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 アルム達は初日の後半は談笑して過ごして、寮の見回りも特にこれといって問題無く行い1日を終えることができた。

 その翌日からは直ぐに授業が始まる。アルム、フェシュア、レシャリア、ジナイーダの4人は前日に決めたように、食堂での混雑を避けるためにアルムの部屋に集合し、朝5時に1番乗りして4人でのんびりと朝食をとった。


 ルザヴェイ公塾の通常時の日程は、朝の8時より各クラスで行われる10分程度の朝礼からスタートする。

 朝礼が終了すると、8時15分より授業がスタートする。1コマ1時間で、コマ同士には10分の休憩時間がある。12時45分に4時限目の授業が終了すると、1時間の昼休憩がある。その昼休憩が終わると13時45分より5時限目がスタートして、最後の7時限目の終了は17時5分。一般の生徒の授業はそこで終了し、あとは授業で出された課題などに取り組む。

 なお週に2日ある休日の何方は、文化系のクラブに所属しそこで芸術関係の知識を多少は身につけると同時に組を超えた交流をするように推奨されるが、強制では無い。


 時間的に終わりがかなり遅いが、ルザヴェイ公塾は1日の7コマのうち4コマが座学、1コマが『運動』か『マナー』、そして残り2コマは選択式の実技講座となっている。この実技講座の時間は自分の取った授業がなければそのまま無しであり、生徒は日によって受ける授業数が変動するのである。なので毎日フルで朝から晩まで授業とはならない。


 これが『二十八の星』の生徒だと更にハードになり、課題が大幅に免除される代わりに17時30分より追加で1時間30分も公塾抗争に向けた鍛錬をつまされる。

 つまり1日の終わりは19時であり、そこから確実の部屋で身体を洗ったりして食堂に向かう。

 一般寮の生徒は20時までしか校舎内に立ち入りできないので19時30分までにはほぼ全員が食事を終えている。

なので体を洗って食堂に向かった時にはちょうど食堂は空いている訳である。


 一般寮の生徒と専用寮の『二十八の星』の生徒の校舎立ち入り時間可能時間が異なるのもこれが理由の一つである。


 また、一般の生徒がクラブ活動をしている休日も『二十八の星』の生徒は4時間以上の追加鍛錬をさせられる。

 これまた課題は免除ではあるのだが、課題は別にしても復習しなければ2ヶ月に1度の定期試験の座学の成績は惨憺たる結果になる事受け合いである。

 むしろ課題は強制的にさせられる分自分の意思に関わらず勉学に取り組むことになるが、それがない分『二十八の星』の生徒は高い自己管理能力も必要になってくる。


 疲労する肉体を強い心で律しなければ全てが共倒れするほど辛いのが『二十八の星』の重責であり、反面個室などのメリットでバランスが調整されているのである。

 待遇格差はただただ強者を讃えるが故では無い、という事なのだ。



 そんな待遇格差があっても辛いものは辛いので毎年7人以上は脱落して『二十八の星』のメンバーは入れ替わる。

 逆に席次的に第十六席次以降は実力的な差異が大きい訳でもなく人数合わせ的な選出で、一年次に選ばれると確実に地獄を見る事になる。よしんば2年次まで脱落しなくても大体3年次になる迄に消耗して下に抜かされたりする。

 そんな訳で一年次の時は第三十席次前後くらいの子が三年次の『二十八の星』に選ばれたりするケースもある。

 毎年そんな脱落者を出すならもっと緩くしてみればいい、そんな意見もあることにはある。

 しかし言ってしまえば『二十八の星』の選定基準である『最大定員の1割』は便宜上定めたもので、実際に公塾抗争で出場するのは15人ほど。十六席次以降はただのサブメンバー、レギュラー未満扱いである。


 また、第十席次以上ともなれば3年次までメンバーが入れ替わる事の方が稀である。メインがしっかりしているのでサブメンバーに公塾側も力は入れないのである。

 非常にドライだが公塾も営利団体でスポンサーの面子もかかっている。ゼリエフ私塾が参加する様な私塾抗争は彼等からお遊戯。八大公塾と呼ばれる公塾が雁首揃えて帝都に結集し行われる『公塾抗争』は間違いなく帝国最高峰。

宮廷伯爵クラスでも観覧しに来るのが当たり前なほどで、スポンサーの面子の重要性が別次元である。


 彼等からすればお遊戯の私塾抗争ですら、メンツを潰せば潰した側は人生が狂うほどに責め立てられる。ルザヴェイ公塾にかかってるプレッシャーは尋常では無いのである。


 閑話休題。



 そんなルザヴェイ公塾の第十席次以内のアルム達は、初日からのハードな授業も大して問題なく受けていた。


 また、アルムの予想通りだったのだが、フェシュア達が居ない時間にはイヨドが部屋に来訪して部屋の中に結界を構築し、鍛錬と言う名の拷問を強行した。

 しかも時間的に空きがないので拷問鍛錬第1弾と第2弾の同時進行というなかなか素敵な拷問だった。


 魔力の過暴走を意図的にコントロールしつつイヨドの攻撃を避けて、そこに加えて常人だと1発で発狂レベルの精神体への直接攻撃。それを踏まえた上で笛は吹く。

 拷問鍛錬第3弾は肉体的にも精神的にも成熟し始めたアルムには容赦がなくなりつつあった。


 しかしアルムはイヨドがなにも言わずともアルムとフェシュア、レシャリア、ジナイーダと過ごす時間に配慮してくれていることには気付いていた。

 アルムの選択した『総合格闘技』の3日に1コマなので、今まで2日に一度午前全て鍛錬に費やしていたのに対して、3日間で計5時間しかイヨドとの鍛錬の時間は確保できない。

 辛いなら彼女達には適当に都合をつけて一緒に過ごす時間を減らせば鍛錬の密度も下がることはわかっていた。

 しかしアルムはその選択をする気はなかった。

 その我儘を通すのだから、どんな鍛錬でも受けて立つ気だった。


 結果的に今のアルムでも初っ端からボロ雑巾未満の様になったが、と言うより第四旧文明の遺跡でデストラップにかけられた時より遥かに強く“死”が頭の中に過ぎったが、イヨドに回復させられてアルムは水につけたワカメの如く復活した。



『肉体的にも精神的にも既にある程度成熟しつつあるが故に、回復は楽になったのだ。本来なら成長途上で下手に回復すると壊れるのだ。ただしそれは器の話であり、精神強度の上昇はアルムの努力が実を結んだのだろうよ』 


「そう、ですかね?確かに昔よりは立ち直りも早いですし肉体的な辛さもかなり減った気がします」


 初日は6、7時限目が2コマ続けて実技講座で『総合格闘技』の授業もなかった。

 なので2時間ぶっ通しで鍛錬をしたが、アルムは回復させられると割と平気そうな顔でストレッチしていた。


 そんなアルムを見てイヨドは内心『本当に成長したな』と少し感心していた。


 昔のアルムと言えば、特に拷問鍛錬第一弾の時は終わっても数時間行動不能になってる事もザラだった。自主的にストレッチなどできる状態でもなく、ましてやイヨドと会話できる状態でもなかったのだ。


「でも腕や脚が弾け飛んだのは本当に久しぶりの嫌な感覚でしたよ。昔の様に魔法の暴発で本当に死にかける事は無くなりましたけどね」


『魔力を精密にコントロールしていても、そのコントロールをしている大元の精神体にも攻撃を加えているのだ。むしろ昔の様に頭や胴回りを爆発させかける事が無くなっただけ上出来と言っておいてやる』


 ロフトに既に移動させられた上質なベッドの上にちんまいモードで寝そべって物理的に上から見下ろしているイヨドにアルムは素直に『ありがとうございます』と言って頭を下げる。



「精神体を鍛えれば、いつかはそのような攻撃はブロックできるのでしょうか?そもそもイヨドさん以外に精神体に直接攻撃可能な存在っているのでしょうか?」


 そんな折にふと単純に疑問が浮かび問いかけるアルムに、イヨドは少々思案するような顔になる。


『ふむ、一応精神干渉系の異能は精神体に直接攻撃とは言うまいが攻撃はできるな。昔は【染意】と言う相手の精神体に力を作用させ相手を意のままに操る異能もあった。またお前の嫁の【幻存】の異能も言わば精神干渉系の異能だな』


「【染意】は、言わば相手を服従させることができると言う事ですか?とても恐ろしい異能ですね……………」


 アルムはもう何でもありじゃないの?と思うがイヨドは鼻でフンっと笑った。


『幾ら異能とて人の身に宿る以上限界が存在する。そう都合のいい能力だった訳でもない。強力であるほどそのしっぺ返しが大きい上に扱いも複雑化するのはアルムもよくわかっているだろう?其奴の末路は……………今のアルムが聞いても身の毛もよだつものだったはずだぞ。考えてもみよ。なぜそのような危険な異能が歴史に残されていないのか。答えは簡単だ。そ奴が存在した歴史すら消し去られているのだ』


 例えば異能が常時発動状態のフェシュアやレシャリアは知りたくない事まで強制的に理解させられるし、体質として力加減が難しかったり体温調節が苦手なジナイーダ、アルヴィナのケースも強力な異能に振り回されてると言えよう。


『その点【幻存】は社会的に取り扱いが難しいのみで生物的弱点が無い。周囲の感覚全てを欺くあの異能を持つ娘もアルムの他の嫁達同様に深い深い神の寵愛を受けているわけだ』


 アルムとしては大事な話だし真面目に聞きたいのだが、とある事で気が散りまくっていて我慢しきれず述べる。


「あ、あの………まだお嫁さんじゃなくて彼女なんですけど………………」


 少し恥ずかしげに言うアルムにイヨドは首を傾げる。


『皆、将来的に娶るのだ。ならばもう嫁でいいだろう?』


「あ、はい、そうです。その通りです」


 なにを分かりきったことを、と言う様なイヨドに反射的に同意するアルム。

 そんなアルムにお構いなしにイヨドは話を続ける。


『その娘の異能すら遥かに超えているのが【極門】だ。継承可能な異能は大概相当に強力だ。大き過ぎるデメリットがない故に着実に子孫を残せるのだからな。

血統の証として異能を引き継ぐ王家などが存続できるのも同様だ。異能は能力がある程度の格が有ればあとはデメリットがどれだけないか、も非常に重要になっている訳だ。そして1つだけ言っておいてやる。アルムは自分の異能の真価をまだ理解出来ていない。アルムの一族が持つ異能【極門】はそこらの異能とは訳が違う。アルムが父親の生存を信じるのも、父親の異能がそれほど迄に強大だと知っておるからであろう?』


 イヨドの問いかけに、アルムは深く頷く。

 アルムの父カッターの【極門】は見えない障壁を作ることができた。

 物理も魔法もなにもかもを一切通さない、そしてアルムの異能が起こした空間ごと捻じ曲げる天変地異ですらも全てをブロックする程に隔絶した防御能力があった。

その上、防御壁は敵にぶつける事も足場にする事も自由自在だった。


 アルムが魔力塊で空中を疾走したり3次元機動をする原型になったのは、見えない防御壁の上を走るそんなカッターの動きだった。


 絶対的な防御だけでなく攻撃にも転用でき移動にも使用可能な強力無比な異能がカッターの【極門】の能力なのだ。



 アルムが鍛えても鍛えても今のなお全くその背が見えないほどに、カッターは非常に強かった。思い出補正込みでもカッターは凄まじく強かった。だからこそアルムはどれだけ成長しても傲りが無いのだ。


『少し話を戻すぞ。アルムの問い。『精神体を鍛え続ければいつかは攻撃をブロックできるか』、その疑問の答えは肯定だ。特に強力な異能を持ってる連中はそれだけで一種の精神防御壁があるのに近い。例えば先ほどの異能【染意】は厳しい修練を積み精神体や霊体の質を上げてる異能持ちにはほぼ作用しなかった』


「異能は物理や魔法よりも上位ではないんですか?」


 アルムが不思議そうに問うと、イヨドは人の身ではやはり限界あるのだ、と答えた。


『例えばアルムの嫁の1人の怪力娘の【勇剛】だが、あの異能を能動的に使い本気で地面を殴ろうと大陸を砕く事はできない。【幻存】が触れた対象まで異能を作用させることができても大陸丸ごとには作用しない。或いは我を欺く事も出来なかった。異能とて人の身に宿っている以上、必ず何処かに限界があるのだ。つまり精神体に作用する異能に対して一定値以上の精神強度が有れば何ら問題は無いのだ』


 例えばそれはアルムが超ゴリ押しで【炎身】の異能を打ち破ったように、異能が100%絶対的な能力を持っているわけではないのである。


『それにしても、随分余裕そうだな。明日は段階を引き上げるか』


「え!?」


『両方を組み合わせての鍛錬は初だった故に少々の様子見はあった。しかし先程で大方は確認できた』


 明日も行うからな。


 イヨドはそれだけ言うとそのまま氷の霧になって消えてしまう。


「(どうして、こう、上げて落とすのが上手いの?)」


《まあ、まだまだ鍛える余地はたくさんあるってこったな》


 また私塾に通っていた時の日々が再開するのかなぁ…………とアルムは悲しみを通り越した儚げな目で天井を見上げた。



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