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「なんか体が軽い」
入学試験から約一週間。遂に本日から私塾に入学となる。
私塾に着ていくのは特性の一張羅。祖父母が入塾祝いとして用意してくれたもので、見た目は落ち着いているものの、白を基調に青と金のデザインが入った素人目で見ても凄く質の良いローブを着ていた。
それもそのはず、これは魔獣素材を微量に使用した貴族位でない者からすればあきらかな一級品。孫バカもここまでくると清々しいとスイキョウは思い始めていた。
更に何を思ったか、イヨドまで妙な対抗意識を燃やして自分の毛を織り込み細工をしているので貴族ですら逆立ちしても届かない様な規格外の装備になっていた。
未だにイヨドの鍛錬は続いているが、筋肉をつけ過ぎると身長が伸びないなどとスイキョウの支援を受けてアルムが主張すると、イヨドもなにか考えるところがあったのかストレッチの割合などが増えて筋肉の負荷も少し軽くなり、身体の調子も良くなっていた。
そこにイヨドの手が加わった服を着ると、更に体の調子がとても良く感じる。イヨドは得意げに使用者固定までしたからアルム以外には効果は無いなどと説明していたが、気にしているのはそこじゃないとはスイキョウもアルムもツッコめなかった。
因みにローブの裾は動きやすいように膝丈よりも高い。イヨドによれば背が伸びても幾らでも加工し直せるみたいだが、他にどんな魔改造を施しているのか恐ろしくてアルムは聞けなかった。
「(下手をしなくても、これ国宝級の一品以上だと思うんだよね。父さんもここまでの物は持ってなかったし)」
《イヨドって案外独占欲みたいなものがあるのかもな》
まあいい物に越した事はないと思いつつ、アルムは最後に鏡の前でチェックする。
「(これでいいかな?)」
《大丈夫だろ。てかそろそろ時間じゃねえの?》
「(そうだね)」
教材は貴重なので貸し出し制となっており、生徒が持っていくものは筆記用具ぐらい。ゼリエフ私塾ではなんと給食がサービスで付いてくるので昼食も要らない。これも私塾によっては売りの1つのサービスみたいなものだ。
特に平民向けの私塾では子供の昼食の面倒を見てもらえるのは大きい。
ちなみに私塾は1週間に2日塾全体の休みがあり、通常の日程では1日大体3科目を受ける。ただクラスのレベルの問題で、日によって全く授業がなかったり1日に5科目も受けたりしなければならない子もいるが、アルムは毎日3科目とバランスの良い日程を組まれている。
1日フルで授業を受けることは少なく、休みも多いのは、子供達が家の手伝いをする為だ。金は体で返すべし、というのはスーリア帝国のどこの家庭でも浸透している理念だ。スイキョウからすればなかなか世知辛いというか、自分の生きていた時代と家庭は恵まれていたとしみじみ思ってしまうが、寒さの厳しいスーリア帝国ならではの精強さを求められる国民性も大いに影響はあるだろう。
アルムも高い学力を活かして時間のある時は親戚達の勉強の面倒をみる事になっている。少し前までは目も当てられ兄状態だったが、今はスイキョウがあれこれ暗躍して長女や次女を懐柔した結果、長女一家・次女一家とアルムの関係は大分回復している。しかし商会の経理を手伝ってしまうのはまた色々と問題がある。なので商会に興味はないというアピールをしつつ1番いい仕事を考えた時、親戚の子供達の家庭教師をするのが良いのではないかとスイキョウは考え付いたのだ。
最初は皆も微妙な反応だったし、年上の子達は年下に教わることになるので余計に反発気味だったが、実際に教え方は上手で理解もしやすいので今はしぶしぶ受け入れている状態だ。
といっても本当はアルムではなくスイキョウが教えているのだが、アルムに教えた実績もあり教育方法も頭にある程度入っているので、着実に効果は上がっている。
その代わりとして、どうにも子供として見られないというか、畏まられてしまうというか、子供同士の付き合いが全くできていなかったりするのが唯一の難点だろうか。
「(塾で友達できるかな?)」
《さあ、わからんな。でも難しいんじゃないか?》
「(え、なんで?スイキョウさんひどい)」
アルムは拗ねるように言うが、スイキョウは苦笑する。
《いや、そもそもアルムのとってる科目って全部普通の子供が受ける科目じゃないからな。下手をすると他の子はみんなずっと年上か、とっても少ないかのどっちかだぞ。あとはツンツン娘しかいないし》
ツンツン娘とは、絶対に負けない宣言した女の子の事である。
「(いいもん、僕にはスイキョウさんがいるし、寂しくないから!)」
いってきまーす!と大きな声で挨拶して拗ね気味なまま家を飛び出すアルム。しかしその先で、スイキョウの見通しですら甘い事を思い知らされるのだった。
◆
「おはようございまーす…………あれ?」
指定された教室に入ると、中はシーンと静寂に包まれている。となりの教室から聞こえてくるにぎやかな声と相まって非常に寂しい。大きめの黒板に『特別教養』と書かれているので間違ってはいないはずなのだが、教室の中には机と椅子が1セットしかない。
1セットしか、ない。
アルムとスイキョウは嫌な予感がしていたが、アルムは何も言わずに大人しく席に着く。しばらくすると鐘の音が鳴り、ガラガラっとドアを開けてゼリエフが入ってきた。
「おはようアルム君」
「おはようございます…………それで、その…………」
なんと言おうか迷っていると、ゼリエフは苦笑する。
「実はこのクラスは私が担当しているのだが、そもそも一般教養を満点合格しない限り選択できないクラスでね。私も5年ぶりに教える事になって嬉しい限りだよ」
「つまり…………」
「マンツーマンだよアルム君。戦争で国中おろか国外も出歩き知識を蓄えた私自らが教鞭をとらせて貰うよ」
それを聞いてスイキョウはとっても嫌な予感が的中したことを悟った。
◆
みっちりとゼリエフに知識を叩き込まれた後、次の授業を受けるべく移動――――にはならない。何故なら事前に貰っている日程表ではこの教室のままなのだ。
そして授業が終わって20分ほど前に教室を出たゼリエフが再び戻ってくる。
「やあアルム君。次は『博物学』の時間だよ」
「あの…………」
「察しのいい君なら分かると思うが、『特別教養』と事情は一緒だ。またマンツーマンでいくよ。君はカッター君と同じく物覚えがとてもよろしい。こちらも教え甲斐がある」
「よ、よろしくお願いします…………」
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【スイキョウの魔法について】
コイルの代替品を獲得したスイキョウですが、それを用いてついに電気を使用し始めました。
さてこの雷撃ですが、実をいうと天属性魔法に“雷の魔法”自体は存在しています。ただしあまり使い勝手のいい魔法かどうかといえば微妙な部類です。魔法の発動には具体的なイメージが必要であり、水や火と違いじっくり観察できるものでもないので、魔法自体が結構脆いのです。
一方スイキョウの雷撃は魔法ではありません。
言うなればスイキョウは弾丸を射出する機械であり、弾は実弾(魔法由来ではない)といったところです。
と、言いたいところですが、その発生に魔法的要素が組み合わさっているので完璧に魔法由来ではない雷撃かといえばそうではありません。むしろ完全に魔法から乖離した雷だとそもそも魔力でコントロールもできないといわけですね
つまり落雷がおきてもそれを捻じ曲げたりはできないというわけです。
要するに魔法にもある程度の規則や理論が存在しているのですが、スイキョウの生み出している電気エネルギーと自然発生の雷ではエネルギー量が違いすぎることがネックとなっているわけです。実をいえば魔法だってある程度物理学的なエネルギー換算は可能です。その換算式からすると、スイキョウの使用可能なエネルギー量では雷のエネルギー量を制御することなど不可能というわけです。
つまり逆を返すと、スイキョウの使える雷撃は自然発生する雷とも別物に近いのです。さながら魔法の癖に物理タイプといったところでしょうか?
ただし、エネルギーの処理限界は存在するので、本家の雷ほどのスピードなどは決して出すことはできない、というのも重要でしょう。
あとは熱と圧力ですね。雷以上に不明な点が多い魔法ですが、スイキョウの魔力は基本的に物理的な介入能力に極めて優れています(理由はまたいつか説明します)。この性質のせいで逆に創造系の魔法には向いていないわけですが、スイキョウの場合はこの物理的介入能力のおかげで量熱子鉱に干渉できているわけです。
膨大な熱エネルギーを持つ圧縮された空気を解き放てば、それはかなりの力を発生させるのですが、これがスイキョウのいう圧力ですね。しかし、量熱子鉱から熱を取り出すのは良しとするも、圧縮された空気はどこから持ってきたんだ?と不自然に思われるでしょう。
実際のところ圧縮されてるのは、空気ではなく、空気中の魔力だったりします。魔力障壁あたりで解説しましたが、魔力は接触しても熱などのエネルギーに変換されず、純粋な力となります。
スイキョウが量熱子鉱から熱を取り出す一連の流れは、注射器で血を抜くのと同じイメージです。この取り出し時にほんのわずかに空気中の魔力と空気が混入し、そこに大量の熱が供給されます。
大量の熱が供給されると微量な空気でも当然荒れ狂い、それに影響され混入した空気中の魔力も荒れ狂います。この時それらを魔力で包んで維持しているスイキョウの魔力は高速で中和と拒絶を繰り返します。
そして重要なのが、この時におきる魔力の動きとスイキョウの魔力の性質です。
空気中の魔力は基本的にそれ以外の魔力を中和する性質があります。スイキョウの活性化した魔力と空気中の魔力が過剰反応すると、空気中の魔力は減っていきます。この時スイキョウ君の熱を覆う魔力は半透膜のような役割を果たし、空気中の魔力は過活性化した魔力を中和すべくどんどん吸収されます。つまり力のベクトルが常に中心に向き、さらなる圧縮が起きます。そしてこの時にほんのわずかながら魔力に吸い寄せられ魔力が集まります。
この反応は最初に得た熱量が一定値まで減少するまで続き、これを解き放つことでスイキョウは攻撃しているわけです。
実はこの反応自体が恐ろしく早く進行するので、知覚はほぼ不可能です。
スイキョウからすると取り出した熱が一瞬で圧縮された空気の爆弾に早変わりというわけです。
一方で熱エネルギーを純粋に取り出したいときは、スイキョウは魔力導線に断熱の概念を無意識に付加しているわけです。というより、とんでもない熱を一気に取り出さない限り上記の反応は通常発生しません。
圧力を利用した空気爆弾を作りたいときは、あえて雑に一気に熱を取り出し、純粋に熱エネルギーだけが欲しければゆっくりと引き出せば使い分けも可能なわけです。




