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「(お祖父さんも凄い力を入れてるなあ)」
引っ越しが終わって、お爺さん達と夕食を共にした後、僕は新しい我が家となった離れの僕の部屋に来ていた。最初見たときは煤けた感じの納屋だったはずなんだけれど、今は一から立て直したと言っても信じられるくらいに立派な家に作り変えられている。お祖父さんの力の入れようが段々怖くなってきた。
僕が持ち込んだ物以外も置かれているのは、お祖父さんのプレゼントなのだと思う。部屋を煌々と照らす質のいい机の上にあるランプ、魔残油を加工した燃料を使う高額な品物だったはず。しかも魔力を追加で流すことで明かりの持ちを延長させられる最新式だ。
母さんもお爺さんの暴走具合には感謝はしていたもののちょっぴり呆れていたように思える。どうやらこの家の改装もあれこれお金をかけていそうだ。
そしてベッドまでとてもいいやつに新調されている。
そこで僕は言葉を失った。
『こじんまりしているのじゃな』
いつのまに現れたか全くと言っていいほどわからなかったけど、赤ちゃんぐらいの可愛い白い狼が我が物顔でベッドに寝そべっている。でも尻尾が10本があって、この高い声の持ち主は1人しかいない。
ちょっと混乱してすぐに声は出なかったけど、スイキョウさんに言われた事を思い出して僕はイヨドさんに引っ越しのお手伝いの御礼を言った。
イヨドさんは顔をプイっと背けたけれど、尻尾がパタパタ揺れてるあたり機嫌は悪くなさそうだ。
「どうしたんですか急に?」
『ん、前より過ごしやすいからな。少し新居を見に来ただけじゃ』
「前より過ごし易い?」
聞けば僕の前の家には物凄く強力な獣払いの魔法がかけられていたらしい。とてもとても古い複雑な魔法で、それがバレないようにわざわざ隠蔽までしていたとか。僕もそんな魔法がかかっていたなんて知らなかった。
イヨドさんからすれば強引に魔法を破壊する事も出来たらしいけど、面倒だしそこまでする気もなくて放置していたみたい。
なんとなく馬がいつも居心地悪そうにソワソワしていた理由が今わかった気がした。どうやら自家製のミニ馬房が悪かったわけではないらしい。
『この家は特に防御系の魔法はかかっていない。だが私の気配を気取られても不快故に幾つかの魔法は既にかけてある。もう手を加える必要もなかろう』
「色々としてもらって、本当にありがとうございます」
『勝手にしただけじゃ。気にするでない』
とてもとてもありがたいんだけれど、尊大な口調とは裏腹に今は威厳のないかわいい姿をしているのでいまいち空気が締まらない。
『それで、なぜ急に引っ越しを?』
どうやら珍しく直ぐには帰らないようだ。僕は机の側にあった椅子を動かすと、イヨドさんの方に向けて腰掛ける。
「これから塾に通うんです。魔法とかマナーとか色々と教わる場所ですよ」
『魔法だけでは役に立たぬぞ。体も鍛えなくば、永遠に脆いままのただの的じゃ。体の発育は魔力の成長にも影響をもたらす。魔法のみばかりを修練しようと行き着く先は精霊のような紛い物じゃ。あんな脆くてやわな物ではダメなのじゃ』
精霊も十分規格外な存在なんだけれど、イヨドさんからすれば不合格らしい。
それにしても、身体の強さと魔力の関係はまだ俗説レベルの話でしかないのに、イヨドさんははっきり言っている。魔力に敏感な存在にとっては当たり前のことみたいだ。
「わかりました。でもどうやって鍛えたらいいですか?色々と考えはあるんですが、イヨドさんのオススメとかありますか?」
『1番いいのは我の魔法から全速力で逃げる事じゃな。かすらなくても死ぬが、命がかかっている状況で得られる成長は大きいであろうな』
「それは勘弁してください」
まだ死ぬには色々と早いよ!第一イヨドさんの魔法って時点で危なすぎる。魔法なしで崖から海に飛び込んだ方がまだマシな気がする。
『なんだ、張り合いがないの。あとは……我の知っている者がやっていた方法がある。魔力を過暴走させた状態で激しい運動をするのじゃ』
過暴走とは、魔法の発動過程で魔力の制御を失う事である。放置すれば効果が変質した魔法が発動してしまう。当然危険極まりなく、失敗すれば“よくて”大怪我ですむだろう。ただ、普通は余程身の丈に合わない複雑な魔法でも使わない限り過暴走は早々起きないし、だいたい発動前に気絶してしまうことが多いからそもそも発動しない。
『意図的に過暴走を引き起こすには、強制的に体の中の魔力を高度に活性化させる必要がある。その状態の制御ができれば、より精密なコントロールが可能になる。加えて、魔力が活性化している状態での運動は魔力を体に浸透させやすくする。更に2つの事を同時に行うことで、思考力の強化、極限状態における理性の維持など様々な恩恵はあるのじゃ。我の魔法から逃げるなどは少々無理があったかもしれないが、この過暴走における鍛錬の効果を私は知っている。しかもこの鍛錬は魔力の成長が止まっていない年齢、つまり子供の様な者ほどやり易いはずじゃ』
「でも、暴発したら危ないですよね。僕だけじゃなくて周りにも被害が発生するかもしれないし、練習場所も考えないと…………」
『今のアルム程度の暴走なら眠っていても簡単に抑え込めるわ。重傷を負ったところで治療もできる。厳しいことを言うようだが、実戦でいきなり重傷を負うのは危険が伴う。だからある程度、痛みを知っておくことも重要なのじゃ』
多分冗談でもなんでもない。イヨドさんは本気で言っている。言ってることは理にかなっている。父さんも実戦では思ったように動けないことを常々忠告していたし、そのためにできるだけ実戦に近い状態で鍛錬を積むことの重要性を説いていた。ただそれはあくまで究極的な話であって、それを真面目にやろうとするのは狂気の沙汰だ。
その狂気の段階へイヨドさんは僕を踏み込ませようとしている。でも、もしできるとするなら、これ以上に素晴らしい鍛錬の機会もないだろう。
「それは、イヨドさんが手助けしてくれるってことですか?」
『口だけ出して放置も些か寝覚めが悪い。どうじゃ、やるのか、やらないのか、はっきりしろ!』
「や、やりますっ……!」
小さいから可愛いなんて嘘だ。あの小さな体の後ろに大きなイヨドさんが寝そべっているように見える。遂その圧に押されて頷いてしまったけど、本当に大丈夫だろうか…………。




