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「……ーナ、……ィーナ、ヴィーナ!聞こえてる!?」
「え、あれ?なんで家に……夢?」
ヴィーナは母親にガクガクと揺すられてハッとする。なんか時間が飛んでいるような、ぼんやりとした不思議な感覚から意識を取り戻しあたりを見渡す。
「夢じゃないのよ。貴方、アルム君に送り届けてもらってもずーっと心ここに在らずで心配していたのよ?アルム君は誕生日プレゼントをあげただけだって説明したけれど…………」
アルム、その言葉を聞いてヴィーナは全てを思い出す。
「マ、ママ!アルムは!?」
「貴方を送り届けてもらった時にはお昼近かったからもう帰ってもらいました。それで、何があったの?喧嘩でもしたの?」
娘の妙な変調にどうしたものかと悩むヴィーナ母。何か途轍もない衝撃を受けたようにぼーっとしている娘にどうしたものかと思っていた。
「もしかして、実はアルム君に許嫁とかがいた?」
「ち、違うの!それどころじゃないの!」
その言葉を聞いて、はて、ヴィーナ母は驚く。ここ最近の娘といえば口を開けばアルムアルムとしか言わないのに、どう考えてもその想いは明らかなのに、許嫁の話をそれどころじゃないと言った娘に違和感を感じたのだ。
ヴィーナは少し逡巡した後、腹を括ったのか、家に帰宅しても着けていたままのヤールングレイプルを取って手を見せた。
「これ…………これ貰っちゃったの」
娘の左手薬指に嵌る指輪を見てポカーンとするヴィーナ母。
やがてその手を掴むとすごい勢いで問い詰める。
「これは一体何!?これどこで買ったの!?貴方アルム君とそんな進んだ関係だったの!?これ幾らするの!?」
怒っているわけではないが凄い圧で詰め寄る母に、少しは覚悟して見せたヴィーナも思わずたじろぐ。
「か、買った場所は鍛冶横丁の古い骨董屋さん。これ今は細工でわかりにくくなってるけれど実は凄い価値のある魔宝具で……アルム君が50万セオンを即金で…………」
腰が抜けそうな値段にヴィーナ母もクラっとして今すぐミンゼル商会に行って謝らなきゃなどと色々な思いが過ったが、そこでアルムがヴィーナ家を出る前に言っていたことを思い出す。
『プレゼントは僕の完全な善意です。返却はダメですよ。あと僕の家にも内緒でお願いします』
あの時は何を言いたいのか分からなかったが、実際に眼の前にある物を見れば色々と合点がいく。
「あー…………言いたいことは色々あるけども、煽ったのも確かだけれど、婚約はやっぱりまだ早いと思うのよ」
ヴィーナ母が色々と飲み込み、とりあえず親として1番言っておくべきことを言っておく。
しかしヴィーナはまるで何を言ってるのかわからないといった感じでキョトンとしていた。
「婚約?」
照れ隠しでもなく本当に分かってなさそうな娘にヴィーナ母は思わず溜息をつく。
「だって、左手薬指に嵌ってるじゃない」
そこで漸く、指輪が勝手に巻きついたり金額や価値に驚いたりして頭から抜け落ちた情報を得る。何度目を擦っても、その左手薬指には指輪がしっかりと嵌っていた。
状況をようやく理解したヴィーナの顔が瞬く間に真っ赤に染まる。
「あ、あなた、まさか気づいてなかったの?」
「だだだだって、だって!」
座っていた椅子から弾丸のように飛び出して自分の部屋のベッドにダイブするヴィーナ。真っ赤になってジタバタするヴィーナに母もお手上げだった。
「で、どうするのよ?受けとちゃったみたいだけれど」
「ち、違うの!違うから!」
まああの子なら願ったりかなったり、そんな事を思いつつ母が問うと、ヴィーナは真っ赤な顔のままガバッと起き上がり、ベッドをバンバン叩きながら否定する。
「何が?」
「アルムってたまにびっくりするほどとーーーーーーーってもポンコツな時があるの!多分何も考えてない!絶対そう!どうせ1番邪魔にならない位置に嵌めただけよ!」
既にヤケクソ気味に叫んでいるが真実をそのまま言い当てているあたりヴィーナもアルムという少年のすっとぼけ具合をよくわかっていた。この1ヶ月アルムにベッタリだったので、アルムはどんな人物かはヴィーナはよく知っているのだ。
そして、アルムがちゃんと意味がわかっていたら、軽々しくそんな事はしないとも一人の恋する乙女として信じていた。
「そうなの?」
「そうよ!私だってそれがわかる前はだいぶアルムに振り回されたわ!!一人で何でもできるようなしっかり者に見えるけれど、ただの魔法バカで鍛錬バカで知識欲の塊で、どこか致命的にズレてるの!!!天然なの!!!ええそうよ、今日だってこっちばかりドキドキしてるんだから!!」
もう色々とぶちまけて、布団に顔を埋めてジタバタする娘に、流石の母も困惑するばかりだった。




