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《よくもまあ飽きずに出来るもんだな》


「(スイキョウさんがいるし、前よりはずっといいよ)」


 暖炉の火に照らされながら、僕は黙々と縄を結っていく。


 スイキョウさんが僕の体に住み着いてから5日が経った。今までは1人の時間が長かったけれど、スイキョウさんがずっと話しかけてくれるので暇を持て余す事がなくなった。


 僕の家は、僕と母さんしかいない。父さんは出兵したっきり帰ってこなかった。元々足に大きな怪我をして一戦からは退いていた(でも十分強かったから仮病だと思う)けれど、恩のある貴族様にどうしても参戦してほしいとわざわざ家に来てまで頼まれたので、出兵せざるを得なかったらしい。


 結果的に父さんの活躍でその戦争には勝利したらしいけれど、父さんは無理が祟って戦場で亡くなったしまった。貴族様は父さんに下賜する筈だった恩賞を置いて去っていったが、報酬を支払っただけでもかなり良心的なのだと母さんは言っていた。


 今はその恩賞を切り崩しながら、母さんは街まで毎日働きに行き、僕は内職の手伝いをして生活している。普通ならご近所さんに面倒を見てもらうのが普通らしいけれど、父さんに鍛えられたおかげで僕はそこいらの人には絶対負けない自信があるし、そもそもご近所さんがいない。


 昔に色々あって人嫌いになったらしい父さんは、街から離れた場所に小さいけれど立派な家を建てて3人で住んでいた。母さんにとって思い出の詰まったこの家は、たとえ少々不便でも決して手放したくないらしい。僕も今更人の沢山いる街中に住みたくはない。


 確かに獣はちょこちょこうろついてるけども、僕の召喚した使い魔が家を守ってくれているし、人がいないと静かで研究に没頭できる。近くの小川の水はとても綺麗で美味しいし、家の裏にある木になる実も美味しい。物心つく前からずっとこの家に暮らしているから、不便とも思ったことがない。


《偉いねぇ…………》


「(そうかな?でも僕くらいの年なら親の仕事の手伝いをしている子の方が圧倒的に多いと思うけれど)」


《うーん、アルムにとっては普通なのかもしれないけどな、アルムぐらいの年頃の男なんてお馬鹿ばっかりだと思うぞ。しかも魔法を使いながらの作業なんて、普通じゃない》


 部屋の中を複雑な軌道で飛び回る水の弾丸を見ているのか、スイキョウさんは呆れたように言った。


 でも優秀な魔術師になるには、細やかな鍛錬が必要だと父さんは口を酸っぱくして言っていたんだ。

 『闇雲に魔術を使うのではなく、力のままに解き放つのではなく、精密にコントールできてこそ魔法が“使える”と言える』。父さんは口癖のように言っていたが、確かに父さんはとても精密な魔法のコントロールが出来た。未だに糸状にした火を針の穴に潜らせるなんて僕にはできやしない。父さんの十八番だったけれど、いざ試してみると如何に難しい事をしていたかよくわかる。



《でもよ、ちょっと集中力が無くなってきたんじゃないか?さっきより軌道が乱れてるぜ。今日のノルマはとっくに終わってるし、一度休憩してもいいんじゃないか?》


 スイキョウさんに指摘されて顔を上げると、壁の一部が濡れていた。多分水の弾が掠ってしまったのだろう。指摘通り、コントロールが乱れている。


「(僕もまだまだ、優秀な魔術師からは程遠いなぁ)」


 机の上の縄を片すと、椅子の背もたれに身体を預けて脱力する。知らず知らずの内に力が入っていたのか、手首も足も少し強張っている。


《優秀な魔術師、ね。俺にはどうにも生き急いでいるように思えるが?だってアルムはまだ10才なんだろ?今から父さんとやらにすぐ追いつくのは無理ってやつさ。肩の力を抜いて少しずつ、たまに無理するぐらいでちょうどいいんだよ…………なんて、無責任に言いたくなるけどな。ただ単純に、優秀な魔術師が将来の夢って訳じゃないんだろ?》


 僕の将来の夢は、父さんのような立派な魔術師になること。

父さんは幾度となく、『お前は俺を越える魔術師になれる!』と褒めてくれた。魔法は僕と父さんを繋ぐ最も大切な絆なんだ。


《でも、優秀な魔術師になって終しまい、じゃないだろ?》


 そう、それで終わりじゃない。まずは帝国公権魔術師を目指すんだ。

 帝国公権魔術師になれば、貴族のなかでは最も低い位だけれども、魔術師爵が下賜される。市民から貴族になる為の数少ない方法の1つだ。従軍義務が発生するから、父さんは公権魔術師になる事を避けて複数の貴族の私兵を担っていたらしいけれど、僕は公権魔術師になりたい。


《何故、そんなに貴族になりたい?》


 それは……それは、父さんの死の真相を知りたいからだ。別に貴族になりたいわけじゃないよ。


 僕は未だに父さんが死んだなんて思えない。父さんの性格的に、家族を、誰よりも母さんを愛していた父さんの性格を考えるに、父さんが死んでしまうとは思えない。死ぬくらい厳しい戦場ならとりあえず文句の言えないレベルの武功を挙げて尻尾巻いて逃げ出す。そして僕らを連れて失踪するぐらいやり兼ねない。

 加えて父さんの【極門(プラダ・エスヴァギア)】は防御においては最強レベルの能力を持っていたはず。僕の【極門(プラダ・エスヴァギア)】によって起きた天変地異ですら耐えきった防御力だ。その父さんが死に至る重傷を負う?有り得ない。信じられない。

 どんな恩義があろうとも、最終的には家族第一の父だった。更に怪しいのが、きちんと報酬が支払われた事だ。帝国は貴族が絶対だ。故に戦死した後、後ろ盾のない残された家族に対して報酬を踏み倒すなんてよく聞くと父さん自身が言っていた。

 踏み倒す、とは少し違うのかも。雇われた人とその家族は別と考えるだけで、法律的にも違法ではないと父さんから聞いたことがある。

 『死んだ英雄はいい英雄』、そんなブラックジョークがあるほどだ。下手をすれば報酬を誤魔化すために謀殺することもあったとか。まだ帝国が至る所で侵略戦争を起こしていた時代はそんなこともあったらしい。


 でも、父さんの分の報酬は僕らに支払われた。しかも貴族にとっても少なくない額だった。怪しい、怪しすぎる。まるで口封じでもするかのようだ。


 このまま黙っているほど、僕は弱くない。真実から目を背けるつもりもない。


 父さんは元々人嫌いで、僕や母さんには徹底して貴族などに関わらせないようにしていた。だから父さんが誰に仕えていて、どこにどのような名目で戦いに赴いたのかは全くわからない。父さんの書斎も全て調べたけれど、何か参考になりそうな物は何1つとして残されていなかった。


 つまりはノーヒント、一から全て調べるしか方法はない。でもたかが一般市民が、貴族に関わることを嗅ぎ回れば目を付けられてしまうだろう。もし僕が見つけた真実が不都合な事だったら、最悪は暗殺の可能性もあると思う。

 父さんに貴族という生き物がいかに恐ろしいか、諳んじることができるほど聞かされたのでそれはよくわかっている。


 帝国では貴族は絶対だ。だからこそ、自分が貴族になってしまえば、もう少し自由に動ける。必要なら軍直下の魔導師団入りでもいい。兎に角それなりに公的に保障される地位が無くてはならない。

 人嫌いで用意周到な父さんがうっかりで死ぬとも思えない。絶対に何かが計画的に絡んでいる。それを暴くには一般市民の力ではあまりに無力なんだ。


《…………随分と、手間のかかる夢だな。だがな、真実に辿り着いたとして、もし謀殺ならばどうする?今度は復讐に生きるのか?》


 スイキョウさんは諭すわけでもなく、ただ静かに僕に問う。


 復讐、かぁ。…………わからない。心では、復讐なんて誰も望まないことはわかってる。家にある本の復讐劇の最後はいつだって悲惨だ。父さんなら非生産的だと断言するだろう。でもその時になってみなければ、わからない。明かされた残酷な事実に前後不覚になるほど怒り狂うかもしれない。もしかしたら復讐したいと思う人物は既に死んでいる可能性だってある。今から考えたって答えはでない。


《いいんじゃないか、それで。でも何にせよ、全てが終わった後のことを決めておくといいだろうな》


「(スイキョウさんは、復讐を否定しないの?)」


《ん〜……確かに復讐が素晴らしい物だとは言わないぞ。けれどな、腹わた煮え繰り返るほどの激情を無理矢理押し殺して生きる人生もまた、生産的とは思えない。きっちり自分の中でけじめがつかない状態で生きるなんて、俺は嫌だね。本質を見失い周りまで巻き込んで周囲に破滅を齎すだけの復讐は害悪だろうが、耐えて耐えて地道に結果を求める復讐は、自分の気がすむと言う点では生産的だ。ただひたすらに伏して会心の一撃を相手にお見舞いしてやるまで、俺だったら諦めないだろう》


 今まで静かだったスイキョウさんは、珍しく強く感情のこもった声で力強く言い切った。


「(そう言う考え方も、あるんだね……)」


 はぁ…………でもどの道真実に行き着くまでが長そうな気がするし、こんな事を今から考えてる方が非生産的なのかな。


《いや、そうでもないだろ。行き当たりばったりってのは長期的な計画をしている時は致命的だ。でもそれだけ大きな計画が終わるとな、誰だって燃え尽きちまう。だからその後を考えておくべきなんだよ》


「(それだったらもう決まってるかな。僕は全てを捨てて旅に出るよ)」


 

 そう言って僕は【極門(プラダ・エスヴァギア)】の空間から200冊にものぼる古ぼけた手記を取り出した。


 これらは4代前のお爺さん、代々【極門(プラダ・エスヴァギア)】の異能を継承する一族のひいおじいさんが残した手記らしい。そのお爺さんは元々スーリア帝国の外から来た人で、スーリア帝国に来るまでの長い旅路の間に見た希少な魔獣や植物、食べた料理や出会った人々、変わった風習などを、お爺さんの精緻なスケッチと一緒に事細かにその手記に記されている。カテゴリーとしては旅行記だと思うけど、僕はもう数えきれないほどこの手記を読み返している。


 僕はこれを読む度にとてもワクワクする、自分はとてもちっぽけで、自分の知っていることなどごく僅かで、世界は数多の魅力と神秘にありふれていると教えてくれるんだ。


《ほう、そりゃいいや。それだけ色々調べていれば、俺が今どうなってるのかも分かるのかねぇ》


 ちょっとため息交じりのスイキョウさんの言葉に、僕はハッとした。この5日間でスイキョウが悪い人と言うか、存在じゃないことはわかった。色々と話し相手になってくれるから楽しいし、スイキョウさんは僕の価値観と違う価値観を持っていて、新しい気づきを与えてくれる。


 だからといってずっと一緒?そもそも僕はスイキョウさんに……取り返しもつかないことをしてしまった?なんて馬鹿なんだ、今更そんなことに気づくなんて。僕の魔法が絶対に原因なんだ。知らんぷりなんてできやしない。


 その責任の重さに頭から血が無くなっていくような感覚がした。手が冷たくなって、妙に寒気すらする。ああ、なんでこんな事に思い至らなかったんだろう。いや違う、誘導されていた?


《はぁ〜…………ストップストップ。まぁなんだ、10才のガキンチョに、しかも色々と重い物を背負いこんでいる奴に、大人気なく詰ったりなんかしねぇよ。そりゃ色々と気になることはあるけどさ、俺が慌てたって喚いたってどうしようもない》


「(でも、僕は、このままでは、あまりにも最低だ……)」


《誰だって失敗はあるだろうし、今更焦ってもなぁ。意外と不自由だとかは思ってないし、見るもの全てがおもしれぇ。でも楽観的でいられるのは、やはりアルムが優秀だと思うからだぜ。このまま成長してくれれば、いつか真実を突き止められるんじゃねえか、って思えるんだ。アルムの父親の事も、俺のこともな》


 だから気楽にいこうぜっ、スイキョウさんは笑いながら弾むような声でそう締めくくった。


 僕はその言葉が嬉しくて、巻き込んでおきながら気を使われていたことに気づけなかった自分が情けなくて、ボロボロと涙が溢れた。父さんが戦死したと聞いた時ですら流れなかった涙が止まることが無かった。


《…………こういう時、頭を撫でてやれる手がないのは不便だな》


スイキョウさんの小さな呟きは、とても優しい声だった。



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