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 ゼリエフの強い意志を秘めた瞳を見て、2人は『ヤールングレイプル』を覚悟を決めて受け取った。


 『ヤールングレイプル』の靴下は元から履いている靴下の上からでも履けるように出来ていて、しかして履いても圧迫感はない。かなり薄っぺらいのだ。また、装備してみて、地属性の魔法で調べて色々分かったこともある。

 まず表面の部分などだが、煤けた銀色で金属のような光沢があり手触りをツルリとしていてひんやりしている。本当に金属を布にしたような材質なのだ。だが驚くべきは目に見えないところにあった。内張にスライム系の魔物の表皮を加工した物が使われているのだ。


 スライムは迷宮に出没する水滴を固めたような形状の魔物で、温度変化に強く、物理攻撃耐性が極めて高い。鎧の内張にするにはかなり上質な素材だ。だがそれもスライムの種類で評価もだいぶ変わる。


 その中でも『ヤールングレイプル』の内張のスライム素材は重ね着しても圧迫感がでないほど薄いのに、衝撃吸収性と温度変化に途轍もなく優れていた。つまり、スライム系の中でもこれは最上級の部類と考えてみてもよい。


 この瞬間、アルムの中で『ヤールングレイプル』一式が1億セオンを普通に超えてくる事を確信せざるを得なかった。ゼリエフが『特別教養』と『博物学』の科目をとっているアルムを見て、ちょっとニヤッとしたのを見てスイキョウも確信していた。

 ヴィーナもここ最近は地属性魔法の探査の鍛錬をしているからか、内張がただの素材じゃない事に気付いた。


 加えて、手の甲の部分には少し細工がしてある。アルムのヤールングレイプルには黒色の六芒星、ヴィーナのヤールングレイプルには白色の六芒星が刻まれているあたり、ゼリエフも結構楽しんでいることが伺えた。


「さあ惚けてる場合ではないぞ。まずは硬化をさせてみよう。魔力をヤールングレイプルに高濃度に集めて、それを一気に周りから力をかけるイメージでギュッと一纏めにするんだ。魔力障壁を展開するのと同じ様な物だよ。この濃度の高さと凝固率が硬化の度合いに繋がる」


 ゼリエフは自分のヤールングレイプルを装備すると、実際に硬化させて魔力の動きを見せた。ゼリエフが拳同士をぶつけると、キンッと金属音が鳴り響く。


「さあ、やってみてくれ」


 アルムはそれを受けて高濃度の魔力障壁を手足に形成するイメージをするが、普通に魔力障壁ができてしまった。


「(あれ?)」


《多分、一度漂わせてから一気に収縮させた方がいいぞ。最初から集めつつだと魔力障壁になっちまう気がする》


「(なるほど)」


 スイキョウのアドバイスを受けて、一度霞のように高濃度な魔力を纏わせてから、一気にヤールングレイプルに集める。すると、ヤールングレイプルにしっかり魔力が通った感覚がした。


「(でもムラがあるかな。もう一度、今の感覚で)」


《アルム、俺がいつも使ってる魔力導線を織り込むつもりでやってみろ》


「(線にするってこと?)」


《布の繊維に絡めて綿密なパスを形成するイメージだ》


「(またさらっと難しい事言うね)」


《俺にできてアルムに出来ないはずがないだろ?》


「(…………おだてても何も出ないよ)」


 アルムは少し照れつつ、細かい線状の魔力を大量に作りヤールングレイプルに絡ませていく。絡めて絡めて均一になった所で、流す魔力量を増やしていき一気に収縮させる。


ヤールングレイプルがギュッと締まるような感覚。拳同士をぶつけると、甲高い金属音が響いた。今度は魔力の収縮を緩めると、再びヤールングレイプルは柔らかくなる。


「ほー…………もう出来たのか。恐ろしいほどの才能とコントロール能力だな」


「魔力の細い糸を大量に作り出して均一に絡ませ、魔力を多量に流した後に一気に収束させるイメージでやってみました。後は魔力の糸を緩めたり締めたりを繰り返せば、自由に動かせそうです」


 実際にアルムが実演してみせると、ゼリエフは少し乾いた笑みを浮かべた。


「既にそこまでできたか。これは天性の才覚だな」


 ヴィーナは悪戦苦闘していたが、アルムの話に素直に耳を傾けてそれを模倣すると、アルムよりも更に強固な硬化に成功していた。


「アルム君、君は私より教師に向いているかもしれないな」


「いえいえそんな。1番最初に糸を形成する時間がかかり過ぎるので、まだ完全とは言えませんよ」


 アルムの言う通り、ゼリエフがコンマ単位で硬化してみせたのに対してアルムの方法では最初の硬化準備までに30秒以上の時間が必要になる。ただしアルムの方がON・OFFの切り替えが早いという利点もある。魔力をいちいち拡散したり纏う必要もないので魔力消費の軽減にも繫る。


「いやしかし、これは素晴らしい。私では思いつかなかった」


「地属性魔法で地面に働きかける時、この様なライン状のパスを形成する事が多いんです。おそらく僕とヴィーナちゃんができたのもそういう理由です。ヴィーナちゃんは特に泥の操作の時に非常に細かい粘土にラインを大量に通しているので、多分僕よりも上手いですよ」


 それを聞くと、ヴィーナは目を丸くする。


「ん?粘土?」


「はい。地属性で探査をかけていますが、多分ヴィーナちゃんは粘土を主体とした特殊な泥を操作しています。その成分の全容は掴めないんですがね」


 ゼリエフが視線を向けると、ヴィーナは呆然としつつも肯定するようにコクリと頷いた。


「(カッター君…………。君はとんでもない置き土産を残していったね)」


 平然と相手の魔法の奥義を見抜く小さな男の子を見つめつつ、ゼリエフはそう心の中で呟いた。



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