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「(変装が上手くいってる証拠なんだろうけど、最初の反応がみんな一緒だよね)」


《身長も体格も顔付きだって変わったからな。その上で髪の色変えて、眼鏡かけて、トレードマークのようなあの白いローブ着てなきゃ、まあわかんねえよなあ》


 まるで芸人が周りから覚えられやすいように決まった服を着続けるように、アルムは毎日ずっと白いローブを着ていた。夏でも20度前後までしか気温が上がらないので年がら年中ローブを着ていてもそこまで違和感がない気候だったので、アルムはずっとローブを着ていたのだ。

 恐らくローブを着てない状態のアルムを見た事があるのは、血の繋がった者以外だとアルヴィナでも怪しいレベルだった。

 そんな人が普通の茶色の毛皮のコートを着ていたらなかなか気付けないだろう。スイキョウはパンツ一丁で出てくる芸人が服着て出てきたらパッと見で分からないのと同じ理屈だと失礼な事を考えていた。


 加えて、アルムがここを旅立ったのは本格的に成長期に差し掛かる前の事。

 魔蟲食という超上質なタンパク質を摂取しつつ、金冥の森を駆け回りハードな運動をし続けた13才〜14才にかけて、アルムは本格的な成長期を迎えた。

身長もメキメキ伸びて、具体的に言えば20cmほど伸びて、筋肉がついてきて、顔立ちもシュッと鋭さが出てきて、声も少し低くなった。

 勿論ほかにも色々と成長はしているが、そんな成長期ど真ん中の丸2年の間をアルムは故郷から離れて過ごしている。


 そんなアルムが金髪にして伊達眼鏡までかけているとアルヴィナでさえ別人に見えてしまうのだから、ラーグやゼリエフ、ロベルタがアルムだと全く気づけなかったのも無理のない話である。


 アルヴィナの母であるラーグは、急に男性らしく凛々しさが出てきたアルムが急に訪ねてきたことには驚いたが、出発前に言いそびれいた事をアルム達は色々と話す事ができた。それからラーグにも、アルムは拡張収納袋及び『通信機』を贈呈した。

 それは自分の実力の一端を明かす危険な行為でもあったが、アルムなりのケジメでもあった。

 敢えて実力を見せる事で、ラーグを安心させようと言う考えもあった。

 それに対するラーグの解答は「元より貴方以外の元にアルヴィナを預ける気はないわ」と言う物だった。


 そんな訳でアルヴィナとラーグに対して出来ていなかったケジメをキッチリ付ける事ができ、アルムは晴れ晴れとした表情で次はゼリエフを訪ねた。


 そこには都合の良いことにロベルタもいたのだが、最初は誰が訪ねてきたのか分からず、アルムが眼鏡とマフラーを外して辺境伯のメダルを見せて、漸く訪ねてきた青年がアルムだと彼らは気付いた。


 そしてアルムはルザヴェイ公塾の合格通知を見せて、ゼリエフのプラン通りに動けていることを報告。

 また、ゼリエフとロベルタに仕込んでくれた知識と技術が如何に自分を助けてくれたかを語り尽くし深く礼をした。

 アルムは彼等には『通信機』こそ贈呈はしなかったが、アートへの魔宝具を取り寄せて貰うついでに合わせて取り寄せてもらった便利な魔宝具などをその感謝の印として贈呈した。


 それからアルムは最後にザリヤズヘンズの店へ向かっていた。昼過ぎに家を出て、今は夕暮れの少し手前。アルムはいいペースで進めていると思った。

 見慣れた道に徐々に早まる足を抑えながら、その古ぼけた骨董屋のドアをノックする。


「こんにちは〜」


 ドアを開けた瞬間に感じる中の暖かみと独特のタバコの煙。薄暗い物で溢れかえった魔窟は最後に此処を出た時からなにも変わっていない。


 アルムからバトンタッチしてもらったスイキョウはその空気に言いようも知れない懐かしさと安心感を感じつつ奥を見やれば、これまた最後に店を出た時となんら変わりない状態で骨董屋の主はタバコをふかしていた。



「ん〜〜〜随分と久しい空気を感じるぞ。しかし背丈はだいぶ変わったようだ。その髪は、あのババアの作った薬で色を変えてるな?なかなかいい変装だ。遠くからよく帰って来たな、アルム」


「貴方ならわかるのだろうとは思ってましたよ」


 ザリヤズヘンズはスイキョウが店に脚を踏み入れると、凝視する事なく誰もが見抜けなかった変装をあっさり看破し、なんだかデジャブだなぁと思いつつスイキョウは苦笑する。



「想定よりは随分と早い帰還だが、差し詰め一時帰還か。しかしいろんな面でかなり成長しているようだなぁ」


「なんでも御見通しですね」


 スイキョウがそう返すと、ザリヤズヘンズは野太い声で笑う。


「そりゃあ年の功って奴だなぁ。ところで、サークリエのやつはどんなだった?」


「凄く良くしてくれてますよ。それこそ周りから孫を溺愛する様に、と評されるぐらいには良くしてもらってます」


「そうか、なら手紙を書いた意味もあるってもんだなぁ」


 ザリヤズヘンズはそう言って椅子に深く腰掛け直し、チラッとスイキョウを見てニヤッとする。それは何かを持っているかのような、そんなワクワクした感じの笑みだった。


 それを見てスイキョウも忘れていなかった約束の答えを口にする。


「ザリヤズヘンズさんは、そしてサークリエさんも、精霊を使役していらっしゃいますよね?契約方法までは看破できませんが、今なら以前よりも精細にわかります。この店自体も、リタンヴァヌア同様に使い魔で形作られてます。あの時に見た子供は、その分身ではありませんか?」


 ペアリングを経てアルム達の探査の精度は更に上昇した。そして探査は類似品を知っているほどその精度が上がる。


 スイキョウは昔は隠蔽に誤魔化されて気付かなかったが、この建物そのものがリタンヴァヌア同様に使い魔で形作られ、置かれた品物も殆どそれにより形成されたダミーである事を見抜いた。


「恐らくですが、なんらかの方法でザリヤズヘンズさんは事前に来客者が来る事を見抜き、いえ、自分が気に入った者のみを引き寄せ、その来客者に合った“本物の品物”を混ぜ込ませて待ち構える。それ以外は全てがダミー。これがこの店の正体………………違いますか?」


 スイキョウが静かに、しかし確信を持って問いかけると、ニッとザリヤズヘンズは口角を上げて大声で愉快そうに笑った。


「よくぞ見抜いたなぁ!いい眼をしている!正解の褒美にコイツをくれてやる!」


 ザリヤズヘンズは何処から取り出したのかいつの間にか手に持っていた物をアルムに投げてよこす。それは半径5cm程の白い金属質の半球で、その頂点には色が変わり続ける宝石が嵌め込まれていた。

 その謎のオブジェをスイキョウは危なげなくキャッチした。


「そいつぁ、『ドルクスの眼』だ。おめぇが何かを強く求める時、行先を知りたい時、其奴をひっくり返して宝石を地面に叩きつけろ。ただし其奴がオメェの問いに答えるのは、其奴の宝石が透明になってる時だ。その時がくれば自ずと使うべき時ってのがわかる。

次の宿題は……………なぜ俺とサークリエがこの存在を使役できるか、ってやつにしとくぞぉ。さあ、またいつか逢おう、未来ある若人よ!」


 ザリヤズヘンズの言葉に、自然とスイキョウの足が店の外に向いて勝手に出て行く。そんなスイキョウを見送りながら、ザリヤズヘンズはほぅ、と溜息をつく。


「尋常ではない速度で成長しているなぁ。さてあれは何処までいくんだぁ ……………?」


 以前見た時よりも更に大量の光を宿していた“青年と少年”に、ザリヤズヘンズは笑みを深めるのだった。





「(っ!おお、もうここまできてたか)」



 スイキョウはアルムの家まで来たところで、夢から醒めた様にハッとする。

 自分がどうやって歩いて帰ってきたかは全く記憶に無いが、日が暮れていて、そして手にはザリヤズヘンズのよこした『ドルクスの眼』と言っていたオブジェが握られていて、それが夢ではない事を裏付ける。


 そこでスイキョウはアルムに身体をバトンタッチしてより詳しく『ドルクスの眼』について調べて貰うことをする。

しかしアルムはそれよりもザリヤズヘンズの言動が気になっていた。



「(スイキョウさんは、多分魔法をかけられて帰らされたんだよね?どんな魔法かは全然分からなかったけど。でも僕まで意識が無かったんだよね。凄い強力な魔法だったよ)」


《次の宿題の答えが出たら、また来いって言いっぷりだったよな?》


「(うーん、でもこの道具、凄い不思議なんだよね。例えば銀の鍵状のペンダントも同様に効果とかは全然読み取れないけど、一目で“これは何か違う”って思わせる雰囲気があるでしょ?)」


《確かにこいつは見た目こそ少し不思議だが、そこらの地面に置いとかれたら見逃すレベルにそこらへんに転がってる石と存在感が同等なんだよなぁ》


「(強力な認識阻害ってレベルじゃないよね?まるで本来の姿封印されてる感じ?)」


《例えとして妥当なのかわからんが、ムカリンと似てるか?》


 ちょっとやる気を出せば、ラビへケの様に圧倒的存在感とパワーを誇るのに、通常モードではただのマスコットの様なムカリンを思い出しアルムはそれに近いかも、と同意する。


「(来るべき時に自ずと分かる、ね。一体いつなんだろうね?)」


《ま、このまま真っ直ぐ進んでりゃ、いつかは答えも出るだろ。その時になったら分かるんだから、その時までは放置でいいんじゃねえの?》


 適当だなぁ、アルムは苦笑するが実際自分ではなにもわからない以上その通りで、アルムがひっそりと虚空に『ドルクスの眼』をしまう。

 そのタイミングで「なぜドアの前に立って家に入ってこないの?」とアルヴィナに出迎えられるのだった。







「え、そうなの?」


「アルム、本当になにも知らないの?」


 アルムが故郷へ帰還して2週間が経った頃、アルムがふとアルヴィナに商会で働いてる人が凄く増えたよね?と何気無く言うと、衝撃の事実がアルヴィナよりアルムに伝えられた。


「ミンゼル商会は今はヴェル辺境伯のお抱え商人で、貴方のお爺さんは私同様にメダルも授与されてるわよ。そしてミンゼル商会のポップコーン関係の部門は、雪食い草の一件の時に迎えにきてくれた人、ドンボさんをトップに別の商会へと独立してるの。だから色んな人がその関係で出入りしてるのよ」


 と、アルヴィナは説明した。


 実はアルヴィナとアートは「多分アルヴィナが(アートさん)が商会について書いてるだろうな」、と考えてアルムに商会関係の話題は手紙では一切していなかった。

 アルムも商会関係は興味が薄いので質問せず、アルヴィナとアートも一々自分がアルムの手紙にどんな内容の返事をしているかも話したりはしない。

 そんなすれ違いの結果、物の見事に商会関係の情報は一切アルムに入ってきてなかったのである。


「ドンボさんが帝国公権財商になったとかは知ってる?」


「えぇ!?それも完全に初耳だよ!」


 本当にアルムが一切合切を把握してないことを理解すると、アルヴィナは説明を始めた。


「何処から説明すべきか迷うほど、これらの件については色々な人の思惑が複雑に絡みあってるのよ。でも事の発端はやはりアルムがポップコーンを生み出したところからね」


 アルムとスイキョウはそこで漸く自分達の行動がなにを引き起こしたかを聞くこととなる。


「まずアルムがポップコーンの利権を売却してから、ドンボさんはククルーツイの色々な個人営業の屋台を参加に取り込んだ。そして成果を上げたところでそれを帝都や帝都衛星都市にいる帝国公権財商クラスの大商会に利権として売却して多額の資金を得た。此処までいいかしら?」


 それはスイキョウもドンボに勧めていた事なので、アルムもコクリと頷く。


「ただ、ポップコーンの材料が国が主導で作ってる物だった事とミンゼル商会が派閥につかない商会だった為に色んな商会に利権を売ったことで、色々と状況が膠着したの。

ここで大商会がタッグを組んで、ドンボさんを発案者としてポップコーン事業の中心に据えた。それならどの大商会にも公平で、しかも自分達はただバックにつくだけで国との交渉はドンボさんに責任と一緒に押し付けられる。そんな思惑で一支店長のドンボさんは国が絡むような大事業のトップに祭り上げられたのよ」


 アルムは全くの初耳の情報にポカーンとする。ポップコーンがそんな大きな話になってるなど露ほども考えてなかったからだ。


「不思議に思ってるでしょうけど、大陸各地から参拝客が集まる人種の坩堝であるククルーツイを中心にポップコーンが広まったお陰、その噂の広がる速さや宗教関係者の受容も凄く早かったのがとても大きかったわね。今は帝国西方までポップコーンはもう広まってるのよ?」


 ククルーツイに参拝した者がそこでブレイクしているポップコーンを食べ、故郷に帰ってそれを話す。

 するとその噂は一気に拡散していくのだ。

 しかもポンポン調理中に音が出るなど話の種としても優秀で余計に話題になりやすい。

 また材料がシンプルでカスタマイズも容易なので宗教関係にも歓迎された。ククルーツイには本拠地を置く宗教もあるわけで、本拠地の教会が受け入れたら当然各地の教会にも伝播する。

 そうして異常なスピードでポップコーンはシアロ帝国に広まり受け入れられた。


「それだけ市場が拡大すればそこに於ける儲けも凄まじい金額になる。そしてドンボさん自身が人を見る目と使う手腕に長け、地位の下から上までの多角的視点を持ち、異種族に対する姿勢も鷹揚だった。

それが作用して周囲の予想より遥かに上手にポップコーン事業を成功させて更には発展させていった。それを元手に幾つかの新規事業まで成功させてみせた」


 それを聞いて、おお、とアルムも驚嘆する。


「そうなると国もドンボさんを高く評価して更なる高度な交渉を国も望み、ドンボさんを帝国公権財商にしてしまえばいいのでは?と言う話が持ち上がったみたいね。でも、彼はミンゼル商会のククルーツイ支店の支店長でしかない。彼を帝国公権財商に据えると支店長の方が会長より地位が上になりおかしな状態になってしまう。そしてそんな混乱を招く様な真似はドンボさんも到底受け入れられず、話は完全に膠着した」


 アルムは話がどう進んでいくのか予想できず、ジッと聞き入る。


「そこで国に手を差し伸べたのがヴェル辺境伯よ。彼、とっても立ち回りが上手でね、どこで情報を掴んでいたのか知らないけれど、国側にククルーツイ以北の北方発展に乗り出すと宣言したの。実はポップコーンに使える玉蜀黍の近縁種がヴェル辺境伯領でもかなり収穫できることが判明してね、それを売り出す為のルートを開拓しては如何だろうか?と国に提案したのよ」


 アルムは初耳ばかりの情報を聞きつつ、頭の中を整理する。


「代々のヴェル辺境伯により北方は開拓されたけど、道も中継地の街も全部半端でしょ?しかもその途中には、アルムは突っ切ったのでしょうけど手付かずの魔重地が幾つもある。それが発展させられれば国側にもメリットがあると持ちかけたのよ」


 アルムはペガサスで乗り越えた山脈群に確かに金冥の森より小規模で質もそう高くないが複数の魔重地がある事は知っていた。


「そしてヴェル辺境伯の北方発展に関わり白羽の矢が立ったのは、ミンゼル商会なのよ。実際は国と辺境伯の出来レースだけれどね。ヴェル辺境伯のメダルを持つ人物と、その母が務める商会で、北方輸送の超エキスパート。何処にどんな道があり、どんな動物がいて、どんな地形なのかなどの全てのノウハウがあるので、他の街へ物資供給を強化させる事ができる。そこでヴェル辺境伯はミンゼル商会をお抱え商人に認定しさらにはメダルまで授与したのよ」


 お抱え商人とは、つまり貴族がバックについている言わば貴族の代理人クラスの商人である。

 更にメダルまであるとすれば、辺境伯のお抱え商人かつ縁者ともなると、その地位は暫定的に伯爵相当になる。


 ドンボに与える予定だった帝国公権財商の地位はその中でも1番ランクの低い子爵相当の地位を持つ物だった。伯爵は子爵より地位は1つ上なので、これでおかしな権力構造になる事を回避できる。

.

「そしてもう2つ、ミンゼル商会には私のお母さんが勤めていた古着屋も兼ねた雑貨屋がお母さんとアートさんの縁で、ヴェル辺境伯領の小規模の土木関係の商会が合併されたの。よってミンゼル商会は衣・食・住の全てを兼ねる大商会へクラスアップして、ポップコーン部門はミンゼル商会の派閥商会として新しく分裂させたの」


「だから従業員が凄く増えてるの?」


「それだけじゃ無いわよ。ドンボさんが繋いだ食料品関係の大商会と、ヴェル辺境伯領で一次産業をメインとする商会連合と提携して、ヴェル辺境伯の名の元にミンゼル商会は北方から帝都間迄の輸送業務と道の開発、中継の街の興業まで一任されたの。そうすると国からも御役人さんが何人も派遣されて色々指示を出すからドンドン話が大きくなってるの。そして今や上冬なのにミンゼル商会だけ常に繁忙期状態よ。このままだとミンゼル商会も帝国公権財商に認可されるわね。このエリアはある意味商人の勢力圏に於ける空白地帯だったの、ヴェル辺境伯の存在が大きくてね。けどそのヴェル辺境伯の合意の元、商会のボスが生まれるなら取引に於いての利便性は増す。国にとってもメリットがあるのよ」


 人が動けば金が動き、それにより更に大きな人が動きもっと多くの金が動く。


 帝国、大商会、ヴェル辺境伯の3つの思惑が綺麗に合致する事で全員が利益を享受する事に至ったのだ。


 国はポップコーン関係の業務が簡略した上に長年問題ではあった北方開発が進んで幸せ。

 大商会はポップコーン関係で美味しい部分を沢山取れて、北方開発により自分達の商品まで飛ぶように売れて幸せ。

 ヴェル辺境伯は北方開発が進む上に国などには一切悟られずに合法的にミンゼル商会及びアルヴィナの囲い込みをガッチリ完了させ、アルムへの足枷を強固な物にすることができ幸せ。


 ミンゼル商会も結果的に莫大な利益を上げる事となり、国の事業にも参画している事で実はもう伯爵クラス相当の帝国公権財商の地位を得られる事は国とヴェル辺境伯間で話がついている。


「私とアートさんはヴェル辺境伯側に指名される形で此処からヴェル辺境伯領迄の開拓及び土木工事の推進の一大プロジェクトを、国とヴェル辺境伯領から派遣される人達と共に進めているわよ。正直なところ、私はただのアルバイトだったのにヴェル辺境伯側と直接交渉できる立場だからもう幹部扱いね。将来的には今現在建設中のミンゼル商会のヴェル辺境伯領の支店の支店長と副支店長にアートさんと私が押し込まれる所まではもう予想済みよ」


 ヴェル辺境伯としては結果的に何も損を被る事なく、アルヴィナとの結束を強化して、アートさんを強引に妾にするより遥かにガッチリとミンゼル商会全てを手中に押さえ込む事に成功した。

 しかもミンゼル商会にも莫大な利益を生み出す形なので誰も不満を言うわけもない。アートとアルヴィナが激務に翻弄されるのはマイナスポイントかもしれないが、ヴェル辺境伯側も多数の人材を派遣して手厚いサポートをしている。軌道に乗ればもっと楽になる事は予想されているのだ。


 アルムもこれにはヴェル辺境伯にうまくしてやられたことに気付いた。


「派閥につかず、派閥を持たずでありながら辺境伯に君臨するヴェル辺境伯の手腕をはっきりと見せつけられたわね。気付いた時には既にもう雁字搦めで、しかも気付いてもそこに大きな利益があるから自分から解こうとする意志まで奪い去る。

私もアートさんもいつの間にか一大プロジェクトを任されてて、そこに国が大きく噛んでるだけに逃げ出す事も不可能。本当に上手く囲い込まれたわ」


 アルムもスイキョウも、自ら一切損は出さず北方開発まで進めた上にアルムに対する包囲網の強化及び大きな恩の押し売りにちゃっかり成功しているヴェル辺境伯の策略には感服し脱帽せざるを得なかった。


「でもこの話が拗れる事なくすんなりいったのはね、ドンボさんがミンゼル商会に絶対的な忠誠を誓うスタンスを崩さなかったのが大きいのよ。だから会長も金の卵を産むポップコーン事業を切り離す決断が出来たし、切り離した後もしっかりと協力関係が築けているの。ドンボさんも凄い忠誠心なのよ。独立した商会の名にそれはしっかり現れてるわよ」


 クスクスと笑うアルヴィナにアルムは見惚れつつもよく分からず首を傾げる。


「独立した商会の名は『ウァルメ商会』よ」


 そう言ってアルヴィナは魔法で水を使い空中でウァルメと帝国公用語で綴った。因みアルヴィナはサラッとやったがとても高度で緻密なコントロールが必要な技である。


「なんか、不思議な音の並びだね?帝国の言葉からすると少し奇妙にも感じない?」


 ドンボが何を意図してこんな名前にしたのか分からないアルムに、アルヴィナは分からないかしら?と微笑む。


 空中に綴った水の文字の順番をアルヴィナはさっと入れ替える。それにより出来上がった言葉にアルムは目を見開く。


「あ、まさか……………」


「そう、『ウァルメ』は『アルム』の綴りのアナグラムよ。自分がミンゼル商会の傘下である立場は変わらない事、そして誰のおかげで今の立場にいるかを暗に伝えるメッセージを、ドンボさんは『ウァルメ』と言う名に込めているのよ。貴方の名をそのままつければ貴方にも迷惑がいくから、その綴りを入れ替えた。もちろんそんな事は片手の指に収まる程度の人にしか伝わらないメッセージだけど、ドンボさんは貴方への恩義と忠誠をこのように示したのよ」


 自分は手紙も出せないほど忙しい中でドンボさんが唯一貴方に届けられるかもしれないメッセージだったのかもね、と優しげな目付きでアルヴィナは微笑んだ。


 アルムは「本当は全部スイキョウさんのおかげなんだけどなぁ」と思いつつ、少しはにかみながら頬をポリポリ掻くのだった。



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