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「あ、坊主!」
森に響き渡る笛。笛の音を聞いた他の警備隊員も首を傾げつつ、規則通りに笛を鳴らして他の隊員にも知らせる。
「話は後!森の外れに僕らの荷物があるので貴方に任せます!」
「おいっ!」
アルムは荷物を指差すと、金属性魔法で最大強化して森を疾走し始める。
その後ろをヴィーナも追走する。
「ヴィーナちゃん!?」
「1人より2人!足手纏いにはならないわ!私を信じて!」
初の実戦としては最悪レベル。だがヴィーナの実力をアルムは信頼することにする。
アルム達は森を駆け抜けるが、避難は全く進んでいない。住民達も稼ぎ時に避難を指示されても直ぐには従えない。警備隊員に詰め寄るも、彼等も指示に従っただけで内容は皆目見当もつかない。ただ規則通りに避難を指示するしかない。
「(この状況は不味すぎる!)」
《おいおい、助ける気か?》
「(しょうがないでしょ!気づいたら放っておけないよ!)」
《それでヴィーナが大怪我をする覚悟もあるんだな?》
やけに冷静なスイキョウにアルムは熱のこもった声で返すが、スイキョウはそれを打ち消すような冷たく鋭い声で問いかける。
「(………………もう実力を抑えている段階じゃない。使える手札は全部切る。人命と天秤にかけたくない。ヴィーナちゃんも絶対に怪我はさせない。だから…………スイキョウさん、力を、そして知恵を貸して!)」
アルムの回答を受けてスイキョウは暫く黙ったが、頭の中で色々と考慮して判断を下す。
《元々アルムの肉体だ。止めはしない。笛の音で狼も確実にこちらに気づいている。今から叫んで避難を誘導しても焼け石に水だ。奴らは接敵しなきゃ危機感を抱かない。どうしたって子供の言葉は鵜呑みにできない。それはさっきも分かっただろ?》
「(うん)」
《まずは何が何でも狼どもより先に前線へ到着しろ。おそらく狼はただこちらに向かったわけじゃなく、何かに追い立てられてこちらにきた可能性がある。でなきゃ数の説明がつかない。だから牽制しても追い払えないだろう。だが、時間稼ぎは必要だ。まずは到着後、俺が魔力限界まで雷撃で牽制を続ける》
「(どれくらい持つかな!?)」
《おそらく10分だ。その間にヴィーナには地属性魔法で大規模な壁を築かせろ。アルム達の部分は敢えて開けて、狼の方向を誘導する》
「(それから!?)」
《俺とアルムのインターバルで半数程度まで減らすしかない。幾ら追い立てられても集団の半分が死ねば奴らも引くはずだ。それにそこまでで30分は稼げるはずだ。元々避難するか迷ってる段階だから、理由さえわかれば住民は動き出す》
「(割と無茶だね!)」
《元々無理難題に近い。だが、やるんだろう?》
「(当然!)」
《…………こういうの、理解できないが嫌悪するほどじゃあないんだよなぁ。よし、ぜってえ生きて帰って住民から金をふんだくるぞ!どうせ今回ので貯蓄はできただろうしな!》
「(それは酷いけど、頑張るよ!)」
アルムとヴィーナは森を高速で駆け抜けると、最前線までなんとか狼より早く到着する。急に現れたアルム達に騒つくが、アルム達は構わない。
ここで身体をスイキョウに交代する。
「アルム、どうするの!?」
「ヴィーナ、狼をここに誘導するように、2つの巨大な壁を斜めに作り上げてくれ」
「え、でも」
「ヴィーナにしかできない!時間がないんだ!頼む!」
スイキョウが怒鳴ると、初めて怒鳴られたヴィーナはビクッとするが、すぐに頷く。
「もう、わかったわよ !アルムの指示で間違ったことは一度もないから、信じるわ!!!」
ヴィーナは探査の魔法で獣達が散開するエリアまで魔力を張り巡らせると、魔力残量度外視の全力の地属性魔法を発動させる。
厚さ5m、高さ10mの土の壁がアルム達の周りを開けるように八の字状に形成されていく。
「君達は一体何を!?」
とてつもない光景に泡を食って話しかける警備隊員。
その警備隊員にアルムは周りにも聞こえるように大声で叫ぶ。
「これが最後の警告だ!あともう少しでここには狼の大群が押し寄せる!さっさと周りに声をかけて避難しろ!この警告を信じずに避難しない奴の命は保証しない!…………ああ、もう見えてるぞ!」
スイキョウの睨みつける先に、警備隊員は多数の獣の影を見て蒼褪め、反射的に笛を鳴らす。
「狼が、大量の狼が来ているぞーーーーーーーーー!全員速やかに避難を開始しろーーーー!!!!」
警備隊員の絶叫じみた声が響き、今までただ見ていたばかりの人々も大声で周りに知らせながら慌てて避難を始める。
「君はどうするんだい!?」
「そうだ、君らも避難を!」
だがその場にいた警備隊員達は残ってアルムに問う。
「この状況で逃げても意味がない!ここで食い止めるしかない!失礼を承知で言うけど正直言って貴方がたは足手纏いになる!住民の殿として全員を速やかに避難させてほしい!そうしなきゃ俺たちも撤退ができません!!!!」
スイキョウは木々を圧力で一斉にへし折ったあと、更にまた圧力で移動させて臨時のバリケードを形成する。
圧倒的な力を見せつけられ、警備隊員達も自分たちがいても足を引っ張るだけなことを理解させられる。
「早くしてください!」
そして追い討ちの怒鳴り声を受けると、1人が避難を始め、それにつられて周りも避難を始める。残されたのはスイキョウとヴィーナのたった2人。
「はぁ……はぁ…………終わったわ!」
ここでヴィーナの土壁が完成。対価として持っていかれた水分を補う為に、水筒からゴクゴクと水を飲む。
「私はどうすればいいの!?」
「ヴィーナは後ろを警戒して、魔力回復に専念してくれ!ヴィーナの実力を信頼していないわけじゃない!誰よりも信頼しているから後ろを完全に任せるし、魔力回復を優先してほしいんだ!こんな事ヴィーナにしか頼めない!」
「…………どうしてそう断りづらいことしか言わないのよ!」
そう叫ぶと、ヴィーナは涙を目に貯めつつ、完全に背中を向けた。
「私の命、任せるわよ!」
「おう、任せろ!」
そう叫ぶと、スイキョウはニタァっと嗤う。
「(正直、顔も知らねえ誰かの為に命を賭けるなんて、理解から程遠い行動の最たるものだがなぁ…………こっちも溜まってんだよなぁ!!!)」
アルムが街に引っ越してからは、狩りに行く回数は激減。ヴィーナと行動を共にしてからはゼロだった。しかしてそうなると、スイキョウが全力で魔法をぶちかます場所が無い。それはほんの少し、スイキョウにとっては残念な事だった。
冬休みの間に色々とアイテムも作った。その試運転にはある意味最高のシチュエーション。手加減は一切不要の独断場。血に塗れた祭典の始まりだ
腰につけたモーターを模した器具を手で回転させて、魔力でブーストをかける。一度回してしまえば、あとは自らの電力で半永久的に回転するモーターだ。
これには魔残油などの素敵物質やザリヤズヘンズの骨董屋で使えそうなパーツを地道に集めて作り上げたので、その価値はとても高い。
電気エネルギーはこれで取り出さずに即座に使用が可能になる。
スイキョウはそのエネルギーを使って電気エネルギーの弾丸を数百個生成する。
そしてバリケードの薄い位置に導線を集中させる。
「さあこい畜生ども!!!」
スイキョウの彷徨に応えるように、獣の大群は絶望と共に押し寄せてきた。
◆
千に届きうる獣の群れとの防衛戦は、熾烈を極めた。
スイキョウは魔力導線が木々に当たらないように(発火の可能性があるので)丁寧に作るのに魔力を余計に消費していく。
獣は狼のみならず、他の獣も多数入り混じっており、全てが半ば恐慌状態に陥っている。なので動きもかなりまばら。集中力も削られる。だが、スイキョウは防衛に於けるデッドラインの様な物を定め、そのラインを超えた奴から機械的に殺していく。
魔力が限界になればアルムに交代して、スイキョウが休養に入る。
血の匂いに引き寄せられてか、後ろでも戦闘をするような音が聞こえるが、アルムもスイキョウもヴィーナの実力を信頼して後ろは完全に任せていた。
アルムは天属性の光の魔法で矢を形成し、一斉に振らせて殺していく。だがそれもだんだん辛くなってくる。
「(クソ、魔獣が混じってる!!)」
獣の中にはなんと魔獣もシレッと混じっており、魔法に耐えてしまうどころか此方に遠距離攻撃を仕掛けてくる。それに対応するとまた魔力の計算が乱れる。
スイキョウは咆哮すると、圧力の魔法を解き放ち森ごと一度吹き飛ばす。
「な、何今の音!?」
「気にすんな!後ろ頼むぞ!」
「わかってるわよ!」
だが割と強引にやったので魔獣達も吹き飛ばしたが魔力も吹き飛んだ。なのでまだ回復しきってないアルムに再び戻る。
アルムは大ダメージを負った魔獣達を強化した光の矢で完全に仕留めると大きく深呼吸する。
「はぁ…………はぁ…………」
後ろから聞こえるヴィーナの呼吸も荒くなってきた。何故なら追い打ちをかけるように豪雨が降り始めているからだ。
「(スイキョウさん、このままじゃジリ貧だよ!魔獣が混じっていたのは計算外だった!)」
《来る方向を完全に絞れたのと比較的弱くて恐慌状態だったからうまく仕留められてるが、頑丈には変わらねえからな。だがアルム、豪雨は魔力を乱すから辛いが、それは奴らも同じだ。ずぶ濡れで恐慌状態が解けつつある。これからピンポイントで残りの魔獣だけ雷撃でぶっ殺す》
「(その後はどうするの!?)」
《土のデカイドームを作って立て篭れ。アルムの言う通りこのままじゃジリ貧で、目標を失えば奴らももう引き下がる筈だ!じゃあ最後にいくぞ!》
「(了解!)」
スイキョウに切り替わると、残り魔力も全部使い切る勢いで、馬鹿でかい電気エネルギーの球を作り出す。
「俺の魔法は、あんまり天候に左右されねえみたいで助かるぜ!」
スイキョウは量子の探査で魔獣だけを捉えると、溜め込んだ雷撃を完全に解放する。
あたりを真っ白に染め上げるほどの光が爆発し、残りの魔獣を全部仕留めた。
そこで素早くアルムに代わる。
「ヴィーナちゃん、聞こえる!?」
「何、かしら!?」
「こっちはあらかた仕留めた!でも撤退するだけの力も残ってない!だから土のドームを作って立て籠もるよ!!」
「でも、この豪雨じゃ!」
この豪雨では魔力も乱れて、特に土を使う魔法は難しくなる。いくらヴィーナとてそれは同じで、さらに言えば魔力も体力も限界レベルに消耗しているのだ。
「『魔法連接』をする!それならできる!」
「そんな、できっこない!」
『魔法連接』とは、同じ魔法を大量の魔術師が一斉に使う事でその効果を相互に引き上げて大魔法を発動させる技術だ。
歌を用いて例えるなら、大人数いる事で自分のパートの音をしっかりと保てるのと同じだ。ソプラノパートの中でアルトパートを1人で歌うより、大量にアルトが居た方がよりしっかりとした音と声量が出るのと似ている。
だが、今はたった2人。つまりは一切乱れのない、歌に例えるなら完璧にハモらないと相互強化どころかお互いを邪魔してしまう。大人数ならどこかどこかで補強しあえるが、やはり最低でも10人以上が推奨される。
「僕は多分、最もヴィーナちゃんの魔法を見てきた人だよ!泥の配合を教わる時、誰よりもその癖を見ている!だから僕が合わせる。厚さ2m、半径8mのドームを僕を中心に形成する!僕の合図に合わせて!」
「また無茶苦茶ばっかり言うんだから!」
だが、ヴィーナもジリ貧は承知している。やるしかないのだ。
「3、2、1、今っ!」
ヴィーナとアルムの魔力が混じり合い、土のドームが形成されていく。
突撃しようとした獣はそれを見てたたらを踏む。その間にドームは完全に完成した。
探査の魔法で探ると、獣達はアルム達を見失うと雨宿りする場所を求めて散り散りになっていった。少しは街の方向にも向かったが、魔獣は混じっていないしまばらなら対処出来るはずと考えられる。
防衛に成功した事を理解して、アルムは膝から崩れ落ちた。




