近づいている!!金属性魔法の限界を超えた神の御技が此処にあるんだ!!」
金属性魔法は自らの肉体を司るが、実は何か別のものに作りかえるのは原則不可能だ。体から剣を生やしたりはできないし、皮膚を金属のように硬くすることはできない。もしできていたら、世界は魔術師に完全に支配されていたと言うわれるが、実現した者はいない。
一方、定説に挑み挑んで事故で死んでいったものは数多くいるが。
異能の中でも肉体の変化を可能とする異能は、異能が元々人口の0.1〜0.01%に満たない者しか持っていないのに、その中でも国家単位で稀である。
今までシアロ帝国の国史の中で確認されているのは、狼化、猫化、半魚化、蛙化、獅子化、豚化、半不定形羊化など10種類に満たない数。
間近で見れる機会などそれこそ叶わない。その神の奇跡が目前に現れ、アルムのテンションが限界突破したのだ。
ヴィーナはアルムと短くもとても濃い交流をしていたが、それでも1つ大事なアルムの本質を理解していなかった。
アルムは人並みはずれて、知識欲の塊なのだ。
「性質や手触りは本当に蛇と酷似している……。鱗の境界は、薄い皮膜がある?皮膚が鱗に直接変わったり生えたりしてないんだ! 皮膜が直接鱗になるんだね。じゃあ脱皮と似た事ができる?視界や聴覚はそのままなのかな?それにしても本当に綺麗な鱗だなぁ〜」
そう言うとアルムがヴィーナの腕を摩り、ヴィーナは色々な意味でゾクゾクする。アルムから拒絶は全くなく、それどころか喜んでるのには嬉しさと困惑があるが、こうして直接触れられると、今の身体の状態は感覚が鋭くかなり敏感なので、アルムの優しい撫でつけはどうにもドキドキと共にゾクゾクする。
変な声が口から出そうなのに絶えつつ、ヴィーナが悶えていると、アルムがヴィーナの顔と数cmの距離で顔を覗き込み、ヴィーナの目を見つめている。
黒い瞳に魅入られて動けないヴィーナ。距離を取ろうとするが、アルムに肩を掴まれてそれも出来ず、強引なアルムに何故か体が赤くなる。
「凄く綺麗な眼だ…………それにこの境界部分…………」
首筋から顔にかけてアルムの指が沿って動き、ヴィーナはゾクゾクゾクッと身体に感じことのない感覚が走る。魔法も使っているのか魔力も指に沿ってヴィーナの身体を走る。
「ヴィーナちゃん……その綺麗な鱗、一枚でいいから貰えないかな?」
何故か色気の様な物すら滲み出ているアルムに、至近距離で恍惚とした表情でそう囁かれ、ヴィーナの羞恥心メーターがぶっ壊れた。
「アルムのばかっ!」
純白の全身を真っ赤に染め上げると、ビンタをアルムにお見舞いして、地属性魔法で作った小さなドームに閉じこもるヴィーナ。
アルムは夢から醒めたようにハッとすると、痛い……と呟いて頬を摩る。
《あのなぁ、アルム。アルムの熱狂も興奮もよーくわかるんだがな。いや、たしかにヴィーナのビンタは多少はやり過ぎだとは思うぞ。でもな、許可も得ていないのに女の子の腕とか首とか顔をとか触ったり、どアップで顔近づけたり、挙句の果てに体の一部が欲しいなんて言われたら、誰でも動揺するぞ?》
「(………………うん)」
《もっと分かりやすく言えばだな、今しがた起きた出来事を、ヴィーナをアルムの母さん、アルムを知らないおっさんに置き換えてみろ。アルムの母さんの体を勝手に触って、顔を至近距離に近づけて、『なんて美しい、その綺麗な髪数本でもいいからくれないか?』とかアルムの母さんが知らないおっさんに言われてるの見て、気分がいいか?》
アルムはその光景を浮かべて、言いようも知れない嫌悪感を抱いた。
「(良くない。嫌だよ)」
《そうだな。だからヴィーナが出てきたら、ちゃんと謝っとけよ》
「(うん………………)」
◆
「その……叩いてごめんなさい」
「僕も勝手に触ったりしてごめんなさい」
天の岩戸と如くヴィーナがドームに引き篭もり、そして出てきたのは数時間後の事だった。
2人して気まずそうな顔をして頭を下げると、双方少し気恥ずかしそうな表情をする。主にアルムは理性のブレーキも無しに軽率な事をした事に、ヴィーナはアルムから触られたり至近距離で見つめられたり囁かれたことを思い出して。
「あのね、アルム。別に、その、貴方が嫌だったわけではなくて、恥ずかしくて、その…………」
「ううん、僕が勝手に触れたから…………」
お互いにぺこぺこ頭を下げ合うと、取り敢えず夕食を先に食べようということになった。まだ豪雨は止む気配を一向に見せず、2人は丸一日以上をドームの中で過ごしていた。
そして食後の少し穏やかな空気の中、ヴィーナがポツリと言う。
「アルム、改めて私の異能【魄鱗】について説明させてね」
ヴィーナの持つ異能の力、【魄鱗】は、ヴィーナの体を蛇に近づける力だ。視覚や聴覚の鈍化、体温調整能力低下などを引き起こす一方で、身体に鱗を作り出し、身体の柔軟性及び関節の可動域を向上し、嗅覚や近距離の空気の振動すら察知するほど触覚が鋭敏になり、魔力感覚も途轍もなく鋭敏になる。
また、物体の温度を感覚的に触れずとも理解できる。
蛇に変化する前でも、効果は少し落ちるが人間の時でも同様の効果がヴィーナには働いている。
「私が魔力の流れを見ることに長けているのはこの為。肌もいつもひんやりしてるってママに言われる。身体が凄く柔らかかったのもこの為。それに1番分かりやすいのは、塾長との遊戯の時ね。私、あの時いきなり霧を放ったでしょう?私、魔法の対価が魔力と水分だから、霧は保湿の為にも効果的なんだけれど、1番の目的はこの姿を隠して塾長の熱や空気や魔力の流れを読む為だったの。みんなには分からないと思うけれど、あの霧の中で私はハッキリと塾長の位置がわかっていた。探査の魔法の習得が後回しになっていたのも、こう言う理由があったの。それに蛇だからかしら、水や土と相性がいいのよ。火はてんで駄目だけれどね」
それを聞いて、アルムは今まで不思議に思っていたことが全て納得がいった。高すぎる魔力感覚、柔軟性、土や水への適性…………天才という枠に収まりきらない才能も異能がらみだと聞けば理解できる。
「それとね、私はこの異能を使って、ずっと校庭を眺めていたの。皆の魔力の流れを読むためにね。でも、その姿を近所の子達…………アルムが追い払った奴らに見られてしまったの。それから私は蛇女って呼ばれて、友達もできなかったの」
それをアルムが聞いた瞬間、ヴィーナが命の危機を感じるほどの強大過ぎる魔力が揺らめいた。魔力の感覚により優れるヴィーナだからこそ、よりその揺らぎは大きく感じたのだ。
「アルム…………?」
「ん?何?」
アルムはニコッと笑うが、ヴィーナはずっと近くで見てきたからわかる。この笑顔は普通の笑顔ではない、何かを隠した笑みだと。抑えようとしているが、魔力はグニャグニャと大きく蠢いている。まるで何かが発露しようとしているかの様に、莫大な魔力が揺らめく。
何か恐ろしい物を感じた気がして、ヴィーナは咄嗟にアルムの手をギュッと掴むと、その揺らぎは収縮していく。
「アルム、怒ってる?」
「当たり前だよ。ヴィーナちゃんを虐める奴等にも、僕にもね」
「アルム自身に?」
どうしてかわからず戸惑っていると、アルムは包み隠さず答えた。
「ヴィーナちゃんの初めての友達になれたの僕でよかった、ヴィーナちゃんに他の友達が居なかったから一緒にいられたんだ、って思ってしまったんだ。ごめんね」
それはアルムにとっても初めての感情で、スイキョウから言わせれば独占欲の一種だと思えた。初めての友達を他人に渡したくない。その先にある仄かな感情がそんな気持ちを助長した。それがアルムにとっては罪悪感となったのだ。
いつもいつも超豪速球でど真ん中ストレートしか投げてこないアルムに慣れてきたつもりのヴィーナでも、これには真っ赤になって蹲ってしまう。
「ごめんね、でも抑えきれなくて」
「ち、違うのよアルムっ!怒ってない!ただ、嬉しく嬉しくて心が破裂しそうな気分で、自分でもどうしようもないの」
ヴィーナとて不安があった。自分がアルムの横に居ていいのか。ずっとくっついていて迷惑じゃないか。アルムは本当は自分をどう思っているのか。最初が最初だけにその不安が拭えずにいた。もっと早くに自分の異能について打ち明けたかった。しかしまた拒絶されるのが怖くて怖くて仕方がなかった。
だが魔力感覚に優れているヴィーナだからこそ、人一倍分かる方法でアルムは自分の気持ちを示してくれた。その歓喜と安心感で、ヴィーナはどうにかなってしまいそうだった。
「ヴィーナちゃん?」
心配そうに屈み込んでヴィーナの顔を覗き込もうするアルム。そんなアルムを見て、ヴィーナの感情が抑えきれないほど膨れ上がり、それは身体に力を与えた。
「わっ」
ヴィーナはアルムに飛びついてハグすると、声を上げて泣き始めた。
「(どうしたらいいの?)」
《…………抱きしめ返してやるのが男だぞ、アルム》
困り果てた子犬の如く縋るようなアルムの質問に、スイキョウはニヤッとしながら答える。
「(そ、それは恥ずかしい……かな…………)」
《ほ〜……ふ〜ん…………》
「(な、なに?その含みのある返事は?)」
アルムはなんだかスイキョウがとってもニヤニヤしてる気がして仕方がなかった。
《レディーに恥かかせちゃぁダメじゃないか?》
惑うアルムに、スイキョウは正当な理由に見せかけた悪魔の囁きをする。だが、自分もあまり男女間のあれこれに常識的でない自覚があるアルムは、レディー云々を言われると効果覿面なのだ。
アルムは少し気恥ずかしさを感じながら、ギュッとヴィーナを抱き締める。するとヴィーナの涙は止まり、真っ赤になって硬直してしまうのだった。




