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「(わぁ……………言っちゃ悪いけど無駄に広いね)」


《無駄に広いっつうか豪華っつうかと金がかかってんな、て感じだな》


 新入生説明会が終了し、その後は新入生はそれぞれの組の寮監について行き寮に案内される。


 寮は校舎の右側に位置し、校舎とは通路がきちんと繋がっている。

 しかし全てが集合住宅の如く一纏めになってはいない。大きく分けて6つの棟に分けられる。校舎に繋がる通路から遠い順に、黒尾組の寮、緑角組の寮、青鱗組の寮、白翼組の寮、紅牙組の寮、そして『二十八の星』専用の寮がある。

 『二十八の星』専用の寮を除き通常の各寮には入ってすぐに談話室があり、そこから男子用の数個の大部屋と女子用の数個の大部屋に分かれる。因みに寮は3階立てでちゃんと年次ごとにはエリア分けされており、一年次は3階部分の部屋になる。要するに個室は無いし利便性が悪い。加えて浴室は、寮のエリアから離れており、校舎の右奥のエリアにいかなければ使用できない。


 これが1番校舎への通路に近い『二十八の星』の専用の寮になると此方は談話室が無い代わりに全て個室である。

 こちらも3階建てで、一年次の『二十八の星』は3階の個室を割り当てられる。

 その個室全てに浴室と便所が存在しており他の寮とは段違いの好待遇である。また、個室全ての大きさが均等ではなく、クラス長に割り当てられる個室は大きめになっているのも特徴的である。

 なのでアルムなどの『二十八の星』に該当する生徒は自分の組の寮監には付いていかず、各々に割り当てられた専用寮の個室へ各自で向かう。

 この個室の割り当てられる位置も席次が関係しており、アルムは階段を上がってすぐの1番校舎へ出入りしやすい部屋が割り当てられている。


 アルムはその部屋の扉にかけられたネームプレートを確認して部屋に入ってみたのだが、その部屋はアルムからすると大きすぎな感じがした。

 部屋を入ってすぐに目に入るのは約20畳の広々した空間。ベッドやタンスなど備え付けの家具は既に配置されており、魔残油で稼働する暖房器具など高価な物も設置されている。入ってすぐの部分は天井が低く感じるがそれは約6畳のロフト(屋根裏部屋に近い)があるからで、アルムは「このロフト部分だけで十分なんだけどなぁ」と、思ってしまった。広々とした空間にはロフトだけでなく、トイレや便所の部屋、洗面所、物置なども存在しており、アルムは至れり尽せりだなぁ、と部屋を見て回りながら思った。


 そんな広々とした部屋に少し場違いな、市民でも買えるような大きな木箱が置いてある。

 それをアルムが開けると、事前に公塾側が回収していったアルムが購入したい公塾で必要な品々と、衣類や生活必需品などの“ダミー”が入っている。


「(なんか運搬する人には無駄な事させちゃったなぁ、って感じなんだけどね)」


《本命は虚空の中とはいえ、預ける荷物無しってのもおかしな話だからしょうがないだろうよ》


 本当はこの荷物も全てインベントリの虚空に入れておけばそもそも運搬の必要もないが、異能について言わない限り荷物無しではおかしいのでダミーを仕込んだのである。


「(流石に『通信機』とかを入れるなんて怖くて出来ないし……………あ、フェシュア達の『通信機』もあとで届けなきゃね)」


 アルムがそんな事を思いつつダミーの荷物を全てインベントリに収納していると、噂をすればなのか部屋をノックする音がする。


「はいはーい」


 探査で誰が来てるかとっくに当たりのついてるアルムが扉を開けると、そこにはフェシュア、レシャリア、ジナイーダがいた。


「もう荷物の整理が終わったの?」


「私は服なんてもともと沢山無いし、制服の替えとそれらを備え付けのクローゼットにかけておしまい。他についてはアルムが知ってるはず」


「あたしもそんなに多くは『木箱には』入れてないからね〜」


「私の場合は、公塾に荷物の運送は依頼せずとも家で自前で運搬しますので、その際に当家の専属女中が済ませておいてくれたようです」


 アルムはスイキョウ共々『専属女中』という慣れない言葉に「おお」と妙な感動覚えていると、ジナイーダはクスクス笑う。


「アルムさん、クラス長ともなりますと専用寮の使用人だけでなく、専属の使用人が付くんですよ?既に御存知でしょう?」


 ルザヴェイ公塾の成績による待遇格差は寮関係だけでは無い。

 例えば一般の寮にも使用人がいるが、あくまで寮の掃除をしてくれるだけで個人的な要件を頼む事はできない。制服やその他洗い物は自分で洗うし、何か足りないものが無ければ校舎の左奥エリアの購買に自分で買いに行くのだ。


 これが『二十八の星』の専用寮の使用人となるとかなり勝手が違ってくる。

 専用寮の使用人達には、スイキョウの知るホテルの如く指定時間のモーニングコールや、部屋の清掃の時間指定をする事ができる。また、洗濯物も預けておけば洗ってしっかり乾かしたものが直ぐに返ってくる。購買の商品も、各部屋をカートに積んで回って売ってくれるのでわざわざ購買に行かなくて済む。


 これだけでも学生相手には十分サービス過多なのだが、クラス長には更に専属の使用人が付く。

 上記のサービスは当然として、鍛錬場の予約の代行や図書館への本の返却などの代行サービスをしてくれる。

また、頼めば購買の商品を代わりに買ってきてくれたりもする。

 やってくれないのは寮の見回りくらいで、アルムとしては正直其方を代行してくれるのが1番ありがたいのに、と思ってしまうほど本当に“使用人”として働いてくれるのだ。


 ただ、アルムとしては潔癖症ではないものの自分でできる事は自分でする様にしつけられて育ったので、『正直なところ使用人に何かを頼む事って殆ど無いんだろうなぁ』と思ってしまう。

 掃除も洗濯も頼むよりも掃除の魔法で自分で処理した方が余程早いし綺麗だし、朝も勝手に目が覚めるのでモーニングコールもいらない。万が一寝坊しかけてもスイキョウが起こしてくれる(実は【極門】には微弱ながら時間感覚の鋭敏化の副作用もあるのでアルムの体内時計は異常な正確性がある。なのでアルムは寝坊を経験したことがなかったりする)。


 購買に何かを買いに行ってもらわずとも虚空を漁れば生活必需品などは沢山ストックされているし、鍛錬場をわざわざ借りなくてもルリハルルを喚んでイヨドから教わった結界を張って貰えば余程派手なことをしない限り部屋の中で鍛錬が可能である。


 そもそもアルムの性分的に20畳の空間はやはり持て余すので主な生活区域をアルムはロフトにする気満々であり、20畳のスペースが丸々有れば鍛錬場にわざわざ向かわなくていいよね?と考えていた。


「うーん、やっぱり使用人さんに仕事を頼む事って無いんじゃないかなぁ?まあここで話すのも変だし、中に入ってよ」


 アルムは部屋にフェシュア達を招き入れると、インベントリから色々引っ張り出し、適当なカーペットを引いて炬燵(現在ver4まで到達している)を設置する。

 フェシュア達は魔重地で散々お世話になった文明の利器に顔を綻ばせると、靴を脱いで慣れた様子で炬燵に脚を突っ込む。


「凄いあったかいね〜。リタンヴァヌアの中っていつも暖かかったから、屋内でコタツって初めてだよね〜」


 普通は屋外で炬燵に入ってる方がおかしいのだが、今まで屋内では一度も使ってこなかった。彼女達からすると屋外での使用の方が標準となっていた。なので屋内使用に少し不思議な感覚をレシャリアは覚え、フェシュアとジナイーダもうんうんと頷く。

 緩んだ表情の彼女達を見つつアルムも炬燵に入ると、ほーっと溜息をついて呟いた。


「インナーで温度は調整してくれるけど、それとはまた暖かさが違うよね」


 イヨドの齎している温度調節の加護は、衣類が勝手に発熱したり冷たくなったりして温度を一定に保ってる訳ではない。

 ざっくり言えば肉体を動かす上で支障のないレベルで、外界の極端な熱気や冷気を除外する機能なのである。

 なので露出している手や首、顔は加護の恩恵が極端に下がるし、外が冷え込んでいる状態でも寒さに震えないだけで暖かい訳ではない。

よって炬燵に入ればその温かみをちゃんと実感できるのである。


「この後はお昼ご飯で〜その後は各組の教室に行って色々とするんだよね〜?」


「自己紹介やクラス全体での日程の確認、講座の選択が有りますからね。それが終われば校舎内を見て廻りますよ。本日の日程はそれで終了となり、あとは自由時間ですね。ただ、アルムさんと私はクラス長のミーティングがありますので、私達はミーティングが終わってから自由時間です」


 胸筋周りの発達で最近更にその脅威度が増している胸部装甲を天板に乗せて、リラックスし切って間延びした口調で今後の日程を問うレシャリアに、ジナイーダもリラックスしつつも直ぐに質問に答える。


「共通の講座がかなり多いのは驚いた。魔術師だから武霊術関連なんて関係無いと思ってた」


「あたしも最初は何か間違えてるのかな〜?って思ったけど、みんな一緒なんだよねえ」


 ルザヴェイ公塾はかなり運動量の多い講義が多いが、座学が少ない訳ではない。ただしその教育の方向性が少し特殊である。全体的に全てが戦闘関連に偏っているのだ。


 そんなルザヴェイ公塾が戦士、魔術師にも関わらず一年次に課す座学は9つある。


 1つ目が『地理』。広大なシアロ帝国及びまた海外などの状況、特に魔重地に関わる知識を身につけさせられる。色々な種族に関する言及もある。

 2つ目が『公民』。ルザヴェイ公塾の塾生は将来のエリート候補であり、多かれ少なかれ貴族など権威の高い者達と関わるし、国の政治についてしっかりと理解しておく必要があるのだ。

 3つ目が『歴史』。国の成り立ちのみならず、特に内戦に関わる事を徹底的に教え込み、反乱は愚かであると教え込み愛国心を育てる1面を持つ授業でもある。

 4つ目が『生物』。ただし生物の進化云々だの免疫だのなんだのとは教えない。厳密には生態学に近く、魔獣や魔蟲の恐ろしさを教え、その解体方法なども指導する。ルザヴェイ公塾の卒業生が最も就職していく辺境警備隊を考慮した授業であると言えるだろう。

 5つ目は『医療』。これも小難しい物ではなく、どの様な負傷をしたらどのように処置すべきか、応急措置はどのようにすべきか、的な軍事教練に近い物がある。

 6つ目は『宗教』。国の最高権力者である皇帝ですら思うように動かせないのが宗教であり、軍事行動においても宗教関係の決まりごとは異常に多い。それらの基本的な決まり事を先例とセットで教えていく。

 7つ目は『武霊術』。魔術師であろうと共通でこれは学ぶ。敵の使う技を知っているのと知っていないのでは戦う際の有利性に於いて天と地の差が有るからだ。

 8つ目は『魔法』。これも『武霊術』同様で、全ての属性に関して説明される。武霊術使いでも、魔術師にとって自分の使えない属性の分野でも全てを学ばされるのだ。

 そして9つ目は全公塾中でもルザヴェイ公塾が異常に力を入れている『軍事』。軍事行動におけるハウツーのみならず簡単な戦略、戦術、統率技術も覚えさせられ、また他の座学全てを絡めた集大成的な座学でもある。他の8つ座学は全てこの『軍事』の為の下準備といっても過言ではない。

 この教育方針を堅く守り続けているからこそ、ルザヴェイ公塾は武の最高峰なのだ。


 他の公塾なら商人や純粋に考古学や天文学などの高等な学問を学ぶ事ができるが、ルザヴェイ公塾は其れ等を一切合切清々しいまでに切り捨てている。

 “武”を求める者にしか元よりルザヴェイ公塾は門戸を開いていないのだ。


「実際には座学は2年次までが共通で、3年次は個々の判断で比重を大きく変えることができますよ。例えば辺境警備隊一本に道を絞るとすると魔獣や魔蟲についてより詳しく学ぶ為に『生物』を専攻することが多いですね。あるいは他の学問も選択可能になりますよ」


 3年次は成人年齢の17才を迎える年であり、3年次になれば卒業を待たずに次々と就職先を決めていく者が多い。

 なので、ルザヴェイ公塾では自らの定める座学のノルマは2年次の終わりまでに全て叩き込む様にカリキュラムが組まれている。

 3年次は圧倒的に実践的な実技のウェイトが大きくなり、座学に関してはかなり自由になるのだ。


「座学は共通だけど、実技は自分で選ぶんだねぇ」


「それは自分の才能に合わせて、になりますので。戦士と魔術師でははっきり別れますし、魔術師は自分の使える属性の講座を取りますよ」


 ジナイーダのその言葉に、レシャリアはうーん、と困ったような顔になる。


「魔法の実技講座……………どうしよ〜」


 ルザヴェイ公塾の魔術師は、大体基本二属性に応用一属性、基本三属性に応用一属性、或いは応用二属性を使える3パターンに分類される。

 基本属性のみだと余程強力な異能でも持っていない限りは将来性を鑑みて試験に落とされるケースが多いのだ。あるいはアルムぐらい3属性を鍛え上げていないと話にならない。


 要するに、属性別に実技講座を取るとして平均3.5、多くても5つの想定であり、全属性に適性を持つレシャリアとしては6つ取るべきだとは思うのだが、スケジュールの密度が高過ぎて迷ってしまうのだ。


「全部取ったら、大変だよねぇ?」


「取った以上は実技も宿題や試験が有りますからね。実技に関しての教材は公塾が全て用意してくれるのですが途中で『やっぱり辞めます』と言いますと、物によってはその教材費分は追加請求される事がありますので…………」


 公塾も教育機関だが営利団体でもあるので、申請しておいて勝手に『やっぱやめ~た』と好き勝手されるのを許す事はできないのだ。

 確かに実際は1人分は大した事ないが、其れを何人もやったら教材を用意したり人数調整をして講座を組む公塾側としてもとても困るのである。なので厳しいペナルティを課すのだ。


「ルーム君は全部取るの?」


 五属性に適性があっても(そもそもそんな生徒は各年次でも20人もいないが)、生徒の9割方は応用二属性に基礎属性を2つに絞り計4つの実技講座を取る。

 ルザヴェイ公塾側も流石に全てに於いて完璧を求めているわけでは無い。努力は重んじるが、同時に無理な物は無理だし、実技講座を取らずとも座学で基本的な知識は教えるので自主鍛錬の余地もあると判断している。

無理して全部取って全て中途半端で共倒れされるよりは、出来る範囲で頑張ってくれた方が遥かにいいのだ。

 ただ、最初から大きく手を抜けと言っているのではない。年度の最終試験で必要能力が満たされなければ、大きな怠慢があると判断されれば、一切の慈悲はなく留年させられるので戦闘力を上げるに越した事はないのだ。


「んー…………魔法の実技は、全部切っちゃおうかな?それよりも格闘系を選択したいんだよね」


 そんな事を踏まえた上で、3人の予想の遥か斜め上の解答をしたアルムに、フェシュアまでもがポカーンとしていた。


「強制でも無いし、最終的には試験に合格すればいいわけだし、魔法は正直に言ってしまえば自主鍛錬で如何にかなるし……………でも武道に関してはやっぱり1人じゃ限界があるでしょ?あとは図書館の本とかも沢山読みたいし、って考えると座学で『魔法』はやるから思い切って実技は切っていいかな?って」


 アルムがその真意について述べると、3人も少し納得したような表情になる。


「よく考えたら、自主鍛錬を超えてオリジナルの魔法まで作ってるルーム君には全然いらないのかもねえ〜」


「ウィルの魔法ストックを考慮すると、確かにいらないかもしれない。其れに編入試験でも試験監督相手に普通に渡り合ってたし」


「アルムさんが武道方面に目を向けるのも、そう思えば奇怪な事でも無いですね」

  

 実際には、アルムはイヨドの鍛錬の時間もかなり見こんでいた。

 座学の時間は共通だが、自由時間が有ればフェシュア、レシャリア、ジナイーダがこの様に部屋に訪ねてくる気がしていたし、実際に彼女達は初日からこうしてアルムの部屋にいる。

 また、アルムが故郷から帰還した時にイヨドの拷問鍛錬が急にスタートして彼女達とゆっくり話せない期間が長くできたのをアルムはすまなく思っていたし、恐らく公塾の寮だろうとこれだけの広さがあればイヨドが鍛錬を強行する事もアルムは予想していた。


 よって、これらを考慮するとフェシュア達が魔法の実技講座に打ち込んでる間の空き時間に、イヨドの拷問鍛錬を差し込んでもらうのが1番いいと考えたのだ。

 そうなれば自分の休養時間とフェシュア達の休養時間を合わせることができるとアルムは考えたのである。

 なのでこの際には魔法は逆にバッサリ切って、軍でも通用するような『総合格闘技』の実技を1つとっておこうとアルムは思ったのである。


「レシャリアは、天属性と地属性と水属性は切っていいんじゃないかな?ここに結界を張れば鍛錬場に行かなくても魔法は練習できるし、レシャリアには僕が教える事もできるよ?」


 アルムも僅か1年と数ヶ月でレシャリアに全てを教えることなどできていない。レシャリアにはまだまだマスターできてない分野が残っているのだ。


「え!?いいの!?」


 そんなアルムの提案に、子犬の様に目をキラキラさせて炬燵から少し体をズラしてアルムに飛びつくレシャリア。アルムはレシャリアの胸部装甲に目を向けないようにレシャリアの目を見て「全然構わないよ」と微笑んだ。


「獄属性はレシャリアの1番苦手な分野だし、フェシュアもジナイーダも取るでしょ?天属性に関してはレシャリアは実技講座取らなくてもいいくらいの実力はあるし、水属性も改めて取るほどの物でもないしね。あとは、フェシュアも水属性と地属性を切るならレシャリアと一緒に教えるけど、どうする?」


 そこまできてジナイーダはピンときた。


「アルムさん、私達の取る実技講座を揃えようとしているんですか?」


 フェシュアの魔法の適性属性は火・金・水・獄・地の五属性、レシャリアは火・金・水・獄・地・天の六属性、ジナイーダは火・金・獄の三属性である。


 ジナイーダとしてはフェシュアやレシャリア、アルムとは水・地・天の講座では別行動になる事を少し寂しく思っていただけに、アルムが切っていいと言った講座が少し意図的な事に気付いたのだ。


「こうして4人で過ごせる時間が出来るだけ揃えばいいなあ、と思ってね。それに2人は副クラス長だし」


 アルムはその意図にある想いを明かしたが、フェシュアはアルムの考えている事がもう一つ分かった気がした。


「ウィル、レーシャの事を考えてる?」


 アルムはやっぱり鋭いなあ、と思いつつ、自分の腰に抱き着いたままのレシャリアを見る。


「座学は動きがないからいいけど、実技とか動きのあるところで、レシャリアを男が沢山いるところに放り込むのは少し不安かなぁ、って思ってね。ねえレシャリア、正直に言うと入塾式の時も結構辛かったでしょ?」


 アルムがレシャリアの頭を撫でつつ優しい声で問いかけると、レシャリアは小さく頷く。


 入塾式の時に集まっていた大量の視線の全てがアルムに集中していた訳ではない。その隣にいる宝石の様な髪色で顔立ちも非常に整ったフェシュアにも視線は集まっていた。

 そしてそのフェシュアに匹敵する、フェシュアが美しいと称されるなら、可愛らしいと言えるレシャリアにも視線は集まっていた。

 さらにはその胸にも不躾な視線が、特に男子から集まっていた。


 彼等はレシャリアが聴こえてないと思って「あの子めっちゃ胸デカくね!?」と遠くで盛りがっていたが、レシャリアには声の質や形で言っている事が分かってしまうのである。なので式の間、フェシュアは密かにレシャリアの手を握り続けていた。レシャリアが内心ではとても辛そうなのを察して心の拠り所になるように手を握っていた。


 そして、それにはアルムも気付いていた。


「僕がガードとして間に立つ事もできるけど、それだと他の男子も大丈夫だと思って無秩序に近づいちゃうかもしれないでしょ?だからフェシュアとジナイーダの2人が揃っている講座ならガッチリとブロックできると思ったんだ。天属性はレシャリア1人になるから持っての他だし、水属性も地属性もフェシュア1人じゃガードの維持は難しいでしょ?だったら3人で一緒に行動してもらうのが1番いいかなぁって思ったんだよ。レシャリアの精神的にも負担が大きいし、フェシュアも気が散るくらいなら水や地は僕が教えた方がいいと思ったんだよね」 


 どうかな?とアルムが3人の反応を伺おうとすると、アルムの腰の辺りにくっついていたレシャリアが身をシュッと屈めてピョーンと飛び出すとアルムに飛びかかるように再び抱き付いた。


「どうしたの?」


 アルムは鍛え上げた体幹でそれをしっかり受け止めると、笑いつつ問いかける。だが、レシャリアは特に何かを言う事も無く、アルムにしっかり抱きついて甘えるような声で「んーーーー」と鳴くだけだった。


そんな幸せオーラ全開のレシャリアを見て、フェシュアは両肘を突きつつレシャリアの生態について呟く。


「レーシャは言葉に出来ないほど嬉しがってる。ほっといて大丈夫」 


 恐らくレシャリアに尻尾でも付いてたら引きちぎれそうなほど激しく振っていたのではないかと思うほどに、今のレシャリアは入塾式の辛さが全部吹っ飛ぶほどアルムの気遣いに喜んでいた。


「確かにアルムさんの言う通り、フェーナさんとレーシャさんはまだ集団への対応という面では不慣れな事もあるかと思いますし、私がその場にいれば露払いも可能ですね」


 一方でそんな物分かりの良いジナイーダに苦笑すると、アルムはジナイーダをじっと見詰める。


「ゴメンね、結果的にジナイーダに皺寄せが行っちゃって。その代わりね、僕も食事の時間はジナイーダに全部合わせるから、それでいいかな?クラス長って、クラス長だけのミーティングもあるし、更に首席と副首席だからこの専用寮も見て回ったりって他にもやる事もあるでしょ?僕とジナイーダは食堂の利用時間制限が完全に無いからジナイーダの望む時間に全部食事の時間とかを合わせるよ」 


 アルムとフェシュア、レシャリアは同じ黒尾組なので、1人だけ紅牙組のジナイーダはどうしてもアルムと過ごす時間が減るし別行動の時間も多い。それを考慮したアルムの配慮にジナイーダはとても嬉しそうに微笑む。


「はい、ありがとうございます」


 ジナイーダは幸せな様子を隠すことなく表情と雰囲気全てで表明する。アルムもそれを見て口角が緩むが、レシャリアの抱きついている逆サイドからフェシュアがスススっと寄ってアルムにしなだれかかる。

 フェシュアは何も言わないし表情も特に変わってないが、アルムはその目を見てフェシュアの気持ちを察する。

 構ってくれない飼い主に猫が突撃するように、フェシュアは目で訴えているのだ。

 そんなフェシュアにアルムは額を合わせる。


「フェシュアは何か一つ、別でね?」


「ん、それが1番嬉しい」


 結局1番大きい利益をちゃっかり引き出したフェシュアは、普段は見せない微笑をアルムの目の前で見せる。それがフェシュアが照れ隠し混じりにわざと見せた笑みでも、目の前でやられるとアルムの精神にクリーンヒットする。

 一瞬思考が真っ白になるアルムは、今度は背後からすり寄った存在に意識を引き戻される。


「アルムさん、何か余裕めいたものが出てきました?」


 いつの間にか炬燵からでて、アルムの後ろからそっと抱きついたジナイーダ。

 レシャリアの身体の感触でメンタルの防御率が下降しているところに、フェシュアの微笑がクリティカルヒットし意識の空白は出来たところに、ジナイーダに急に投げかけられた言葉。

アルムはかなり思い当たる事があって、精神的制御が間に合わずに思わず身体がビクッと反応する。


 そんなアルムにフェシュアもレシャリアもジナイーダもべったりくっ付いているので、その反応はしっかり彼女達にも伝わる。

 そして幸せメーターが振り切れて少し故障気味だったレシャリアまで正常化して、3人でアルムの顔を覗き込む。


「聞こうか聞くまいか私達の間でも悩ましい事だったけど、今この場を借りて聞いておく。ヴィーナとキスは確実にしてきた、これは間違いない?」


 アルムは緊張で体が強張りなにも答えられなかったが、彼女達はそれだけで見抜いた。


「それと、『通信機』でもヴィーナさんに“余裕がある”と言うのとは少し違うのですが、大きく一皮剥けたと言うのでしょうか?そんな印象がありました」


 そこにアルムの予想もしない言葉がジナイーダより投げかけられ、アルムの口内がやけに渇いて身体はますます強張った。


「ねえルーム君、ヴィーナちゃんになにをしてあげたの?」


 そしてアルムの心臓のあたりに手を添えて真っ直な瞳でアルムを見つめるレシャリア。


《ほら見ろ、こう言う時の女性の勘ってすげえだろ?》


 スイキョウのそんな呑気な言葉に、アルムはスイキョウの予想通り1発で見抜いてきたアートの目と同じ輝きを見せるフェシュア達に対して、アルムからじっとりと嫌な種類の汗が噴き出した。


 何時もはかなりアルムに対して鷹揚な彼女達だが、今回ばかりは粘り強く、ただし問い詰めもせずにジーーーーッとアルムを至近距離で見つめ続けた。


《アルム、諦めろ。こういう時に妙に抵抗すると拗れるから。白旗をあげる時は素早くがやるのが基本だぞ。てかレーシャの前で誤魔化し切るとか無理だしな》


 スイキョウの言葉に遂にアルムの精神防御壁が崩壊し、アルムは自棄になった様に洗いざらいぶち撒けた。

それはフェシュア達の予想の圏内ではあった。あったのだが、考えられる可能性の中で最も強烈なインパクトのある事だった。

 無表情がデフォルトなフェシュア、感情制御に長け常に余裕のある振る舞いができるジナイーダまで少し畏って座って俯き、顔を真っ赤にして半分フリーズしている。

 レシャリアもアルムと交際開始以降ようやく触れられるようになってきた部分を具体的にダイレクトに叩きつけられ、羞恥心メーターが振り切れるどころではなく吹き飛びかけていて口から言葉にならない声が漏れていた。


 美女とされるアート似の顔なので中性的な美少年で、温和そうな表情と雰囲気で、常に紳士的に振る舞おうとするのが普段のアルムだ。

 しかしそれは人里離れて両親に愛を注がれ続けた養育環境により、自分に常識的な面が無いと思っていたところにロベルタより擦り込まれた価値観が、“後天的に”アルムの中に生み出した価値観や立ち振る舞いである。


 誰しも育った環境で大なり小なり形成される性格が変わってくるのは当たり前の事である。

 しかし、人里離れて親の愛しかほぼ知らず真っ白で無垢すぎたアルムは、スイキョウの快楽主義的な部分とロベルタの教示に異常な迄に染まった。


 結果的に紳士的に振る舞う事はアルムにとっての“常識”になった。それが性格の一部としてアルムの中に形成されるまでに大きな影響を齎した。


 繰り返すようにこれはあくまで“後天的に”身についた事である。

 例えばアルムの父であるカッターが浮名を流しながらも大量のハニートラップをかけられて強い女性不信と軽い人間不信になり、アート1人を深く愛するようになったのはそんな“後天的な要因”が大きく作用しているわけである。


 言い換えればそれは人の心の“理性”とも“錠”とも言える。


 人食い民族が殺人を禁忌だと思わぬように、何かをして貰ったら御礼を言うように、周囲の環境に多大に影響されながら潜在的に築かれた“常識”が人の行動の指針として働く。

 しかしその後天的な気質、即ち理性の下にはその人物が元々持っていた気質が眠っている。

 例えばアルムの場合、努力をすることに長けたり我慢強いのは元々の気質である。

 元々眠っている気質とは即ち“本能”と呼べる物であり、アルムはそれを後天的な性質である“理性”でしっかり蓋を閉めて閉じ込める事ができる。


 だが、本能が大きく膨らみすぎてその強固な蓋をブチ破った時、アルムが“本当に持っていた気質”が雄叫びを上げる。

 普段アルムは抑圧しているだけに一度スイッチが入るとブレーキが殆ど存在しない。簡単に言えば“常にブレーキをかけて”生活してるので、其れが耐え切れなくなったら止まる事が出来ないのだ。


 そんなアルムに眠る“本当の気質”をフェシュア、レシャリア、ジナイーダはまだ強くぶつけられた事がなかった。


 ロベルタ以上にアルムの自己同一性の確立に於いて莫大な影響を与えたアルヴィナが開けたアルムの精神的な“錠”。自己を確立する上で多大な影響を齎したアルヴィナに強く求められ、アルムの奥深く眠る本質が強靭な理性を上回った。

 アルムが幾ら普段は中性的でも、その本質は何処までいっても浮名を流した父の血を強く引いている“男”だとフェシュア達は見せつけられ理解させられたのだ。



 フェシュア達はアルムが故郷から戻って以来、ずっと何か変わったと思っていた。

 自分達との身体的接触に動揺が小さくなったアルムに、更にはフェシュアにした様にアルムから積極的な身体的接触がする様になり、薄々何かあった事は気付いていた。

 それは3人の中でも1番純粋なレシャリアでも気付いた。


 多分アルヴィナとしたのはキス、だけではない。そんな事を何となく気付いていたが、なかなかそれを聞く勇気もなかった。


 しかし入塾式という1つの大きな行事が終わった事の開放感が、彼女達の勇気を少し後押しした。

 だが。予想に於ける最大値だとはフェシュア達も考えてなかった。部屋には静寂と妙な熱気と、とにかく居た堪れない空気で充満していたが、誰もなにも出来ず固まっていた。


 そんな空気はそれから5分後にレグルスが「アルム、一緒にメシ食いに行こーぜ!」と部屋を訪ねるまで続いてしまい、アルムはレグルスに密かに大きな感謝をするのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] おっと?まさか?赤裸々と詳らかに開示しましたか?w それは乙女にとっては刺激過ぎるかな?w
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