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「ここなら大丈夫よ」


「うわ〜、久しぶりに来たけど少し不気味だね」



 アルムが滞在を始めてから2ヶ月。

 アルヴィナは久しぶりに1日オールでの休みをもらい、アルムと共にひっそりと、とある懐かしい場所に来ていた。


 そこは雪食い草の一件の時にアルムとスイキョウが獣どもを食い止めた場所。

 あの時のアルムは魔獣や大型動物の死体のみしか回収していなかったので、木は吹き飛んだままだし動物の死体もほぼほぼ放置だった。


 それから3年の時が流れ、その時の死骸は獣、鳥、虫などに食い荒らされ、そして雨晒しにされて肉は腐り落ちた。結果的に骨がゴロゴロ転がってる少し不気味な土地になっており、スイキョウが滅茶苦茶に吹き飛ばした木々も転がっていて“呪われた地”とタイトルを付けられそうな感じだった。


 と言っても実際に見えているわけではない。降り積もった雪の中をアルムが3Dマッピングして知覚してしまったのだ。もし雪の無い時に来てしまったら相当にインパクトがあるんだろうな、と同様に知覚したスイキョウもぼんやりと考えていた。

 逆を返すと視界だけに限れば、スイキョウが木々を吹っ飛ばしたせいでそのフィールドだけポッカリと空き銀世界が広がっていて心踊る光景ではあったので、アルムはマッピングした事をちょっと後悔した。


 視界でしか見れない人からしたらアルムの感想は意味不明な物なのだが、下がどうなっているか良く知っているアルヴィナは苦笑する。


「そうね、雪のない時に薄暗くなってくるとかなり不気味な光景になるわよ。私にとっては絶好の練習場なのだけれどね?」


 アルヴィナはアルムと同時に私塾を卒業した。だがその後はただぼんやりとしていた訳ではない。ヴェル辺境伯の代理よりその技術を更に鍛え上げるように命じられ、自己研鑽に励んだ。時にヴェル辺境伯の傘下の魔術師なども赴き、アルヴィナに直接指導してより実践的な戦闘技術をたたき込んだ。


 その一方で商会の業務などもこなして、アルヴィナはヴェル辺境伯領についても詳しく学ぶように指導された。だからこそヴェル辺境伯領迄の土地開発をアートと共に一任されているのである。


 アルヴィナもアルムにかなり毒されて負けず劣らずの鍛錬具合であり、ヴェル辺境伯傘下の魔術師、特にその取りまとめである鳥人族の女性はそのアルヴィナの熱意にしっかり応えた。


 しかしその指導は頻繁に受けられる訳でもないので、やはりアルヴィナは自主鍛錬が基本となった。

 その時にこの広くて人の寄り付かない場所が、アルヴィナの鍛錬の場としてはピッタリだった。


「3年間で僕もかなり鍛えたつもりだけど、アルヴィナも色々と見せたい物があるんでしょ?」


 そしてその成果を披露したいと言うアルヴィナの言葉を受けて、転移技能が復活してきたルリハルルに直接転移してもらったのだ。


「そうね。貴方に1番最初に見せたかったから、指導してくださる方達にもまだ披露してない技よ。でもそれを身につけられたのは、このローブとアルムのお陰ね」


 アルヴィナはそう言うと、アルムの白いローブと対をなす黒いローブを強調するように指で掴む。


「私は、アルムのお陰で自らの異能である【魄鱗】と向き合う事ができるようになったの。醜いと思い遠ざけていた物と、しっかり見つめ直す事が出来るようになったの」


 アルヴィナは静かに呟くと、眼を閉じて深呼吸する。すると首筋や目の端あたりに白い鱗が浮かび上がり、眼を開くと蛇の様な縦長の瞳になった。


 3年前に見せた時の変身よりも、アルヴィナはかなり容易に、そして素早く変身を遂げていた。


「どう?喋りもかなり普通でしょ?」

 

 以前は変身すると片言だったが、流暢に喋るアルヴィナにアルムは確かな成長を感じた。


「変身すると私は外気温に体温を激しく左右される弱点があったのけれど、体温調節をしてくれるこのローブのお陰でそのリスクが大きく下がったのよ。インナーを貰ってからは尚更なのだけれどね?兎も角、このローブのお陰で私は変身可能な頻度が上がったのよ」


 それ故に、アルヴィナはアルムが去った後に何度も何度も変身して自分の異能に深く向き合えることができた。そこには潜在的にアルムの強さに置いていかれたくないという気持ちがあった。

 だからこそ自分持てるリソースは総て使わなければならないと強く思ったのだ。


「するとね、私が受け入れようとする事に応えるように【魄鱗】の正しい使い方を理解できるようになってきたのよ。そしてそれだけではなく、私の身体が成熟に向かっている事も異能の扱いが容易になってきた原因だと思うわ」


 アルヴィナの異能は肉体を変幻させる希少な異能である。つまり他の異能とは比べ物にならないほど、肉体の層に対して強く干渉が起きているのである。

 アルヴィナはアルムが出立した本当にその直後くらいから本格的に成長期に突入し、またその時期にかけてアルヴィナは異能を多用して厳しい鍛錬を行った。

 それにより肉体の層が異能により適応する形で成熟し始めたのである。


 逆を返せばアルヴィナの変温体質もかなり強化されてしまったのだが、アルヴィナはローブのお陰でその副作用をかなり抑えることができていた。

 尚、アルヴィナは気付いていないが、薬指に嵌る指輪の肉体保全の機能もかなり強くアルヴィナの肉体に作用していたので気温変化への耐久性も極めて上昇しているのだ。


「そして今の私は変身の度合いをある程度コントロールできるようになったのよ。それと、私が恐らく気付けていなかった幾つかの能力も発見できたの」


 異能【魄鱗】とは、視覚や聴覚の鈍化、体温調整能力低下などを引き起こす一方で、身体に鱗を作り出し、身体の柔軟性及び関節の可動域を向上する。

 また、嗅覚や近距離の空気の振動すら察知するほど触覚が鋭敏になり、魔力感覚も途轍もなく鋭敏になり、物体の温度を感覚的に触れずとも理解できる。


 アルヴィナはこのように自分の異能を理解していた。いや、“そう思い込んでいた”。幼少期に拒絶をされて以来、それ以上異能と向き合う事をやめてしまったせいで、アルヴィナは真の能力に気づく前に決めつけてしまったのだ。

 だが、そうではなかった。


 イヨドを持ってして“本物の神奉具”と言わしめた指輪に選ばれ、蛇神ネスクイグイの眷属であるラフェルテペルを完全に従える程に深い寵愛を受けているアルヴィナの異能は、そんな程度のスペックではなかったのだ。


「色々判明した事はあるのだけれど、その中の1つとして有鱗の生物ならば私はその性質をある程度身体に宿せる事が分かったわ。蛇系の生物の特性が色濃く出ていたけれど、蜥蜴、亀系の生物などの性質も模倣できるのよ」


 アルヴィナは1度深呼吸すると軽く息を止める。すると首や目のあたりの鱗が少なくなり、アルムはアルヴィナの背中側が僅かに膨れた気がした。


「触っていいわよ」


 アルヴィナはその背中をアルムに向ける。アルムはそっとその背に触れるが、返ってきたのは肌の柔かな感触ではなく、硬い骨に触れている様な感触だった。


「亀系の生物を模倣したのよ。実際には甲羅が形成されているわけではなく、ラフェルテペルの鱗のように1枚1枚が亀の甲羅のような鱗が形成されるのよ」


 強度的に未加工の鉄剣程度ではびくともしないわよ、とアルヴィナは捕捉して、再び息を止める。


 すると背中は元に戻り、今度は柔らかそうな鱗が首などに産み出され、アルヴィナは手の平を見せる。


 するとその手には皮膚の微細な凹凸に沿うようにヒダの様な物ができていた。


「アルム、何か少し大きめの板とか持ってないかしら?丈夫だといいのだけれど」 


「だったらこれ?」


 アルムは粘土作り上げた強化コンクリートを焼き上げた板を虚空から取り出した。

 アルヴィナはそれを受け取ると手のひらを掴むのではなく、その面にピッタリつけて、天に掲げる。


「アルム、この板を力を込めて上に一気に持ち上げてくれる?」


「ん?別に構わないよ」


 一体何をするんだろうと思いつつ、アルムは金属性魔法で肉体を少し強化してアルヴィナの掲げる板を掴みそのまま上に持ち上げた。


すると板だけではなく、板にピッタリ手をつけたアルヴィナまで持ち上がって脚をプラプラさせていた。


「え!?なんでくっついてるの!?」


 アルムが目を見開くと、アルヴィナは悪戯に成功したように笑って、鱗がなくなると同時にストンと地面に落ちる。


「今のは蜥蜴系の生き物を模倣したのよ。蜥蜴とかって、木とか壁でもスルスル登れるでしょ?それを模倣するとあんな芸当が可能なの。壁とかも登ろうと思えば登れるわよ?」


 アルムは何それ面白い、と思いつつ強化コンクリートの板を虚空に戻そうとすると、アルヴィナに止められる。


「アルム、その板ってもらって良いかしら?」


「え?作ろうと思えば作れるからいいけど、何かに使うの?」

 

 アルムはよく分からないと思いつつそれを素直に渡すと、アルヴィナはお礼を言いつつ微笑む。


「最後に、まだ今の私でもコントロールが極めて難しい性質を模倣するわ」


 アルヴィナはそう言うと、目を閉じて深く深呼吸する。そして5回ほど深呼吸すると息を止めて蹲る。


「う゛ぅっ………!」


 苦しそうに呻き声を上げるアルヴィナにアルムはサッと寄ろうとするが、アルヴィナはアルムの方に手を出して止まるように意思表示する。

 するとその手に蛇系の鱗より遥かに硬く頑丈な白い鱗が形成され始め、指が太く硬く鋭く変形していく。


 アルヴィナの身体が全体的に一回り程大きくなったかと思うと、アルヴィナはスクッと立ち上がる。


 首の鱗も手の鱗の様に立派で、目の横だけでなく下の方まで鱗が侵食していた。おのアルヴィナの口から、「ハアアアアア」と白い蒸気が漏れた。鱗と鱗の間からも蒸気が立ち登った。


 それは寒い環境で見れる白い息では無く、熱い液体から上がる蒸気だった。

 アルムの探査の魔法でもアルヴィナの体温が異常なほどに高くなっているのをはっきり察知出来るほどに、アルヴィナの体温は上昇していた。


《おいおいそんな体温があがっちゃ…………》


 タンパク質が固まっちまうぞ、とスイキョウは言いかけたが、探査の魔法から伝わるアルヴィナの身体は既に人の枠から外れているように思えた。

 武霊術を極めた戦士の様な、そんな雰囲気をアルムは感じとった。


 するとアルヴィナは徐に強化コンクリートの板を上に放り投げ、金属性魔法で肉体を強化もせず、ヤールングレイプルも装備せず、その板を素の拳で殴った。


 その鉄剣だろうが簡単に跳ね返す頑丈な板は、アルヴィナの拳、と言うよりは手を窄めて突き刺すような一撃を受けて、綺麗にアルヴィナの腕が板を貫通した。


 厚さにして8cm。アルムでも金属性魔法で強化しても素手では絶対殴りたくない代物が、目の前で腕が一本通る大穴を開けられた。


「私、模倣出来ルノハ有鱗ノ生物ッテイッタデショ?アルム、有鱗デ最強ノ生物ッテワカルワヨネ?」


 今までの様に流暢ではなく、片言で話すアルヴィナ。しかしアルムはそんな小さな事よりも、アルヴィナが暗示した内容に全ての意識が持っていかれた。


「まさか…………………」 


 アルヴィナはズボッと手を引っこ抜き、板を地面に投げ捨てる。すると元のアルヴィナに戻り、アルヴィナは大きく深呼吸してニコッと笑った。


「有鱗の最強生物と言えば、子供でもすぐに連想出来るわよね?数多の英雄譚で、英雄の最後の敵として立ちはだかる事が最も多い存在………………ええ、アルムの御想像通り、有鱗に限らず生物の頂点の一角である無敵の生物『龍』よ」


 アルムはあまりの衝撃に言葉を失ってしまった。

 1個体で小国を1つを滅ぼす、下手をすれば精霊に匹敵するパワーを持つ存在が『龍』と言う生物なのだ。

 今のアルムであろうと瞬殺される事請け合いの規格外の個体が当たり前。それが“龍”と言う魔獣なのである。


「でも、龍の性質は人の身に宿すにはあまりに強大過ぎるのよ。魔法なんて使えるコンディションでなくなってしまうし、恐らく維持出来て1分強。それ以上維持しようとすれば、私は二度と戻れなくなるわ」


 神賜遺宝物級の指輪しているからこそ引き出せる【魄鱗】の最大スペックであり、ローブと指輪のダブルの肉体保全が作用するからこそ、アルヴィナは人に“戻ってこれる”。

 それほど迄にリスクを抱え、反面一時的とは言え生物の頂点の一角の力を宿せる強力無比な異能へと【魄鱗】は変貌、いや本来持ち得た最大スペックを発揮する事ができていた。

 だが、これはまだ発展搭途上。鍛えれば鍛えるほど変身がスムーズになっていることをアルヴィナは気づいていた。


「…………………たらればの世界の話を、アルヴィナは実現しちゃったんだね?」


 変身系の異能が話題に上がるとき、何度かそれについて掘り下げていると誰かが口にする。


「もし―――――の生物に変身出来たら、どうなんだろうな?」と。


 そして必ずと言っていいほどその解答には、「龍に変身できたら、最強だろうな」と言うものがある。


 有翼の異種族は、翼があれど空は飛べはしない。しかし吸血鬼同様に伝説の種族とされる“龍人族”は空を飛び、吸血鬼と渡り合える能力を持っていたとされている。

 その“龍人族”と同等の能力を得られるかもしれない。そうすれば敵無しだろう。


 誰かが必ずと言っていいほどそう口にする。


 しかしそれはあくまでたらればの話。出来たら、出来れば、超凄いよな〜、程度の例え話である。



「私も、本当に出来てしまうとは思ってなかったのよ。半年ほど前に北方開発の会合の為にアートさんと私はヴェル辺境伯の元に向かったの。しかもそのままお屋敷に滞在させて頂いたのだけれど、その時にヴェル辺境伯が『これは我が家の家宝なのだがね』と、龍の鱗で作られた鎧を見せてくれたのよ」


「え、何それ凄い」


 龍の鱗を1枚持ってても十分に自慢の種。特に龍の生息地は遥か西方なので東寄りのこの地域一帯で龍の鱗を使った鎧など、公爵クラスでも手に入れられるか怪しい一品である。

つまり、希少性が高いなどと言うレベルの代物では無いのである。


「その時に、私は探査をさせて貰いその性質をよく覚えた。そうしたら本能的に“これは模倣できる”って感じたのよ」


 そしてアルヴィナは会合を終えて家に帰宅し興奮冷めぬままその鱗を思い出して、今まで読んできた英雄譚の“龍”達を強く想起してアルヴィナは異能を発動した。


「でも初めて変身した時はもう大変だったのよ。鱗の強度に服が負けてしまって腕とか脚の部分とかビリビリに破けてしまったの。あの時はお気に入りの服だったからとても凹んだわね……………」


 異能というのは必ずしも持ち主にいつも都合良く利益を齎すとは限らないのである。アルヴィナも喜び勇んで変身してみて、お気に入りの服を大破させてかなりショックを受けていたりする。



「だからそれ以降は身体を洗うときに、そのついでに変身して慣れようとしてみたの。けれどそれでは実戦的に運用もできはしない。そんな問題を解決したのが…………またもやアルムなのよね。アルムくれたインナーは強靭性と伸縮性の両方を持っているから、龍の鱗に耐えてくれるし私の動きを阻害する事も無い。この様に龍のモードを使用出来るようになったのって、アルムが来るほんの数日前だったのよ?」


 インナーは物理的な耐性だけでなく、ローブ以上の効能の加護が込められている。

 その中には肉体保全もある訳で、アルヴィナはローブと、神賜遺宝物級の指輪とインナーの3つの肉体保全の強化を得てそれを戦闘に転用できるくらいには状態を安定させる事が出来るようになったのだ。


 もしこれらの加護無しで変身しよう物なら、アルヴィナはその力に耐え切れず“即死”する。

 精霊に匹敵しかねない『龍』の力をその脆弱な人間の身に降ろすと言う事はそれほど迄に危険なのである。


「これは貴方に1番最初に見せたかった。私を受け入れてくれたアルムに、アルムだけに、見せるつもりだったの。貴方と再会できた時に明かしてびっくりさせたかったの。驚いたかしら?」


 魅力的な笑みを浮かべてアルムの顔を覗きこむアルヴィナ。そんなアルヴィナにアルムはもう降参です、と両手を上げた。


「心臓を止まりそうなほどびっくりしたよ」


 アルムが苦笑しつつ答えると、アルヴィナはいつになく楽しそうに目をキラキラさせて満面の笑みでアルムに詰め寄る。


「普段の私が、いえリリーさんもフェーナさんもレーシャさんもジーニャさんも、貴方の話す事為すこと聞いて、いつもどれだけ驚いてるかわかったかしら?」


 恋人から可愛らしくも恐ろしい、心臓止まりそうなほど毎回驚かされている事への小さな意趣返し。

アルムはアルヴィナが幸せそうならなんでもいいです、と脱力したように笑うのだった。





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