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「どう?」
「ん、似合ってる」
「すごいカッコいいよ!」
「非常にお似合いですよ」
時は4月。
アルムは遂に公塾の入塾日を迎えてルザヴェイ公塾の制服に身を包んでいた。
故郷を後にしてククルーツイによってフェシュア達へのお土産を買うなど余計な日程を経て、3月後半にリタンヴァヌアに帰還したアルムは郷愁に浸る間もなくせかせかと動いた。
まず最初にルザヴェイ公塾のスポンサーの1つである服屋に大急ぎで向かい制服のサイズ合わせや運動着の購入をした。
次に、長期休暇中にアルム宛てに届いていた公塾からの通知を元に色々と用意すべき物を買って回った。
公塾指定の靴を指定の靴屋に買いに行き、公塾の教科書(ルザヴェイ公塾ともなるとちゃんと教科書がある)以外の指定された本などを指定の本屋で買い揃え、マナーの講座で使うティーポットやカップなども色々と買い揃えた。
そもそもとして公塾は大商人がスポンサーなので、物品の指定購入先は皆その関係者で「正直これって使わなくない?というより公塾で用意できるよね?」と思う物まで購入させられるのである。世知辛い現実だ。
そんな理由でクラス長だろうが首席だろうが今回ばかりは関係無く、全部指定金額で買い揃える必要がある。
それら全てを購入するだけでなんと250万セオン近く使用しており、アルムは「何かにつけてもお金がかかるなぁ」と苦笑していた。これでも学割が効いているというのだから更に驚きである。
因みに、アルムは金冥の森の5th〜6thエリアの魔草などをサークリエに、魔獣素材などをイラリアに、売ってもいい分は売り払ったお陰で、金集めに奔走していた頃とは比べ物にならないほど懐が暖かい。
加えて家を出る前に、アルムの為に貯めていたお金をどうか受け取ってくれと祖父から渡されており、今のアルムはもう2人くらいルザヴェイ公塾に余裕で通わせられるだけの資金を現在持っていた。
なので250万セオンの金額を苦笑で済ませられるのである。
アルムは公塾で必要な物を一通り買い揃えると、その後は公塾より送られてきた大量の通知を読み込んだ。
それは公塾の規則や授業、年間スケジュールなど様々なのだが、アルムはその通常の通知に加えてクラス長にまつわる書類がありそれも読む必要があった。
その状態で更にアルムのスケジュールを詰めてきたのが首席関係の書類である。
クラス長の取り纏め、つまり一年次全体の代表なので色々な追加の通知が増えた上に、年次代表として入塾式で新入生代表挨拶をしろだの、それに関わるリハーサルをするから3月末に一度公塾へ来いだのと色々な指示がされていた。
なのでジナイーダのアドバイスを受けつつ新入生代表挨拶の原稿を仕上げ、単身公塾に赴き入塾式のリハーサルを行い、と割と忙しく動き回っていた。
イヨドはイヨドで2ヶ月半以上も休暇をくれてやったと言わんばかりに、今度は拷問鍛錬第1弾と第2弾を両方行う事を宣言。隙有ればイヨドに鍛錬させられて、いなかった分を超割増でサークリエから講義を受けて、寮生活が始まるのでそれに関わる用意(フェシュアやレシャリアの荷物まで預けられた)もして…………………とアルムの予想より遥かに過密なスケジュールが組まれたのである。
其れ等が全て終了して、4月5日入塾式当日にしてアルムは初めて制服姿をフェシュア達に披露していた。
ルザヴェイ公塾の指定制服は冬用の警察官の制服に近いデザインで、濃紺をベースに各組の色に合わせたネクタイを着用する。つまりアルムは黒尾組なので黒色のネクタイである。またそのネクタイには横に金の線が1本入っていて、1年次生であることを表している。
制服の背中には金字でルザヴェイ公塾の校章が記されており、アルムは胸に黒龍のバッジ、銀の校章のバッジ、金の六芒星の計3つのバッジも付けていた。
因みに、女子の制服はスカートの丈が少し短めの、紺色ベースのキャビンアテンダントの制服に近いようなデザインの制服である。また、男子同様に背中には金字で校章が描かれて、組の色に対応したネクタイを着用する。
よって黒尾組のフェシュアとレシャリアは黒のネクタイを、紅牙組のジナイーダは赤のネクタイを着用していた。
それに加えて、フェシュアとレシャリアも金の六芒星のバッジを、ジナイーダはそれに加えて赤龍のバッジと銅色の校章のバッジを胸元につけていた。
スイキョウにはフェシュアは特に髪型的にキャビンアテンダントのコスプレをしている少女に見えて仕方がなかった。
「フェシュアもレシャリアもジナイーダも、より大人っぽい綺麗さが出てるよね。凄い似あっているよ」
アルム同様にそんな制服に身を包んだフェシュア達。
アルムの言葉を受けて、「ん、ありがとう」と言ってクルっと一回転し全体を見せるフェシュア。「えへへ、そうかな?」と少し恥ずかしそうにしつつも笑顔のレシャリア。「そう言って頂けると嬉しいですね」と微笑むジナイーダ。
三者三様の反応は各々の性格がよく現れていた。
「ジナイーダにはまた馬車を出してもらう事になったけど、会長夫妻にまたお礼の手紙を仲介してもらってもいいかな?」
「勿論構いませんよ」
本日の入塾式では、編入試験の時と同様にジナイーダがモスクード商会の馬車をリタンヴァヌアに向かわせ一緒に乗せていってくれることになっていた。ただし今回は一台だけで、アルム達4人を乗せて行く。
「新入生代表の直前リハーサルで早く行かなきゃいけない僕に付き合ってくれて、みんなありがとね」
「遅刻は問題だけど早く行く分には構わない、極端は問題だけど」
「今日は馬車ですと入塾式の来賓関係者の馬車とかち合って混雑しますので、早めに行くのは合理的ですからね」
「それにルーム君に合わせてあたし達も早起きの習慣が身についてるしね!全然大丈夫だよ!」
実はアルムは新入生の集合の時刻より1時間早く公塾に到着する事が求められている。
その理由はスポンサーである来賓への事前の挨拶と入塾式の直前リハーサルの為である。
八大公塾と称されるルザヴェイ公塾の規模になってくると国からの支援金では到底全てを賄えない。
なのでスポンサーからの出資は非常に重要になるし、公塾側で生徒に用意する物もスポンサーから買い上げる事で値引きしてもらう事もできるのだ。
スポンサー無くして公塾の運営などは到底できず、例えば模擬戦用の練習用の武器はモスクード商会が中心となり用意しているし、食堂で提供される食事の材料は食料品関係を取り扱う大商会の助力がなければ用意できない。
そんな理由があり、“お客様は神様”の如く“スポンサーは神様”と言わずとも(実際にそんなことを言えば神に対して非常に罰当たりである)、それほど公塾にとっては重要な存在なのである。
故に彼等に対しての非礼は許されない。丁重におもてなししなければならないのである。
そんな訳で来賓でスポンサーが来るので入塾式でのミスなど許されないし、年次代表ともなれば“公塾抗争”でもリーダーを務める可能性が高い。よってスポンサーの関心も高く、事前に顔合わせをする必要がある。
因みにジナイーダの父であるモスクード商会会長も来賓として入塾式には出席する。
彼もアルムと話す機会はあまり逃したくないのでまた馬車で話したいとも思うのだが、入塾式開始より1時間以上早く自分が公塾に着いてしまうと公塾側を大きく慌てさせるので今回は泣く泣くその機会は見送った。上位者が先に行ったら周囲に気を使わせてしまうので、少し遅れるぐらいが良いのだ。
一方でレグルスは男友達の馬車に乗ってジナイーダとも会長とも別口で後から公塾に行くことになっている。
理由としてはシンプルで、そもそも馬車の最大乗車人数が4人であり、かと言って会長と一緒の馬車に乗って向かうと確実に遅刻する時間だからである。
それに彼もかなり勘が鋭いので、冬休みに入って以来ジナイーダが寂しそうな雰囲気を醸し出している事に気付いており、それがアルム絡みだともなんとなく気付いていた。なのでジナイーダと何かあったのかと冬休みを利用してアルムと遊ぶついでに聞き出そうとしたら、アルムは暫く不在と言われれば彼も色々とピンと来るわけである。よってレグルスは気を利かせてさっさと他の男友達に声をかけて入塾式の日に一緒に行く約束を取り付けていた。猪突猛進に見えて意外と気が利くのである。
ただしそれを入塾式前日まで両親に言い忘れていて怒られたのが、レグルスらしいと言えばレグルスらしいツメの甘さであるである。幸い、今回ばかりはジナイーダが庇ってくれたのでお咎めも軽く済んでいた。
尚、レグルスもアルムとジナイーダが交際している事は知っている。むしろアルムとジナイーダからそれを聞かされた時、「もうとっくに付き合ってたかと思ったぜ。あ、よく考えたらこのままいけば俺はアルムの義兄さんになるんだな。アルム、今から俺の事を兄貴って呼んでもいいイタタタタタ!ジーニャ、ギブギブギブ!肉が千切れる!」と余計な事を言って顔を赤らめたジーニャに抓られている始末である。
レグルスは出来が良すぎて逆に結婚相手がいなくなりつつあった妹を、自分の友人関係で並び立つ者のいないほどズバ抜けて出来のいいアルムが貰ってくれるなら兄としては大歓迎であり、“彼なりに”応援する気ではあった。
彼はジナイーダが交際に漕ぎ着けるまでは中立の立場を崩さなかったが、それは友人であるアルムの為でもあって、アルム側もOKならレグルスも応援できるのである。彼は普段の立ち振る舞いで分かりにくいだけで、とてもよくできた男なのだ。
閑話休題。
アルムはそんな理由で早く公塾に行かなければならないのだが、2ヶ月半、厳密には公塾の入塾の際のあれこれでゆっくり腰を落ち着けてアルムとフェシュア達は話す機会がなかった。
なので馬車で公塾に向かうまでの時間だけでもアルムと共に過ごしたいとジナイーダは思い、両親にその旨を伝えて馬車を出す事の了承をあっさり得て、自分と同じ様に寂しい思いをしたフェシュア達も誘ったのである。
よって出発時刻は非常に早くなるのでジナイーダがリタンヴァヌアに到着したのは実は昨日の昨夜。開き直ってリタンヴァヌアに一晩泊まらせてもらい今に至る。
今回の一件で1番可哀想だったのはお嬢様の我儘に付き合わされたモスクード商会専属の御者だろうが、その御者もアルムがサークリエに許可を取り従業員用の部屋に宿泊。彼はリタンヴァヌアの従業員の待遇には驚きっぱなしで、快適な一晩を過ごして栄養満点の食事も頂いて逆に妙に艶々していたのをアルム達は目撃している。
閑話休題。
一晩泊めてもらった事でジナイーダも早朝とも言えない時間に家を出ずに済み、13階エリアでアルム達と食事を済ませ、彼女は朝からアルム達の身嗜みのチェックに助力していた。そんなジナイーダのアドバイスを色々受けて漸くアルムも制服をピシッと着こす。どうしても新品の制服は着るというより着られる印象が強くなるのが通例だが、ジナイーダは色々と工夫を加えてちゃんとアルムが着こなせる様にしたのである。
4人が改めてお互いの制服を確認し合い、いよいよリタンヴァヌアを出ようと言う所で、アルム達は滑車の前にサークリエが佇んでいるのを見つける。
「随分と様になってるじゃないか。あんたがここに来てからもう1年半も過ぎたと思うと少し感慨深いものもあるね。いい面構えになったよ、アルム」
サークリエは制服姿のアルムを見て微笑み、何時ぞやのようにハグをする。
「あたしの直弟子はもっと小さかった気がするんだが、随分と大きくなったもんだね」
「ええ、確かに身長は伸びましたよ」
アルムが初めてリタンヴァヌアに来た時、アルムは既にサークリエより僅かに身長が高かった。だが、今のアルムとサークリエでは大きく身長に開きがあった。
アルムはサークリエを軽く抱き返すと、何方ともなく離れて微笑んだ。
続いてサークリエは「私は?」と言うように自分を指差すフェシュアを見て笑った。
「あんたは身長の倍、態度ばっか大きくなったね。まあ、その数倍実力もつけた最高の直弟子だよ」
サークリエはそう言って、初めて顔を合わせた時から大きくなり今や自分と同じ背丈になったフェシュアを抱きしめた。
そんなフェシュアは、ほんの少しサークリエの背に手を添えて微かに微笑んだ。
「師匠から皮肉一切なしで褒められたの、初めて」
「そりゃあんたが普段から憎まれ口ばっかりたたいてるからだよ」
サークリエはフェシュアから離れると、コツっとフェシュアの頭を叩いて呆れたように笑った。
そんなサークリエとフェシュアを見てニコニコしていたレシャリアも、不意打ちでサークリエに抱き締められる。
「あんたも、うちの直弟子をよく引っ張ってくれたよ。あんたがフェーナに与えてる影響はとっても大きい。癖のある奴だが、根は腐っていない。これからも一緒にいてやっておくれ」
「ずっと一緒にいますよ!」
サークリエの頼みに元気に応えるレシャリア。そんな真っすぐなレシャリアに暖かく微笑んだのち、奥に控えていたジナイーダもサークリエはそっと抱き締めた。
「あんたにゃこれから凄い苦労をかけるね。うちの直弟子どもは性根も志も悪くないんだが暴走しだすとなにをしでかすか分からん。レーシャもストッパーになるどころか背中を押しちまうからね。1番の常識人であるあんたが自動的にストッパーになっちまうんだが、頼めるかい?」
サークリエの冗談めかした言葉に、思い当たる節のあるアルムとレシャリアは気まずそうに目を逸らし、フェシュアはシレッと「なんの事だかわからない」と返す。
対してジナイーダは「お任せください」と冗談めかした口調で答えた。
「特にアルムは、何か大きな物を惹きつける星の元に生まれてるようだから気をつけておくれよ。それと、あんたは後ろに控えて皆を支える素晴らしい美点を持ち合わせているが、時に前に出て自分の願いを伝える事も大事だと言うことを忘れちゃいけないよ。これは余計なお世話だったかい?」
付け加えられたサークリエの暖かな言葉にジナイーダは表情を緩ませ、サークリエをそっと抱き返した。
「そのお言葉、胸に深く留めておきます」
ジナイーダの言葉にサークリエは頷くと、少し離れて改めて4人を見る。
「あんたら4人がつるんでどうにもならん事なんてそうそうないだろうさ。まあ、万が一の時は私の事をいつでも頼りな。アルムやフェーナだけじゃない。レーシャもジーニャもだよ。『無理は程々に』って言うだろう?」
「師匠、普通は『無理は禁物』が正しい」
サークリエの言葉にサラッと切り返すフェシュア。サークリエはその言葉を「そう言う無駄口叩いてるうちの無理は無理じゃないのさ」と一蹴して笑った。
「あんた達はもう立派に育ったよ。さあ、行っといで!」
「「「「いってきます!」」」」
師匠の激励を受けて気合い十分なアルムや元気の良いレシャリアだけでなく、フェシュアもジナイーダも大きな声で挨拶を告げる。
そんな4人にサークリエは嬉しそうに、そして眩しい物を見るように目を細めた。




