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「本当に溶けたわね」

 

「ずっと森の方にいたからね。なんとなーく雪食い草がいつ頃芽吹くか分かるんだ」

 

 冬休みも開ける頃、アルムとヴィーナはとある約束の元にまだ日の出もしてないうちにヴィーナ家で合流していた。

 

 春が訪れ、一週間ほど経過すると雪食い草が芽吹いて一気に雪は溶けていく。雪食い草は高値で売れる上に滋養強壮には素晴らしい植物だ。長く厳しい冬が開け、肉体的にも経済的にも懐が寂しい人々にとって栄養豊富かつ高値で売れる雪食い草は垂涎の品。上冬の節制期間の終わりの象徴でもあり、街は活気づき、住民達は警備隊主導の下で雪食い草を収穫しにいく。

 

 と言っても、警備隊の主導を待たずに先に取りに行ってはいけない決まりはない(といってもあまり褒められる振る舞いではないが)。完全に自己責任だが、それを承知の上なら警備隊を待つ必要もなく取りに行けるのだ(大概、欲をかいた連中は痛い目に合うのもお約束)。

 

 一方、自衛手段のあり土地勘もあるアルムは、ヴィーナと2人きりなら全く問題は無いと判断して、もし雪解けしたら2人で雪食い草を取りに行こうと約束していた。

 

「移動手段はアルムが手配するって言っていたけれど、アルムって馬も乗れたのね?」

 

「少しね」

 

 行儀はあまり良くないが、各々は餅パンに肉などの具を入れたピザまんのような物を齧りつつ、2人は足早に街の外縁へと向かう。

 

「ところでその籠に入ってる、やけに魔力を含んだ布は一体なんなの?」

 

「…………あとでのお楽しみ」

 

 感情が読めない柔らかな微笑みに対し、目が笑っているアルム。だいたいそんな顔をしている時のアルムがすることはろくな事じゃないとはしりつつも、聞いても教えてくれなさそうなのでヴィーナはアルムに黙って付いていく。そしてまだ人影すら無い街の外へ出た。

 ヴィーナはてっきり街の外にミンゼル商会の人に頼んで馬を待たせているのだろうと考えていたが、街の外縁には警備隊の到着を待つ気の早い人たちがチラホラと見えるだけで馬などは見当たらなかった。

 

「馬は?」

 

「今から用意するよ」

 

 アルムはニコッと笑うと、地面を少し魔法で整えて軽く整地し、なだらかになった地面に布を敷く。

 そこには精緻な魔法陣が既に描かれており、ラフェルテペルの一件に深く関わっているヴィーナは色々と察した。

 

「冬休み中に練習してたんだよね」

 

 ワクワクしてる感じが誰が見てもわかるような顔のアルムが、ヴィーナに鳥肌が立つほどの大量の魔力を布に流し込む。魔力を強引に流し込まれた布がメラメラと燃えがると、その炎の形が変化して3.5m大の大きな蜥蜴のような使い魔を召喚された。

 

「悪路に非常に強く、騎乗にも適していると思われる使い魔だよ。簡易契約でここから目的地まで僕等を乗せていくだけだから、対価はあまり必要なくて便利なんだよね」

 

 あまりの強引な召喚に絶句するヴィーナ。アルムがやったことは自分が塾で学んだ召喚のやり方を根本から覆すような異常なやり方だ。何か異能レベルの事をほいほいやっているアルムにヴィーナも言葉が出ない。しかしヴィーナも良くない意味で慣れ始めたので、割と早く再起動する。

 

「もうアルムのやる事にいちいち驚いていたら寿命が縮まりそう」

 

 ヴィーナのコメントは笑顔で受け流し、別の厚手の布をテキパキと蜥蜴型の使い魔に巻き付けアルムは跳躍してサラッと跨る。

 

「さ、行こう」

 

 少し呆れを含んだ笑いを浮かべると、アルムの手を素直にとるヴィーナ。アルムに引き上げられてその後ろに乗ると、アルムの背中をギュッと掴む。そうすると、その手を通して少し暖かくなる。

 

「前やった温める魔法だよ。寒そうだったからね。さ、出発するよ」

 

「(こういうところ本当にずるい)」

 

 アルムの背にヴィーナが体を預けると、アルムはトントンと使い魔を叩く。すると、使い魔はのっそりとしているが意外と早いスピードで歩き始める。

 

「意外と揺れないのね?」

 

「蜥蜴は馬みたいに上下に揺れないからね。色々と喚び出して乗り心地を試させて貰ったんだけれど、この種類の子が1番気性が穏やかで揺れなかったんだよね。構造上多少は左右に揺れるけれど、後脚の少し胴よりの部分が比較的揺れないし、この子にとってもあまり圧迫されなくていいみたい」


「…………馬の形をした召喚獣っていないのかしら?」


「一番最初にそれを考えたんだけど、どうにも気性の荒い子だったり大きすぎたりちょうどいい子が見つからなかったんだよね。ラフェルテペルを召喚したあたりから蛇みたいな生き物はかなり召喚しやすくなったんだけどさ」

 

 言外に何種類も、短期間で何度も召喚できることをアルムはサラッと示唆したが、もうヴィーナも驚かない。

 

 地面のぬかるみに影響を受けないので馬以上にサクサク進み、あっという間にアルム達は森に到着する。

 

「まず、森では常に探査の魔法を使って周囲に気を配ってね。あと金属性魔法でも感覚を特に強化して、両方で安全を確保してね。魔法ばかり過信すると取り返しのつかない事態になるから。取りに行くエリアはどんなに深くても森から500m。ぬかるみの多い場所は無理に近づかない。あとは覚えてる?」

 

「ええ。天候の変化に気をつける。獣はできるだけ避ける。雪食い草を取る前にまず周囲の確認。雪のあるエリアには可能な限り近づかない。こんなところかしら?」

 

「そうそう。じゃあ行こうか」

 

 目的地に到着する迄に教えた心得を確認すると、使い魔から降りる。アルムがバイバイと言ってポンポンと叩くと、使い魔は炎に包まれて消えていった。

 

「探索中に使い魔は使わないの?」

 

「えっとね、そこは色々と複雑で微妙な部分が多くてね、戦闘とか使い魔の自己判断が大きく絡む事を任せようとすると簡易契約じゃなくて魔力を持って使って召喚しなきゃダメなんだ。それに、街の人々も来るけれど、彼らには魔物と使い魔の見分けがつき難くて怖がらせてしまうかもしれない。2人だけなら探査も誤認が無いし、となると要らないかなって」

 

「ラフェルテペルは喚ぶべきかしら?人が来たら即座に姿を隠せるし、怖がらせることもないと思うのだけれど」

 

「探査と強化を維持し続けるのは魔力を結構消費するから、緊急事態のみにした方がいいよ」

 

「ん、わかったわ」

 

 アルムとヴィーナは籠を背負い、衣類などに問題が無いかをチェックする。

 

「じゃあ、収穫開始!」

 

 

 

 



「アルムも面白いこと考えるのね」

 

「僕が思いついたことじゃないよ。でもこれをやると楽なんだよね」

 

 アルムは去年スイキョウが考案した水流を使った方法で利率の高い大物に絞って雪食い草を効率よく収穫していく。それを教えて貰ったヴィーナもすぐにコツをつかみ、雪食い草を手際よく抜いていた。

 

「私、結構楽しみだったの。今までずっとお留守番だったから」

 

「そうなの?」

 

「そう、危ないからママだけ参加だったのよ」

 

 ヴィーナは滲む汗を拭いつつ、どんどん収穫していく。

 ヴィーナにとって、実は森自体が初めてだ。母子家庭で育ったので、家から出ることもあまりなく、雪食い草の収穫もお留守番だった。だから単調な作業も結構楽しんでいた。

 

 

「それにしても、取り放題ね。キリがない」

 

「あははは、それは僕らしか居ないからだよ。街の人が来たら一瞬で無くなるよ。どうしてなくならないのか不思議なくらいにね」

 

「そんなに凄いの?」

 

「うん、鬼気迫るものがあるね。いつもはおっとりした主婦ですら、地面を這うように血眼で探すんだよ。どんどん奥に行きそうになるから警備隊も毎年毎年大変そうなんだ~」

 

 春の象徴でもあり、本当に祭りの様相を呈するので、皆のテンションも高い。餌に群がる蟻のようにゾワゾワと森に人々が入っていき、雪食い草を根こそぎ回収していく様は圧巻である。


 アルムはうっかり【極門】の虚空にしまいそうになるのを堪えつつ、先行するヴィーナを抑えながら雪食い草を回収する。1年前とは比べ物にならない素の身体能力があるので、特に感覚以外に強化をせずとも活動ができるので、籠に背負っていても去年よりいいペースで回収していた。

 

 そんなこんなで、2人は利率の高いものにのみ的を絞っていても、街の人々がたどり着く前に大きな籠を各々7ついっぱいにした。

 

「これだけあれば、かなりの稼ぎね」

 

「そうだね〜」

 

 まだまだ余裕はありそうだが、あまり取りすぎても他の人にも悪いし、体力も魔力も余ってるぐらいが丁度いい。アルムのそんな言葉を受けて、2人は森の入り口から少し離れたところで休憩していた。

 

「あ、きたきた」

 

「凄いわね。絵本で見た軍隊の行軍みたいだわ」

 

 2人して泥を落としたり、汗を拭ったり、水分補給をして休んでいると、街から警備隊に率いられた街の人々が森へ入っていった。

 

「…………本当に、凄い勢いで取り尽くされるわね」

 

「でしょ?」

 

 泥で汚れようとも全く気にせずに這うように動きながら雪食い草を回収する人々。その様子にヴィーナはドン引きする。

 

「よし、人目がないうちに帰ろうか」

 

「またあの子を召喚して帰るの?考えなしに収穫したけれど、荷物は?」

 

「今度は2体喚ぶよ」

 

 皆は今現在とても殺気立って森に入っているのでこちらに関心は向いていない。それでも誰かに一応見られていないか、精細な探査の魔法を広域に使ったところでアルムの顔が急に険しくなる。

 

「…………どうしたの?」

 

「ヴィーナちゃん。森の方に集中する形で探査の魔法を使ってくれる?嫌な予感がするんだ」

 

「え?」

 

「いいから早く」

 

 強張ったアルムの表情に気圧されつつ、指示に従ったヴィーナ。ヴィーナの表情も険しくなっていく。

 

「森の奥から何かが沢山こっちに向かっている?」

 

「それだけじゃない。天気も悪くなってきてる」

 

 まだ2km程度距離はあるが、雪食い草収穫組の最前線に対してなにかが大量に近づいている反応がある。

 

「ごめんなさい、わたしにはこれを何が意味するかはぼんやりとしか予想できないの」

 

「………………おそらく、このスピードと大きさは、草食動物じゃない。草食動物が緊急時以外に走り回ることは無いし、何かから逃げるなら散り散りになるはず。なのに集団で走ってるってことは、多分、狼の様な肉食動物…………でも数が尋常じゃない!」

 

「どうするの!?」

 

「とりあえずみんなを撤退させないと!」

 

 アルムとヴィーナは走り出すと1番近くにいた警備隊員に訴えた。

 

「今すぐ避難誘導の緊急時用の笛を鳴らしてください!早く!」

 

「多分狼の群れが、それも大量の狼がこちらに向かっています!」

 

 アルムとヴィーナにいきなり捲し立てられた警備隊員は面食らってしまう。

 

「え、急にどうしたんだい?狼だって?だったら前線で笛で吹いてる筈だよ」

 

「違うんです!僕たちは地属性魔法の使い手で、探査の魔法で接近してくる生物を確認しました!おそらくあと十数分やそこらで前線と遭遇します!」

 

「そ、そんなこと言われてもなぁ。これは本当に緊急中の緊急しか鳴らせないんだ」

 

 警備隊員もまだ声変わりもしてない様な子供達の言葉だけで勝手に笛は鳴らせない。それに彼は武闘派、自分の腕力一つで警備隊になったので、魔法への理解があまりない。故にアルムの話も何を言っているのかまるで理解できない。だが彼からみてもアルムとヴィーナの気迫は嘘や悪戯レベルの慌て用には見えなかったので、冗談を言うんじゃないと叱る雰囲気でもなかった。

 

 警備隊員は困った顔をした後、自分なりの結論を出した。

 

「わかったよ。俺よりも偉い人がいるから、その人に聞いてみるから、待っててくれないか?」

 

 一応報告だけはしておこうと、そう思った警備隊員。

 だがこうしている間にもどんどん接近している。1秒が惜しい。

 

 アルムは笛を強奪すると、勢いよく鳴らした。





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