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4人目の子に先にやってもらっていいのかと思ったけれど、本人は凄くやる気みたいだ。僕は円の外に出て、他の試験官と一緒に円の中心に佇む2人を見る。2人はなにかを少し話すと、20mくらい距離を取った。フィールドのほぼ両端。近づかれなければ絶対負けないという都合上、4人目の子は積極的に勝ちを狙うというよりは慎重策を採用したようだ。
静かに魔力を整えながら対峙する2人。円の外にたった1人の試験官が赤い旗を振り翳し、手に持っていた砂時計をひっくり返すと共に「はじめっ!」と叫んで旗を振り下ろす。
さてどう出るのか。そう思った次の瞬間、4人目の子を中心に凄い勢いで深い霧が広がった。
「(成る程、初手から撹乱ね)」
《んー、これだけ霧が深いと双方見えなくないか?ゼリエフさんだってこうなれば魔力隠蔽しちまうだろ?よほど魔力の探知に自信があるのか……》
「(それとも、他の方法があるか。何か異能でも持ってるのかな?)」
しばらくすると水弾や火の矢が飛び交い始めたけれど、他の試験官が円の外に出ないように撃ち落としていく。
「(うーん、どっちが優勢かな?)」
《ゼリエフさんは勝つ為には絶対に接近しなければならない。しかしそれは触れられる可能性が大いに上がるリスキーな選択だ。ただ、この条件でもゼリエフさんには自信がありそうだな》
「(どうして?)」
《この勝負、負けを避けるならゼリエフさんと距離をとって魔法で弾幕を張り続ければいい。つまりゼリエフさん側の方が普通なら圧倒的に不利な訳で、俺だったら逃げ切れたら引き分けではなくゼリエフさん側の勝利ってルールにするだろう。しかしゼリエフさんは引き分けの判定にしている。つまり自分が紐を取ることと、アルムが魔法でもなんでも使って触るという条件が同じ難易度だって考えてるわけだ。多分色々と状況を打開する策があるんだろう。このままならゼリエフさんが優勢かもな》
たしかに、さっきから水弾と火の矢のみが飛びかい続けている。状況は霧を発生させてから殆ど変わっていない。
「(でも、4人目の子もこのまま終わったりはしないと思うよ)」
《その心は?》
「(あの子、1番得意なのは地属性のはず。でもそれを使っていない。迷いなく霧を発生させたあたり何か考えがあるんだと思うよ)」
僕がそのまま見ていると、ズッと何かが霧の中で動いた。
「(キタっ!)」
次の瞬間、15mを超える泥の柱が霧の中から現れた。これだけの質量を魔法で操れること自体あの子の実力が異常な事は確かで瞠目すべきことなのだが、柱の上にはゼリエフさんが立っていてその驚きを霞ませてくる。
《どうなってんだアレ?》
「(金属性魔法で体のコントロール能力を上げて、足に防御障壁を作って逃げてるのかも。靴はセーフにして欲しいって言ってたのは、こうやって地面全部を対象にされた時のためかな)」
予想だと、あの子は霧を発生させたと同時に地面に泥を広げ始めたんだ。水弾は牽制と撹乱で、それと同時に泥の広がっているエリアに行かせないための誘導をしていたんだ。
エリアの大部分を泥で埋め尽くした所で、多方向から一気に泥をゼリエフさんに向けて泥の津波を起こして、そのまま柱の中に捕らえようとした。でもゼリエフさんはそれに気づいていて、おそらく上に跳躍して障壁でガードしつつ逃げたんだ。
おそらくあの子にとってはこの一撃で仕留めたかったはずだが、ここからどうする気だろう。
《いや、失敗も多少は織り込み済みだと思うぞ。あと10分もあるしな》
泥の柱から更に泥の手が出てきてゼリエフさんを捕まえようとする。しかしゼリエフさんはまるで背中に羽でも生えてるかのように身軽に躱し続ける。しかしここでいきなり中心の柱が崩れ、足場が崩れたゼリエフさんはバランスを崩す。
《おおっ!?》
ここで泥の弾が四方八方からバランスを崩したゼリエフさんに襲いかかる。
魔法で相殺するには弾数が多いし躱すにも足場が無い。しかしこれで終わりかと思ったら、ゼリエフさんの身体が何かに強く押されたように急にグンっと下に動いた。
《なんだ今の!?》
「(魔力の流れから予測するしかないけど、多分障壁を張った自分自身に純粋な魔力の塊を激突させたんだ!やろうと思えばできない芸当じゃないけど、咄嗟の判断で即座に出来るような技じゃないよ!)」
ゼリエフさんはそのまま自分に魔力の塊をぶつけて空中をカクカクと動く。おそらく非常に高度な金属性魔法で身体強化しているからこそできる無茶苦茶な動き。しかもゼリエフさんはその状態を維持しながら炎を地面に放ち始めた。
《これはマズイぞ》
「(なんで?)」
《多分この炎は攻撃対象はあの子じゃなくて霧が対象だ。霧が高熱になればこれを展開していられない》
スイキョウさんの言う通り、外から見ているこちらにも熱気が段々伝わるようになり、暫くすると霧が晴れた。多分温度が急激に上がったせいだろう。本当は水で膜でも作って防御したいところだろうけど、既に二つの魔法を使い続けてる彼女にも魔法の制御限界があるから霧の方を止めざるを得なかったんだ。
あの子は霧を晴らした後は泥の制御に多くのリソースを割いてゼリエフさんを地面に着地させないようにしているけれど、放っている魔法の質などを考えるにこのままだとあの子の魔力量が先に危険域に突入する。それに何か苦しそうだ。喉を手で抑えている?
《魔力以外の対価か?もしかして霧は撹乱以外にも目的があったんじゃないか?》
その時、その子は苦しさに耐えれなかったのか少し咳き込む。それと同時にわずかに泥のコントロールが乱れた。ゼリエフさんはその隙を逃さずに一気に地面に向けて落下、素早く着地するとその子に向かって疾走する。
《速っ!てか本当に魔術師か!?》
当然向かってくるゼリエフさんに対してその子も魔法を放ち続けるのだが、魔力障壁を手足に集中して徒手空拳で全部弾き飛ばしている。
そして両者の距離が10mを切った時、その子も不味いと思ったのか距離を取ろうと動き出そうとする。しかしそこで甲高い悲鳴をあげた。
《焦った瞬間に後ろから火の矢を当てるってか。えげつねえってか大人気ないな》
自分から離れた場所を魔法の発動起点にするのは簡単に出来る技じゃない。多分この一瞬の為にできることを隠してたんだ。
発動起点が自分から遠ければ遠いほど魔力の操作は精密性が求められる。立ち止まって落ち着いていられる状況ならまだしも、全力疾走中に敵の攻撃を注意しつつ10m離れた場所を発動起点にするなんて縫い針の穴に糸を一発で通すような繊細さが必要だ。
服越しなら火傷しないギリギリのラインの火の矢だとは思うけど、瞬間的な熱さには驚いてしまうはず。それが決め手となって、一瞬動けなくなったその子にゼリエフさんはスッと接近すると、交差した次の瞬間にはその手に赤い紐を握っていた。
「勝負あり!勝者、塾長!」
試験官の声が広場に響き渡った。




