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アルム達がヤールングレイプルを受け取った日の、放課後の事だった。アルムが校舎を出ようとすると、いきなり肩をチョンッと突かれる。

 

 振り向くと、そこにはいつもの顰め面ではない、気まずそうな顔をしたヴィーナがいた。

 

「なに?どうかしたの?」

 

 入塾から5ヶ月。アルムとヴィーナの間ではほぼ会話はなかった。交わした言葉といえばせいぜい挨拶ぐらいだ。

 仲が悪かといえばそうではない。アルムは話しかけない方が相手にとって良いことだと思ったので話しかけず、ヴィーナは最初が最初だけに色々と気まずさがあったのだ。

 

 因みにスイキョウは、《まあ、なるようになるか》と放置していただけで、ヴィーナからの隔意が減っていることは気づいていた。

 だが、このタイミングで話しかけてくるのはアルム共々少し驚いていた。

 

「あの、ちょっと聞きたいことがあって…………こっちに来て」

 

 そう言うとヴィーナはなにも言わず歩いていってしまった。このままついていかないとどうなるのかとスイキョウの中で外道の様ないたずら心が沸き上がったが、アルムは素直についていく。そのままヴィーナは歩いて人目のつきにくい校舎裏の木の下に向かい、唐突に振り返った。

 

「あ、あの、どうして私が地属性魔法に粘土を使っているってわかったの?」

 

「え?前に話したように地属性の探査の魔法で調べたよ?」

 

 一体何事だろうと思っていたが、ヴィーナの問いはアルムの予想とは全く違うもの。アルムが不思議そうに言うと、ヴィーナは首を横に振る。

 

「それはわかってるけど、そもそも判別方法が分からなくて。ゼリエフ塾長は地属性は使えないし、他の先生にも色々聞いてみたけれど、誰も私の地属性魔法の秘密になんて気がつかなかった。でも貴方だけは気づいている。どうして?」

 

 自分のアイデンティティに近い魔法の仕組みを言い当てられたから焦っているわけではない。ヴィーナは困惑して純粋に疑問に思っているようだった。

 一方でアルムもますます困惑するが、状況を整理するように説明する。

 

「たぶんとっくに知ってると思うけど、地属性魔法の探査はまず物体のそれぞれのパターンを覚えていく。熱い、冷たい、硬い、柔らかいなどから推測する形で木、石、水って感じで特定するんだ。更に土でもその性質を考慮して考えればその土が持つ性質を断片的に割り出していける。僕が『博物学』をとっているのはこの為だよ。物を知りパターンを覚えていくことで、さらに識別の精度を上げていくんだ。これに関しては魔力の制御能力の高さ、そして知ってるパターンの多さが物を言うから修練あるのみだよ」

 

 そう説明すると、ヴィーナはポカンとして、すぐになにかを決意するような表情になる。

 

「あ、あのね、アルム君。自分でも今まで勝手に貴方に勝とうと思って頑張って、それで、自分勝手だとは思うけれど、お願い!塾が終わってから、貴方の地属性魔法を私に教えて欲しいの!」

 

 目をギュッと瞑り、まるで祈るかのような表情で頭を下げるヴィーナ。アルムは少し戸惑ったものの、スイキョウと短い脳内会議をして結論を出す。

 

「んーっと、ごめんなさい」

 

 アルムが言葉を選びつつ話し始めると、ヴィーナは途端にシュンとして、力なく笑う。まるでそれは自分を自嘲するような、そんな暗い笑みだった。割と鈍いアルムでもその笑みがいい意味の笑みでは無いことに気づいて直ぐに弁明する。

 

「ああ、えっと、違うよ?塾の後はアルバイトをしているから無理なんだ。だから塾が無い日、ちょうど明日とかじゃダメかな?」

 

 アルムがそう提案すると、ヴィーナは一転して喜びと疑問が入り混じったような複雑な表情になった。

 

「嬉しいけれど、休みなのにいいの?」

 

 ヴィーナとしては、放課後に時間のある時に少しだけでも教われれば幸いと思っていた。もちろん、休日の方が時間にも余裕があって都合がいいが、休日までアルムの手を煩わせない様に精一杯ヴィーナなりにアルムの事を考えていたつもりだった。

 

「休日の方が時間に余裕があるからね。魔法は小分けにして教えるより集中して教えた方がいいし。その代わりに、ヴィーナちゃんの泥の魔法とか、知ってる魔法とかを教えてくれないかな?僕も探査の魔法以外にも教えるからさ」

 

 自分の切り札を教えるのは魔術師にとってリスキーなことだ。しかし勝手に壁を作っていた自分に休日に対して時間を作ってくれようとするアルムに、ヴィーナは深い感謝の念を抱いた。そしてその恩は、ちゃんと返すべきだとヴィーナは思った。

 

「わかったわ。それと、その、ありがとう」

 

「ううん、気にしないで。場所はここでいいかな?時間は1時間目の始まりとと同じくらいで」

 

「大丈夫よ。じゃあ……また、明日」

 

「うん、また明日ね〜」

 

 ぎこちなく、小さく手を振ったヴィーナに手を振り返し、アルムは小走りで家に帰っていった。

 

 

 



 アルムがヴィーナと別れた頃、それを偶然見ていた者達がいた。

 

「今年は、随分と楽しそうですね」

 

「それは貴方もでしょう、ロベルタさん」

 

 校舎の端にある塾長室からは校舎裏が見える構造になっている。ゼリエフに所用があり塾長室を訪ねていたロベルタは、ゼリエフと共にアルムとヴィーナの様子を見ていた。

 

 

「聞くところによれば、アルム君は“まだ”貴方のクラスから逃げ出していないとか?」

 

「ええ、彼は温和な見た目によらず、一本芯が通った立派な1人の男です」

 

 ロベルタはいつも生真面目そうな顔しか見せないし褒めることもないが、今は軽く微笑みアルムを称えていた。

 

「貴方はスパルタ過ぎるのですよ。最長でも2ヶ月で皆が音を上げてしまう」

 

「それならばそれまでです。逃げる者を追うほど私も熱意はありません。ですが、彼の様な忍耐強く実直な男は好感が持てます」

 

 ロベルタの高い評価に、ゼリエフは驚く。

 

「貴方がそんな風に褒めるとは。いつも逃げ出した者の愚痴しか吐かないというのに」

 

 ゼリエフはロベルタの授業から逃げた生徒に毎回泣きつかれるので毒を吐くが、ロベルタは気にした様子もない。宮廷はこれ以上の嫌味の応酬の繰り返しだからだ。この程度、ロベルタには子守歌に等しい。

 

「私の予定より、既に2倍の行程を彼は終了しています。彼には実直に努力する才能と、自らで考える力がある。天才ではありません。スタート時は平均的です。しかし指導を受けてから、1つ何かを掴むと高速で修正していきます。そして次の授業の始めに見る頃には物にしている。学びにおいて重要な才能を彼は持ち合わせています。あと……彼女、ヴィーナさんも座学では1番物覚えが良いでしょうね」

 

 ロベルタがそう言うと、 ゼリエフは少し誇らしげに笑う。

 

「ああ、いい子達だよ。そして遂に互いの手を取り始めた。手を取り合うまでに少し時間がかかったが、これからは更に実力を伸ばしてくる。私の予想を彼はいつも超えてくる。彼が一体何を目指しているのか、私には分からない。このままいけば彼は宮廷魔導師入りも夢じゃない。いや、それどころか、魔術師のトップを目指せるかもしれないな」

 

 ゼリエフがそういうと、ロベルタは息を呑む。

 

「彼はその為に、貴族の振る舞いを習得しようとしているのでしょうか?」

 

 国家公認の魔術師は爵位が与えられる。アルムがもしそれを見据えているなら、更には帝宮にも出入りすることを想定しているなら、学習への身の入り方もロベルタには理解できた。

 

「いや、もっと何か、違うものを見ているよ。ヴィーナ君はわかりやすい野心家だが、アルム君は成り上がるとかその様な事を目指しているようには見えない。もっと予想を交えていいのなら、何かに必要だからマナーの勉強を頑張ってるだけで、貴族になりたそうには思えない。多分彼の父親の性格からしても、彼の性格からしても、貴族という柄ではない」

 

「しかし、その心根は真っ直ぐなように思えます。私は彼が真摯に取り組む限りそれに精一杯応えます。最終的には『認可推薦状』を書いても良いと思っています」

 

「また大きく出ましたね。貴方の認可推薦は然るべき場所に持っていけば切り札レベルですよ?」

 

「御冗談を、ただの一介のメイドです」

 

 ロベルタは微笑を浮かべるが、目は笑っていない。

 

「言い直しましょう。貴族の血を多少引くとはいえ、妾腹から生まれて最も下のメイドから始まり、最終的に“公爵家付女官長”を務め、現ムースペルヘイム公爵から未だに幼少期から厳しく面倒を見られた婆やとして恐れられている貴方が、王宮仕えのメイドにも未だに強力なコネを持つ貴方が、『認可推薦状』を書く意味は相当に重いですよ?」

 

「おほほほほ、今はただのロベルタ。勝手に私を姉様と慕う宮廷雀はいますが、その程度です。そしてその言葉はそっくりそのまま貴方にお返しします。一介の尉官ながら教官を務めただけあり、軍には貴方の教え子が沢山いるそうですね?位の低い位置から成り上がった者達は貴方を特に支持しやすいとか。貴方が恐らく書くであろう認可推薦状は、私のものより重いですよ?」

 

 そうして2人はジッと見つめ合うと、苦笑した。

 

「お互い年をとりましたね、ゼリエフさん」

 

「ロルカべラツィ、君は私よりずっと若いだろうに」

 

 互いに成り上がった立志伝中の人。現役時代から彼らは知り合いだった。

 

 だが、派閥の力関係、職務、年齢差など様々な要因が有り、お互いの想いは仕舞い込んでいた。ロベルタが公爵家の女官長を務めておきながら、色々な誘いを蹴ってゼリエフ私塾に居るのも、2人をよくよく知る者なら納得の行くことなのだ。

 

「彼等の行く末が、楽しみですね」

 

「ああ、カッター君の息子と言う事は、私の孫みたいなものだ」

 

 ゼリエフがしみじみと呟くと、ロベルタは何も言わずに黙礼して出口に向かう。ドアを開けてゼリエフの方を向きもう一度黙礼。ドアを閉める……しかしそこで、ロベルタは途中で不自然に止まる。そして柔らかい笑みを浮かべた。

 

「ならば私にとっても孫のようなものですね」

 

 目を見開いたゼリエフを見ると、悪戯に成功した子供のようにクスクス笑いドアを締めてロベルタは言い逃げした。

 

「これは一本取られた…………」

 

 1人残されたゼリエフは少し恥ずかしげに笑うばかりだった。

 

 

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