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「ねえアルム、本当に大丈夫なの?」
「だ、大丈夫だよ。少し緊張してるだけ」
嘘である。
正直言って身体中痛い。
イヨドさんの圧に負けて頷いてしまってから、僕は身の毛もよだつ地獄を見ることとなった。イヨドさんの超絶スパルタ教育は本当に死と隣り合わせだ。この1週間、僕は少しでも暇があると気絶しかねないレベルで地獄のトレーニングをさせられ続けていた。
まず過暴走を意図的に起こしてそれを維持すること自体が難題なのに、イヨドさんが足元に撃ってくる魔法の矢をかわし続けたり(避け損ねると冗談抜きで足が吹き飛ぶ)、とんでもなく重い石を持ち上げてしゃがんだり立ったり、背中に重い石を乗せられて腕立て伏せさせられたりする。
重い石を足に落っことして足の骨を折った時にはもう逃げ出したいほど痛かったけれど、それはまだ序の口だった。過暴走を維持できなくなって暴発した時は魔法が爆発したり土壁の中に挟まれたり吹っ飛んだり体が爆発しかけたりした。多分、いや絶対に何度か死んでる気がする。死にたくても死ねないようなギリギリの痛みに晒されて、激しい筋肉痛もセットで襲いかかり僕の精神をジワジワと蝕んでくる。
でも魔法による痛みの緩和は少ししか許されない。痛みに対する耐性をつける為でもあるので、痛みを完全に和らげては駄目なんだ。とても辛いはずなのにイヨドさんのいない時はスイキョウさんが体を変わってくれたり励ましたりしてくれなかったら、多分の僕の心はとっくのとうにポッキリ折れてた気がする。
本当に成長しているのかわからないけれど、取り敢えずイヨドさんはとても鬼畜だということだけは嫌と言うほどわかった。それにこれを考案して実行していた人もかなり頭がおかしいと思う。
お陰で体を動かす時は痛みで体が引き攣ってぎこちなくなる。お祖父さんとかはベッドが合わなかったのかとか、元のベッドの固さに近い方が良かったのかと心配していたけれど、とんでもない。新調したフワフワのベッドじゃなかったら体中痛くて夜は眠ることもできなかったと思う。
まぁ、実際は獄属性の魔法で眠り薬を作って接種しなきゃ眠れないレベルだけれど、それでもベッドは柔らかい方がいい。
体を代わってくれてる間のスイキョウさんも痛みに呻きながら『イヨドは頭がおかしい』とブツブツ言っていた。やっぱりあの鍛え方はおかしいと思う。でも今更嫌だと言える雰囲気じゃない。多分前にスイキョウさんが言っていたけどスイキョウさんのよくわからない謎の状態の答えを知っていそうな可能性が1番高い人(?)だ。だからここでいたずらに機嫌を損ねて徐々に積み上げてきた親交を失えはしない。
そんな感じで結局逃げることもできずズルズルと訓練が続くうちに、いつのまにか私塾の入塾試験の日を迎えていた。
今日は母さんも仕事を休んで付き添いに来てくれているが、僕の様子がここ最近おかしいのでずっと心配している。でも正直に話すことなどできないので心配する母さんの手前ではニッコリ笑うしかない。なんだか最近スイキョウさんの影響か妙に作り笑顔が上手くなってきちゃった気がする。
流石に試験の時はイヨドさんもある程度痛みは緩和していいと言ったけれど、帰ってきたらその分更に厳しい鍛錬をすると言っていた。もう家に帰りたくない。最近痛みにほんの少し慣れてきた気がするけど、あれはどちらかと言うと死にかけて麻痺してるだけだと思う。
帰宅したら一体どんな目に遭うのか戦々恐々としていると、いつの間にか会場についていた。
それは立派な校舎だった。門の出入り口では受付をしていて、それが終わると校舎の裏へ案内されると、そこは数十家屋分のだだっぴろい砂の地面があり、職員たちが案内を行っている。僕の他にいるのは、たぶん30人くらいだ。例年からすると結構多いのかな?後ろの校舎から見物している子供達は多分塾生なんだろう。
まず行われたのは試験科目は『基礎学術』。黒板が1人1つ渡されて、前に貼り出された問題を一斉に解き、試験官がすぐに解答をチェックをして次の問題に移る。算術は簡単な計算が30問。筆記は試験官の読み上げる文章を書いたり、書いてある単語の絵を描くとかそんな問題が20問だ。
人によっては最初から寝ている人もいたが、文字が読めなければしょうがないだろう。割り切り方が凄いが、実技に全部を賭けてる人なのかな。
次に行われたのは『一般教養』。仕切りがいくつか用意されていて、その仕切りの中で1対1で問答がされる。最初はすごく簡単で小さな子供でもわかることとかが聞かれる。そこからどんどん難易度が上がっていくんだけど、最後の方は僕もいくつか答えられなかった。砂時計で制限時間も設けられるので納得のいくまで説明しきれなかったのだ。100問もあったが全問正解できなくて悔しい。うーん、鍛錬ばかりで予習しなかったのは流石に驕りすぎだったのかも。
次にその仕切りを維持したまま『貴族のマナー・慣習』の試験になった。一般教養同じく全100問。父さんにも色々聞いていたし『一般教養』で悔しかったので、総合制限時間を1/4残して全問正解した。
その次にまたまた間仕切りをしたまま『敬語』の試験になった。これは一題一題と言うよりは、試験官が話しかけてくることにどれだけ敬語のまま答えられるかという試験だった。商会の近くに住んでからは、痛んだ肉体を癒すためにも商会本館の近くで休んで耳を傾けていたので敬語についてもそれなりに学べていたはずだ。スイキョウさんも結構詳しかったし、これは割と自信があった。試験が終わって間仕切りから出るときに、試験官が手に持った黒板に丸をつけるような手の動きを見て、僕は小さくガッツポーズした。
そして最後は『職種技能』。まず魔法使い・戦士・商人の3つのうち希望する職に振り分けられ、各々の場所でまた間仕切りを設けられ、試験官から魔法についてあれこれ質問される。これは1番自信があったので自分でも納得のいく説明をしながらも総合制限時間ほぼピッタリで終了した。
それが終わった後は、実技試験になった。
魔法使い志望者には的などが用意され、戦士には木剣や棒を持った試験官がスタンバイ。商人は大きな建物に移り、算術の問題で出た計算の遥かに難しいやつを金銭を交えて行うみたいだ。
的などはいくつもあるのでこれも何人かで一斉にやるのかと思ったけれど、そういう感じではないらしい。1人1人順々に受けて、1番左のレーンからスタートして、合格したら右のレーンにどんどん移っていき、合格できなかった時点のレーンの数で点数が出るようだ。レーンは10あるので最大で10点貰えるのかな。
これは戦士もおなじ形式みたいで、10人いる試験官と順々に戦って、勝ったら次の試験官へと挑めるらしい。実際は勝つというより制限時間内でどれだけ防御し攻撃が仕掛けられるか見るだけみたいな分、魔術師よりは楽に見える。
魔法の試験ではまず使用可能な属性について問われ、そこで回答した全ての属性を審査される。
割と悩んだが、スイキョウさんと色々と話し合った結果、僕は火、水、金、地、獄の5属性使いということで試験を受けることにした。天属性を抜きにしたのは、攻撃威力や範囲が高い魔法が多いので貴族が最も注目しやすい属性であることから。獄属性もよく注目されやすい破壊系の魔法は不得意として、薬物生成特化とする事にした。
審査の観点は、予想より多く、放出するタイプの魔法なら単純威力、命中精度、有効射程距離、相対魔力消費量(最大魔力に対する消費量)、発動速度など。的を破壊したり、動く的に当てたりとレーンで課題が異なる。
一方、放つタイプではない金属性魔法はちょっと特殊で、試験官の撃ってくる水弾をどれくらい躱せるか、どれくらいの高さを飛び越えられるか、どれくらいの重さを持ち上げられるか、どのくらいの速さで走れるかなどをチェックされた。戦士でも似たような身体測定はしているみたいだけれど、こっちは金属性でどれくらい強化できてるかが重要だ。
そうして僕を含め5人いた魔法使い候補は、1人目が5レーンで脱落。2人目が2レーンで脱落。3人目が6レーンで脱落していく。といっても一般的な魔法使いから考えるとそれがどれクリの事なのかはよくわからない。そんな感じなのであまり気になる子はいないかなと思っていたんけど4人目の子だけは明らかに違かった。
「(凄い。発動スピードに対する精密さと魔法の質が凄く高い。相当の修練を積まなければ出来ない芸当だよ)」
《そうだな、水、金、地の3属性だが、地属性に限ればアルムを上回ってるぞ》
背丈や動きからして僕とほとんど年は同じくらいだろう。なんとなく何処かで同年代には負けない気持ちがあったけれど、少々どころではなく驕っていたみたいだ。それが知れただけでもここに来た価値がある。
得意魔法は独特で、地属性による特殊な粘土を操る泥に混ぜて、それを瞬間的に凝固させたりして対象を破壊する。粘土を継続して使うので魔力消費を抑えることもできるあたりよく考えられている。
ただその泥の操作性や速度が凄く早い。凝固した泥の破壊力も高い。
彼女は金属性魔法では最後はギリギリだったけども、最終的には全てのレーンを制覇し切った。
◆
「次、アルム・グヨソホトート・ウィルターウィル」
「はい」
4番目の子が終わり、遂に僕の番になった。
「受付では、水・火・金・獄・地の五属性使いと聞いています。まずは火属性魔法でこの的を破壊しなさい」
用意されたのは1m×1mの木の板。距離は約15m。
僕は魔法を矢の形にして次々に破壊していく。獄属性は苦手アピールの意味で少しだけ手加減した。多分バレることもないだろう。この程度はどうってことはない。
そう思っていた矢先、金属性魔法でいきなり大失敗した。
水弾を躱すのはスムーズにできていたが、問題があったのは飛んでくる水弾を飛び越える時。第1レーンなので速度も緩く、高さも僕の腰程度。凄く運動の出来る子なら魔法なしでもギリギリ飛び越えられる。
でも僕は体の節々がずっと痛い状態で、体がずっと引き攣っていた。上手く飛べるだろうか?最初に的の前に立った時に痛みを緩和したけれど、なんだか体に違和感がある。なので気持ち少し強めに金属性魔法を使って脚を強化しジャンプした。
次の瞬間、僕は一瞬呆けてしまった。
《おいアルム、回転して威力を殺せ!》
ビョンっ!と自分でも予想しない勢いで跳ね上がり、一瞬何がなんだかわからなくなった。けれど直ぐにスイキョウさんの声で我に返り、空中でクルリと回りながら金属性魔法で動体視力を強化しながら着地した。
周りもビックリしているけれど、僕は予定通りと言わんばかりに澄まし顔を装う。でも本当はすごく恥ずかしい。多分、さっきは2m以上は飛び上がってた。腰の高さの物を飛び越えるのにわざわざ過剰に大きくジャンプするなんてまるで目立ちたがり屋みたいだ。
《これはあれだな。イヨドの拷問のせいだ。あ、でもこの強化具合を認めるとイヨドの拷問は明らかに成果がでてるってことに……うわぁ、認めたくねぇ…………》
ありがとうスイキョウさん。僕の気持ちを全部代弁してくれたね。
多分今の失敗は、僕の素の肉体の強さを勘違いしたからだ。金属性魔法の強化は足し算ではなく、割合による掛け算だから、元の肉体が強ければ魔法のレベルが同じでも肉体の強化の度合いも跳ね上がる。ただ、普通ならばこんな現象は起きない。理由は簡単だ。そんな短期間で自分の認識が追い付かない勢いで人間が肉体の性能を上げられることはないからだ。つまり、非常に心苦しけれど、イヨドさんの特訓は他では考えられないほどの高い効果を上げていると認めざるを得ないのだ。
予想外のミスにより気恥ずかしさに苛まれたけれど、お陰で逆に少し落ち着いた。その後はこれといった失敗はなく、僕は必要最低限の力で10レーンまで突破した。
僕の試験が終わる頃には戦士の試験も全て終わっていて、最後の的を一気に壊した時は周りから拍手までされてちょっと恥ずかしかった。
試験が終わったのでここからは待機時間だ。大体一時間くらい待った後、順々に個室に呼ばれて合否判定がでると聞いている。合格ならそのまま科目選択も行うそうだ。よって各自控室に待機するために僕たち受験者は校舎へ移動のはずなのだが、魔術師と4人目の子と僕だけ10レーンで試験官をしていた人に広場に残るように言われた。
何をするのだろうと思ったら、受験生を建物に連れて行った試験官以外が僕らを中心に直径25mの円を書き始めた。それを眺めていると、呼び止めた試験官が話しかけてきた。
「まずは全レーン制覇おめでとう。レーンを全て制覇する子は10年内に3人いるかいないかなんだが、今回はなんと2人も突破してくれた。こう言ってしまうのもなんだが、このレーンを制覇できた時点で君達は国の定める基準を既にクリアしていることになる。筆記の問題に関しても、2人とも合格ラインに十分達しているようだな」
だからもう合格とするので教わる必要はない?いや、違う。だったら今それを言う必要は無いし、こんな円を用意する意味もない。一体何をする気なんだろう?
「ああ、言い忘れたが、私の名はゼリエフ。この塾の塾長をしている者だ」
そういうと、その試験官は被っていたフードを取り去った。白みがかった銀髪を後ろに流してガッチリ固め、目つきはとても鋭い。顔にはいくつもの傷があり、年は初老を過ぎたぐらいに見えるが身体はとても若々しく感じる。
隙がなく、独特の覇気さえ感じる、まさに歴戦の軍人のようだ。
「ふむ、驚かないあたり魔力である程度気づいていたかな?」
確かに、何と無くは予想できていた。体に纏う魔力の質と均一性が周囲の人たちと比べて明らかに高かったからだ。それには4人目の子も気づいていたようで、2人して頷くとゼリエフさんは嬉しそうに笑った。
「よろしい。久し振りに鍛え甲斐の者が来たようだ。さて、君達にはこれから2つの選択肢を与える。まず1つはこのまま控え室に向かうこと。これを選択しても特に問題はない。普通に入塾自体は可能だ。しかしここで私はもう一つの選択肢を与えたい。なに、難しい事ではないよ。私とちょっとした遊びに興じるだけだ」
遊び?一体なんだろう?
《いいじゃねえか、面白くなってきたぜ》
もう、自分は関係ないからってスイキョウさんはお気楽だ。けど面白そうというのは同意だ。
「ルールは簡単。魔法を使った鬼ごっこだ。移動可能範囲は周りの者が先ほど引いた線の中。使用できる魔法は非殺傷性の魔法のみとする。君達は15分の制限時間などで、私に一度でも触れたら勝利だ。直接触ってもよし、魔法を直撃させても勝利とする。まあ水弾とか自分で方向をコントロールできるものに限るけどな。あと、例外として靴だけはセーフにしてほしい。逆に君達にはこの紐を30cmの長さで出す形でズボンに挟み腰から垂らしてもらう。紐をきつく縛ってもダメだし、固定するように魔法を掛けてはいけないよ。あくまで引っ張って取れる程度にしておいておくれ。対して、君達はさっきも言った通り私に触れたら勝ち、15分経過したら引き分け、紐を私の手で直接取られたら君達の負けだ。ただし私は魔法を当てて紐を取ったりはしない。ちゃんと手で掴んでとるよ」
そう言ってゼリエフさんは赤くて2cm幅、長さ50cm程度の紐をポケットから取り出した。
「少し質問をしてもよろしいですか?」
僕が問うと、ゼリエフさんはにっこり笑って頷く。
「このゲームによって、僕達は何が得られますか?」
《どちらかと言えば、その意図だな》
そう、ゲーム自体は面白そうだけれど、その前にこれは何を意図するのか知りたい。
「いい質問だ。だがそれは勝てたら答えてあげよう。あくまで私は君たちに難しいことを考えずに楽しんでほしいのだよ。さあどうする、やるかね?」
「「やります」」
声がハモって恥ずかしかったけれど、この勝負はやはり受けてみたい。父さんが認めていたゼリエフさんの実力を間近で見れる機会を見逃せない。
「その意気や良し!さてどちらから始めようか?当然後攻が少しは有利だぞ?」
「私が先にやります」
ゼリエフさんが問うと、僕が考えるより早く4人目の子が即答した。
「ふむ、良かろう。君も異論はないね?」
「はい」
やるからに勝ちたいし、様子見できるからこっちとしてはありがたい。僕は4人目の子に順番を譲ることにした。




