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「うううう、さみぃよ!マジこんな時間にやんのか!?」


「確かにちょっと風が強いね」


「いやそんな寒さじゃねえよ!」


 時刻は17:30。

 授業開始初日から『二十八の星』の生徒の追加講座は実施される。


 ルザヴェイ公塾の指定運動着、紺の厚手の作務衣の様な物を着込み集合場所である校庭に行くと、アルムの隣で寒そうにレグルスが震える。


 時刻が遅いのもあるが、今日は妙に風が吹いているせいで体感気温はかなり低い。

 アルムやフェシュア、レシャリア、ジナイーダは温度調整できるインナーを着ているので寒さに震える事は無いが、他の生徒は大体多かれ少なかれ寒そうだった。


 そんな生徒の中では自前の炎で暖を取ろうとする者もいたが、風が強いのでなかなか成果が上がっていなかった。


「確かにこれは寒いねー。もっと厚着すれば良かったかも」


「重量は上がるが、着込んできて正解だったようだな」


 しかし武霊術使いは火すら用意できないので、レキアウスも寒そうにし、ヘルクートは冬用の更に厚手の運動着を着ているので比較的平気そうだった。


「うーん、じゃあ風を遮っちゃおうか」


 アルムは周りのそんな状況を見て、地属性魔法で泥の壁を半円状に構築し自前の炎で水を飛ばして一気に大きめの壁にする。強度は殆ど度外視で魔力節約に専念しているが、高さ2.5m、半径4m程度の半円の壁が出来上がり風が遮られる。


「おお!さすがアルム、めっちゃ助かる!キアス、ヘルク、壁あると結構ちがうな!」


「わあ、凄いね。一瞬で壁ができたよ。ありがとうアルム君」


「確かにこれはありがたいな。アルム殿、感謝する」


  風がしっかり遮られた事でかなり寒さが緩和されたレグルス、レキアウス、ヘルクートはアルムに礼を言う。他の生徒は「いいなあ」と見ているがそのうち地属性魔法に秀でている者はアルムがサラッと異常な事をしたことに慄いていた。


「体冷えちゃうから、みんなも入っていいよ」


 アルムは周囲にいる生徒にも声をかけると、皆も寒さには結構堪えていたのかさささっと壁の内側に入っていく。


「アルムさん、優しいですね」


「ん、壁あると全然違う」


「風が無いと寒さも和らぐね!」


 そんなアルムに周りの生徒も礼を言うが、そのアルムにフェシュア達が距離をつけて周囲の女子に牽制をかける。彼女達は何人かの女子生徒がアルムに近づこうとしたのを見逃さなかったのだ。

 しかし、そんな彼女らの牽制にも全く影響を受けない人物がアルムに平然と声をかける。


「壁作ってくれたのはありがたいんだけど、あーしまだめっちゃさむい。なんであんた達余裕そうなわけ?」


 その生徒は、スイキョウから見ると“作務衣を着たギャル”というビジュアル的になかなかミスマッチな感じのヴェータだった。ヴェータは本当に寒さに堪えているのか自分の手で自分の身体をキツく抱きしめ、プルプル震えていて「くしゅんっ」とくしゃみまでしていた。


「んー、元々寒さに強いんだよね」


 そんなヴェータにアルムは当たり障りなく回答するが、ヴェータは訝しげな顔をする。


「ジーニャは異能があるから温度変化は強いのは知ってるけど、そっちの綺麗な子達って森棲人と蟲人じゃん?あーしより寒さに弱いはずなんでだけど?」


 ヴェータのその言葉にアルムは微かに目を大きめに開き、鋭いな、と思う。


「んー、ちょっと失礼するね」


 あまり話を掘り下げられるとインナーがバレるかな?とアルムは考え、人差し指でヴィーナの指先にそっと触れる。

 急に触れられたヴィーナは驚いて身体を硬くし少し離れようとするが、身体がじんわり温まってきてその動きが止まる。


「あったかいでしょ?」


 アルムがやっているのは量熱子鉱より熱を取り出し自分を経由してヴェータにそれを供給する、今までもやってきた技だ。

 今ではアルムも取り出せる熱量が大きく向上したのだが、今度は逆に繊細なコントロールが難しくなった。以前は本当に微弱だったのでアルムが全力で熱を取り出して人体を温めるのに丁度良い温度だった。しかし、数秒で水を沸騰させることができるようになった今、逆に微量を取り出すのが少し難しいのだ。なので熱を沢山取り出せるようになっても、魔力の操作の精密性を上げる為にヴェータに直接触れているのだ。

 ヴェータもただ悪戯に手に触れられたことではない事を理解して礼を言おうとするが、ヴェータとアルムの間に3人娘がカットインする。


「ルーム君、女の子の肌に気軽に触れちゃいけないと思うんだけどっ」


「ウィル、やっぱりなの?」


「アルムさん、昨日申し上げましたよ?」


 アルムは3人に詰め寄られるが、のぞけりもせず受け止める。


「ほら、風邪を引いたら困るでしょ?背は腹に変えられないし」


 アルムはそこまで言って3人に顔を近づけて囁く。


「ヴェータさん結構鋭いし、インナーの存在に気づきそうだったから、こっちに気を逸らそうと思ってね」


 アルムの狙い通り、確かにヴェータの関心は一気にアルムの謎の魔法に傾いていた。フェシュア達はアルムが考えなしに動いていた事に気付き、少し納得する。

 彼女達も忠告された昨日の今日で、しかも紳士的に振る舞おうとするので無闇に女性に触れないアルムがヴェータに触れたのには一応違和感を感じていたのだ。


「その、邪な気があるわけじゃないからね?」


 アルムが一応念を押すと、フェシュア達はそれを分かってる、と軽く微笑んだ。

 フェシュア達もアルムの行動に下心が無いのは理解しているが、ここでアルムに詰め寄らないと周囲の女子がチャンスがあると勘違いするかもしれない。

 そんな強かな考えの上でフェシュア達は動いている。



 ルザヴェイ公塾の首席ともなれば将来は超高給取りなのは約束されたも同然であり、そんな人物と縁を繋いでおくのは賢い選択である。

 また、レイラが以前述べたように接点がなければ作ればよい、の精神はそれなりにガッツのある女性では当たり前の信念である。

 そしてこの場にいる『二十八の星』の生徒はそれ相応の鍛錬をし実力を積み上げてきた者達である。当然女子だろうと愛でられるだけの花ではなく、肝もそこそこ太くガッツもあるのだ。


 アルムがお買い得物件なのは、ただ容姿が良いというだけでは無い。黒尾組所属というのも理由として大きい。つまりは妙な利権関係で揉めたりする可能性も低いし、自分たちの親も交際を認め易い。なので接点を持ち近づいて既成事実を積み重ねて外堀を埋めるのもそう難しく無いと思えてくる。また、アルム自身も温和な雰囲気なので近付きやすいのもよりそれを後押ししている。


 そんな風潮を早い段階で打ち消す為に、フェシュア達は多少痛い女性と見られても積極的に動く必要があるのだ。


 そんな調子なので周りから見ればちょっとした痴話喧嘩かイチャついてるようにしか見えない訳で、幾人かの男子生徒はげんなりする。


 特にフェシュア、レシャリア、ジナイーダは既に男子生徒の間でも話題になるほど顔立ちが整っている。

 そこに「ねえ、前も言ったけどあーし内緒話嫌いなんだけど」とその3人に負けず劣らずの話題になるヴェータまでアルムに話しかけていれば余計に見ていて面白いものではない。


 一方で、男子の中でもアルムに向ける視線が違う者もいる。


 レグルスは元々アルム達の関係は知っているし、ヴェータは特に性格がレグルスの好みの真反対を行くような人物なので、レグルスはなんとも思わない。

 レキアウスはかなりモテるので何方か言えばアルムには同類を見つけたような喜ばしい視線を送っており、ヘルクートは昔から婚約者がおり仲もかなり良好なので羨ましさは感じない。特に低等部時代からヴェータが少し苦手なヘルクートは、アルムがヴェータに対して全く物怖じせず平然としているのを見て感心してしまう始末である。


 そんな時、アルムが何かに気付いた様にフェシュア達より更に後ろに視線を向け、そしてすぐに姿勢を正す。


「先生方が来たよ。全員整列して」


 アルムが今までより鋭い声で周りに声がけすると、皆もアルムの視線の先に自然と向ける。

 そこには誰の姿も見えない。

 しかし地属性魔法を使うフェシュアとレシャリアもそれで気付き、ジナイーダもそれを見て状況を察する。


「繰り返すよ、全員一度壁から離れて、席次順に横一列で整列してくれる?」


 アルムの指示を受けて基準を示す様にジナイーダが横に立つ。

 すると状況がまだ良くわかってないが、状況に合わせてヴェータがジナイーダの横に立つ。


 其処からは皆もそれに倣う様に並んでいく。


 アルムは全員が壁から離れた段階で細かい水弾を大量に生成して壁に撃ち込む。強度自体はあまり高くないその壁は即座にボロボロになり、最後にアルムが“分解の魔法”で跡形も無く消し去った。

 それを見計らったかの様に、キヒチョ塾長を先頭に10人程度の教員がそれぞれ何かを手に携えてやってきた。



「ほーーー、整列してずっと待っていたのか?随分と……………」


 アルムやフェシュア達以外はまるで示し合わせたように来た教員たちに驚き、そしてキヒチョ塾長の言葉に何人かが目を逸らす。

 それを見てキヒチョ塾長がニッと笑う。


「はてさて誰の指示かな?周囲の気配を探るのに余程長けたものがいるようだな」 


 そんなことを嘯きつつもキヒチョ塾長はハッキリとアルムを見つめており、アルムは微笑で受け流す。


「キヒチョ塾長に報告致します。『二十八の星』該当生徒、全員整列しました」


 キヒチョ塾長達は今回敢えて気配を消して校庭に近づいていた。

 今回、というより追加講座の初回は必ず気配を殺して近づくのだ。

 魔術師の教員が地属性魔法に対してのジャミングを放ち、出来るだけ音も出さないようにしている。そして毎年急に現れた教員達を見て『二十八の星』の生徒は大慌てで整列するのだ。

 なので塾長による一番最初の話は、「常に周囲へ気を配る事を忘れるな」と言う闘う者として重要な心得について説明する事なのだ。一種の恒例行事と言える。


「うむ、承知した。今年は非常に珍しい事に整列しているようだが、余程周囲に常に気を張り巡らせている者がいる様だな。その心がけある者がいれば多くは言う必要はあるまい」


 キヒチョ塾長は自らが携えていた物の布を取り去ると、3m以上の木製の薙刀が現れ塾長は石突きをズンッと地面に刺す。


「儂はルザヴェイ公塾塾長であると共に、ルザヴェイ公塾・帝都公塾抗争総監督でもある!これより君らには公塾抗争に向けた修練を積んで貰う!いいかっ!!」


『はい!!』


 ビリビリと空気が震える様な大声は並みの者ならそれだけで怯んでしまうほどに圧が篭っていた。

 それに対し返事を即座に返せたのは、第一席次のアルムから第八席次のレグルスまでの8人。


 其れにより金縛が解けたように他の者も疎に返事するグダグダ具合だったが、むしろ今年は返事を返してきた者が多い事に塾長並び教員達も愉しげに笑みを浮かべる。


“今年は骨のある奴が多いな”と。


 キヒチョ塾長の声には微力に霊力が練り込まれており、実際に物理的圧も発生している。元々巨体で大声のキヒチョ塾長が頭上から降らせるその声は暴力に近い物がある。

 その“圧のある空気”に慣れていなければ身動きすらできないのだ。


「それでは早速追加講座を開始する!先ずは全員の能力を知るところからだ!武霊術、魔法、異能、なんでもいい。皆の前で自らの能力を示すのだ!必要と思われる物はこちらで用意した!それでは22席次の者より前へ!」



 初回の追加講座は、公塾抗争についての正式な説明からではなく、いきなり個々の能力についての共有からスタートした。






「(うーん、私塾抗争の時のアルヴィナでも倒せそうかな?)」


《正直、こっちが微妙っつうかアルムとヴィーナが完全に異常だったんだけどな》


 屋上に備え付けられた超大型の照明器具に照らされつつ、アルム達は寒空の元で校庭で各々の能力について披露しあった。


 塾長の言葉通り二十八席次からどんどん席次をあげる形で順番は回るのだが、アルムとスイキョウから見て第十八席次までの生徒なら私塾抗争で渡り合った時のアルヴィナならいい勝負が出来てしまいそうな気がした。


 無論そこには指輪だのローブだのの能力値のかさ増しがあった事は考慮すべきだが、逆を返すと根本的な技術力ではその時のアルヴィナと対して変わり無いのだ。


 ただしそれは十八席次までの子が弱いという訳ではない。鍛錬バカと称されるアルムの実力に必死で追い縋り、襲撃に対して反射で戦闘態勢を取れるようになる程に厳しいゼルエフの修練を乗り越えていたのが当時のアルヴィナである。

 そしてアルムへの牽制などに近いとはいえ、アルヴィナも辺境伯のメダルを渡される程、実力についても買われていたのだ。

 当然だが、アルヴィナがただただアルムへの影響力の強さだけからメダルを渡してしまえば「他の者達もじゃあ俺でもいいじゃないか」とヴェル辺境伯の元に押し寄せてしまう。基準がおかしくなってしまう。

 あの公的な場で辺境伯が公式に宣言して渡しても問題無いと認められるほどに、当時のアルヴィナは既に強かったのだ。


 ただしかさ増し有りとはいえ当時のアルヴィナは本格的に身体が成熟し始める前の12才間際。対して今この場で実力を披露しているのは今年15才になる、身体も成長し精神体も成熟し総魔力量の増加を緩やかになりつつある年頃の者達。

 それを踏まえた上でも、幼少期のアルヴィナがいい勝負できるどころか倒せる確立の方が高いと思う程度の実力なのは、鍛錬バカのアルムからすると首を少し傾げたくなる。


「(それよりも、先生達が用意した物の方が気になっちゃうよね)」


《あのカカシとかな》


 教員達は生徒達の実力が周りにもハッキリと分かるように色々な物を持ち込んでいたし、求められば教員達が模擬戦を行った。


 その中で数点、アルムの興味を強く引く物もあった。


 その1つがカカシ、ではなく甲冑なのだが、アダマンタイトを含む魔化金属を始めとしアルムでも看破できない謎の物質で構成された合金でできていた。

 それはどんな攻撃を食らっても傷ついている様子はなく、攻撃し続けてもむしろ鎧の耐久値チェックでもしているかのようだった。

 更には鎧には自動修復の機能もついているようにアルムは感じたのだが、そもそもコレが破損する瞬間はなかなか見れなさそうだな、とアルムは思った。


 そんな調子でメンバーより用意された道具だの模擬戦する教員だの、教員が召喚する使い魔などの方にアルムの気が向いていると、着々と順番に能力の披露が終了し第八次席のレグルスの番になった。


 因みに此処まで異能持ちは無しである。また、私塾抗争当時のアルヴィナでは勝つのは無理そうかな?と思えたのは第十席次以降の生徒からだった。



 自分の番が回って来たレグルスは特に気負う事なく必要な物をオーダーすると能力を披露し始める。


「俺は【轟破】って異能を持ってるぜ!これは攻撃対象に強い振動を送り込むって能力だが、多分口で言うよりやって見せたほうがわかりやすいな!」


 レグルスは教員達が用意した太い石柱の前に立つと、自らの身体に身体強化系の祝福の魔法をかける。 


「そーれっ!」


 一つ気合を入れると、レグルスは石柱をただ殴った。武霊術使いでもなければ拳で砕くのはおよそ不可能に思えるその石柱に、レグルスの拳が衝突する。すると石柱がガガガガガガと音を立てて振動し、ビキッと大きくヒビが入る。


「んで、終わりだ!」


 その石柱に続けてレグルスは足裏を押し付けるが如く柱を蹴ると、再び柱は振動して今度は内側から弾けるようにバラバラに砕けた。


「そんでコイツは空間そのものを揺らせるぜ!」


 レグルスはそのバラバラになった石柱の大きめのカケラを両手で上に軽く放り投げた。

 そこですかさず何もない空間へ拳を繰り出すレグルス。その拳がなにも触れてないのに止まるや否やパンっと何かが弾けるような音がして、その拳の直線状に落下してきていた石柱のカケラは更に砕かれつつ周囲に勢い良く吹き飛んだ。


「こんな事も出来るぜ!」


 レグルスは続けて脚を高く上げると「おりゃっ!」と気合を入れて踵を地面に叩きつける。するとその部分からヒビが広がり、“地面が揺れた”。


 それは地震が発生しまくる場所にいたスイキョウからすれば、そこそこ揺れるな、程度の揺れだったのだが、地震という物を経験した事が無いシアロ帝国国民にとってはほぼ未知の現象であり、驚愕すべき事象だった。


 それからレグルスは教員に模擬戦を申し込み、天属性が使える事と剣術の腕前もかなり磨いていることをアピールして、第九席次までとは隔絶した実力がある事を知らしめた。





「あたしは、全属性の魔法が使えるのと、複合系魔法が得意です」


 レグルスの後、順番は第七席次のレシャリアに回ってきた。そんな彼女は自分についてそう簡潔に説明した。


「えっと、簡単な物で破壊の対象物を作ってもらえますか?」


 そんなレシャリアがそうオーダーすると、塾長のアイコンタクトを受けた1人の教員が頷き、レシャリアの前方に細長い土の壁が大量に生成される。


「それでは、披露します」


 レシャリアはアルム同様に全属性が使える。なのである程度魔法技能が成熟してくると、アルムと共同で複合系魔法の開発に取り組む事があった。


 まずアルム(とスイキョウ)がアイデアを練り、レシャリアにそれを教え込む。次に魔力の性質上複合魔法が得意なレシャリアがある程度それを形にしてみる。

 その粗削りな魔法を模倣が得意なアルムがトレースして、更に具体的な状態にまで魔法を落とし込む。粗削りな魔法を自分のイメージする感じに調整していく。

 其れをまたレシャリアが真似て1つの魔法として収束させる。

 最後にアルムがそれをトレースする事で完全に新しい魔法として確立させるのだ。


 これを別の作業に例えると、2種類の粘土を混ぜて1つにする作業に近い。

 かなり固い白色の粘土と、同様にかなり固い黒い粘土をくっつけて強引に練ってみるとする。粘土同士はくっつきはするし1つに纏まりはするが、粘土の模様がパンダ状になり明らかに別々の粘度を混ぜて作った事がわかる。

 要するに、本来別種の魔法を組み合わせるのは結構難しいのだ。無論、相当の時間をかけて丁寧に練り続ければもっと1つに纏まるだろうが、時間も労力(魔力)もかかり過ぎては実際は使える段階にならない。


 だが、レシャリアは言わば本来固いはずの粘土をかなり柔らかくできる技術(“黄金の魔力”体質)を持っている。

 アルムからこれとこれを練って欲しいと頼まれたら、レシャリアが適当に練っても遥かに練りやすいし2つを1つに近付けられる。白と黒のマダラではなく灰色の1つの塊にできるのだ。


 そうしてできた粘土をアルムが受け取り、細やかな部分で練りが足りない部分を練っていく。

 アルムは見本を見ればそれをトレースできる。故にレシャリアが混ぜた不完全な魔法でもトレースができる。そして無駄な部分を削ぎ落とし、練って練って1つに纏める。大きく混ぜる分にはレシャリアには負けるが、細かく丁寧に混ぜる分なら精密性に長けたアルムの方が得意なのだ。


 それをまたレシャリアに教えて、今度は一括で発動可能か確認する。アルムは微調整中にそのスペックや発動のコツなどが把握できる。よって最初より遥かに具体的にレシャリアに発動のイメージを伝えられるのでレシャリアは最初の発動時より具体的なイメージが可能になる。

 アルムが頭で理論的に考えがちな一方で、レシャリアは感覚的な傾向が強い。それがこの場合はプラスに作用し、レシャリアは感覚だけで最初から“灰色の粘土”、つまり1つの魔法に収束させた物を作り出せる。

 それをアルムが最後にトレースできれば、本来2つだったはずの魔法を完全に1つにすることができるという寸法である。



 魔法を混ぜ合わせることに長けた黄金の魔力体質のレシャリア、そして不安定だろうと異常な記憶力によりそれを一時保存しトレースでき、かつ体系化可能な調整能力を持つアルムがいて初めて可能な魔法の開発方法であり、普通は1つ体系化するのにも十数人が1年以上かけて取り組むほど難しいのである。

 それを彼等はアイデアが生まれてから大体2日程度で完成させてしまう。



 因みに、スイキョウとのシンクロ下における複合魔法は全然異なるプロセスを辿っている。

 思考・知覚まで互いに共有しピースとピースをピタリと組み合わせるように最初から魔法を創り出し強引に連結させるのだ。

 よって無駄も多いし、アルムの肉体そのものにかかる負荷はかなり大きい。イヨドがもし肉体の層を厚くするようにしておかなかったら、肉体の方が先に悲鳴を上げるほどなかなかに奇妙な現象をアルム達は行なっているのである。


 閑話休題。


 アルムとレシャリアが共同開発した魔法はかなり多岐に渡る。

 その中で天属性に秀でるレシャリアは結構派手な感じのオリジナル魔法を結構習得しやすかった。

 例えば『氷光花の魔法』は、比較的魔法の中でも発動起点を遠くに設定しやすい水系統の魔法を使い遠くに水の玉を作る。それをキャリアーに中に氷の粒を沢山作る。この水と氷には獄属性で別々の薬剤が入っており、そこに光量其の物に特化させた光の矢を撃ち込む。すると、光が中の薬剤と激しく影響し合い、パッと光の小さな花火の様に散るのだ。


 威力は薬剤が反応して爆発した時の威力に頼り、水の中に含まれた光は爆発時にラインは切れるが最初の光量が高いので消滅までの若干のタイムラグがある。

 言ってしまえば、散弾を全方位をまき散らすちょっとした閃光弾であり目の前で炸裂させれば確実に一瞬視界は奪えるし、金属をぶち抜くような威力は無いが土の壁を穴だらけにするぐらいは容易いほどの威力はある。


 この魔法は水・獄・天の3つを前提としており、アルムもスイキョウの考案で別個でこれら一連の魔法を使っていたが、それをレシャリアが1つに纏めてくれたのである。


 『光円斬の魔法』は習得イメージが困難だったが、レシャリアに“モーターの回転”を見せる事で回転そのものに対するイメージを固めさせる事で体系化に成功している。

 光を用い、『分解の魔法』が付加されているので魔法にも物理にも強く攻守ともに優れコントロール性も良い。

 今やレシャリアのお箱の一つでもある。


 また、開発された魔法にはフェシュア、ジナイーダも習得した物もある。

 その1つが『腐炎の魔法』である。魔法のキャリアーになり易い水ではなく火をキャリアーに採用し、ここでも『分解の魔法』を付加する。

 するとこの炎に煽られた物質は燃焼性がない物でもどんどん劣化していく。ただの炎に物理破壊特化の『分解の魔法』が噛む合わさっただけで凶悪な魔法に化けるのだ。


 これは『分解の魔法』を既にアルム以上に練度が高いフェシュアのお箱である。

 見た目はただの炎と変わらないので不燃性の物でガードできると勘違いした瞬間が運のツキというなかなか初見殺しな魔法であり、金冥の森の魔蟲はこれで数えきれない数葬り去られている。


 一方でジナイーダが十八番とするのは『煉岩の魔法』である。

 ジナイーダが元々使用できた『溶岩の魔法』は。実際に溶岩を操っていたわけではない。そもそもとして地属性が使えない時点でジナイーダが溶“岩”を魔法として生成できはしない。

 その本質はアルムもスイキョウもなかなか理解に苦労したのだが、簡単に言えばジナイーダの操る炎は“質量を持った炎”だった。


 ジナイーダの信奉する神スイニクスグンスナズは、火山の神とされている。そんな神に寵愛を受けるジナイーダは異能【勇剛】の副作用として火の扱いに長けていた。彼女は意識して火に重量を持たせたわけではなく、最初から重量も持った火を作れたのである。


 アルムはそれを地属性魔法などを動員して擬似的にトレース。『消滅の魔法』を付加させて物理にも魔法にも更に強い『煉岩の魔法』として昇華させた。


 ジナイーダは異能により身体強度が非常に高いのでその『煉岩の魔法』を手に纏う荒技が可能で、深窓の令嬢、また非常にお淑やかなお姫様の見た目をしているのに、その破壊に特化した手を使い怪力で魔獣を殴り殺す中々恐ろしい戦闘スタイルを確立している。

 質量がある都合上、本来の炎のある拡散性や飛距離の高さは失われているが、障壁としても使用可能で“煉岩の魔法”を纏う手で生物を殴ったら、その殴られた部分は火傷ではすまない。中まで抉られ軽く融解させられる上に炎で癒着するので回復を困難というなかなか素敵な効果に苦しめられる事になる。

 この世界の常識にあまり囚われず、そして生来の気質が相まってアイデアマンとして非常に優秀なスイキョウはこの手の魔法をポンポン思いつき、その思考を共有しある程度体系化できないかアプローチをかけられるアルムだからこそこんな魔法群をどんどん作っていけるのだ。


 そして得手不得手はあるものの、逆にそれは得意な部分は特化すると言う事であり、レシャリアは一部複合魔法の練度では完全にアルムを上回りこれに並ぶ強力な複合魔法が使えるのである。


 クリスタルの怪物を仕留めるのに貢献した『氷牢の魔法』。

 火と光をキャリアーに扱いが極めて難しい雷系統の魔法を組み合わせ、凄まじく速度と破壊力に特化した『雷煌の魔法』。

 祝福系の魔法で数秒間だけ非常に鋭利にして毒薬を付加した針山を生み出す『針獄の魔法』。

 雷に『分解の魔法』を付加させ乱雑に解き放つ『蝕雷の魔法』。

 新しく生み出された魔法をレシャリアは次々と披露して土壁を易く破壊する。


 その練度の高さに、あまりに実戦を想定された、そして自分達も理解が追いつかない魔法を行使するレシャリアに、魔術師の教員の目がギラついた。



 そんなレシャリアからバトンを受けたフェシュアは、レシャリア同様に類稀なる薬毒生成の腕前で披露し皆を驚愕させた。

 そしてフェシュアはそんな周りの空気に左右される事なく平然と塾長に問いかけた。


「塾長に伺いたいのですが、その鎧を“壊してしまった場合”、何か問題は有りますか?」


 フェシュアが指し示すのは幾度と無く生徒たちの攻撃を受けてなお擦り傷1つなかった鎧。

 フェシュアの質問にキヒチョ塾長は微かに目を見開き、そしてニヤッと、ではなくニタッと笑った。この鎧に挑み敗れ去る生徒は毎年確実に現れるのだ。


「構わんとも!できるものならやってみせよ!」


 フェシュアはありがとうございます、と小さく呟いて頭を下げると、鎧の方まで歩いていき、両手を鎧の胸に当てて目を閉じる。フェシュアの周りで大きな魔力が動き、フェシュアははーっと息を吐き出して精神を深く研ぎ澄ませると目を開ける。

 しかし、鎧にはなにも起きていない。周囲は一体フェシュアがなにをしたかったのかよく分からず首を傾げる。


「どうかしたか?」


 キヒチョ塾頭が周囲の思いを代弁するように問いかけるが、フェシュアは特に表情を変えなかった。


「もう終わりました」


 フェシュアはそう言って金属性魔法で身体能力を強化して拳で胸の部分をど突く。すると、その拳1つ分の部分がバキッと破損し抜け落ちた。


 周りがポカーンとする中、アルム、レシャリア、ジナイーダはなにをフェシュアがしたのか理解していた。


 フェシュアが行ったのは、腐食と破壊の超高度な繰り返しである。


 アルムの知っている毒の中で最強の『腐蝕龍の劇毒』を模した毒は薬毒生成のエキスパートのフェシュアはあっさりマスターしていた。

 そこにフェシュアの十八番である『分解の魔法』を付加させて全魔法中恐らく最も破壊に特化した液体を極微量に、切り取り線でも描くように撃ち込むことで魔力を大幅に節約。そこに『殺力の魔法』を組み合わせ金属そのものが持つ付属効果を一時弱体化。そこを殴る事で鎧を破壊したのだ。


 ただし、腐蝕龍の劇毒を分解の魔法まで付加させて点で放つのはもう治癒の魔法と遜色ない異常な難度になるなので、フェシュアはわざわざ鎧に触れて魔法を使ったのだ。


「以上です」


 塾長を含めて教員達まで呆然とし脱帽する中で、フェシュアは平然と終わりを告げ、そんな彼女に「フェシュアらしいな」とアルムは小さく笑った




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