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「君がわざわざ儂に話があると言ってくるとはね。確かにあの一件の責任を取る名目で1番管理が大変な黒尾組の担任を任せはしたが、もう何かあったのか?」


 古びてはいるが、高級品である気品を失っていない物が多く置かれた、何処か荘厳な雰囲気のある塾長室。

 ルザヴェイ公塾の塾長であるキヒチョ塾長は、机を挟んで自分の目の前に立つ、教員の中ではかなりの若手の男を見つめる。

 その人物は、とある一件により一年次の黒尾組の担任を任された、ローブがトレードマークの男だった。


 そんな彼は、とある生徒の実技講座申請書を受け取った時の様な悲壮感のある表情で1枚の紙を塾長に見せる。


「クラスにはなんの問題も起きてはいないのですが………………」


 塾長はその紙を受け取ると、ニヤッと笑った。


「“彼”か。なるほどなるほど…………」


 塾長は極めて愉快そうにその実技講座の申請書を見ると、それで?と担任に視線を向ける。


「その、先輩達が彼に非常に興味を示していて、今年はわざわざ魔法の実技講座担当の争奪戦になったのは御存知ですよね?」


「普段はちっともやる気が無いくせに今年は妙に張り切ってるバカどもだろぅ?お灸を据えてやったのに全く懲りちゃいない。だがやる気を出してる分にゃいいかと放置してたんだが、随分と愉快な事になったな」


 ガハハハハ、と笑う塾長に対して、担任はもう泣きそうな感じの情け無い表情になる。


「面白くないですよ………………。こんなんじゃ先輩方が暴動起こします」


 担任の訴えに、キヒチョ塾長は顔に集る羽虫でも払うかの様に手を振る。


「知らんよそんな事。実技講座は必須では無い。其れをどう取るかは生徒に委ねられている。確かに、魔術師でありながら“1つも魔法の実技講座を取らない”などという舐め腐った判断は前代未聞だが、向上心は強いようだ。戦士専攻の者が取る『総合格闘技』の実技講座を取る意味を彼が分からんとは思わん。そんな彼の選択にケチつけるバカどもがいたらそいつら全員私がぶん殴っておくからお前は安心しろ」


 キヒチョ塾長はそう言いつつ、塾長室の机の引き出しから1枚の封筒を取り出す。


「彼の“正式な身元保証人”であるサークリエ女史より儂宛に直接手紙が届いている。『うちの直弟子は此方の想定全てを斜め上の方向に飛び越えていくが、気にしないでおくれ』と。言いたい事はわかるな?彼女自ら『余計な真似はするな。好きなようにさせろ』と言っているわけだ」


 キヒチョ塾長がポンっと机の上にそれを放り、担任はその手紙の印籠を見てゴクリと唾を飲む。


「彼、一体何者なんですか?」


 出自経歴一切不明。サークリエが身元保証人である事しかわからない謎すぎる少年に、担任は頭を抱えたくなる。


「編入試験の筆記は満点、実技もマナーまで満点、魔法に至っては満点などというレベルでは無い。あんな魔法の暴風雨の中央に立ってられる14才にどうケチをつけるんだ?

ルザヴェイ公塾は必要な費用を払い、必要な能力を満たした者は遍く受け入れる。何処の誰か詮索するなんぞこっちが勝手にやってる素行調査であって、経歴の報告は義務ではない」


 ルザヴェイ公塾に於いて、入塾には経歴やその他諸々の報告は義務付けられていない。

 無論それを記入する用紙はあるし、原則記載をするものではあるが、その人物の出自が貴族がらみでしかも学校に通えない極めて厄介な事情が絡んでいれば、公塾も触らぬ神に祟りなし、と思いその経歴をあえて追求しない事もある。


 やっている事は食堂に行きフォークなどの食器を使わず素手で料理を食い始めるほど奇異な事だが、別に料理の食べ方を一々義務付ける食堂など無い。

 周りの客に、そして食堂側に迷惑にならない限りは、金をちゃんと払えるならどうぞ御自由に、と言うスタンスがルザヴェイ公塾である。


 経歴書など名前以外はほぼ全部白紙で提出するという、出された食事を足で食い始めるような奇行を客がおっ始めようが、ルザヴェイ公塾側がそいつにケチはつけられない。

 もしそれで成績が微妙なら試験は落とすだろうが、全てに於いてパーフェクトの人物を不合格にしたら全員不合格になってしまう。


 キヒチョ塾長は「とにかく好きにさせておけ。実力に問題ない限りは此方が介入していいことではない」と言い切り、担任を退出させた。


 それを見送ったキヒチョ塾長は、静寂の戻った塾長室で「ふーーーーっ」と息を吐き出すと、ギシッと音を立てつつ背もたれに体重をかけて椅子に腰掛ける。


「(はて…………あれに近い魔力を知ってるような気がするんだが……………)」


 キヒチョ塾長の脳裏によぎるのは、濡羽色の髪に深い知性を秘めた真っ黒な瞳の少年。

 塾長もその正体については皆目検討もつかなかった。

 サークリエが正式な身元保証人になっているし、最大のスポンサーであるモスクード商会会長夫妻もとても熱心に囲い込んでいることから危険人物ではない事は推測できた。

 試験妨害している試験監督にはきっちり反撃をする“いい性格”をしているとは思いつつも、使用したオリジナルの魔法が非殺傷性だったとは塾長も実力だけは非常に信頼できる連中が証言しており、また、塾長自身も実際に対話をして好印象の持てる、サークリエが気にいるのも分からなくはないできた少年だと思っていた。


「(しかし、手紙の内容を見て一体どんな問題児かと思ったが、確かに最初から斜め上を飛び越えてくるな)」


 塾長の視線の先には、担任が回収し忘れた実技講座の申請書があった。普通は欄の3つ以上が埋まるその紙の空欄は、綺麗な字で1つの欄しか埋められていなかった。


「(面白い…………………あいつらが騒ぎ出すのも分からなくはない。今年次は非常に楽しい事になりそうだ)」


 塾長はこれからまたどう驚かされるのだろうと思い、愉快そうに笑った。






「ただいまー」


「失礼いたしますね」


「ん、おかえり」


「おかえり〜」


 アルムとジナイーダはクラスの見回りやクラスの管理などをミーティングで確認し合い、第一回目のクラス長ミーティングをすぐに終了した。

 その後、寄り道もせずにアルムがジナイーダを連れて自室に向かうと、炬燵でオセロをしつつ寛ぐフェシュアとレシャリアがいた。

 それに加えて、小さな影がテテテテテテと走りピョンっとジャンプしてアルムに抱きついた。


「ラレーズ、来てたんだね」


 アルムに抱きついて嬉しそうに顔をスリスリと擦り付けるのは、今や7才児程度くらいまで大きくなり、いよいよ人間っぽくなってきているラレーズだった。


 6thエリアの魔獣の超高品質な魔残油、超高価な魔草を、薬剤のスペシャリストであるフェシュアが使って製薬し、アルムが異能由来の物を使ったりして熟成させ、それに祝福のプロフェッショナルのレシャリアが加工を加え ―――――――そんな魔改造を施された丸薬を与えられるようになったラレーズは、グングンとその能力値を上げていた。

 だが、その時はまだ身長は大きくなっていなかった。


 問題はその後。アルムが帰省中、第四旧文明の遺跡より得た生物活性剤をフェシュアがより詳しい性能を調べていた時、それにラレーズが強い興味を示した。

 フェシュアも最初は少し難色を示したが、フェシュア自身が調べても、その性能が生物に有害ではない事は分かっていた。そして珍しくラレーズが粘り強くおねだりするので、ラレーズにほんの少し生物活性剤を吸わせてみた。飲ませたわけではない。揮発したその薬剤を僅かに吸わせてみただけなのだ。


 結果は成功とかそんな次元ではなく、ラレーズの身体が7才児程度まで一気に成長し、更に人間らしくなった。

 フェシュアが異能で調べてみると、なんと更に昇華が可能になっていることが判明し、ラレーズは更なる進化を遂げた。


 2段階目の新生に至ったラレーズは今までよりも更に学習能力が強化され、難航していた文字の習得もあっさりクリアし始めた。

 丸薬を与えるたびにガチャの様に渡してくれる果実類は、より実用性に特化した、まるで遺伝子調整でも施したような尖った性能を持つようになった。

 そして魔法も本格的に全属性をマスターし、更にはアルムも使えないような『樹属性魔法』と呼べそうな魔法も使えるようになっていた。


 ラレーズが自分を構成する植物を変幻させられる事はアルムも知っていたのだが、それに加えてラレーズは周囲の植物までコントロールする能力を身につけていたのだ。

 もしフィールドが森ならば、ラレーズはフェシュア達にも負けないような戦闘能力を持っていると言っても過言ではない。


 いよいよ通常の生物の枠から脱線し始めているそんなラレーズだが、こうしてアルムに甘えてくるのは昔から変わっていない。アルムが頭を撫でてやるとラレーズはニコニコと笑った。

 そしてアルムの脳に直接送り込まれるようにある種の“イメージ”が送り込まれる。


「お腹すいたの?」


 アルムがそう問うと、ラレーズはうん、と頷く。


 ラレーズが2回目の進化を遂げたところで、イヨドはラレーズに強い興味を抱きラレーズに縁脈誓約の魔法をかけ、ラレーズに思念の操り方を教えた。


 フェシュアがアルムに告げたように、リタンヴァヌアにいる植物の子供達の姿はあくまで擬態である。そしてその振る舞いも周囲の思念の影響を受けた結果とっている行動でありそこに明確な意思は無いのだと。

 簡単に言えば、それは超高度に発達したAIを搭載したロボットに近い。

 周囲の思念と言う名のビックデータを集積し、機械的に行動をとっているのだ。

 その行動は“子供は遊び自由に振る舞う者”という周囲の認識を受けた結果の行動である。

 それは今までのラレーズも同様だった。


 しかし、特殊個体だったラレーズはアルムにより様々な手を加えられ、フェシュアに昇華させられ別の存在に進化した。

 彼女は明確に『自我』を獲得した。


 だが、成長したからと言って思念を受け取る能力が失われていたわけではなかった。彼女の耳もあくまで擬態であり、実際に鼓膜を通して音を明確に認識しているわけではない。思念を読み取り相手の話す内容を理解していた。

 故にラレーズには文字の習得が出来なかった。彼女は音ではなく思念でやりとりしていたのでその概念をうまく理解できなかったのだ。


 しかし2段階目の進化を経た時に、ラレーズの思念に関わる能力が極めて強化された。そんなラレーズに、イヨドが思念の扱い方を教えた。それはイヨドの興味本位の独断であり『念話の魔法』に近い代物だった。


 縁脈誓約の魔法をかけて他者とのパスの繋ぎ方を覚えさせ、ラレーズが本能的に扱っていた思念に明確な使い方を示した。それによりラレーズは思念をただ受け取るだけなく、思念を送る技も身に付けた。

 なのでラレーズは笛を用いたコミュニケーションを必要としなくなり、思念によるコミュニケーションが可能になっていた。


 そんなラレーズより空腹のイメージがアルムに送られて、アルムは虚空から魔草を出してやるとラレーズは『ありがと!』と思念で伝達しムシャムシャと食べ始める。


「ラレーズっていつから居たの?」


「私達がこの部屋に来たら私の持ってる種から現れた。新しいお家に遊びにきたらしい」


 アルムの問いにフェシュアが答えると、アルムは苦笑する。


「ラレーズ、ここは新しいおうちって訳じゃないからね?それを言ったらリタンヴァヌアも僕にとっては借りてただけだけど」 


 アルムがそう言うと、ラレーズは不思議そうな顔をして首を傾げる。


「んー………………僕にとっての家は、今はミンゼル商会の『離れ』なんだけどね。ラレーズにわかるように言うなら、ばーばの家が僕の家だよ」


 アルムがそう言うと、ラレーズは『おお』とわかったような顔をする。


 ばーば、とはアルムの母であるアートの事である。

 アルムは帰省した時に手紙や『通信機』でも散々話題に出してきたラレーズをアートとアルヴィナに会わせている。

 ラレーズは2段階目の新生以降、種による移動範囲も異常に拡大した。

 それにより、半径100m内ならその範囲内の植物を魔法で加工しチェックポイントにして移動する事が可能になった。結果、ラレーズが創り出した種から種への移動ならば約2000km離れても可能になったのだ。


 また、ラレーズの種はアルムの帰省時中に突然やってきたラレーズ自身によりアルヴィナとアートにも渡されている。そして笛から思念に意思伝達方法が切り替わった事で今までコミュニケーション出来なかったレイラともコミュニケーションが取れるようになり、また種から種への移動可能な距離が超拡大したため、アルヴィナ、アート、レイラの元にもラレーズは頻繁に遊びにいくようになった。


 それはアルムの居ない寂しさやストレスで心が荒れ気味の彼女達を癒し、特にアートは娘が新しく出来たようにラレーズを可愛がった。

 そんな折にラレーズより『もうママはいるよ!』と言われ、アートは「じゃあ私は、貴方のパパのお母さんだからばーばになるのかな?」と言ってみたところ、ラレーズの中ではアート=ばーば、と認識して非常にアートに懐いていた。


 そんな訳で活動範囲の異常拡大によりラレーズがどう動いているのかはアルムも全然わからないのだ。


 アルムがラレーズを抱き抱えたまま炬燵に入ると、その対面にジナイーダが座る。

 するとラレーズは魔草の最後の部分を口に押し込み、徐に立ち上がるとジナイーダの脚の上に座った。


「今日は私なんですね?」


 そんなラレーズをジナイーダは笑顔で受け入れて頭を撫でてあげると、ラレーズは嬉しそうに笑う。


「ジーニャってラレーズを可愛がってる時、凄い高貴なお姫様みたいになる」


「フェーちゃんの言いたいことわかるかなぁ。更に大人っぽくなって、雰囲気がとっても華やかになるんだよねぇー」


 ジナイーダを見てそうコメントするフェシュアとレシャリアを見て、アルムも分からなくはないと頷いた。


「そうですか?しかしそれはフェーナさんとレーシャさんも同じだと思いますよ。フェーナさんは、自分に1番甘えてくるラレーズさんを躾けるときはやはり普段と顔つきが違いますし、レーシャさんもラレーズさんを寝かしつける時、とっても大人びて優しい表情になりますよ。アルムさんも、ラレーズさんの面倒を見ている時は雰囲気が変わりますよね。やはり子供というのは色々と人の感覚を変えるのでしょうか………………?」



 ジナイーダは気無しに呟いたのだが、其処から脳内で昼の話にまでニューロン同士が凄まじいスピードでガチンっと結合される。

 すると既に治ったはずの物に燃料が大量投下され、ジナイーダの顔がカーッと赤くなっていく。


 そんなジナイーダを見て一拍遅れて同様にハッとするフェシュアとレシャリア。


 特にレシャリアはラレーズに癒されてようやく立ち直ったところなので、再び顔に熱が集まり脳内で大量のエラーが発生し始める。


 しかし今回は一度立ち直った事で耐性を付け、ラレーズからママと呼ばれ慕われるフェシュアだけはダメージが軽度だった。

 なので部屋の空気がこれ以上変わる前に話を変える。


「ウィル、話は変わるけどクラス長のミーティングはどうだった?」


 そんな空気を同様に感じていたアルムはフェシュアの振った話にすぐに乗る。


「1回目だしただの確認作業だったよ。本格的に仕事が始めるのって今日の夜からだしね。例年通り、一般寮の閉鎖時間である22時にクラス長は自分の組の寮の見廻りをする事になってるよ。女子の部屋は副クラス長であるフェシュアとレシャリアにお願いするね」


 アルムの頼みにフェシュアは頷き、フェシュアの対面に座り顔を赤くしているレシャリアはフェシュアの小さな水弾を顔にぶつけられ、「はへっ!?」と叫ぶ。


「レーシャ、戻ってきて。今日の22時から寮の見廻りがあるから一緒に行く。わかった?」


「う、うん!わかったよ!」


 色々と茹だったレシャリアの頭を物理的に冷やしたフェシュア。かみや服は濡らさずピンポイントで顔だけを濡らしているところが芸が細かいとスイキョウは変な視点でその一幕を見ていた。


「えっと、黒尾組は異種族の割合が他の組より多いから、何か問題があったらすぐに報告してね。一応僕の方で対処してみるから」


 異種族でも最も主要な種族は森棲人、土棲人、魔人、獣人、蟲人の5つの種族である。ただし獣人も蟲人も非常に分岐が多いのであまり一纏めにし難いのだが、やはりこの5つの種族は帝国に於いても数は少なくなく市民権を得ている。


 そんな彼等でも色々と問題を抱えていることが多い。

 例えば森棲人や蟲人種は種族的に共通して寒さに弱い。大陸性気候により昼と夜の寒暖差が激しく、そんな彼等が窓際で寝ると確実に弱る。

 勿論個々人で重ね着して寝るなどの対応は取るだろうが、寮生活は自分の家と違って何かしようと思ってもすぐに対応は出来ないのだ。


 土棲人はそんな彼らと違い小柄な分がっしりとして丈夫なのだが、反面感覚的な部分は少し鈍化しており『力加減が下手くそ』としょっちゅう言われる。

 その結果として土棲人は自然と物を丈夫に作る技術を身につけて丈夫さを生かし鍛治にも秀でるのだが、それに慣れていると公塾の物を必ず一回は壊す。

 或いは自分の兄弟にしていたように軽く友人の肩を叩いたつもりだったのに肩が外れたとか、そんなケースまであるのだ。


 魔人種は身体的な問題はあまり起こさないが、やはり体質的に人間とは大きく違う部分がある。


 魔人族は第3の瞳である“魔力眼”を持っているが、これは厳密には眼ではない。

 周囲の魔力状況を捉える別種の感覚器官なのだ。

 それにより魔法的な素養がとても高いのだが、逆に周囲の魔力異常に敏感になり易い。また繰り返す様に眼では無いので閉じることもできない。

 起きて任意で知覚している間はいいのだが、寝ている時に周囲で魔力が動きまわったり、特に魔残油で動く魔宝具の出力などを操作されて魔力の流れが変わったりすると、感覚の不一致で頭痛を引き起こしたり夜に目が覚めてしまうことがある。


 特に魔力の流れに敏感な子は天候の変化で魔力の流れが通常と大きく変わっても体調に悪影響が出るのでそっちのケアも必要になる事もある。


 獣人は他の種族と違い身体も頑強で魔力の流れに体調を左右される事も無いし、感覚が鋭いので力加減が不得意ということない。

 ただしその感覚の鋭さが逆に彼等を苦しめることがある。


 特に聴覚が発達しているほど周囲の物音に反応してしまう。夜に誰かがいびきをかいたり、更にはトイレに行くために起き上がっただけでも反応して目を覚ましてしまうことがある。


 普段ならば耳栓をすれば都市部でも生活できるのだが、大部屋に詰め込まれると、戦時下の病棟の如くベットを整然と並べて眠る訳ではないがやはり生徒間のベッドの間隔は近い。


 そうなると耳栓だけでは対処しきれない生徒も稀にいたりする。


 だがこの5種族は他に比べてまだマシな方で、メジャー故にそんな事情がある事は皆が認識できており、お互いに配慮したりできることもある。

 なので全ての組に彼等はいるのだが、黒尾組だけ少し事情が変わってくる。特に特遣伯爵の子供が通うケースだとメジャーじゃない種族の子供もいる訳で、何か配慮が別に必要になる事の方が多い。


 しかし公塾もそこまで一々世話は焼いてられない。『問題があるなら個人単位で解決してくれ』と先に宣言している。


 その対応はドライかもしれないが、寮生活も家族以外との共同生活に慣れるためでありいつまでも誰かが面倒を見てくれはしないので、今この時期に慣れていくか解決方法を自ら編み出す事を求めるのだ。


 ルザヴェイ公塾の教育方針には色々な方面で軍隊教練的な物が息づいている。

 それは基本的に塾長などが軍などで指導教官を務めたことのある人物ばかりだからなのだが、その方針は国からも高く評価されている。


 多角的な視点を身につけさせ、軍事的な素養を育てて、軍では基本である集団行動にこの段階から慣れさせるのがルザヴェイ公塾の基本方針だ。



 と言ってもあまり我慢されて体調が悪くなったり倒れられても困るわけで、生徒の直属の責任者は組の担任になる。

 故にルザヴェイ公塾では、黒尾組の担任を任されるのは教員の中でも出来ることなら勘弁してほしいと思われている。


 アルム達の黒尾組の担任がアルムの試験監督だったのも、試験内容を独断で変更するのはまだしも他の試験監督が試験妨害に当たる行動を取った時点で直ぐに止めるべきだった事を指摘され、責任を取る形で担任を任されたのだ。


 普通は、特に一年次で寮生活に慣れていないので問題が頻発しやすいので、一年次黒尾組の担任はベテランに回ってくるはずなのに若手に押し付けられたのである。


 なお試験妨害していた連中もその妨害のレベルに応じてキヒチョ塾長はきっちり減俸しているし、見ていた奴も連帯責任で減俸されている。

 加えて、アルムにも後日正式な謝罪文をキヒチョ塾長は送っている。

 見た目は超インパクトがあり脳筋に見えるが、塾長になるだけあってその手の対応もしっかりしているのである。

アルムも別に怒っていた訳ではないし、自分より上の魔術師がいることがわかったのは良かったし、そもそも反撃までしているので謝罪文をもらいあっさり水に流していたりする。



 閑話休題。



「うん、わかったよ。何かあれば、ルーム君にすぐ報告すればいいんだねっ」


「ん、了解」


 フェシュアもレシャリアもそんな事情を考慮したアルムの言葉に素直に了承する。

 そして話がひと段落した所でフェシュアが自分が本当に聞きたかった部分について聞いてみる。


「ウィル、他のクラス長はどんな感じ?」


「あ、それは私も聞きたいっ!」 


 アルムはそれは恐らくジナイーダの方が知ってるだろうけど、と思いつつ一応自分の私見を交えて答える。



「青鱗組と緑角組のクラス長はフェシュア達も昼に見たでしょ?2人とも低等部から上がってきたみたいで、仲が良さそうだったよ。性格は見た目通りかな?レキアウス君は柔らかい感じで、ヘルクート君はどっしりと安定している感じだよ」


 フェシュアとレシャリアはアルムにそう言われてぼんやりとその容姿を思い出すも色々といっぱいいっぱいだったのでよく覚えておらず曖昧な感じで肯いた。


「あと2人ともかなり強いよ。見ただけで僕が実戦に慣れている事を見抜いてたし、フェシュアやレシャリアが同様に実戦慣れしてる事に気付いてた。魔重地に入り浸ってれば当然とは言えるけど、かく言う彼等も恐らく実戦経験済みだと思うよ」


 アルムはかなり意識して戦闘時の歩法にならないように抑えていたが、それでも彼等が正確に見抜いてきたのはアルムも正直驚いていた。

 それは即ち多少の小細工程度見抜ける程度には彼等の目は鍛えられている事の証でもあった。


「2人とも武霊術使いだからまだ正確な実力はわからないけど、明日の放課後の『二十八の星』の追加講座で色々とわかるかもね。あと………………レグルス君と戦闘力では互角ぐらいらしいから、異能を持ってる可能性大かな?」


 アルムが知っているかもしれないジナイーダをチラッと見ると、ジナイーダは頷く。


「彼等も隠していないのでお答えしますが、確かに御両名とも異能を持っていますよ。説明致しますか?」


「んー、明日の楽しみに取っておくよ」


 ジナイーダの予想通りの回答をしたアルムにジナイーダは微笑み『承知致しました』と答える。


「白翼組のクラス長は、魔人族の女の子だったよ。気が強そうな感じだったけど、実力も高いね。抵等部の時は万年副首席だったらしいし。ただ感覚的な観点から金属性魔法は使えないっぽいかな?それでも武霊術使いのレキアウス君やヘルクート君に対して一度も順位を抜かされない事は、彼女も異能持ちじゃないかな?しかも結構強力だと思うよ。万年副首席だったのは、多分能力的に戦士系には凄く強いけど、ジナイーダの異能には致命的に相性が悪かったからだったりする?」


 アルムが答え合わせをする様にジナイーダに視線を向けると、ジナイーダは一瞬目を見開いて顔を綻ばせる。


「アルムさんの慧眼には感服致します。ええ、アルムさんの分析そのままです。私も万年首席とはされてきましたが、総合的な能力値では彼女は私となんら変わらないと思われます。単純に彼女の異能が私の異能と相性が宜しくないので、私が首席だったのです」


 ジナイーダがそう答えると、レシャリアは少し複雑そうな表情をする。


「んーー………でもずっと2番って、その、嫌じゃないのかな?あ、その、ジーニャちゃんがどうとかってわけじゃなくてね!」


 慌てて色々と訂正しようとするレシャリアに、フェシュアも『言いたい事はわかる』と同意する。


「屈折した視線、あるいはライバル意識を向けられても変ではない関係。それが転じて隔意にすり替わってもおかしくはない。私もリタンヴァヌアで同じような事を経験した。更に言えば紅牙組も白翼組も商人系が集まるクラス。白翼組のクラス長の実家もまた商人と予想できる。余計に複雑だったりする可能性の方が高い」


 フェシュアがレシャリアがぼんやりと言おうとした事をストレートに述べると、ジナイーダは苦笑する。


「そんな事はありませんよ。ヴェータさんは、その、少々口調や雰囲気で誤解を招きがちなのですが、非常にサッパリした性格をしているのです。更に首席といえば年次の纏め役であり色々と任されることが多いので、面と向かって「ジーニャがずっと首席でいてくれるから楽でいい」と彼女に言われた事がありましたよ」


 アルムもヴェータの立ち振る舞いなどを思い出し、確かに『ヴェータさんなら言いそうかも』と思った。


「それに彼女は酒関係に強いグンレット商会の家の娘さんですので、武具関係を取り扱う私の実家であるモスクード商会とは衝突など起きません。何方かと言えば、同じ武具商同士の方が複雑では有りますね」


 ジナイーダがそんな事情を赤裸々に語ると、フェシュアが反応する。


「グンレッド商会?蒸留酒と特殊な蜂蜜酒で有名な?」


「ええ、蜂蜜酒に幾つかの蒸留酒をブレンドしたお酒、『グンレッド』は上流階級愛飲の品で、酒精が高いながらスッキリと飲みやすい様ですね。建国記念祭にも帝宮で振る舞われるほどのお酒ですよ」


「ん、あれは師匠も愛飲してたから知ってる」


 フェシュアの言葉にジナイーダは頷く。


「非常に高価ですが、サークリエ様ならば手の届くお値段です。ですがグンレッド商会は『グンレッド』だけでなくオリジナルの蒸留酒を複数ブランド化していますし、酒の輸送にかけてはエキスパートですよ。また、武闘派の方が多く集まるバナウルルは他の都市に比べて武具屋も多いですが酒場も多いことで知られています。その酒場の7割以上と提携しお酒を納品していますので、経済力は非常に強いですよ。あとは、警備隊で飲まれる酒類もグンレッド商会の提供ですね。なので国とも関わりがあり、酒関係の商会では珍しい事に帝国公権財商の1つに認められていますよ」


 アルムの知識は広くても専門は学術系なので流石にそんな細かい部分は知らない。なのでレシャリアと共にへ〜、と素直に感心していた。


 因みに、シアロ帝国では飲酒の年齢規定は明確に存在していない。それは種族によっても酒に対する耐性が大きく違うのが理由の1つだが、一般的には満15才からは飲酒が可能とされている。

 平民が15才を成人年齢としているのもこれによるところが大きい。


 年齢的に見れば早すぎるように思えるが、スイキョウから見ればシアロ帝国国民の15才は自分の17、18才くらいの時にしか見えないほど身体は成熟しているのだ。

 なのでアルムもあと3ヶ月経てば飲んでも問題ないのである。しかしながら公塾は学び舎であるので校則で公塾内での飲酒は認めていない。


 それは『二十八の星』の生徒であろうと守るべき校則であり、持ち込みも許可されない。万が一規則を破ればかなりキツイ罰則を受ける。


「師匠も美味しそうに飲んでいたし『グンレッド』は少し飲んでみたい」


「あたしは…………種族的にお酒に弱いと思うから、ジュースでいいかなぁ」


 森棲人は体質的に薬が良くも悪くも効きやすい。それは毒も同様という事であり、風邪をひいた時に薬を取れば効き目は強くなるのだが、反面酒にもかなり酔い易い。

 余談だが、土棲人は逆に体質的に薬は良くも悪くも効き難い。毒にも強いので酒精の強い酒でもガバガバ飲めるが、反面何か病気などにかかった時に薬があまり効かないのだ。


「私は、お父様もお母様も嗜む程度ですので……………」


「ジーニャ、それは酒に強い人が言う言葉」


 実際にジーニャの両親は共にゆっくり飲む派だが、酒には強い。ジナイーダの兄達も酒には強いので、ジナイーダも酒には強いと自他共に予測できていた。


「アルムさんは如何ですか?」


 アルムは今まで考えてもみなかった話を振られ、少し思案する。


「うーん、僕の母さんはお酒って飲んでるところ見た事ないかなぁ。と言うより、長い間調味料の1つだと思い込んでたぐらいだし」


 アルムがそう言うと、レシャリアは不思議そうな顔をする。


「え?カッ…………アルムのお父さんもお酒は飲まなかったの?」


「飲めるらしいけど、酒で痛い目見て以来飲まなくなったらしいって母さんは言ってたよ」


 アルムの一族は人型の魔獣に近く、色々な基礎スペックも高い。なので父方の血筋で下戸はいない。ただし、滅茶苦茶強い訳でもないので蒸留酒をガブガブ飲めば普通に酔っ払う。


 カッターも昔は飲んでいたのだが、酒とセットでハニートラップばっかり仕掛けられるので結果的に酒も飲まなくなったのである。なのでアルムが物心つく頃にはカッターは一切お酒を飲んでいなかった。そんな訳で昔のアルムは真面目に酒の事を「変な匂いのする調味料」だと思っていた。


「ウィルが酒にどれくらい強いかは未知数って事?」


「そうだね、だからお酒についてはあまり考えた事はなかったかな」


 アルムが炬燵の天板に顎を乗せつつフェシュアの問いに答えると、ジナイーダは少し思案するような表情になる。


「警備隊もわざわざ公的な資金でお酒を買う程に、組織に於いてお酒は重要な様ですよ?酒を飲み交わしその結束と親睦を深めるそうなので、お酒は飲めたことに越した事はありませんね」


 ジナイーダのそんな言葉にアルムはなるほど、と頷く。


「だとすると、ヴェータさんに聞けばいいお酒とか正しい飲み方とかもわかるのかな?」


 アルムは特に深く考えもせずそう口にしたのだが、レシャリアとフェシュアがスススっとアルムに距離を詰める。


「お、女の子に聞くの?」 

「また1人毒牙にかける?」


「毒牙ってどう言うことなの……………?」


 フェシュアのあまりにもあんまりに言い方に不格好な苦笑をするアルム。


 しかしいつもはフォローに回り続ける事が多いジナイーダは、ラレーズは撫でつつ『そうですね』といって含みのある微笑をした。


「アルムさんの毒は非常に強力です。一度回ったらもう二度とその毒から逃れる事はできません。アルムさん、くれぐれも自らの魅力をお忘れなきように」


遠回しにジナイーダに釘を刺され、アルムはウッと言葉につまり「はい……………」と素直に答えておく。


 するとラレーズがアルムの元に移動して、アルムの頭を撫でると、ジナイーダ達に『いじめちゃいやっ!』と思念を放つ。


 そんなラレーズをアルムは撫でて「いや、これに関しては僕が悪いから………………」とラレーズに弱々しい声で告げる。


 するとラレーズは不思議そうな顔をして『パパが悪いの?』と問う。

 ラレーズのアルムを信じて疑わない純粋な瞳に、アルムはなんとも言えない表情で頷く。


『パパ、悪いことしちゃやーよ?』 


 そんな思念をラレーズに送られて、はい、と小さく呟きアルムはガックリと項垂れる。

 普段は余裕がある振る舞いなのに娘の前では形無しなアルムにフェシュア達は面白いものを見たように笑うのだった。




 

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[一言] フラグが……建ったかどうかはわかりませんがw とりあえず目はありそうですねw
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