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 僕は泣いて泣いて泣き尽くして落ち着くと、スイキョウさんの勧めで早めの昼食を取ることにした。スイキョウさん曰く、腹が空いてる時の考えは大方まともじゃない、らしい。

 なるほど、言いたいことはわからなくもない。


 確かに昼食をとったらなんだか気持ちが落ち着いた。因みに昼食は母さんが朝に作り置きしておいてくれたもので、【極門(プラダ・エスヴァギア)】の虚空にしまっておけば出来立てが食べられるという寸法だ。今のところ物置以外で最も役立つ使い道だ。


《せっかくのチートなんだけどなぁ…………》


 ちーと、って言葉はよくわからないけど、なんだかスイキョウさんは残念そうにしているのはわかる。現在の魔法技術では実現不可能な凄い異能なんだよ?それこそ神の御技の一端だよ?グヨソトホート様を信奉する僕としてはこれ以上にない名誉なんだからね?


《あ、うん、すまんすまん。なんというか、お国柄的に宗教云々を持ち出されると少しコメントに困るな》


 多分体があったら、頭でも掻きながら呟いてたんじゃないか。そんなことが容易に想像できるほどスイキョウさんは困ったような声だった。


 お国柄って言ってたけれど、考えるにニホンという国は無宗派だったの?だとしたら物凄く珍しい、というかそんな国があるなんて信じられないよ。

 

 いつもは些細な事でも軽快に応えてくれるスイキョウさん。けれどやはり出自に関わることになるとだんまりだった。でも巻き込んだ僕がしていい質問でもなかった…………。なんて僕は失礼なことをしてしまったんだ。


 ごめんなさい。


 そう心の中で言うと、スイキョウさんが居心地悪そうに唸る。


《別に、怒ってるから言わない訳ではなくてだな……兎に角、今は答える気は無い。きっとアルムをひどく混乱させるだけだ。まあそこまで気落ちされてもこっちも嬉しくない。詫びというなら、宗教についても説明をしてくれないか?どうもそこら辺の記憶は曖昧でな。多分、アルムの思い入れれが強い記憶ほど俺も共有できるんだと思うんだが…………》


 また気遣って貰った?でもスイキョウさんから伝わる感情はとても穏やかだった。


「(わかった。僕の応えられる範囲で答えるよ)」


 まずこの世には幾つもの宗教があり、強い権力を持っている。スーリア帝国で公認された宗教だけでも400を超える。非公認ならその3倍はあるらしい。


《よくもまあそんなに宗教があって社会が混乱しないな?》



 混乱?僕はスイキョウさんの言いたいことがよくわからない。


《うーん、俺からすると、『我々が信奉する神こそが本物の神だ!』って宗教戦争にでもなるんじゃないか?》


 本物の神?宗教戦争?どういう事?


 なんだかうまく話が噛み合っていない。スイキョウさんは一体何を聞いているのだろうか?本物の神も何も、神は神だよ?


《んんん??やけにはっきりと神とやらを信じているな。えっと、アルムが信奉しているのは、グヨソトホート……様とやらか?だったら他の宗派の神はどういう扱いなんだ?》


 …………ん〜〜〜何かとても大きな認識の齟齬がある。スイキョウさんはさっきから何を言っているのだろう?他の宗派の神も当然神様だ。そうでなければ誰が魔法を授けるというのだろう?


《待て待て待て、魔法を授ける云々を聞き流した俺も悪いが、…………本当に神から直接授かるってのか?》


 だからそう言ってるよ。


《………確認させてくれ………神は居るんだな?感知できないいるかどうかもわからん高尚なナニカではなく、本当に、確実に認識できる存在なんだな?》


 感知できないナニカって、そんなものを信奉できるわけないでしょ?実際にこの世に“座す”から信奉するんでしょ?


 僕がそう言うと、スイキョウさんは混乱をなんとか鎮めようとしているのか、『あー、あー』としか呟かなくなった。


《あー………えーと…つまり、神は何百柱と存在して、実際に視えるし話せるし触れ合えるって訳か!?》


 いや、そんなことはないよ。


 僕がそう答えると、ズコッとすっこけたような変なイメージが浮かび上がり、意味わからん!というスイキョウさんの大声が響いた。


「(あのね、たしかに少し語弊があるかも。とっても高位の神官様なら、神々と実際に接触はできるっぽいよ。でもね、接触した後は大概まともなことにならないんだって)」


《つまり、どういうことだってばよ?》


 なんか変な言葉遣いだけれど、今は放っておこう。


「(父さん曰く、壊れてしまうんだって。神々というのは、人の身では直接接触するだけでも耐えきれない程のパワーを持っている。だからこそ、神々と直接接触して正気のままだった人は、聖人として称えられるんだよ)」


《しかし分からん。だったら何故、直接接触するだけでも難しい存在を信奉できる?》


「(実際に分体を安置する教会にいけば、いやでもわかるよ。見えなくても聞こえなくても、その絶対的な存在感は僕らが矮小な生物だって言っているように思えるほど凄まじいんだって。しかもその分体がただの残り香、残滓みたいな物と知れば、信奉するほかないでしょう?)」


《残滓?では本体は何処に?》


 それは誰にもわからない。けれど、もし神々が直接降臨したらどうなるかは、誰でもよく知っている。


「(そんなことが起きたら、世界は滅びてしまうよ。だから僕らは神々を崇め奉り、その御心を鎮めている。宗教戦争だって、もう2度と起きないよ。パブラムと魔境の2つの事件について知っていればね)」


 遥か昔、蛇神「ネスクイグイ」と蛙神「イグオロス」の2柱を国教として祀っていたパブラムという巨大な国があった。パブラムという国は圧倒的な武力で大陸1つを支配するほどの力があった。何れは世界ですら手中に収めるのではないかと言われるほどの国力を有していた。


 しかしそのような国でも、後継者争いがあった。側室から生まれた長男と正妻から生まれた次男の醜い争いがあった。その兄弟の争いは国全土を巻き込み、有ろう事か彼らは大義名分として宗教を引っ張り出した。長男は蛇神のみを国教にすべきと主張し次男は対抗するように蛙神のみを国教にすべきと主張した。


 それは今までにみない世界規模の宗教戦争だった。ただの王位争奪戦を宗教戦争に持ち込んだせいでお互いに止まる場所がわからず、最終的に軍略に長けた次男が長男以下蛇神を信仰していた者を皆殺しにした。


 結果、何が起きたか。パプラム国の約半数がその翌日に蛇に変えられてしまった。しかもただ蛇にするのではない。蛇の入れ物に人間を詰め込んだような、人面の蛇が大量に生まれたのだ。その証拠としてだろうか、すぐに息絶えたもののその半人半蛇の幾つかの遺体は魔法によって残された。神の怒りのその証としてだ。


 神々は我々の言葉に耳を傾けることはない。しかし見ていないわけでもない。機嫌を損ねれば何万の人々を瞬く間に呪い殺すことができるのだ。


 余談だが、結果として報復をする程度には人々を観ていることがわかったネスクイグイ様は瞬く間にその信仰を取り戻すどころか、この国、スーリア帝国でも上位5位に数えられるほどの信徒が存在する。


「(これが有名なパブラムの伝承だね)」


 だがこれはあくまで、その力の一端を知らしめる物でしかない。と言うより、こうして伝承が残っているだマシなのだ。


 スーリア帝国が生まれる前の、まだ何千もの小国が小競り合いをしていたような頃のこの地の東に位置していた巨大な大陸。昔はムーティスアトラン大陸と呼ばれていた土地は、遥か昔は様々な国々が存在し栄えていた大陸は、今はその姿を残していない。


 まさしく異形と呼べるような存在のみが闊歩し、大陸に近づくだけでも気の弱い者では病んでしまう土地になってしまったのだ。原因も何もわかっていない。しかし昔に派遣された英雄たちが、帰還してもまだ話せるだけの心が残っていて者達が教えてくれた数少ない情報…………『黒い』『万以上だ』『手が』『囁く』『雲が』…………口走る単語の中でもまだまともに聞き取れた単語らしい。


 まるでその様子は神との接触を図った神官とよく似ていて、大陸に神が現れたことを認めざるを得なかった。

 だが驚くべきことに、調査団はそもそも上陸していない。何故なら帰着までがあまりにも早かったからだ。

 つまり大陸に向かうまでの最中に彼らは目撃してしまったのだ。教会で安置しているような残り香とは訳が違う、桁外れの存在が降臨した様を目撃してしまったのだ。


 しかしずっと降臨していた訳ではないらしく、その後に有志で調査に向かった者たち、それでも9割が未帰還で帰還した者も激しく心を病んでしまっていたのだが、大陸に渡り僅かながら調査を行い貴重な情報を携えて帰還した。


 そして誰ともなく『魔境』とその地を呼ぶようになったのだ。



 これらの結果を踏まえて、スーリア帝国の侵攻政策も昔よりも複雑化している。全てを捉えて惨殺すれば、またパプラムの二の舞だ。犠牲はあってもできるだけ抑えねばならず、しかも相手の信仰を重んじなければならない。確かに歴史の中で宗教まるごと滅ぼされた国もある。しかしそれは規模の小ささ故なのか、その神が無関心だったのか、スーリア帝国に呪いが降りかからないのはただの幸運だった可能性が高い。


 故に、今は様々な要因はあるもののスーリア帝国の侵攻政策は下火になって久しい。


 神々の不興を買わないためにも、改宗を迫ることを禁じ、崇め奉り、今ある平穏に感謝をし、貢物を捧ぐ。簡単なようだが、スーリア帝国はこれを高度なレベルで維持できている。だからこそ巨大な国へと発展したのだ。


「(スーリア帝国の国史にも絡んでる有名なお話だね)」


《へぇ……すっげえ伝承だな。てか実際に神々がいるなら俺ってどういう…………まあそこはいいか》


 なんでだろう。なんかよくわからないけれどやはりスイキョウさんは神をあまり重く受け止めていないように思える。


《そこは感性の違いって事で納得してくれ。それより気になるのが、やはりアルムの知能と記憶力だ。とても10才のレベルじゃないんだが》


 それは父さんにも何度か言われたことがある。父さん曰く、【極門(プラダ・エスヴァギア)】を通して僕がなんらかの影響を受けているせいじゃないか、なんて言ってたけれど…………そんな事を言われても僕にはわからない。父さん曰く、父さんの一族は皆そのような傾向が多かれ少なかれあるみたいだけどね。


《いや、生まれ持った頭脳と環境じゃないか?なんでもかんでも神の御技のお陰じゃないだろう?》


 うーん、でもスイキョウさんが住み着いてから記憶力が更に良くなったというか、思い出しやすくなったというか、やっぱり少しは変化があると思う。


《記憶の共有化による副作用か?でも脳みそは1個しかねえし、でもそうなると俺の記憶自体も何処に残ってるんだって話だが》


 よくわからん、そう言い切るとスイキョウさんは黙ってしまった。

スイキョウさんの謎は深まる一方だけれど、いつかは教えてくれるのかな?


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[一言] 蛇も蛙もイグw >『黒い』『万以上だ』『手が』『囁く』『雲が』 ほう、わが神(ニャル)か?w
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