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「ウィル、お疲れ様」


「ルーム君疲れてない?何か飲み物とか…………」


「ありがとう、フェシュア、レシャリア。でもこれぐらいなら全然余裕だよ」


 朝早くにリタンヴァヌアを出発して、長い長い入塾式がようやく終わった。

 新入生代表挨拶をしっかりこなして、全てはリハーサル通りでこれといった問題はなし。来賓が退場し、アルムは漸く少し肩の力を抜いて座ることが出来た。


 入塾式が行われたのはロの字型の校舎の裏の左の方に位置する室内鍛練場である。


 ルザヴェイ公塾の鍛錬は殆どを屋外である校庭か運動場で行うが、“雨天時を想定した戦闘訓練”の様な特別な授業でもない限り、雨天時の鍛錬はその室内鍛練場で行われる。

 ただしそれはスイキョウの考えていた『体育館的なもの』ではなく、石畳の広い床を途轍も無く巨大な長方形タイプのテントで覆った物と形容できる物だった。


 それは3つあるのだが、今回入塾式で使ったのはその中で1番大型の物。その中に椅子や簡易ステージなどをせっせと運び込み会場は造られた。

 しかし、会場はテントに毛が生えた程度の覆いしかないので隙間風は滅茶苦茶入り込んでくる。なので来賓席だけ暖房器具などを設置しており、新入生の多くが寒さでカタカタ震えているのを代表挨拶でステージに立った時にアルムは目撃している。


 そんな少し環境的に厳しい場所で行われた入塾式だが、入塾式が終わってもすぐに解散では無い。来賓が退席して、そのあと休憩を挟んだ後に新入生へ改めて公塾に関する説明会が行われるのだ。

 新入生代表挨拶のため生徒の中で1人だけステージ寄りの教員席に混じって座っていたアルムは、式を終えてようやく本来の座席に座ることができた。

 尚、黒尾組はステージから1番遠い位置を割り当てられており、その座席は名簿番号や身長順などではなく、組の中の席次の順で座る。なので自動的に黒尾組でアルムの次に席次の高いフェシュア、レシャリアがその横に続く。


 よってアルムが戻ってきたのをフェシュアとレシャリアはすぐにわかり労わることができたのである。


「それにしても、ルーム君の挨拶すごく良かったよ!こっちにまでちゃんと声聞こえたし!」


「ん、とても堂々して綺麗だった」


「リハサールでも結構練習したし、それにジナイーダのアドバイスに色々と助けられた感じだよ。あとでお礼を言わなきゃね」


 アルムはこれまでの人生で大勢の人を前に演説などした事が無かった。

 そもそも、10人程度相手でもスピーチというものはアルムにとって全くの未体験ゾーン。あるとすれば、私塾抗争の時ぐらいか。


 そんなアルムに、万年首席と称されその手のスピーチを何度もこなしてきたジナイーダはアルムに色々と有益なアドバイスをしていた。


 それでもリハーサルと本番は違う。いざステージに立って大勢を前にするとアルムとて少し緊張はした。しかし紅牙組として1番前に座るジナイーダは微笑んで頷き、その横でニッと笑って軽く手を振ろうとしてジナイーダに密かに抓られてるレグルスを見て、アルムの緊張も解れた。

 そして座席の1番後ろにフェシュア達を見て、見るべき場所が定まったおかげで顔をしっかり上げて立派にスピーチができたのだ。


 黒尾組の首席ということもあり非常に視線が集まっているので抑えているが、アルムも問題なく終わったことに内心ではかなりホッとして、今すぐ姿勢を崩して座りたい気分だった。そんなアルムの情動をフェシュアは類稀なる観察眼で、レシャリアは“声の形”で察していた。

 だが、アルムの“大丈夫”に込められた意味を察して、それ以上は追求しなかった。


《いやー、ほんとお疲れさんって感じだな。初の大勢の前の挨拶にしちゃあ完璧って言えるレベルだったぜ》


「(そう言ってくれると頑張った甲斐もあるかな?)」


 そしてスイキョウからも労いを受け、アルムも心の中で張り詰めていた部分が少し弛緩する。今も気が抜けないのは同じだが、アルムにとってのスイキョウの労いはアルムにとって1番効くのだ。


《いや、ただ予想以上だな。新入生説明会は話聞いてるだけだからいいとしても、凄い視線の量だ》


「(少なくとも明確に敵対的な視線が無いのは助かるかな?)」


 そんなスイキョウの労いを受けてなおアルムの気が抜けないのは、まだ教員がいるからと言うよりも、大量の視線が自分に集中している事に気がついているからだ。

その視線の質まである程度理解できるようになってきたあたり、アルムも私塾に通い始めた頃に比べたら対人スキルもかなり上がっていると言えた。


《単純に新入生代表だからってだけでも無いよな。女子からは少ない値踏みと好意的な視線、男も勘のいい奴ほどアルムの隠してる実力を見抜こうとしてる訳だ。確かに、黒尾組だからといって舐め腐った視線とか差別的な視線が少ないのは、生徒の質が高いって事なんだろうな》


 スイキョウはその言葉の裏で、『学園系のあるあるイベントのかませとの小競り合いが起きなさそうだな』、と斜め上の感想を抱いていた。

 別にそんな事が起きればいいのにとスイキョウは願いはしないが、起きたら面白そうなのに、と考えるくらいにはスイキョウは“いい性格”をしているのである。


 それに、ただ単純にスイキョウが面白がるだけじゃなく、スイキョウは密かにアルムには色々な人種と接する事を望んでいた。

 アルムの今までを振り返っても、どうしたって人と関わる数が少なすぎる事はスイキョウも問題視していた。

スイキョウも沢山の子供の中で色々な人種と接して成長してきたと自認しているので、アルムには人の持つマイナス面にももっと触れさせる機会があればいいかな、と思っていた。


 スイキョウは様々な人種と接してきて人間の良い部分も汚い部分も沢山見てきた。そんなスイキョウから見ても、アルムの周りにいる人はいい人ばかりだった。

それはアルムの人徳故の部分がかなり大きいが、善性だけでは何かを守る力は弱いとスイキョウは思っていた。

悪性も理解するからこそ、善性をより理解し守っていけると考えていた。

 その悪性の部分は今までスイキョウが意識的にも無意識的にもかなりの割合で判別して弾いてきたが、アルムが自分でそろそろ判別できるようにならなくてはいけないと思い始めていたのだ。


《まあ、この先どうなるか分からんか》


 スイキョウは教員連中の何人かの視線をしっかり覚えてそう呟く。


「(え、どうなるってなにが?)」


《いや、穏便に過ごせるかって話だよ》


 だがそんな考えは露ほどもアルムには、アルムの為に明かさず、スイキョウは飄々とアルムの問いを受け流すのだった。



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