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ジナイーダの2回に渡る衝撃行動は一時場の空気を多いにかき乱したが、キヒチョ塾長は比較的早く立ち直る。
「実に、インパクトのある能力の披露だったな。さて最後は第一席次の番、と行きたいところだが」
キヒチョ塾長は携えていた木製の薙刀をまるで重量を感じさせない動きで切っ先をアルムに向けた。
「毎年の事だが、首席は儂と模擬戦を行ってもらうのだ!全力でぶつかってこい!首席に立った実力を皆の前で実際に披露するのだ!」
いきなりとんでもない事を言い始めたキヒチョ塾長に一部生徒は呆気にとられて嘘だろ?とでも言いたげに顔を見合わせるが、アルムは「はい!」と直ぐに返事を返した。
「ふむ、ほとんど驚いてないようだな」
突然塾のトップから模擬戦を挑まれれば多少は動揺してもおかしくない事で、これまでキヒチョ塾等が模擬戦を命じた首席たちも大体は動揺したり、反射的に首を横に振ってしまったり、内容のインパクトが大きすぎてそもそも反応ができないこともあった。一応、低学年から上がってくる生徒は兄姉から噂として聞くことはあっても、本当にそれをやるかどうかは知らないのだ。
アルムの様に平然としていた生徒は長く塾長を務めるキヒチョ塾長の記憶でも数人ばかりである。
「最初からその木製の薙刀については不思議に思ってたんです。そもそも全長3mオーバーの薙刀なんて大きすぎて相当の慣れが無いと扱えない代物です。しかし指揮杖の代わりにしても、少々質が高過ぎます」
アルムがそう言うと生徒の殆どはキョトンとしたが、塾長は「続けろ」と言わんばかりにニッと笑う。
「隠蔽処理をガチガチに施してありますが、相当格の高い『魔草』の樹木を切り出し、丁寧に加工して、『祝福の魔法』を異様な回数重ね掛けしていますよね?恐らく耐久度は並みの金属武器すら上回るほどの物だと思います。ただの指揮杖代わりの武器とは思えないですし、柄に擦り減っている部分が見受けられるのも実際に使用している証拠に他なりません。なので何処かの段階でキヒチョ塾長と模擬戦かそれに近しい物を何らかの形で行う事は予想していました」
アルムが自分の推測などを述べると、キヒチョ塾長はうむ、と頷く。
「なかなかの観察眼だ!闘う者としての心構えがよく理解出来ているな!物事の細部までよく観察し、そして分析しようとする習慣がしっかり身についている事は素晴らしい事だ!」
さあ、早速闘ってもらおうか!
キヒチョ塾長は拒否権は無いとでも言うように強く言い切り、校庭の中央にズンズン歩いていく。
その足取りには隠し切れない気色が滲み出ており、アルムはその後ろについて行く。
そして塾長が立ち止まり振り返ったところでアルムも立ち止まる。
「凡ゆる戦闘に於ける行為を許可する!全力でぶつかってこい!周囲への配慮はする必要は無いぞ!流れ弾は教官連中が全て食い止めるからな!」
アルムが少し後ろを魔法で探ると、生徒は少し後方に下げられその前に教官達がガードマンの様に立つ隊形になっていた。
彼等とアルムは約70mの距離があるので、万が一攻撃が見ている生徒側の方に向かっても教官達なら十分にガードはできるとアルムも納得した。
「では、塾長の胸を借りさせて頂きます」
アルムは意識を戦闘用に切り替えると素早い動きができるように僅かに姿勢を変える。
それに合わせて塾長も腰を低くし薙刀を後ろに控える形で構えた。
「模擬戦終了は後ろの教官が笛を吹いて合図するから其れまでは続行だ!スタートのタイミングは其方に任せる!いつでも来い!」
奮ッ!
その宣誓と共に塾長は腰を落とし気合を入れた。其れはただの気合いではあったが、同時に塾長の肉体が武霊術で強化されビリビリと空気が震えた。
その覇気の影響は凄まじく、6thエリアの魔獣ですら渡り合えるアルムの肌にゾクっとした嫌な感覚が走り本能的に身構えるほどだった。
《こりゃあ手加減とかそんな事言ってらんねえぞ。本気でやらなきゃマジで殺られるやつだ》
「(異能無し、召喚属性魔法無し、シンクロ無し、熱・電気無し、でいいんだよね?)」
《その4つは使い勝手のいい切札だからな。申告済みの六属性と徒手空拳オンリーでいこうぜ》
アルムとスイキョウは公塾に入塾する上で、何をして良くて、これは控えておこう、といった取り決めをしていた。
その中で、私塾では晒していなかった天属性に関しては流石に解禁する事にした。複合魔法を多く使うようになった今、天属性魔法無しは縛りプレイにしてもあまりにデメリットの方が大きい。手を抜いて公塾で成績を出せなくても困るし、便利な複合系魔法には結構な率で天属性魔法が関わっているので天属性無し縛りは厳しいと判断したのだ。
加えて、アルムの故郷と違い住民の絶対数が比較するのがバカバカしいほどに帝都衛星都市は住民が多く、そうなれば確率的にも五属性使いの数も比較的多くなってくるし六属性使いも希少には変わりないがそれだけで神童と評価されるようなケースは少ない。
その様な影響度なども考慮して、六属性使える事の公言は問題無いと判断した。
そんなアルムだったが、召喚属性魔法に関しては少しだけ迷った。
戦闘に召喚属性魔法を組み込む事でアルムは金冥の森6thエリアの戦闘でもてがたく勝利を収められる程に実力が更に上昇するのだ。それほど迄に召喚属性魔法とは色々と工夫次第で化けるのだ。
しかし、冷静に考えて、それをあてに自分の元に召喚を手伝って欲しいと押し掛けられても困るし、レシャリアの頭に帽子の如く居座るムカリンについて色々察する人が居ても面倒だった。なので召喚属性魔法は無しにした。
異能は戦術的な異能どころではなく戦略級の異能なので明かせる訳が無いし、ワープホールの方に関しては未だアルヴィナ達にも明かしていていない状態である。
特にシンクロ成功以降、アルムが開けた穴をスイキョウが繋ぐロスタイムが思考共有によってゼロになり、ワープホールのサイズ変化率、距離、維持時間も大きく上昇した。更には小ネタっぽいが有用な技も生み出されており、いよいよワープホールは恐ろしい物に変貌していたのである。
シンクロ及びスイキョウの使える熱や電気の魔法に関してはアルムとスイキョウも少し悩んだが、それも最終的には無しになった。
教官連中の中にスイキョウの導線を察知してあまつさえ捻じ曲げられる技量を持つ存在がいたので、あまり色々やっているとそれは何の魔法だと問われてしまうかもしれない。そんなリスクを無闇に挙げられないし、特に異能を上回ってるような一面を持つ魔法の公開はアルムも躊躇った。
其れに万が一、いや兆が一でも京が一でもスイキョウについて何か探られるリスクを悪戯にあげるのはアルムは絶対に嫌だった。
編入試験の後もアルムの方が実は色々とやり過ぎてしまったと割と凹んでいたりした。
スイキョウがアルムに帰郷を提案したのも凹んでるアルムを復活させる意図もあったのである。
それに戦術的有用性は既に怪物との戦闘でだいぶデータは得られたので無理に使う事も無いかとスイキョウは考えていた。そんな訳でシンクロも持っての他と判断された。
また、其れ等の切り札と同等クラスには、ラレーズ、ルリハルル、遥古遺宝物、クリスタルの怪物を用いて創った物理防御壁を展開するネックレスの4つを数えており、アルムが即座に使用可能できる極めて最重要な切り札はこの8つとスイキョウと確認した。
戦闘に直轄しない部類で言えば、サークリエが正式な身元保証人であることや直弟子である事、辺境伯のメダル、銀の鍵状ペンダントも影響力で言えばデメリットはあるが超強力な手札としてカウントする。
これらはアルヴィナ達が危機に陥った時にしか使わない切札だとアルムは決めていた。
それより下の準切札的な扱いとなると、腐蝕龍の毒をはじめとした強力過ぎる毒類、金冥の森で得た素材各種、アスファルトやコンクリートをはじめとしたスイキョウが考案している戦略級の物質、レシャリアにも教えてない対6thエリア棲息超常生物の凶悪過ぎる複合系魔法各種などになる。
これらは臨機応変に、その時々の状況を見て使用する事にアルムはしている。
大体毒に関しては獄属性を使えないアリヴィナを除く彼女には大方伝授しているし(一応バレないように気を付けてほしいとは言ってある)、アスファルトを始めとした戦略級物資も地属性が使える恋人達には伝授している。
彼女達には身の危険を感じたら自分に構わず使用するようにアルムは言っている。
また、金冥の森の素材や複合系魔法に関してはまだギリギリ常識の範疇なので下手に出し惜しみはしないと考えていた。
そんな様々な制約を自らにかけたアルムは、解禁していいか迷ったものの最終的には使用解禁に踏み切ったヤールングレイプルを硬化させ拳を構えた。
なお、ヤールングレイプルに関してはサークリエからイラリアの方に話が伝わっており、万が一アルムが入手先を問われてもイラリアが提供した事になるように話が付いているので公の場での使用を解禁できたのだ。
フェシュアに昇華され、そして金冥の森でも使う事を考慮して実はイヨドが更に加護をかけてくれたヤールングレイプルは、6thエリアの魔獣や魔蟲相手に対してもアルムがメインウェポンとしてカウントできる代物だった。
これがあるか無いかではアルムの近距離戦闘能力に大きな差ができるのだ。特に防御力は全く違う。
生徒の殆どは魔術師のアルムがファイティングポーズをとった事に動揺したが、レグルス以上の席次の面々は何かしら武芸を嗜んでいたりアルムの実際の戦闘能力を知っているので大して驚かず、ヴェータ、レキアウス、ヘルクートは特に興味深そうに見ていた。
「(隙が無いね……………)」
《定石通りなら、眼帯をしている右側を徹底的に攻め立てるのが正解だな。しかし塾長もそれは百も承知だろう。誰だってそこを弱点だと思い攻撃してきた筈だ》
「(長年の実戦経験者を相手に定石通りに動いた所では勝てないよね)」
キヒチョ塾長と対面すれば、その右眼を覆う眼帯に誰もが注目する。実際に片目を瞑るだけでも片眼だけの視野の狭さは両目とは歴然の差だ。
《手加減の為に付けてるなんてそんな厨二チックな事は………………ありそうで怖いが、まあ定石は通じない前提で動こうぜ》
策謀や奇策、奇襲に於いてスイキョウは無類の発想力を持つ。それは数多の人と接して人と言う生き物の隙を観ることに自然と長けていったが故の物で、アルムもどう足掻いてもスイキョウにその分野で挑むのは自殺行為だと思うほどにスイキョウの実力を信頼していた。
しかしそんなアルムも丸四年以上スイキョウとずっと共存している訳で、無意識的な部分でかなり大きくスイキョウの影響を受けていた。それは純粋なアルムが絡め手や奇襲を策として直ぐに考える迄の影響力だった。
「(定石の、逆を行こうかな)」
アルムがそう決意した次の瞬間、“定石通り”塾長から見て右側の視界外よりアルムの生み出した超高速の水弾が塾長を襲う。
塾長とアルムの距離は20m強。その水弾の速度から考えると破格の発動機点距離で、その魔法の発動に教官の数名ですらそもそも反応が出来なかった。
一方、アルムの予想通りキッチリ塾長は反応して身体を右側に捻りつつ霊力を纏わせた薙刀を振り抜こうとするが、微かに動きがブレた。
塾長から見て左側面で大量の光が見えたのだ。
それはアルムが発動した『雷煌の魔法』。十数本に及ぶ恐ろしき雷撃をアルムは“敢えて”塾長の視界に収まるようギリギリの位置で発動させた。
目に見えてなくとも人間辞めてる人が多い武霊術使いの熟練者なら視界外の攻撃に反応してくる事はアルムも予測できていた。
そして、恐らく誰もが同様に右側に攻撃を仕掛けるが故に塾長の意識には明らかな偏りがある事も。
だからこそアルムはそれを前提とし、まず初手は右側から攻める。意識が右に集中している塾長は予想通り反応するが、そこで左から来る攻撃を認識する。それを目視してしまえば如何しても一瞬反応する。特にそれが見えてるが故に意識が比較的鈍い左側になれば、確実に反射で反応するとアルムは読んだ。
そしてアルムも棒立ちでそれを見てる訳ではない。金属性魔法で身体を強化して距離を詰めていく。
同時に塾長の意識の間隙を突き、塾長が踏ん張る地面を地属性魔法の土で微かに歪め、体勢を強制的にズラさせる。
となると『雷煌の魔法』への回避が更に一拍遅れる。
ここまでは予想通り。続いてアルムは本命の魔法、とある薬を混ぜ込んだ雨を降らせる複合系魔法を発動する。
この間僅か1秒弱。
アルムは動きながら更に5つの高魔法をほぼ同時に発動させている。
水弾は直撃すれば骨折確定の威力、『雷煌の魔法』も1つでも直撃すれば戦闘不能に追い込まれる魔法である。
それに囲まれてなお、塾長は笑った。
「破ッ!」
塾長の体が気合と共に動きがブレて、ヒュンっと風が斬られる。
アルムがそれを認識するよりも先に反射で跳躍すると、足の下スレスレを超高速で見えない刃が走った。
そしてその圧だけで魔法を全部吹き飛ばしてみせた。
《おいおい、物理的圧力で魔力を歪ませるって化けもんかよ》
これと同様の事を平気でしてくるのが6thエリアの魔獣連中なのだが、人間に同じ事をあっさりやってみせられるとアルムも少々驚く。
だが悠長に驚いてる場合では無かった。アルムの跳躍を読んでいた様に続け様に斬撃が飛んできたのだ。
私塾抗争の戦士枠決勝。アルムが対戦したレドが使っていた武霊術の1つ、『器刃放斬霊術』。武器に霊力を纏わせ飛ぶ斬撃を創り出す武霊術なのだが、塾長のそれは速度も威力も尋常では無かった。
《直撃即死コースだぜこれ》
アルムは3Dマッピングで全体の状況を確認して早速隠し札の1枚を切る事にした。
それは、魔力塊による空中疾走。
アルヴィナ以外の恋人にも見せてはあるが誰も習得できなかった妙義を持って、アルムは空中で数度跳ねて斬撃を全て回避する。
そして御返しとして塾長の手前にとある薬を生成。そこに速度を超強化した『雷煌の魔法』を放つ。
その薬に魔法が直撃した瞬間、カッと発光して爆発した。
それは私塾抗争に於いてアルヴィナとの勝負を決した隠し球の魔法。スイキョウにより考案された爆発する薬だが、実の所これは殺傷能力自体は高い訳ではなく、光そのものが目眩しと機能するのだ。
そこにアルムはガード困難な『光円斬の魔法』を数枚放つ。
アルムは目を瞑っていても3Dマッピングで周囲を把握できるので発光の影響を受けない。よって即座に攻撃に移れる。
だが塾長は物ともしない様に光の円盤をぶった斬った。
《ええ、どんな耐久力だよ》
目潰しはどんな敵にもある程度有効なので多少は効果を期待したが、塾長は何のダメージも受けていないようで、アルムに接近を開始し始めていた。
「(手合わせ願おうかな)」
対してアルムは地面に降り立ち、泥を生み出して一瞬で焼き上げ簡易的な太い槍を生成。それを振り被ってアルムは塾長に投げた。金属性魔法で肉体を強化して祝福の魔法で数秒間強化された槍は直撃すれば武霊術使いだろうとダメージを与えられる威力だ。だが、その投擲は『雷煌の魔法』にすら反応してくる塾長にとっては遅い。
薙刀で斬り裂く迄も無く顔に飛んでくる槍を塾長は首を傾けるだけで回避するが、その時塾長は嫌な予感がして姿勢を一気に低くした。
刹那、槍の柄から垂直に光の矢が飛び出してきて塾長の頭上を高速で通る。
「(今のに反応できるの!?)」
アルムはただ槍を作った訳ではない。生成時にコッソリ中は空洞になるように生成している。それは魔力節減や焼き上げまでが早いからだけでは無い。空洞の中をピンポイントで魔法の発動起点にする為だ。
塾長が顔面に飛んできた槍を回避するのは想定通り。その槍の通る軌道上にあらかじめ光の矢の魔法を待機させておき、槍内部の空洞と発動起点が重なった瞬間に魔法を発動したのだ。
しかし、そのとっておきの一撃を武霊術の直感強化だけで塾長は回避した。
これにはアルムもギョッとするが、アルムが仕掛けてるトラップはそれだけでは無い。
塾長は避けたところから一気に踏み出そうとして大きく姿勢が崩れた。
「(かかった!)」
最初の攻撃において、何故アルムが直接攻撃をせず雨を降らせたのか。
その雨は毒が入っていたわけでは無い。ゼリエフ塾長を大苦戦させたヌルヌルの液体が雨に含まれていたのだ。
塾長が最初にいた付近の雨は最初の衝撃はで吹き飛ばされたが、アルムは雨を高域に降らせているので一定のゾーンは既にヌルヌルになっている。しかもゼリエフが大苦戦したものよりも十数回以上にわたり改良が施され、フェシュアまでタッグを組んで製作されたその液体の滑り具合は尋常では無い。環境別にも開発が済んでおり、今回の物は校庭のような砂地に混じり合う事で最大の効果を発揮するようになっている。
アルムに向けて接近を始めた塾長は自分で吹き飛ばしたおかげで雨の影響がなかった部分を抜けて、ヌルヌルゾーンに自ら脚を踏み入れたのだ。
その隙をアルムは逃さず大量の水弾を最高速度で叩きつけた。鉄を叩き斬るまではいかないが、既に凹ませる威力を持っているその雨は大きく姿勢を崩した塾長に容赦なく襲い掛かる。
そしてアルムは2度も同じ手はさせない。裂帛を封じるように『散雷花の魔法』を複数発動させ撹乱する。
攻撃と同時にフラッシュを起こすこの魔法を塾長の周囲に発生させ、意識の空白を更に増やす。
完全に殺しにかかってるが、アルムはなんとなく嫌な予感がした。
「この人はこれじゃ仕留めきれない」と。
その勘に従い軽身の魔法も発動しヤールングレイプルを最大強化して構えた次の瞬間、塾長が掻き消えてアルムの目前に黒い影が現れた。
その時のアルムにできたのは、黒い影に進行方向に手を突き出す事。
次の瞬間凄まじい衝撃が手に走り、軽身の魔法でかなり衝撃を殺してなおアルムは50m後方まで吹っ飛ばされた。
アルムは魔力塊で自らを斜め上に打ち上げて追撃するように飛んできた飛ぶ斬撃を躱しつつ歯噛みする。
「(金属性魔法で強化しても腕の骨にヒビが入ってるよ)」
アルムの視線の先、アルムが先ほどまでいた位置には薙刀を振り抜いた状態の塾長が笑って立っていた。
《スピードをさらに上げて来やがったつうか、完全に殺しにかかってるぞ塾長》
今し方キヒチョ塾長がした事はとてもシンプルだ。ただ武霊術によって肉体のパワーを大幅に強化して、砂地を抉るほどの威力で地面を蹴り抜いてそのまま地面を滑ってアルムにタックルしたのだ。
アルムはそれを何となく理解して、金属性魔法で骨折を治癒しつつバク転しながら威力を殺して地面に着地する。
《こりゃマジで手加減は要らねえ。対6thエリア棲息魔獣の戦法で行け》
人間を相手にしているが故にかけていたセーブをしていてはこっちが死にかねない。
スイキョウのその判断にアルムは無言で同意して見せられる範囲の攻撃全ての自重を捨てる事にした。
再び塾長の姿がブレた瞬間、アルムは自分の周囲に手加減抜きの『針獄の魔法』を発動した。
それにより槍と見紛う何百本という針が地面からザンッと生える。
しかし塾長はそれを跳躍して回避した。
アルムは3Dマッピングでそれを捉えると塾長に対して数千に及ぶ光の矢を放った。
気合で吹き飛ばすのは一瞬だが、連続で光の矢の飽和攻撃を喰らわせる事ができる。加えて跳躍すると機動力を大幅に削ぐ。
今のアルムに一切の甘さはない。目が完全に据わっており、6thエリアの魔獣を相手にする時の実力を出していた。
アルムは光の矢の飽和攻撃の結果を見ず、念を入れるようにそこに大量の水を創り出し水の竜巻を作り出す。
そこに猛毒を融合させて、大量の砂も混ぜ込み泥の竜巻に変える。
モーターの回転を模倣する泥の竜巻の回転スピードは凄まじい。中に生き物を放り込めば大変愉快な事になる。その凶悪な竜巻の中にアルムは一切の容赦無く跳躍した塾長を閉じ込めた。
その上、この水の回転流の水はただの水じゃない。様々な毒もブレンドしているので万が一飲み込んでもただでは済まないし、肌もガンガン火傷する様に剥かれていく。それを激流で加速するのだ。
流石に腐蝕龍の毒クラスは混ぜてないが混ぜられた毒は十分致死性のある毒である。
普通の勝負ならこれで終わり。だがアルムは止まらない。アルムは3Dマッピングの中で泥の竜巻の中の塾長の座標を確認し、塾長の窒息を待たずに小型ながら超威力を高めた『光円斬の魔法』を何十枚と放つ。
普通の魔法、例えば貫通力に優れた光の矢だろうがこの泥の竜巻の中ではめちゃくちゃに掻き乱されてしまうが、切断特化の真っ平らな光の円盤なら水流に垂直に入ることができれば減衰しない。
6thエリアの魔獣を仕留める時にはまず足を潰して拘束、反撃の手段を与えないように毒と泥で窒息を誘いながら撹乱し、そして小型化して回転と威力を超強化した金属もぶった切る『光円斬の魔法』でズタズタにする。そこでかすり傷1つでも傷を負えば泥や猛毒が体内に侵入しこれまた愉快な事になるのだ。
そこからアルムは更に凶悪な魔法を発動させる。
それは光を内包した小さな氷の刃の生成だ。その氷の刃を竜巻の上で生成して自由落下させる。
すると水流の中には大量のナイフが飛び回ってる状態と同じになり、中に生き物がいた場合はズタズタでは済まない状態になる。
これがアルムとスイキョウが生み出した対6thエリア棲息魔獣への対処法の1つである。特に表皮が分厚くないタイプの魔獣に対して行う、数々の戦法の中でもかなり殺意に満ちた戦法である。それでも平気で生還する個体が居たりするのが6thエリアの恐ろしいところだが、6thエリアでも5thエリアの近くにいる魔獣や魔蟲なら大体これで決着が付く。ただ、倒す際に損傷が大きくなるのでこの手を使う事はあまりない。素材としての価値が落ちてしまえば本末転倒だ。
《アルム……………》
「(うん、予想どおりピンピンしてるね)」
《本当に人間なのかあの人は?》
しかし、その攻撃を喰らってなお探査の魔法では塾長の生存がアルムにはハッキリと確認できていた。
《来るぞ!》
スイキョウが鋭く叫んだ瞬間、アルムの魔法制御を超えるレベルで竜巻の周りの魔力が揺らぎ全てがバンッ!と弾け飛んだ。
破壊された竜巻より降り立つは、服はボロボロ、所々火傷痕ぽい物もあるし身体も裂傷だらけ、しかし何故か薙刀と眼帯だけはノーダメージの塾長。
その塾長は目をギラギラさせて歯を剥き出しにして笑っていた。
「(相当の毒だったのになぁ)」
その毒は人より大きな生物でも血流より混入すれば確実に意識不明に陥る即死級の毒だったはずなのだ。なのに寧ろ生き生きしている塾長を見てアルムは少しドン引きしつつ、レシャリアにも教えてなかった魔法の1つ、『熾暭扠の魔法』を発動した。
光と炎を超高度に収縮させ『分解の魔法』を付加させたこの魔法はスイキョウ流に例えるなら“レーザー”である。クリスタルの怪物の攻撃でレーザービームのイメージ自体はアルムの中にあったので、それをスイキョウの協力の元に模倣したのだ。
直径1cm程度と点の攻撃だが、熱と光、分解の魔法でなんでも貫通する魔法だ。普通の魔法と違うのはそのリーチの長さと継続時間。射程距離を100mに固定(任意で変更可能)して3秒間レーザーを維持する。そのレーザーの方向を軽く変えるだけで射線上にある物質の一切合切を切断していく禁呪クラスの魔法なのである。
ただ、この魔法は異常に魔力を消費するのでアルムもあまり使わない魔法だ。短期決戦用の魔法である。竜巻で仕留めきれなかった時点でアルムは早期で勝負を決着させようと考えていた。
なので今回はレーザーを3本も作り前方を凪いだ。
人間が直撃すれば綺麗に三等分される殺意の塊みたいな魔法だが、塾長はアルムに接近しつつ、レーザーが直撃しても服が切断され出血しただけで完全に切断されず、脚も全然止まっていなかった。普通の人間ならこれでスパッと3等分になる魔法だ。針山がスッパリと切れたのが魔法自体が不発してない事を証明していた。
「(魔化金属でも斬れるのに………………)」
6thエリア棲息の魔獣や魔蟲の中でも最上位クラスの連中に御見舞いする攻撃でも致命傷にならない塾長にアルムはゲンナリした。
針山をタックルで打ち壊しながらこっちへ高速で突っ込んでくるそんな塾長に、アルムは泥の大津波を繰り出した。
一見手詰まりの中の誤魔化しの一手にも見える泥の津波も物ともせず突っ切った塾長だが、ここにきて初めて顔を大きく顰めた。
「(それは効くんだね。非致死性だと勘が鈍るのかな?)」
《らしいな》
今回、アルムは泥の波に猛毒を混ぜ込んだわけではない。とてもとても臭い液体をオリジナルの魔法で大量に混ぜ込んだのだ。
魔獣でも鼻がよく効く連中には搦手でありつつもかなり有効なのがこの魔法だったりする。生物は痛みには耐えられる。だが、不快感に対する耐性は訓練していないと身に付かない。
6thエリアの魔獣も大概勘がいいのだが、意外とこの手の非致死性魔法への反応は鈍い事をアルムは実際に経験して知っている。なので塾長にも試したが、今回は当たりだった。
泥によってそう簡単には薬剤は身体から落ちず、とても臭い香りに身体が包まれる。その臭気は離れた場所にいる教官や生徒達でも顔を顰めたり吐き気を催すレベルなのだが、アルムはあらかじめ薬毒生成で口内に香りの強いハーブティーを濃縮した液体を模した物を作り出し口に含んでいるのでなんとか耐えられている。
そんな臭気に直撃した塾長も堪らずグッと顔を顰めるが、その大きな隙をアルムは絶対に見逃さない。
「ハァッ!」
アルムにしては珍しい気合いを入れての魔法の発動。
発動された魔法は、レシャリアにも教えていない魔法の1つ『氷牢・千針の魔法』。
『氷牢の魔法』は対象を氷に閉じ込めるが、それを更に改良したこの魔法は、氷製の『鉄の乙女』を作り出すのに近い。敵を捕らえると同時に氷の太い針を内部に向けて大量に生成するのだ。
この魔法は発動が非常に難しく、相手が完全に立ち止まり、意識に大きな隙があり、そして25m内に攻撃対象が存在することが望ましい。
その発動可能圏内で臭気で気を乱され立ち止まった塾長は、魔法の発動可能条件を満たしてしまっていた。
分厚い氷で包まれると共に内部で広がる赤い液体。それは分厚い磨りガラス越しにアイアンメイデンの内部を見るのと同じなのでかなりエグい光景になるのだ。
紅い氷の像が出来上がり多少のダメージは与えたが、完全には終わってない。アルムが塾長の生命反応を見ながら次に一手に考えを巡らせた瞬間、その後の一瞬に起きた事はアルムにもなにがなんだか分からなかった。
後ろで終わりを告げる笛が鳴った気がしたが、それと同時にアルムの目前には血塗れの大男が薙刀をアルムの首スレスレで寸止めしていた。
そして遅れたようにアルムの耳に氷が木っ端微塵に砕け散る音が響き、それに合わせるように終了の笛がアルムの耳に届いた。
まるで時が吹っ飛んだような瞬間移動。アルムをしてその一撃は何が起きたのか理解できなかった。
「がははははははははははは!こんな負傷したのは!そもそも負傷そのものが久しぶりだぞ!!今迄で最も断トツに楽しい模擬戦であった!!!」
アルムの首スレスレの薙刀を引き下げると大声で笑うキヒチョ塾長。
なにが起きたかまだ理解追いつかずアルムが呆然としている一方で、最後の最後と言えど本気を出さざるをえなかったに驚きつつも、そんな生徒の入塾をキヒチョ塾長は心から歓迎したのだった。




