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 レグルス、レシャリア、フェシュアと3連続で実力者が続くと、いよいよアルムがずっと気になっていた面々に順番が回ってくる。



「私は【護紘】の異能を所有している。これは私が触れている物、そして身につけている物の耐久性を上昇させ相手の攻撃からのダメージを軽減する事が可能になる能力がある」


 開口一番、レグルス同様にヘルクートは自分の異能を説明すると実演した。


 例えば今現在生徒が着ている運動着。

 

 ヘルクートは教員の1人に、手加減無しで自らを火の矢で撃つように頼んだ。


 運動着は作務衣のような見た目だが、動きやすさや耐久性にはかなり優れている。しかし、ルザヴェイ公塾の教師を務める魔術師の手加減抜きの火の矢が直撃したら、炎上しないまでも派手に焦げ付き運動着が使えなくなってしまう。

 だが、ヘルクートの能力は心得ているのか、指名された教師は躊躇いもせず火の矢を放った。直撃すれば確実に軽傷では済まないレベルの火の矢が放たれ、アルムも思わず自分が撃たれた訳でもないのに身構えるが、ヘルクートは避けもしない。

 そして矢が直撃し炎のかけらが激しく舞い散るが、ヘルクートは平然としているし運動着には焦げ目ひとつ付いていなかった。

 ヘルクートは続けて刃の潰されてないナイフで運動着に自ら斬り付けるが、繊維の1つも絶たれずナイフの一撃は無効化された。


 ヘルクートの異能を使えば、ただの木刀も鋳潰した鉄剣と遜色ない耐久性を獲得するし、平民でも買えるただの革鎧もその柔軟性を保ったまま鉄鎧と変わりない防御力を得る。


 ヘルクートは教員達の用意した革鎧を着込み、木の棒を装備すると、戦士の教官と模擬戦を行った。なお、その時にヘルクートは教官には鋳潰した鉄製の武器を使用して欲しいと頼んだ。木の棒は魔草に類する無駄に頑丈な樹から作り出した物ではなく、家の建材としても使用される一般的な木を棒状に加工しただけの物である。教師レベル武霊術使いなら大して苦労もせずバッキリへし折れる程度の耐久性で、鉄剣など受け止めたら確実叩き折られる程度の代物だ。

 そんな木の棒を持って対峙したヘルクートは、鋳潰した鉄剣で猛攻を仕掛けてくる教官の攻撃をいなし、あまつさえ棒で剣を受け止めるが、木の棒には亀裂1つできない。


《こりゃ結構厄介っちゃ厄介だな》


「(防御力が上昇するのは凄いけど、結構シンプルじゃない?)」


 戦士の教官と武霊術を使い渡り合うヘルクートは確かに今までいた戦士専攻の生徒より遥かに強かった。だがアルムはスイキョウが改めて厄介と指摘するほど複雑な能力には思えなかった。


《いや、これが金属鎧を着込んだら恐らくもっと手がつけられなくなるんだろうがな、例えばーーーーー》


 物体の耐久性の上昇は、ただ単に防御力が上がるだけではない。


 革鎧が金属製の鎧に対して劣る様々な点をクリアし、しかも革鎧が本来持っている軽さ、音の無さ、可動性の広さを維持できる。

 武器も丈夫で破壊力を上げようとすれば自然とその武器の重量が上がり易い。

 しかし、木製の物を金属製の物と同等の耐久性にできるのなら、例えば斬れ味と軽さに特化したが耐久性に難がある武器であろうと問題なく使える訳である。


 当たり前だが、武器は軽いほうが素早く動かすことができる。体格の良いヘルクートはその身体に見合う大きなパワーがあるが、軽戦士のスピードに比べたらやはり動きは遅い。そこに金属鎧だの重い武器を装備したら更に動きは遅くなる。

 その問題を【護紘】がクリアする事で、金属鎧を革鎧などにする事で、本来鈍重なパワーファイターであるヘルクートに身軽さを与える。防御力の超高い盾でも片手に装備すれば、それも異能で強化されるので防御力も簡単に上がる。



《ってな訳で、ヘルクート自身が実力を伸ばし武霊術を鍛え上げると更に恐ろしい素早いパワーファイターが完成するわけだ。或いは強力な大楯でも背負って、デカイ魔法が来たらそれでガード出来るわけだ。異能による強化だから魔法でもその防御を破るのは結構苦戦すると思うぞ》


 アルムはスイキョウの総評を聞き、成る程とその能力が厄介な事を納得するのだった。 





「僕は足を素早くしそして身体の回復が速くなる異能【腱捷】を持っているよ」


 ヘルクートの後に順番が回ってきたレキアウスは爽やかな笑みを浮かべてそう言うと、事前に用意していたナイフでいきなり自分の手を切った。


 けっこうザックリ切ったのは武器の扱いはほぼ素人なアルムでもわかるぐらいで、案の定手から血が溢れ出す。

 しかし、その深い傷に反して血はあまり流れない。15秒ほどしてレキアウスは懐から取り出したハンカチで血を拭うと、既にその傷は完全に塞がりつつあった。


「流石に指とかをすっぱり切り落とした事はないから分からないけど、どんなに大きな切傷、刺傷でも約10秒以内に回復するし、火傷とかもすぐ治るよ。それと、足の速さには結構自信があるんだよね」


 レキアウスはそう言って、急に校庭の奥の方に全力疾走で走り出した。

そのスピードはアルムが金属性魔法で肉体を強化しても追いつけないと確信できる程のスピードで、レキアウスは校庭の砂地の境目まで到達すると速度は一切落とさずにこっちへ戻ってきた。


「ざっとこんな感じかな」


 そしてそれだけのスピードでそこそこの距離を走りながらもレキアウスは息ひとつ切らしていなかった。


「(シンプル且つデメリットが特に無いのが強いね)」 


《これで武霊術を使えばもっと速くなるってことだろ?》


「(わぁ…………それは凄いスピードだね、多分)」


 その後はそのスピードを活かした模擬戦を教官と繰り広げ、アルムとスイキョウは、レキアウス、ヘルクート、レグルスが実力的な拮抗を見せるのもよく理解できたのだった。






 戦士の中では異能のみならず、武芸の腕前や武霊術の練度といった面でも他とは隔絶した実力を持つ事を披露したヘルクートとレキアウス。そのポテンシャルは金冥の森で鍛え上げたレシャリア、フェシュアと戦っても環境によっては勝敗をひっくり返せるとアルムは感じた。


 そんな彼等が抜かせなかった低等部時代の万年副首席、ジナイーダも、ただ単に相性の問題だけであって能力値は互角と説明したヴェータに遂に順番が回ってきた。


「あーしは【熾煌】って異能を持ってる。光とかを強化する異能って考えればいい。多分説明するより見せたほうが早いから見せる」


 鋭い口調でヴェータは宣言し、今までの生徒と異なり、異能を使う前に教員に対して「異能を発動後、即座に先生と模擬戦をさせてください」とオーダーした。


 教官側がそれを承諾したのを確認すると、周囲から注目を受ける中、ヴェータはスゥっと息を吸い込み目を閉じる。

 次の瞬間、ヴェータから光がブワッと放出されてアルムは眩しさから少し目を細める。


 その光はヴェータを中心に収束し、服も含めてヴェータを真っ白な光で染め上げた。

 そのヴェータを包む光から白い炎の様な物が小さく揺らめいており、ヴェータの背中辺りから羽と鱗の中間の様な物で形成された幅1m以上長さ2m程度の巨大な翼が3対広がった。

 ヴェータは白い光の炎の日達磨になっている訳ではなく、コーティングされるように全てが白い炎で包まれ、翼からも白い炎が立ち昇っていた。


「(……………なにこれ凄い)」


《おいおい、説明省きすぎだろ。完全に別物じゃねえか》


 全く別の存在へと変貌した様なヴェータは圧倒的な存在間を放ちつつ、依然として目を閉じたまま両手を前に出す。

 すると光の線が2本浮かび上がり、その光をヴェータが“掴む”。振り下ろす様に手を振ると、手の中の光の線が弾けて細長い双剣に変貌する。

 そしてヴェータが目を開いたと同時に、前に進み出た教官の1人がヴェータに対して火の槍を十数本放った。


 それは直撃すればかなりの火傷を負うことが予想される威力で、尚且つ常人では反応することすら微妙な速度を持っていた。

 これまでの間、今のヴェータをアルムがずっと観察していても金属性魔法はやはり1度も使っていない。つまり肉体的には一般人と同等のスペック。もしかしてあの身を包む光が威力を半減させるのかとアルムは考えたが、アルムの予想は大きく裏切られた。


 ヴェータはそのまま攻撃を受ける訳でも、魔力障壁でガードする訳でもなく、途轍もないスピードで動くと光の剣で火の槍を“斬った”。


 見た目通り光のみで形成されているのか、重量を一切感じさせない動きで高速で手を動かしているだけのようにも見える。

 だが、その手に握られた光の双剣が総ての火の槍を斬りすてて無効化した。


《身体能力も強化されてるのか?金属性魔法無しの動きじゃねえぞ》


「(多分、ヴェータさんが自分自身にかけてる身体強化系の『祝福の魔法』が使用している魔力量に対して異常な効力を発揮してるんだと思うよ)」


《光“とか”を強化するって言ったのはそれを言ってたのか》


 そこからも火の槍は更に数とスピードを上げてヴェータを襲い続けるが、ヴェータは軽やかな動きでそれを斬り裂く。


 そんな折にいきなり攻撃が火に槍から炎の津波に切り替わる。

 波状攻撃故に剣では捌けない攻撃は槍と同等のスピードでヴェータを襲った。その炎の波にヴェータは抵抗も無く呑まれたが、炎の波が消えるとそこには大きな白い光の繭があった。その繭を形成していた光の翼が開いて、無傷のヴェータが中から現れる。


 そんなヴェータの隙を突くように、彼女の左右から地面から土の槍が急に突き出す。土の槍は魔法で作られるが形成した先から物質として定着する故に物理攻撃に近い。

 完全に不意を突くような攻撃に、そしてヴェータが全く迎撃にも回避にも行動を移さないのでアルムはヴェータの危険を感じるが、素早く1番下の翼が動き攻撃のライン上にカットインすると、土の槍を“受け止めた”。


《おいおい、魔法だけじゃなく対物理もOKってヤバいな》


 そこで教官の攻撃が少し止まった。それは一瞬の間だったが、槍を受け止めた方とは別の翼の先がクイッと教官に向き、そこから光の鱗がマシンガンの如く射出された。


《光の矢の変形か》


「(でもこれも込められてる魔力量に対して威力が釣り合ってないし、攻撃密度が高すぎるよ。多分物理的な破壊力もある)」


 教官は金属性魔法で身体を強化しつつその攻撃から逃げ躱しきれない物は消滅の魔法で対抗するが明らかに魔力消費効率でヴェータに軍配が上がっていた。

 そしてヴェータ自身もただ棒立ちでは無く、恐らく異能で強化された『祝福の魔法』の魔法により異常な身体強化を遂げて疾走し教官に追走する。


 教官は回避もしつつきっちり火系統の魔法で反撃するが、光の剣か翼でヴェータは全てを無効化していた。


《恐らく剣の腕前も動きも自前だな。明らかにただ強化されてできる芸当じゃない》


「(剣自体の重さが無いから技巧のみに専念する事ができるし、翼でもガードができる。攻守共に異常に隙が無い異能だよね)」


 無論、教官もある程度は手加減しているだろうが教官と拮抗するどころか互角以上に闘うヴェータにアルムは少し思案する。


「(んー、【熾煌】の異能ってジナイーダの【勇剛】と致命的に相性って悪いかな?)」


 光と祝福系統の魔法を強化し、物理も弾く翼を形成する異能。

 特に魔法だけでなく物理的攻撃もガードでき、弾幕を張れる程の光の鱗をほぼ際限なく放出し続ける光の翼は弱点の無い非常に強力な物にアルムは思えた。


 魔法において火や水が光と衝突すると、確実に光が勝る。魔法で光に対抗できるのは同じ光か雷系統か消滅系統。或いはただ単に物理防御力が高ければブロックできる。


 要するに火や水より光は強力なのだが、火や水の方が必要魔力量は圧倒的に低く、柔軟性にも操作性にも秀でる利点がある。

 なのでアルムも土の壁を壊す時に光の矢ではなく水弾を使用しているし、光の矢はトドメを刺す時の魔法扱いになっている。


 『光円斬の魔法』の場合は、光そのものに破壊力を持たせるのではなく、あくまで光はキャリアーとして付加した『分解の魔法』と円盤状の光自体の高速回転で破壊力を得ている。

 また、その高速回転自体の力を移動に転化させており、魔力の節約をしている。故に光系統の魔法ながら柔軟に軌道を変える事も可能なのだ。


 閑話休題。


 そんな訳で、通常は光系統の魔法で弾幕など張ろうとすると魔力の消費量は水や火とは比べ物にならないほど膨れ上がる。

そして制御自体も難しい為に回避されると軌道は変更できず全て無駄撃ちになる。


 しかしヴェータの場合、火や水で弾幕を張る程度の必要魔力以下だけで光の鱗の弾幕を張れる。加えてそアルム達もまだ実際に対応してないのでまだ気付いていないが、光の鱗自体の存在強度もかなり上昇しているので消滅の魔法で消え難い。


 レグルス、ヘルクート、レキアウスが真価を発揮するのは接近戦。しかしそもそもこれだけ濃密な光の弾幕を張られると逃げ回るので手一杯になる。そしてそんな恐ろしい弾幕を放っているヴェータ自身が攻撃対象を追跡し、光の双剣(まだ披露してないが光から形成してるだけなのである程度伸縮もできる)で接近戦まで仕掛けてくるのだ。

 

 アルム達が考えたように、ヴェータは金属性魔法は使えないがレグルスの様に剣術の修練も積んでいる。

 修練時も双剣スタイルだが、軽い剣でも片手一本で扱うのは実際の所難しい。だがヴェータは幼少より両手に1本ずつ剣を携えて訓練した。アルムは常人と評価したが、その肉体は結構鍛えられており、特に2本の剣に身体が振り回されないように鍛えた結果、体幹の安定性は抜群である。

 だが、ヴェーナが実際の戦闘で使う剣は質量が無い。普通の剣でも双剣スタイルで戦えるだけの筋力と剣技があるので、その剣のスピードは更に上昇し、加えて双剣の手数の多さと引き換えに生まれる致命的な弱点、防御力の低下は光の翼で解決できる。


 異能だけでなくヴェータ自身の修練により、攻守共に隙が無いだけでなく前衛から後衛までオールレンジで戦闘が出来る。

 其れがヴェータのバトルスタイルであり、魔術師として相当に修練を積んでいる教官も本気を出せない現状では有効な打開策が生み出せず防御側に回ると防戦一方になるのである。


 だが、スイキョウはそんな無敵にも思えるヴェータの弱点に気づいていた。


《いや、確かにジーニャには相性が悪いぞ。【勇剛】は筋力だけでなく皮膚の硬化、身体強度そのものの上昇、そして感情の丈による更なる能力の強化をする》


 加えてジナイーダは光に対して有効な獄属性魔法を使える。


 ジナイーダとヴェータが戦闘を開始すると、序盤はヴェータがやや優勢である。

 金属性魔法で身体能力は強化しても回避し切れる訳もなく、獄属性魔法で光の鱗を減衰させても徐々にダメージを負う。

 しかし、そこからがジナイーダの真価である。負傷によるダメージは普段強固に抑えられているジナイーダの感情を刺激し、異能が強化され始める。

 すると全てを消滅の魔法で消さなくてもある程度減衰させればジナイーダはその耐久力でその猛攻に耐えることができるようになってくる。

強引に近づいていけば強化されても傷は増えていくが、金属性魔法で即座に治癒は可能で、ダメージを追えば追うほどジナイーダの感情は刺激され異能は更に強化をされていく。


 加えて、金属性魔法は元の身体スペックに対する掛け算方式で身体能力を強化していく。ジナイーダの異能が強化されればされるほど、金属性魔法を強めなくても元の身体スペックが上昇するので異常な勢いでジナイーダの総合的な身体的スペックも上昇していくのだ。


 やがてとある段階でジナイーダの身体強度が光を上回った瞬間、ジナイーダの猛攻がスタートする。

 凄まじいレベルで強化された脚力で地面を蹴り出し一瞬でヴェータに肉薄し、そしてゼリエフに扱かれたアルムを持ってして強いと評価されるジナイーダの格闘技能を持ってヴェータを追いつめる。

 翼の防御もジナイーダの怪力で強引に破る事ができてしまう。


 その時のジナイーダの高揚感も何もかもが更に異能を強化する。感情がプラスでもマイナスでも異能が強化されていくのが【勇剛】なので、ピンチでも攻勢になってもその効果は上昇していく。


 一方ヴェータは常に複数の祝福の魔法を使い続けているのと一緒なので、幾らで異能で必要消費魔力が減っていても魔力消費効率では金属性魔法オンリーで耐久できるようになってるジナイーダに勝てない。

 結果的に長期戦に持ち込まれるとヴェータはジナイーダにはダメージを与える事もできずただ逃げ回るだけになり、最後は肉体的にも魔力的にもスタミナで勝るジナイーダに完封されるのである。


 また、生来の気質もあり、ジナイーダは我慢強い上に粘り強い。攻撃を幾ら直撃させられようと耐久し、時間経過と共に更に強化されていき、勝てると踏んだ時点でジナイーダは行動に踏み切ってくる。そして、まるで今までの憂さ晴らしでもする様に猛攻がヴェータに襲いかかり、自分の攻撃がかすり傷程度になっていく中で繰り出される擦っただけでも骨折程度じゃすまない拳が自分の顔面の横を通過するのは、ヴェータにとって本能的な恐怖を呼び起こす。


 その時のジナイーダの表情が微笑だった時には、もう背中に氷の柱でも突き刺された様な寒気をヴェータは覚えるのだ。


 ジナイーダは感情を表面化させないだけで中でフツフツと煮立たせる。しかし淑女として戦士の様に大声を出したり吠えたりなんて持っての他。

結果的にアルカイックスマイルを装備して戦闘する事が身についてしまい、その癖異能の威力が上昇すればするほどその内面の感情は激化している事に他ならないので感情自体は激化しているのがヴェータにもわかる。


 さっぱりして正直な物言いをするヴェータにとってはもうそれが恐怖でしかない。なぜそれほど迄に感情を激化させながら、よりにもよって微笑で襲いかかってくるのか理解できない。

 見た目が自分より遥かにお嬢様然としていて自分の知る人物の中でもトップクラスの淑やかさがあっても、ジナイーダの拳が直撃すれば重傷では済まない。そう思うとヴェータは余計に恐怖で体が竦む。


 そしてジナイーダはその隙を絶対に見逃さない。徹底的にヴェータの隙を責め立てるように猛攻を仕掛ける。ジナイーダは強かにヴェータの戦意をへし折ってくるのだ。

 そこで耐えようとするガッツがヴェータに有ればまだ話は違ってくるが、その異能や身分によりヴェータは劣勢に立たされる経験が圧倒的に足りない。幼少より自分の異能に苦しめられ、感情の制御を身につけて、我慢強さと粘り強さを身につけてきたジナイーダの精神強度にはヴェータの精神強度は遥かに劣るのだ。


 多少攻撃を食らっても次に繋げる為に耐え切れるジナイーダの様な覚悟が足りない。自らを護る翼をぶち破られ、触れる事でダメージを負うことも気にせず微笑のまま翼を引きちぎってくるジナイーダに本能的に恐怖してしまう。

 それでも尚ジナイーダに喰らい付いてやろうとするガッツがヴェータに有れば結果も変わるかもしれないがそのガッツはヴェータには無い。


 もしヴェータがジナイーダに勝とうとするなら、早期に決着をつけるしかない。

 だがその後のペースを度外視した威力の攻撃を直撃させても、ジナイーダを仕止めきれなかった瞬間、ジナイーダの感情を爆発的に刺激してジナイーダがラッシュを開始するまでのタイムリミットを大きく縮めるだけなのである。


 ジナイーダを追いつめてもそこで仕留めない限りジナイーダは負傷から感じる怒り、焦燥などの負の感情を増加させて戦況をひっくり返してくる。


 つまり、ジナイーダの意識を奪うしか無力化する方法は無い。



 そうなると天属性は致命的に相性が良くない。

 あるいは極論殺害すれば決着はつくが、模擬戦でそんな事はできない。

 そして殺害がOK、と言うより手加減一切無しならジナイーダも普段セーブしている感情を完全に解放する訳で、意識を奪ったり対象の拘束などが出来ない天属性魔法特化のヴェータは、最初の攻撃で仕留めない限り、万が一でもジナイーダを仕留め損なった瞬間、感情のセーブがゼロになり破壊の権化に変貌したジナイーダと戦う羽目になる。


 ジナイーダは金属性魔法が使えるので万が一負傷しようが応急処置は可能で、あとは激化された感情により強化された異能により身体強度が上がるので致命傷からでも意識があれば立て直してくるのである。


 そこまで全て想定し評価されて、ジナイーダは万年首席でありヴェータは万年副首席だったのである。



《ーーーーーんな訳で、ヴェータはジーニャとは色々と相性が悪いと思うぜ。身体の能力値を下げる“呪いの魔法”系統、眠らせたり痺れさせたりと各種絡めてができる薬毒生成ができる獄属性とか、氷結による拘束や土の操作で相手の機動力を削ぐ地属性無しで、ジナイーダと戦うのは割と自殺行為なんだよ。

それに武霊術使いを上回るスペックを発揮できるとか徒手空拳がアルムよりも強かったりして忘れがちだが、ジーニャは魔法自体も相当の腕前だ》


「(単純な戦士相手なら結局は接近戦になるから対策もできるけど、ジナイーダは近距離だけに拘る必要もないって訳だね)」


アルムはそこまで聞いて色々と合点がいくのだった。


「(逆を返せば、ジナイーダみたいな極端なパターンにぶつからない限り相当強力だよね?)」


《本当にただの相性の問題だと思うぞ》


 アルムはいよいよ教官を追い詰め出したヴェータを見つつ、自分だったらどうヴェータに勝つか静かに考え始めるのだった。







「私は異能【勇剛】を持っています。効果はシンプルで、筋力の増大、皮膚の硬化、身体耐久性の上昇、そして感情の丈に応じて更に異能が強化されます」


 ヴェータの模擬戦は結局時間的な問題で打ち切りとなり、勝負がつく前にジナイーダに順番が回ってきた。


 ジナイーダは自分の能力をどう披露するか、優等生且つ性格が真面目なので教官側の視点で物を考える。

 時間が押しているので今から模擬戦もなかなか時間がかかる。一々パワーや硬さを披露していても手間が増える。


 その時に、ジナイーダの中に自分自身でもらしくないアイデアが思い浮かび、チラッとアルムを見る。アルムは何のアイコンタクトかよく分からなかったが、ジナイーダに対して一応微笑んでおいた。


「キヒチョトエクウ塾長、その鎧を使用しても宜しいでしょうか?」


 そんなジナイーダが指し示すはフェシュアが胸回りを破壊してみせた全身鎧。壊れた直後に何人かの教官が破損した部分を嵌め直し霊力や魔力をガンガン与える事で修復させた、その鎧を再び使いたいとジナイーダは告げた。

 因みに、鎧は金属製の魔物の素材を使っており自動修復機能が付いている。ぶっ壊しても霊力やら魔力を流せば元通りになるので非常に高価な一品で、実はキヒチョ塾長の私物だったりする。


「うむ、構わない。好きに使ってくれ」


 なのでキヒチョ塾長も剛気な事を言えるのである。


 ジナイーダは許可が下りたことに礼を述べ、その鎧を徐に地面に横たえた。

 ジナイーダの性格や実力をよく知るアルム達でも一体何をするのだろうとジナイーダを見ていると、ジナイーダは何故かアルムの方へ歩いてきた。


「……………どうしたの?」


 アルムの前で立ち止まったジナイーダにいよいよ周囲も何をするのか分からず注目していると、ジナイーダはアルムをジッと見つめた。


「私の異能は、感情が激しいほどに異能が強化されるんです。ですので…………………」


 ジナイーダのその声は大きくなかったが周りにも聞こえるぐらいだった。しかし最後の方で急にジナイーダの声が小さくなる。恥じらうような、何故か少し顔が赤いジナイーダは、アルムに顔を近づける様に手招きする。

 なのでアルムは素直にそれに従い、ジナイーダの声がよく聞こえるようにジナイーダに顔を近づけた。


 その時だった。


 シュルッとジナイーダの手がアルムの首の後ろにまわり、ジナイーダの見かけによらない強さでグイッと引き寄せられる。

 そしてジナイーダはいきなりアルムに長いキスをした。

 アルムは咄嗟の事で思考が完全に停止し、周りも完全にポカーンとしていた。

 暫くしてアルムが我に返りかけたとき、パッとジナイーダは離れた。

 その顔はジナイーダにしては非常に珍しいほどに赤く、目が潤むほどに恥じらっているのがわかった。


 未だあまりに予想外すぎる周囲を放置して、足早に鎧の元に戻るジナイーダ。

 姿は中身を表すように、ジナイーダはとてもお嬢様らしい立ち振る舞いをする。物腰も丁寧で柔らかく「これぞ淑女」と塾長はじめ教官全員も太鼓判を押すほどにジナイーダは品行方正な優等生だった。もはや優等生という言葉が服を着て歩いていると思うほどである。

 決して、決して観衆の目がある中で、恋人にいきなり濃厚なキスをするとんでもない暴挙に出始める生徒では無い。


 そのジナイーダを暴挙に踏み入らせたのは、周囲の女子が予想どおりアルムをかなり意識している事が分かったからか、アルムに他意が無いのは分かっていてもジッとヴェータを見ている姿に無意識的な焦燥感を覚えたからか、それとも昨日アルムが暴露したことが引きずってか。今まで離れていたがアルムやフェシュア、レシャリアと共に公塾に通える事の高揚感から無自覚にテンションが高めだったからか。


 どれが理由かと考えれば、答えは全部である。


 それが積み重なった上で、アルムがずっと横にいてどうしても意識してしまっていた所に、“時間的な問題”が免罪符の如くジナイーダに与えられた。


 故の御乱心である。



 そんなジナイーダの今現在の内面は、その場で蹲りたくなる程の強烈な羞恥心やアルムとキスした事への歓喜や高揚感、キスを失敗してないかと思う不安、あとで確実にフェシュアとレシャリアに詰め寄られる事への今更の焦りや、軽率な事をして今更焦る自分への微かな怒りなど、兎に角色々な感情が飽和していて表情をまともに作る事もできない。


 出来る事なら今すぐ穴に入って小1時間ほど閉じ籠もっていたい程に羞恥心に苛まれているジナイーダは、鎧に跨るようにして立つ。

 続いて異能を発動させると、普段は腕まわりなどが赤く染まるのだが、今や腕が丸ごとルビーにでも変わったかの様なキラキラした見た目に変貌していた。


 それは今まで生まれてからずっと異能に向き合ってきたジナイーダでも見たことの無い状態。しかし、ジナイーダは本能的にわかっていた。これこそが現状最大級の異能の強化状態なのだと。


 その手を構えるとジナイーダは更に金属性魔法で身体を更に強化。元の身体能力値が高ければ高いほどその効力が上昇する金属性魔法は、完全に人外の領域に足を踏み入れているジナイーダに作用する事でその能力値の上昇幅も異常な領域に達する。

 ジナイーダはその恐ろしく強化された肉体で、自分の感情も全て丸ごとぶつけるように全体重を乗せるつもりで鎧に拳を叩きつけた。


 素手で鉄など遥かに超える耐久性のあるアダマンタイト合金の全身鎧を全力で殴るなど、武霊術使いでも御免被る苦行である。骨折は必須で鎧に傷1つつかなければ余計にやってられないだろう。

 しかしジナイーダの拳が叩きつけられた瞬間、壊れたのはジナイーダの拳ではなかった。


 殴られた部分がドゴン!と沈み込み、けたたましい悲鳴を上げる。それでも拳は止まらない。ジナイーダの勢いの乗った拳はその悲鳴ごと殴殺する様に突き進む。その拳が止まった瞬間、ズンッと重い衝撃が周りの者たちにも伝播した。


 ふーーーーーーーーーっとジナイーダは長く息を吐き出すと、手を引き抜いてその鎧を起こす。


 背中の部分を殴られた鎧は亀裂は入りまくりベコっと完全に凹んでいる。その凹みの1番深い部分の奥は拳状に凹凸ができていた。

 同じアダマンタイト合金のハンマーで殴ろうとそう簡単に凹まない全身鎧は、ジナイーダの異能の前に完敗した。


 そしてそんな恐ろしい事をやっておきながら、異能を解除したジナイーダの手は完全に無傷だった。


「以上になります」



 これ以上になく簡潔にそして完璧に自らの異能の効果を披露したジナイーダは、未だ真っ赤な顔のまま一礼するのだった。




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