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「次はアルムの番よ」


【魄鱗】の新しい技能を披露したあとは、アルヴィナはアルムにも3年間で身に付けた事を見せて欲しいと言った。


 アルムはワープホールを見せたらどうなるんだろうなあ、と悪戯心が芽生えつつも、今の楽しそうなアルヴィナを見ていたかったのでその思いは胸にしまった。


「まず、アルヴィナにも利益がある物で言えば新しい粘度の素性かな?結構種類が増えたからアルヴィナに教えるね」


 アルムはスイキョウとシンクロが可能になった事により、スイキョウの伝える概念の模倣がかなり楽に出来る様になっていた。


「『コンクリート』って名前の素材が、強度や耐熱、耐寒など色々な用途に合わせて5種類、さっきアルヴィナが壊したやつね。それと道路舗装に役立つ『アスファルト』って素材が1種、ガラスが6種、色付きレンガが17種、用途別レンガ5種、砂ベースの染料6種、陶磁器用22種ってところかな?焼く為の温度とかも全部教えるから、ラフェルテペルと協力すれば作れると思うよ?」


 アルムが取り敢えず地属性魔法のみで生成可能な物を挙げてみると、アルヴィナはなにを言えばいいのか分からない、と言いたげな表情になった。


「貴方……………ポップコーンより遥かに恐ろしい隠し球をそんなに持っていたのね!?レンガ、ガラスまではギリギリわかるわ。でも新素材って、貴方が一から作り上げたって事!?」


 捲し立てるように詰め寄るアルヴィナの肩を押さえてアルムはまあまあ、と落ち着かせる。


「ククルーツイの図書館や師匠の貸してくれた本を読んで、それを参考に色々やってみたんだよね」


 実はスイキョウの知識がベースとは言えこれもまるっきり嘘ではなく、実際に本の中からアルムとスイキョウで複製して出来ないか実験して生み出した物も少なく無いのである。


「アルヴィナの言う通り遥かに儲かるけど、利権関係が恐ろし過ぎて教える気になれなかったんだよね。でもアルヴィナはこれから北方開発に携わるわけでしょ?それに役立つから教えておこうかな〜…………………なんて、思ったり?」


 実際1番手こずったがスイキョウの考える性質に近い物になったアスファルト“擬き”は、凄まじい魔力の制御能力が必要だが、道路の舗装に関しては最強の素材である。


 寒さや熱にも強く、耐久性も高い。馬車が通る上でもかなり安定した状態を維持できることが予想された。


「利権関係を丸投げする気なのかしら?」


「ううん、ヴェル辺境伯に丸投げするつもりだよ」


 アルムのその言葉に、アルヴィナは何をアルムが指し示しているか察した。


「つまり私がこれを習得し、それを私の指導をしてくれるヴェル辺境伯傘下の魔術師に伝授する。するとそれを絶対に使おうとするから、そこで私は知らぬ存ぜぬを決め込んでしまえばいいわけね?」


「ただし『アスファルト』だけだよ。あまりやり過ぎても大事になるかもしれないし」


 アルムはそう言って、自分が3年間で編み出した物を次々とアルヴィナに伝授した。

 本来はそんなすぐに伝授できるような代物では無い。しかし蛇モードに変身し魔力の感知に最大まで特化すれば、独学でも粘土込みの泥の魔法を習得する天才であるアルヴィナは、何度か試して直ぐに習得していく。

 無論、流石に組成は1発では覚えられないが、アルムは組成と焼き上げる為の方法や温度などを記した本をアルヴィナに用意している。これはレシャリアに魔法を教えるときに使った物で、結局レシャリアは1/8しかマスター出来なかった。 

 しかし地属性特化のアルヴィナはその内容を頭に叩き込む事で最高難度のアスファルト擬きも十回目くらいでしっかり感覚を掴んだ。


「今教わった物だけで、帝国公権財商がまた1つ増えるレベルの知識だわ。この本も拡張収納袋に封印ね」


 大きな金を動かす立場に居るだけにどうしてもそのような視点から物を見る癖ができてしまったアルヴィナは、ザッとこの魔法による利益を試算して胃がキリキリし始めていた。

 特にアスファルトはアルヴィナも「これはあまりに優秀過ぎる」と瞠目したほどだった。


「開発迄の期間が1/2まで短縮出来るかもしれないわね。代わりにヴェル辺境伯はその利権関係で国と想定の50倍くらい辛い交渉をする羽目になるわね」


 アスファルト擬きを生成するのはそう簡単ではない。下手をすれば完全習得に年単位かかる代物だが、それでも地属性使いの地位向上は確実と言えるほど強烈にインパクトのある代物なのだ。


 アルヴィナはむこう20年内には帝都および帝都衛星都市の道は全てアスファルトに切り替わってるんでしょうね、と予想できた。



 そんな国一つ動かすような新素材を披露したのち、アルムは薬毒生成や新しい作り上げたオリジナル魔法や複合系オリジナル魔法を披露した。


「アルムって今幾つの魔法の引き出しがあるの?」


「実戦使用可能段階では200種類、薬毒や今の地属性の奴とか召喚属性とかを別個にカウントすると5000は軽く超えてるのかな?」


 六属性全てに適正を持ち、その上全てが完全に使用可能となるとそれを組み合わせた複合系の習得も可能であり、加えてスイキョウの魔法まで最近は組み合わさるのでアルムも全てを把握できていなかった。


 幾らアルムの記憶力がおかしいとは言え、記憶の蓄積とそれを引っ張り出すのはまた違う話しなので、アルムもざっくりとしか回答出来ない。

 アルヴィナはそんなアルムの胸をポカポカ叩く。


「サラッと言わないで!何処に5000も魔法をストックする14才がいるのよ!?まるで歩く魔導書よ!私の心臓を止めるのが貴方の趣味なの!?」


 アルヴィナも自分の不満が理不尽だとは分かっているのだが、もう少し重々しく明かしてくれれば身構えることもできるのに、毎回毎回サラッとアルムがおかしなことを言い出すのが最早ワザとに思えて仕方がなかった。


 因みに、普通は100も魔法の引き出しが有れば魔術師界の上澄み扱いである。


 アルムの様に即習得し練度を上げて次々に魔法の引き出しを増やし、更には別々の魔法を組み合わせて別の魔法を作り出してしまうアルムが異常なのである。


 これもまた【極門】が相当にアルムに作用しており、アルムは魔法の使用感覚を蓄積する事に異常に長けているのだ。それを修正し、データを蓄積し、それを元に再び改良する。

 アルムは皆が手書きで板書を移している中、板書をスマホで撮影して刷ってしまうぐらいのレベルの違いで魔法を覚えるのが速いのだ。



「私、多分魔法ストック数は250いかないわよ。その代わり……………一芸に特化はしたつもりよ」


 アルヴィナはポカポカと叩いた事で精神を少し安定させると、アルムに驚かされるこの感覚も懐かしいわね、と思いつつ今度は自分がその成果を披露し始める。


「私もアルムと同様に泥を焼き上げる事による副次生成物に着目したわ。私塾抗争でレンガを用いて勝利を収めた後、ラフェルテペルがいるなら同様の事が出来ると思ったのよ」


 アルヴィナはそう言うと、それに応える様に火の粉と共にラフェルテペルが現れた。


「けれど当時の粘度のサンプルでは限界があったの。だから私は、ヴェル辺境伯領側との北方開発の交渉の際に、地質などを調査する名目であるだけの砂や土を集めて貰ったのよね。特にヴェル辺境伯領って火山や多数の鉱山資源も存在しているから、私の知らないサンプルを得られると思ったのよ」


 因みにヴェル辺境伯は未開地もまだまだ多く存在しており、複数の大型の魔重地も存在している。

 火山も点在する形で存在し、身体能力の高い獣人種が鉱山をせっせと掘り進めるので採掘量もかなり多かった。


「結果は大当たり。基本的な土や砂から火山帯でしか採取できない様な物、しかも多種多様な金属を含むような砂のサンプルまで手に入ったの。話は変わるけれど、アルムって地属性魔法に於いて有名な『ケスルパラスの空論』って知ってるわよね?」


 地属性魔法は魔法の中でもかなり物質的な面で生成を司る少し特殊な魔法である。

 魔法でありながら物理的要素を多く内包し、土の壁を作ったり土の針山を生成したり土のドームを生成したりと『土』に関わる魔法が数多くある。


 その中でより利便性の高い『土』はずっと研究され続けてきた。

 そんな研究史の途上で時のとある権力者がこう言った。


『土などと言わず金属を作ればいいではないか。土が造れて金属が出来ない道理はあるまい』


 その権力者は地属性魔法は使えないので実際に『土』を造るだけでもかなり困難な事をちっとも理解しておらず、常識知らずの大馬鹿やろうの烙印を押された上に殆どの地属性魔法使いにそっぽを向かれて失墜した。


 しかしそれから少し経って「確かに金属って地属性魔法では作れないのか?」と言う疑問が地属性魔法の使い手の中で広がった。


 地属性は大地にまつわる魔法を司る故に“地”属性魔法である。

では金属の元である鉱石はどこで採掘されるのか?それは当然ながら鉱山などが挙げられるが、鉱山とて大地の一部である。


 理論上は地属性魔法で金属を生成する事は可能なのでは?

 そんな意見が地属性魔法を使う者の中からも出された。


 しかし実際にはそれに成功した者など1人もいないし、挑んだ者も全員が挫折した。


 やはりただの机上の空論で夢物語。

 やがて発端となった権力者の名からとりその理論を地属性使いは『ケスルパラスの空論』または『ケスルパラス問題』と呼ぶようになっていた。


「私は金属の多く含まれた砂のサンプルなどから、まずその砂を含んだ泥の生成を目指したわ」


 それは膨大なトライアンドエラーの繰り返しだったが、異能の力も後押しして人外級の魔力感知能力を使う様になったアルヴィナは、アルムを持ってして天才と評価した繊細な魔力操作でその感覚を元に特定の泥の生成を続けた。


「実験を開始して1年くらいだったかしら?砂の組成をそもそも変えてみたり、ヴェル辺境伯傘下の人から直接鉱石を調達してもらって、それを砕いて砕いて砂にして ……………そんな研究の日々で、私は漸く金属的性質を含んだ泥の生成に辿り着いたわ」


 しかしそれをあまりに不安定過ぎて実用に耐えるものでもなければ偶然に近い代物だった。

 だが、アルヴィナは諦めずに一度掴んだ感覚を頼りにその偶然を必然へと近づけていった。


「それと同時に金属加工について一から勉強したわね。買収した鍛冶屋から根掘り葉掘り金属について知っている事全てを聞き出したわ。そしてそれを元にラフェルテペルに協力してもらったのよ」


 アルヴィナはそこで言葉を区切ると、アルムでさえ追いきれないほどの膨大な数の魔力のラインを作り出し空中に黒い泥の玉を作り出す。


 するとその玉にアルムでも顔を顰める高熱でラフェルテペルが膨大な魔力を込めた炎を噴きかけた。

 アルヴィナはそれに構わず微細な温度変化を見て5秒おきに供給する泥を変えるような異常な作業を続けた。

 炎でズタボロになりかけるラインを強引に繋いでラインをグネグネ動かし何かを引っ張り出すようにしつつ、魔力をガンガン注ぎ込んで何かをし続けた。


 そんな作業が10分ほど続いた所でラフェルテペルは遂に火を噴くのをやめた。

 アルヴィナは水筒の水をゴクゴク飲んで魔力と共に失われた水分を補給しつつ、仕上げに生成物に魔法で作り出したありったけの冷水を放射する。


 そして完全に魔法の制御を失った熱の余波で融解し始めている雪の上にドスッと落ちた。それをアルヴィナは拾い上げ、アルムに見せる。


 それは手のひらサイズのゴツゴツしていて黒光りのする石だった。


 しかしそれがただの石ではない事はアルムは探査で分かってしまっており、頭がオーバーフローを起こして言葉が迷子になっていた。


「鉄…………は無理だったけれど、鉄含有率45%鉄鉱石、いいえ、厳密にはかなり低品質であるものの鉄の魔化金属であるマーズリウムの鉱石よ。これを然るべき場所へ持っていけばちゃんとマーズリウムになるわ」


 金属や宝石を人工的に魔化させる試みは『ケスルパラスの空論』よりも遥か以前から取り組まれてきた事である。


 危険極まりない迷宮でしか採取できない軍事物資をもっと簡易に手に入れるには、通常の金属を魔化できれば解決でしょ?とは子供でも思いつきそうなレベルの話である。

 しかしそれは一切成功しなかった。魔力を大量に帯びた状態に作り替えるがどれだけ荒唐無稽な話なのかは実際に携わってみるとすぐ分かるのである。理論上は可能と言えど、今の段階でそれをやると言うのは焚火で黒鉛をダイヤモンドに変えようとしているくらい無謀な取り組みなのだ。

 その無謀が、覆された。


「ポイントはラフェルテペルが膨大な魔力を炎に込めてライン維持を強制的に揺るがせて余剰物質を除去する工程にあるのよね。この時に生成しながら膨大な魔力を浸透させる事が可能になるのよ。

だから逆に普通の鉄は作れないけれど、マーズリウムの方が出来てしまったの」


 人の二大悲願を目の前で成し遂げられ、アルムはもう何をどう言えばいいのかわからなかった。


 伝説の魔法などを見れば『本当にあったんだ!』と言うテンションになるが、そもそもとして不可能だとされていたことをしかも2つ同時にクリアされてしまうと、人は驚愕のあまり口が機能を停止する。そんなどうでもいいことを頭の片隅に浮かび上がらせるくらいにはアルムの脳内は混乱していた。


 そんなアルムの顔をアルヴィナは覗き込む。


「アルム?ねえ、聞いてるのかしら?」


 反応の薄いアルムに痺れを切らしたのか、アルヴィナはアルムの襟首をグイッと引き寄せるとアルムにキスをかます。

 しかも顔を真っ赤にしつつ今まで数度しかお互いトライしてない舌を入れる状態での濃いキスをする。

 そんなアルヴィナの背にアルムの腕が反射的にアルヴィナを抱きしめようとしたところでアルヴィナはスルリと離れる。


「…………聞いてる?」


「ダメ、色々といっぱいいっぱい」


 アルムはそう呟くと、色々な物を振り払うように頭をブンブン横に振る。そこからアルムが正気を取り戻すのには30分以上もかかるのだった。











―――――――――――――――――――――――――――



【補足】


『ケラスパラスの空論』と地属性魔法の解説



 地属性魔法により土を創製できる事は解説してきた通りですが、では何故“金属”のみならず“石”も生成できないのかについて説明致します。


 今までもアルムは土の壁などを生成し身を守ることがありましたが、“石”の壁の方が確実じゃないか?と疑問を感じる人もいると思います。

 しかしそれは難しい事である事をこれから解説します。



 例えばの話、いきなりペンと紙を渡されて「レオナルド・ダヴィンチの『最後の晩餐』を精緻に模写してください」と言われたとします。

 この場合、完成した『最後の晩餐の模写』が魔法で作り出そうと思っている物質を指し示します。


 恐らく大多数の方は模写をする際に「見本が欲しいな」と思うでしょう。頭の中で薄ぼんやりと『最後の晩餐』の大まかな構図は思い出せるかもしれませんが、机の上に何があって誰がどんな姿勢をしていたかを正確に全て思い出せる人は中々いないのではないでしょうか?キリストが真ん中に居て…………それ以外は?


 魔法も同様に、魔力に概念を与えるプロセスに於いて『具体的なイメージ』が必要になります。そのイメージは記憶媒体を兼ねる精神体から引き出されます。


 この時に具体的に物質として魔力を変質させるのは他の魔法とは比べ物にならないほど困難なのです。

 その点に於いて地属性魔法は他の属性と比べてかなりイレギュラーな性質を有していると言えます。


 基本的に火や水など魔法で作り出せるものには可変性があります。魔力が注がれている間のそれらは実際の火や水ではなく、概念を強引に作り出しているような物なのです。それが物体に何らかの作用を起こし概念が干渉した『結果』が生まれるのです。

 一方、『土』は具体的に“固体”として物理的に存在するので“土”が魔法で生成される事自体が魔法の『結果』になります。

 その代わり他の魔法と違い瞬間的な魔力消費は断トツで大きく、即座に結果として世界に定着する為にその後のコントロールは不可能になります。


 なので魔法で“土”を造ろうとするなら瞬間的に具体的なイメージを持って一気に魔力を操作できる能力が無いとそもそも出来ません。


 また地属性魔法を使用できる者は生まれついて『物の本質の精細な理解』について高い才能があります。それ故に物の本質を探る『探査の魔法』が使用でき、高度に具体的なイメージが必要な“土”を魔法で生み出せるのです。

 その前提には火よりも物質的に存在する“水”を扱える、つまり水属性魔法の素養と、実体である肉体に魔法を作用させられる金属性魔法の素養が必要になってくるのです。

 この様に両方の“実体”に対する素養があり地属性魔法は初めて使用の必要十分条件を満たします。そしてその2つに加えて“物の本質の理解”に素養があれば初めて地属性魔法の使用に至るのです。

 地属性魔法は水属性と金属性の両方が扱えないと使えず、またその両方を使えても地属性魔法を使える人と使えない人が存在するのはこのような理由があるのです。


 閑話休題。


 ではここで話を先程の例え話に戻します。


 先程、『最後の晩餐』の模写に於いて見本が欲しくなるだろうということ述べさせて頂きました。

 しかし、例えば『最後の晩餐』について10年以上研究をし続けている方に模写を依頼したらどうなるでしょうか?その方が10年以上毎日毎日『最後の晩餐』をじっくり観察している生活をしていれば、頭に焼き付く程に強烈に完成形が記憶に残っているでしょう。

そんな人に『最後の晩餐』の模写を依頼すれば、一般的な人より遥かに具体的な見本が頭に叩き込まれているのでより正確な模写が可能になる事は予想されます。


 これを地属性魔法に置き換えててみましょう。


 『最後の晩餐』の模写が“魔法で作ろうとしている物”とします。

今回の場合は“土”としましょう。

 『土』はこの世に生を受けた時からずっと側にあり続けます。人は大地を踏み締めて歩きます。アスファルトなどと言う物で大地を舗装されていないアルムの世界では家を出れば砂の道が目に入ります。普段生活している自分の下にはずーーーーーーーーっと“土”が存在します。

 そして先天的に『物の本質を理解する』事に特化している地属性魔法を使える者は探査の魔法を使わずとも無意識的に周囲の物質の性質が頭にインプットされ続けています。


 その時そのインプットされる情報で最も膨大なのは、どこへ行こうとも自らの下にあり続ける“土”です。


 つまり『最後の晩餐』を10年以上毎日研究しているどころではなく、生まれからひと時も途切れることなく“土”と言う物に地属性魔術師は触れ合い続けてそれが潜在記憶(データベース)に蓄積されているのです。


 それ故に“見本”を見ずとも“土”だけは魔法で創製可能なのです。


 一方で“土”という曖昧な概念はより具体的に理解しようとすればするほどイメージ化が困難になります。

 

 例えば様々な地方から別種の土を持ってきてもそれは皆が“土”と理解できます。


では“石”はどうでしょうか?


 花崗岩のカケラ、チャートも石ですし宝石も石にカテゴライズされます。“土”より更に大きな性質的違いがハッキリと存在するのでまずその具体的な理解が必要になります。

 また魔力を物質として具体的に存在させる為には瞬間的な魔力が多く必要になります。“土”は小さな物質を沢山創製して集積させれば作れますが、石はサイズが大きい分瞬間的な魔力が大量に必要になる訳です。

 ではサイズを小さくすればいいのか、となると“土”と“砂”の定義が曖昧になります。


 魔術師は凄く大まかに“土”という概念を魔力に付加させているだけなので、その土に含まれる具体的な物質の組成は割と適当に理解しています。なのでその組成の1つだけに的を絞った途端にイメージが複雑化します(これにより、実は生まれ育った環境で生成される基本的な『土』は変わります)。


 簡単に言えば、小さなボールでも的が巨大なら割と適当に投げても何処かしらにヒットさせることは容易ですが、的の一点だけをピンポイントで小さいボールを当ててください、と指定されてしまうと難易度が跳ね上がるのと同様です。


 また“土”に比べれば“石”や“金属”は存在的に少ないので無意識的にインプットされる情報量も太陽と地球の体積比の如く異なります。


 故に地属性魔法でも“土”は創製可能なのに“石”や“金属”は難しいという訳です。


 アルムの場合、魔法で作った水がキャリアーになるのでその中に特定の“土”を作り泥や粘土として存在させ、それを焼く事で二次生成物としてレンガなどを得ている訳です。


 なのでアルムも直接レンガやコンクリートを生成する事は出来ません。



 更に補足をすると、魔術とはある種のAIアートの様な物なのです。元となる概念(データ)が存在し、その概念が蓄積されている精神体からデータを引っ張ってきて魔力と言うインクを使って事象を描き出しています。

 AIアートは『描きたいもの』に対するデータが大量に蓄積されているほど、オーダーされた時にその書きたいものを正確に描けます。

 また、要求を細かくするほど、概念としてイメージが難しいほど、AIは上手く絵を描けません。

 火、水…………これぐらいザックリしているとAIも書いてくれるんですが、『80㎎で麻痺毒として作用する腐卵臭のする黄色の液体』とか言い出すと途端に完成図がばらけるわけです。

 AIアートは抽象的な絵は描けるんですが、具体的な輪郭を持っているとどんどん正確な絵を描けなくなります。『土』ならまあ一応ギリギリサンプルがあるので適当に描けますが、これが『石』とか『金属』となると適当に描けないので上手く作り出せません。




 以上、『何故地属性魔法に於いて“石”や“金属”が作れないか』の解説を終わります。



〜追加:なぜアルヴィナはそんな不可能を可能に出来たのか?〜



上記に説明した様に、“石”や“金属”を魔法で生成する事は理論上可能でも極めて困難です。


 ではどうしてアルヴィナはそれを乗り越えることができたのか、そこにはアルヴィナの【魄鱗】が大きく理由に関わっています。

 【魄鱗】は異能を能動的に発動させなくても体質的に効果を発揮し続けるほど強力な異能です。アルヴィナは視覚が弱体化する代わりに嗅覚や聴覚、魔力感覚がかなり発達しています(生まれてからなかなか目が開かなかったのはこの体質のせいだったりします。要するに視覚に頼らずとも周囲の状況が確認できていたのです。またアルヴィナは温度が“見える”ので、生まれた当時はそれに慣れる事が出来ず目を閉じてしまっていたのです)。

 視界に頼らずとも生活可能なほど他の感覚機能が発達しているアルヴィナは、生まれた時より一般的な地属性魔法の使い手より遥かに多くの情報を周囲から吸収していました。

 そして“アルヴィナの出生した場所”は“とある理由”で魔化金属が沢山ありました。


 アルヴィナは生まれた時から暫く経つまでその感覚をずっと無意識的に覚え続けていました。


 また金属の中で鉄は土壌に含まれるパーセンテージが大きく、アルムの故郷はヴェル辺境伯領にある火山が噴火すると火山灰が風に乗って到来するので地面中の鉄の割合が更に増えています。

また鉄は日用品の中でも最も多く親しまれる金属であり、普段生活する上でもその性質についてアルヴィナは無意識的に多くの情報を得ています。


 父親から贈られてきた粘土を弄りまわしてるだけで独学で粘土を魔法で生成できてしまうレベルの情報収集能力と感覚の鋭さのアルヴィナだからこそ、意識せずとも生活環境にある“鉄”に対する理解が深くなっていたのです。


 因みにアルヴィナがアルムの生成した新しいレンガ用の泥の魔法などをあっさり習得できたのは、それが理由です。

 先程の絵画の例と関連づけると、アルヴィナは言わば「一度見本を見て模写すればその時の感覚をいつでもトレースできる」破格のセンスを持っています。

 なので一度、一瞬でも金属的性質を持った泥を生成できればその時の感覚をトレースして異常なスピードで熟練度を上げて、デフォルメして描けるまでの器用性まで得てしまうのです。

蛇足だが、アルムの場合は異常な情報蓄積能力があるので、“見本”を写真でパシャっと一度撮影すればデータとして自分の中に残しておけます。

 あとはその見本を元に描けば周囲よりも遥かに早く正確にその魔法を使えるようになる訳なのです。

その反面あまりに見本がしっかり存在するあまり、サークリエに指摘されたようにアルムは『自分の魔力に合った物ではなく、御手本を完璧に模倣する』事しか出来なくなっていたのです。


 他の魔術師が、見本の絵を自分が描きやすいようにデフォルメをかけたりしていく様に、習得した魔法を自分の魔力にあった魔法に合わせていくのに、アルムはあまりにハッキリと『見本』が存在するあまりにそれを完璧になぞってしまっていたのです。

 それでも魔法の使える分野が狭ければ自ずと勝手に描きやすいように自分の中で無意識的な方法などが確立されていくのですが、アルムは膨大な数の魔法に素養があるので綺麗に模写ができると次の魔法を習得に移ってしまっていたのです。


 これは異能【極門】に共通している作用であり、アルムが師匠であるカッターよりその点を指摘を受けなかったのも、カッター自身も【極門】によりアルム同様に見本を完璧になぞる習性があったからです。


 閑話休題。

 


 アルヴィナはアルムとは対照的に地属性魔法一点に突き抜けた才能がありました。

 そして金属の性質を含んだ泥を継続して作れない事に早々気付くと、リアルタイムで追加で魔力を注ぎ続ける事を思い付きます。


 それ故に魔法で生成した水をキャリアーにする様に、アルヴィナはラフェルテペルに魔力を大量に含ませた炎で焼いてもらう事でキャリアーを代替えしました。

 アルヴィナは神奉具である指輪を通して蛇神ネスクイグイの眷属であるラフェルテペルと他の使い魔とは一線を画す、一心同体と言えるほど強固なペアリングがあるので魔力的な反発がアルヴィナとラフェルテペルの間のみほぼゼロになるので、ラフェルテペルの魔力はアルヴィナの魔法のキャリアーとして使用可能になる訳です。


 更にアルヴィナはローブと指輪で精神体も強化されているのでイメージの具体化がより精密に可能になっています。


 そしてそんな精製プロセスを経ているので生成中の物質そのものに人間では不可能なレベルで魔力がガンガン注ぎ込まれ、それを大量に吸収しながら生成物が物質として世界に定着してゆくので不可能とされた金属の魔化が副次的に可能になっているのです。


 そんな様々な要因の積み重ねの上で、アルヴィナは鉄の魔化金属であるマーズリウムの創製が可能になってしまった、と言う訳です。


 以上、アルヴィナが不可能を可能にできた理由についての解説を終わります。







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[気になる点] 『膨大な魔力を炎に込めてライン維持を強制的に揺るがせて余剰物質を除去する工程』ってあるけど、逆に主要物質はなぜ除去されないんや?
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