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「そう、そういう事だったのね」
いつの間にか消えたアルムは気になったが、まずは送り届けられた娘の話を聞くことを選択したヴィーナ母。
ヴィーナは恥ずかしがったりしていてなかなか話し始めなかったが、やがてポツリポツリと溢れる娘の言葉を根気よく聞いて、3回ほど聞いて漸く全容が掴めた。
「アルム君の家とか貴方の事とか色々あったみたいだけど、とりあえず解決はしているのね?」
ヴィーナはコクリと頷く。借りてきた猫のように大人しい娘に少し調子が狂うが、やたら大人しい娘を見てほんの少し悪戯心が芽生える。
「図らずも英雄様ではなく、お姫様の方になれたみたいね?」
未だにヴィーナと母親の間では話題になる笑い話。ヴィーナの母は娘が姫ではなく英雄になりたいと言い出した当初はどう教育を間違えたのか真剣に悩みかけたぐらいだが、今はもう娘の意思が1番だと思っている。だからこそ今では笑い話なのだが、彼女が予想していた反応をヴィーナは見せない。
顔からうなじ、指先まで真っ赤にして俯いているのだ。
「(あら、あららら?)」
見たことない娘の表情に、彼女の笑みは深くなっていく。
ちゃんと送り届けて静かに去っていったのも事情を理解した今なら好感さえ持てる。礼儀正しそうな子で、家柄も良しときた。これを逃したらウチの娘はダメになるかもしれない。
そんな気さえ彼女はして、悪戯な笑みを浮かべる。
「ママみたいに玉の輿になるかしら?」
その瞬間、限界まで真っ赤になったヴィーナは涙目でポカポカ母親を叩く。
それを見てヴィーナの母は上機嫌そうに笑っていた。
◆
はらはらと雪が本格的に降り始める13月。アルムがゼリエフ私塾に入塾してから6ヶ月が経過した。
ヴィーナは例の一件以降、アルムとよく話すようになった。常にしかめっ面だっ以前の面影はなく、表情も柔らかくなって時折笑いさえした。
アルムは探査の魔法と博物学をヴィーナに教え、ヴィーナは泥の粘土の配合比率などを教えていった。時には授業の復習を一緒にしたり、格闘術の復習として組手をすることもあった。
今までのはなんだったんだと言いたくなるほどアルムとヴィーナはベッタリの関係になったが、アルムは楽しそうなのでスイキョウは完全に放置している。同年代との接触が0に近いアルムにとって、ヴィーナは同じ視座で物事を語れる貴重な友人であり、必要な存在であった。
「だんだん寒くなってきたのね」
「そうだね、雪も重くなってきたし」
スーリア帝国など主要国家で採用している『勇者暦』では、一月約30日、1年13ヶ月、約400日ある。
その中でも寒冷な地域のスーリア帝国は、1月から3月が【上冬】、4月から5月にかけて短い春があり、6月から8月が夏、9月から10月を秋、11月から13月までが【下冬】という季節区分となっている。
上冬と下冬の違いは雪の質の違いで分けられている。
10月から13月の下冬は風が強くパラパラとした雪や雹が降りやすい。この時期は皆、上冬の季節に備えて準備を進めていく。
下冬が終わると、1年でもっと辛い上冬の季節がやってくる。
上冬は強い風は吹かないが、水分の多く積もりやすい雪が新年祭辺りから降り続ける。そして高く高く積もるのだ。この季節は基本的に殆どの業務が停止する。その代わりにできる限り除雪作業を行い、下冬に用意したもので厳しいこの季節をなんとか乗り越えるのだ。
こんな調子なのでスーリア帝国はスラムが物理的に存在しにくく、団結力が高いお国柄で知られている。
もちろん私塾も上冬は冬休みになる。3ヶ月という長い休みになってしまうが、天候の問題なので仕方ない。これが主要都市や首都になると雇われた天属性魔術師が全力で雪を溶かし続けるので、なんとかなっている。
塾の入塾時期が4月、7月、10月なのもこのような事情があるからだ。
塾が休みの日はほとんど毎日のように会うようになったアルムとヴィーナは今日も今日とて校庭で待ち合わせしていたが、かなり寒いので即座に鍛錬を始めることなく、地属性魔法で小さなドームを作り、その中に座って身を寄せ合っていた。
「アルムは、冬休みの間は何しているの?」
「うーん、親戚の家庭教師とか仕事はあるけれど、暇な時はやっぱり鍛錬になるかな?あとは実験?」
色々と思いついて作っていない物もあるので、アルムとスイキョウは冬休みは製作と実験にだいぶ時間を割くつもりだった。
「実験、はよくわからないけれど…………私も体力が落ちないように運動しなきゃ。でも、やっぱり暇なのよね」
抱えていた膝に顔を埋めつつ、ヴィーナはチラッとアルムを見る。
「やることが無いの?」
「だって、友達が1人しかいないから」
真っ白な髪は耳まで隠れる毛皮の帽子に包まれ、白いモコモコのマフラーに、質の良い厚手の白いコート。手袋は無骨だが温度変化に強いヤールングレイプル。吐く息は白く、紅い瞳が輝くヴィーナは妖精の様な一種幻想的な美しさがあった。
一方アルムは入塾してからあまり変わっていない。耳まで隠せるロングのマフラーにヤールングレイプルの手袋だけで、あとはイヨド魔改造ローブを羽織っているだけ。この季節からすると気でも狂ったかと思われるような格好だが、アルムにとっては寧ろマフラーが邪魔なくらい暖かい。
おそらくローブに何らかの加護がかかっていることは間違いなく、その証明としてローブを脱いだ瞬間凍えるような寒さが襲ったからだ。
アルムはヴィーナに見惚れていて少し反応が遅れたが、その言葉を受けて色々と考えを巡らせる。
「ヴィーナちゃんと会えない事もないけど、ここも除雪作業が盛んだからなあ。ウチは色々と面倒だし…………」
そういうとヴィーナの顔がパッと明るくなる。
「じゃあ私の家に来れない?ママもアルム君なら大歓迎って言ってるの」
「女の子の家って入っていいのかな?」
「本人達が良ければそれでいいと思うの」
期待に満ちた目でヴィーナはアルムを見つめる。
「(いいのかな?)」
アルムが参考にできる知識は貴族云々の物しかない。それを考えると男性不在の未婚の女性の家に男性が訪れるのは如何なものか。頭の中の小さなロベルタが、『ダメです』と言わんばかりに杖でピシッピシッと『紳士的行動』と書かれた黒板を叩いていた。
《まあ、平民だからな。それで結婚の意があるとは周りも思ったりしねえよ。それより早くしないと泊まりでもいいと言いだしかねない顔つきだぞ》
“初めて”が多いヴィーナは今というこの時が本当に楽しくてしょうがないのだ。それはアルムも同じだが、色々と前提条件が違う。
「ヴィーナちゃんのお母さんが問題無いなら、遊びに行くよ」
「むしろ泊まりでも許可出ると思うの」
ヴィーナは冗談めかすようにクスクス笑っているが、なんとなくそれが本当の事であるとスイキョウは考えていた。それもそのはず、ヴィーナ母にとってもアルムは確実に優良物件。仲良くして悪い事など何もないからだ。むしろ家族としては大歓迎だろう。
「私、冬は嫌いだったの。1番暇で寂しいから。でも今年は楽しそう。誕生日も、楽しくなりそうなの」
「誕生日?いつ?」
「実は明日なの」
「え、じゃあプレゼント買わなきゃ!」
慌てて立ち上がりドームに頭をぶつけるアルム。そんなアルムをヴィーナは慌てて止める。
「別にそんな催促したわけじゃないの!違うからね!?ただ、私の誕生日たびにもうそろそろ上冬かと思って憂鬱になるから、それが今年はアルムのお陰でそういうのがないから、それが嬉しくって!」
嬉しさと困惑が入り混じり、耳元の髪をクシュクシュッと掻き回すヴィーナ。だがしかし、案外頑固なところがあるアルムもそう簡単に折れない。
「僕、友達にプレゼントを贈ってみたいからね、ヴィーナちゃんには受け取って欲しいんだ」
元からアルムにはヴィーナを連れて行きたい店があった。誕生日となればちょうどいいとアルムは考えていた。
《プレゼントを買うのに彼処に行くのか?》
「(ダメかな?)」
《まあ反応を見て決めればいいだろ。まずは連れて行ってもいいんじゃないか?》
「(そうだね)」
そもそも店が空いているかは気にしていない。きっと開店休業に近いのはいつ行っても一緒だからだ。アルムは何度も何度も顔を出しているが、自分が行った時に自分以外の客に出くわした事がない。
「今日は練習はお休みでいいかな?」
アルムがそう提案すると、ヴィーナは太陽がそのまま地球に落っこちてきたレベルのとんでもない物を見たような感じで、ポカーンとして目を丸くする。
「あれ、ダメだった?」
「ううん、違うの。鍛錬バカのアルムがそんなこと言うとは思わなくて」
「鍛錬バカって…………」
アルムはヴィーナが自分をどう思っているのかかなり気になってしまうが、今から買いに行くとなると時間が惜しい。金は話しながらこっそり【極門】を使って取り出した。予算は全く問題ない。
「それで、いいかな?」
「アルムがそれでいいなら、いいけれど………」
話が纏まると、土のドームを消し去って立ち上がる。ヴィーナは少し寒そうに身を震わすが、アルムが徐に手を握ってくると二重の意味で身体が暖かくなる。
「あったかいでしょ?火の魔法の応用なんだ」
実際には火の魔法ではなく、量熱子鉱の熱量を少し使った熱の伝播だ。
アルムには頑張ってもスイキョウの様に大量に熱量を取り出したりはできないし、量もあまりコントロールできない。しかしアルムなりの最大量で熱を取り出すと身体を温めるのにちょうどいい熱量になるのだ。
だが操作もスイキョウのように出来ない。なので一度自分の体内に入れて減衰を減らして、自分を通して触れてるヴィーナに魔力を使って熱を渡しているのだ。
ヴィーナの体は芯から温まり、顔に赤みがさす。
「ごめん、熱かった?」
「ち、違うの。ちょうどいいの。すごく暖かくて……。ありがとう」
よかった、じゃあいくよ。そういうと歩き出すアルム。
「(え、手は握ったまま?)」
ヴィーナはドキドキしてしまうが、アルムが魔法をかける為に手を繋いでいるのは分かっているし、恥ずかしいなんて更に恥ずかしくなりそうで言えない。
それに平然としているアルムにも少し言いたいことがあったりして、内心悶々としつつも大人しく手を引かれていく。
「アルムは何処へ向かっているの?」
ヴィーナは最初、ちょっと高めのお菓子とかを買ってくれるのかと思っていた。しかしどうにも違う。アクセサリー……?しかし、そうでもない。
てっきりミンゼル商会に向かうかと思ったら、アルムはヴィーナが全く行った事の無い方に進み続けるのだ。
それに男が多く、子供もあまり見かけなくなってくる。知識だけは知っていて出入りしたことは無いが、鍛治横丁に近づきつつあるのではないかとヴィーナは考え始めていた。
しかし、なぜ鍛治横丁に連れて行くのかわからない。ヴィーナは特に武器などを使うこともなければ料理をすると言った覚えもないからだ。因みにヴィーナは一人で家でこもっていることが多い分、普通の主婦くらいには料理ができるがそれをアルムに披露したことは少ない。
手を繋いで歩く美少年と美少女の小さなカップルに、周りは微笑ましく思うが、見た目が厳つい奴らばかりなのでヴィーナは少し怖くなってアルムの手をギュッと握る。
アルムは気にすることなく細い道を迷いなく抜けていく。
どこまで行く気かとヴィーナの中で不安がどんどん膨れ上がって喉元迄引き留めるような言葉がでかかったころ、ふと、古ぼけた建物の前でアルムは立ち止まる。
「ここだよ」
「…………ここ入って大丈夫なの?」
よく見ると奥に広そうだが、そもそも店なのか怪しい古ぼけた建物。しかしアルムは何度も訪れているから大丈夫だと笑う。そしてドアが開いているのを確認すると、ヴィーナの手を引いて入る。
「お邪魔しまーす。ザリヤズヘンズさーん、来ましたよ〜」
「ん?おお、よく来たなアルム。いつも通り、“いい”ローブを着ているな」
ザリヤズヘンズはアルムが一人で店に来るようになってから、いつも開口一番ローブを褒める。イヨドの魔法でその価値を見抜くなどできないはずなのだが、スイキョウはザリヤズヘンズにはローブの秘密が多少バレてる気がした。
隙間風が酷そうな店内はいつも通り薄暗くて埃っぽく、ザリヤズヘンズのふかすタバコの煙が漂っている。しかし意外と温かく、ヴィーナは帽子と脱いだ。不思議そうに店内を見まわしていたが、声を聴き視線を向けると、奥にいる主を見つけたのだろう。ザリヤズヘンズを見て思わず小さく悲鳴をあげヴィーナはアルムの背中に隠れた。
「今日は随分と可愛らしい連れがいるなぁ。アルムもやるじゃないか?」
「約束ですから」
見込みのある人を連れてくる。
それは最初に来た時のザリヤズヘンズとの約束。アルムが向ける感情は“見込みがある”とは少し違うが、自分の初めての、そして素晴らしい友人をザリヤズヘンズに紹介したかったのだ。
「えっと、この子はヴィーナちゃんで、塾でできた僕の友達です。地属性魔法は僕よりも上手で、魔法の制御は天才レベルなんです!」
「はっはっは、そりゃ凄い」
アルムに急に褒められて、ヴィーナはアルムの後ろで恥ずかしそうにモジモジする。
「ヴィーナちゃん、この人はザリヤズヘンズさんって言ってね、この骨董屋を営んでいるんだ。凄い物知りでね、たまに聞ける話は1時間でも2時間でも聞いてられるくらい面白いんだよ」
「そりゃ言い過ぎだぁ。褒めても何も出ないぞぉ?」
野太い笑い声をあげるザリヤズヘンズ。思ったよりは取っつきやすい感じがして、ヴィーナはそろそろとアルムの後ろから顔を出す。
「…………ふーむ、やはり輝きを持つ者は惹かれ合うのか。なにはともあれ、ようこそ小さなお嬢さん。ここはガラクタばかりの骨董屋。好きに手にとって自由に見ておくれ」
ここがお店?謙遜でもなく本当にガラクタばかりじゃ…………。そう思いつつも、アルムが顔を出すという事は何かある、そう考えたヴィーナは急激に成長し始めた探査の魔法を慎重に使っていく。
すると、このガラクタの山がただのガラクタばかりでない事にすぐに気づき、怪しむような表情がすぐに変わる。
「ヴィーナちゃんにはね、何を買おうか少し迷ったんだ。だからここで何も興味のあるものが無ければミンゼル商会に行こうと思う。けれど僕は、この場所なら何か良いものが見つかる気がしてヴィーナちゃんを連れてきてみた。何か欲しいものがあるかな?ゆっくり観ていいよ」
「え、その…………」
値札も何も無く、ただ商品が積まれている魔窟に戸惑うヴィーナ。気になるものも見つかり始めたが、あまりにアルムの好意に甘えてる気がして素直に受け入れられない。
「こう言っちゃうと感じが悪いけど、実は一緒に暮らしてるお爺さんが隙あらばお小遣いをくれるんだ。でもお金で買いたいものも無いし、たまるばかりでね。母さんには無駄遣いはダメとも言われてるから使い道も特にないんだ。でも初めてのお友達の初めての誕生日プレゼントなら、パーっと使うのがいいと思って。だからなんでも言ってよ」
「はっはっはっ、随分漢気ある剛毅な言葉だ!そんなアルムに免じて、アルム達にヒントをくれてやる。嬢ちゃんに応える物は、実はそこからかなり近くにあるぞ」
それだけを言うと、ザリヤズヘンズは煙草をふかし続ける。
ここでアルムの好意を無下にしたくは無い。そう思ったヴィーナは、ザリヤズヘンズの言葉に従って自分の周りを探り始めた。とりあえずザリヤズヘンズの言う正解を見つけてから考えてもいいかと思ったのだ。
アルムも共に何か良いものはないかヴィーナの近くで探してみる。物が崩れない様に退かしていき丁寧に探っていく。20分ほど見つけた面白い物を見せ合ったりして探していたころだろうか。手に取ったものを戻した表紙に何かが床に落ちて、アルムはそれを手に取った。
「これ…………」
埃だらけでくすんでいてよくわかないが、それが指輪であることは形でわかる。中に込められた魔力がくぐもっていて全容がわからないが、強力な一品には違いない。むしろ今までなぜ魔法で気づけなかったんだと思うくらい、どの品物よりも強烈な存在感を放っていた。
しかしプレゼントにしていい見た目じゃない。けど手放す気にもなれず、アルムはそれを持ったままジッと指輪を見つめていた。
そんなアルムの様子にヴィーナが気づく。
「アルム…………?なにそれ?」
アルムが持つ相当古い時代の指輪。ヴィーナもよく見ようとしてアルムから受け取ろうとすると、指輪の魔力が大きく揺らいだ。
「なんなの、これ?」
「わからない。でも今のでなんとなくわかった事もある」
アルムはその指輪を持っていくと、ザリヤズヘンズに見せる。
「これを下さい」
ザリヤズヘンズは睨むようにジッとアルムを見つめるが、アルムは決して目を逸らさない。やがてザリヤズヘンズはニヤッと笑った。
「正解だ」
アルムの頭をポンポンと撫でると、ザリヤヘンズはその指で指輪に触れる。そうすると汚れが塵になって消えていき、真の指輪の姿が晒されると共に隠されていた魔力が解き放たれる。
輪の部分は銀色の複数の蛇が絡み合うような緻密な細工がされており、色が微妙に見る角度で変わる菫色の小さな石が嵌め込まれている。そして石の中心には、蛇の縦長の瞳孔を思わせる白い光の線が入っていた。
「それはなぁ…………海中から見つかった、今はなきムーティスアトラン大陸からの指輪だ。ミスリル合金を丁寧に使い頑丈さと魔力親和性を上昇。蛇の意匠も一級の細工師の作品だ。そして使われている石は魔化済みのアイオライト、それも魔力が大量に含まれていることを表す線が入った希少なスターアイオライトだ。精神の摩耗を極めて高いレベルで抑え、健康と美容を維持し、幻惑を退け、解毒の作用を持つ。石の台の裏の意匠から王族の女性が身に着けていた魔宝具と思われる一品だ」
「つまり、国宝クラス以上?」
「いや、それは人を選ぶ性質があってな。普段はただの高価な指輪でその力を発揮することはない。然るべき者が装備した時に、指輪は応えるだろうさ」
たしかに、アルムが試しに指輪を嵌めてもぶかぶかだし何も変わった気はしない。力は伝わってくるのに、その効果は特に現れない。
「え、私?」
チラッとアルムがヴィーナを見ると、ヴィーナは困ったように首を横に振る。
「だ、ダメよそんな、国宝クラスでも太刀打ちできないかもしれない代物よ!」
「うーん…………取り敢えずつけてみるだけつけてみない?」
ダメだというヴィーナと、ちょっとだけ先っぽだけでもと案外粘るアルム。暫くしてヴィーナが折れて、試しに嵌めるだけなら、となぜか両手を差し出し顔を背けた。
「僕が嵌めるの?」
「…………うん」
恥ずかしそうに顔を背けるヴィーナ。アルムはどの指ならいいか考えてみる。
まず利き手は邪魔になりそうだから却下。なので左手に限られる。そのなかでそれぞれ指の使用頻度や重要性を考慮した結果、薬指が1番邪魔にならないとアルムは判断した。
この思考にアルムが辿り着くまで、スイキョウはただどうなるのかニヤニヤしながら見ていた。もちろん色々とアルムが問題行動を天然を発揮してやろうとしていることに気づいてはいるが、あえてツッコミはしない。
こんな美味しいイベントを生で見られて楽しい程度にしか思っていない。
ヴィーナがわざわざ両手を出してアルムの選ばせてる辺り、スイキョウは色々と察している。それはザリヤズヘンズも同じでニヤニヤしながら見守っている。
アルムはそっと指輪をヴィーナの左手薬指に通して、ゆっくりと手を離す。
次の瞬間、指輪の魔力が大きく動き、まるで指輪の蛇が生き物のように動き出し、止める間もなくヴィーナの手にしっかりと巻き付く。そして宝石が喜ぶように幽かに淡い青色の光を放ち始めた。
「え、えぇ!?は、外れない!?」
ヴィーナは慌てて取り外そうとするが、キツく無いのに全く指輪は外れない。金属性魔法で筋力を最大強化して引っ張っても、動く気配が一切見られない。
「指輪はお嬢ちゃんを選んだようだな。返品不可だ」
「そ、そんな!?」
ザリヤズヘンズは平然と言い放つが、ヴィーナは慌てまくる。どうしよう、このままではアルムに迷惑が…………そればかりがグルグルと頭をよぎるが、アルムは平然としていた。
「値段は幾らでしょうか?」
「ア、アルム!?」
ヴィーナは止めようとするが、アルムはニコッと笑った。こうなると案外言うこと聞かないのがアルムだ。濃い付き合いは最近からだが、ヴィーナもそれは分かっていた。
「そうだなぁ、事故で返品不可になっちまったから、大負けして50万セオンが妥当だな」
「ええ!?」
「思ったより安いですね」
「えええ!!?」
なんなのこの2人は、と思いつつもヴィーナは本当に50万セオンを一括で支払ったアルムに唖然とする。
因みにアルムの知識を総動員して指輪の最高効力値を基準にその価値を試算すると、指輪の価値は15億セオンは軽く超えた。ただの観賞用の指輪にしても、ムーティスアトラン大陸産の王族が身につけていたと推定される一品なので、歴史的にも美術品としても価値は高いのだ。そこに桁外れの効力を持ち、宗教的な効力も高いとなれば値段は一気に釣りあがっていく。
なので50万セオンは、本当の本当に超大負けの値段だという事をアルムは知っている。アルムは金を持っているから安いと言ったわけではない。その価値からして破格の安さだったからつい言葉が出たのだ。
「まあ、ちょっとオマケしてやろう」
そう言うと、ザリヤズヘンズはブツブツなにかを呟いて指輪に魔法をかける。
指輪に魔法がかかると、光が収まり溢れ出る魔力が隠蔽された。さらにはアルムのローブに使われている認識阻害の効果まであるのか、落ち着いた普通の感じの指輪に見えてくる。
「流石にそれをつけたまま出歩くにはちょいと問題があったからな。“然るべき時”が来たら、その指輪に“アルムが”魔力を流すといい。魔法はすぐに解けるだろう」
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げるアルム。ヴィーナも御礼を言っているのだが既に頭の容量がパンクしていて、言葉が言葉の体をなしてない。
アルムはもう一度だけ御礼を言うと、ヴィーナと共に骨董屋を出て行った。




