143
「(ふう……………もう丸2年経ったんだね)」
《なんか、此処を出た時のまんまだな》
アルムがバナウルルをたって、僅か半日。
1月5日6時、アルムはルリハルルの転移で直接離れの自室へ転移を完了した。
本来は1日かける予定だったのだが、スイキョウが出発して直ぐに《アルヴィナってアルムの現在地わかるんだから、寝てる間に移動しないとサプライズにならないんじゃねえの?》と気づいた。
なのでアルム達はワープホールの転移まで解禁して超高速で2000kmの道のりを進んだ。ペガサスも最大速度でかっ飛ばし、ルリハルルにも限界まで頑張って貰い、アルムもスイキョウもギリギリまで頑張って転移を繰り返して、最後はルリハルルに限界距離の300kmを移動して貰って、ようやく目的地に到着できた。
ルリハルルもかなりハードな事をさせられ少しぐったりしており、部屋に到着すると即座に居なくなった。因みにルリハルルはかなり無理をしてるので、これより1ヶ月は転移関係は一切不能になっている程である。
しかし無茶をしたのはアルムも一緒。正直2度とやりたくないと思うほどに消耗していて、まるでいつ帰ってきてもいいかのように整えられた懐かしの自分のベッドにドスンっと倒れ込んだ。
それから30分ほど休息に費やして身を起こす。アルムがもう一度よく部屋を見ても部屋に埃や汚れは無く、アートが定期的に掃除している事が伺えた。そしてアルムは泣く泣く置いていった本が目に入り懐かしさを覚えながらページをめくりだした。
《てかもう複製できるじゃん》
「(そう言えばそうだね。母さんが起きるまでまだ時間あるだろうし………………多分アルヴィナが起きたらもの凄い勢いで念話が)」
アルムがそう答えた瞬間、『何故/場所/家』と猛烈な勢いでアルヴィナから念話のメッセージが届いた。
それに対してアルムは『帰着』とだけ返すと、反応が途絶えた。
《何分で来ると思う?》
「(着替えて、用意して……………40分くらい?)」
《いや、もっとかかるんじゃないか?女子の身支度は時間かかるんだぞ。それが2年越しに会える恋人が相手ならもっとじゃないか?》
恐らく反応が途絶えた事からこっちに向かおうとしていると察して、アルヴィナが来るまでの時間を予測するアルム達。
しかし20分ほどしてアルムの探査に高速で此方へ向かってくる反応を捉える。
「(凄い走ってる……………と言うより動き的に空中を走ってるよね?)」
《おいおい、一体どんだけ急いでるんだ?》
それから暫くしてズドンっと家の前になにかが落下した音が聞こえる。アルムはそれを聞いて自分の部屋を出て、家の鍵を開ける。
アルムがゆっくり扉を開けると、白い影が超高速でアルムに突き刺さる。
アルムはそれをギリギリで反応して、記憶よりも色々大きくなったその身体をしっかり抱き留めた。
「久しぶり。それと、ただいま、アルヴィナ」
「お帰り、アルム!」
アルムは涙をぼろぼろ流して自分の身体はギューーッときつく抱き締めるアルヴィナを、その涙が収まるまでずっと抱き締めるのだった。
◆
「落ち着いた?」
「落ち着いた?じゃ無いわよ。私が朝起きてどれほど驚いたかわかってるのかしら?」
自分の部屋のベッドに腰掛けるアルムの、その膝にラッコ座りをして抱きかけられていたアルヴィナはアルムを見上げつつ頭をグリグリとアルムに押し付ける。
5分程泣いていたアルヴィナもこうして抱き抱えられてようやく落ち着いてきたが、自分の腹に回されたアルムの腕を離すものかとでも言うようにしっかり掴んでいた。
「ちょっとしたサプライズをしたくて、ちょっと無理してきちゃったんだ」
私の心臓を驚きで止める気なの?と少し膨れるアルヴィナにアルムは苦笑しつつ答えると、アルヴィナは嘘つき、と呟く。
「ちょっとじゃなくて、相当無理してるでしょ?此処から3日間ぐらいはぐっすり寝込みたいぐらいには、消耗してるわよね?」
アルムがかなり隠していたのに正確に状態を言い当てたアルヴィナに、アルムの身体が思わず強張る。
実は今のアルムは度重なる転移の連続使用やペガサスの乱用で魔力をかなり消耗しており、普通の人間なら立ち上がることさえできない猛烈な目眩や吐き気に襲われていた。
それに加えて徹夜での移動ときているので、鍛えているアルムでもかなり消耗していた。
しかしイヨドの拷問鍛錬第2弾はもっと地獄を見ているので魔法を発動できる程度の意識はあり、それを金属性魔法で強引に押さえ込んでいたのだ。
「分かるわよ、貴方の事を見て声を聞いて触れ合えば。ずーっと一緒にいたんだから、貴方の事ずっと考えていたのだから、分かるわよ。それにね、アートさんが無理してるのを隠そうとしてる時の笑顔にちょっと似てるからわかってしまうわよ」
アルヴィナにそう指摘されると、アルムもそうなの?と自分の知らない一面に驚く。
「だってアルムとアートさん、顔がよく似てるもの。それにここ1年以上毎日アートさんと顔を合わせているのよ?アートさんがちょっと無理してる時の表情に今のアルムはよく似ているわよ。ほら、横になって」
アルヴィナはアルムの膝から降りると、アルムをベッドに寝かせて、自分は靴を脱いでベッドの上でアルムを膝枕する。
「なんだか懐かしいわね、こうして膝枕をするのは」
「確か……………雪食い草を取りに行って、土のドームに立て篭もった時だよね?」
アルムがそう呟くと、アルヴィナはそうね、と微笑む。
「私の人生を大きく変えたあの日から、もう3年近いのね。遠い日のようで、昨日の様に思い出せるけれど、あの時からアルムも結構身長伸びたわよね。ここは出た時は私と同じくらいだったわよね?今は幾つなのかしら?」
「185cmには届いてないかな?多分180cmちょっとぐらいだよ。13才の誕生日を過ぎたくらいから一気に背が伸び出したんだよね。父さんも180cmくらいだし、最近失速してるからもう止まったかもね」
因みにシアロ帝国の国民の平均身長は、国土が広過ぎたり多数の種族があるのでなかなか平均という物は出しにくいが、大陸でも東寄りで、人間の男性となると平均身長は175~180㎝程度である。
「アルヴィナも抱きしめたとき思ったけど、結構身長伸びてるよね?」
「そうね、貴方が出て行ったすぐあとくらいから13歳にかけてかなり伸びたわ。170cmには届いてないけれど、もうお母さんやアートさんよりは背が高いわよ」
因みに、辺境伯に仕えるのでいつまでママではダメだと思い、アルヴィナは今現在では母の事をお母さんと呼んでいる事はアルムも知っている。知っているが、生でこうして聞くと少しだけ違和感を感じて微笑んだ。
「なんで笑ってるのかしら?」
「ううん、なんでもない」
その笑顔はなんでもない時の笑顔じゃないわよ、と言いながらアルムの頬を指で突っつくアルヴィナ。アルムはなんでもお見通しだなぁ、と苦笑した。
「大きくなったのは身長だけじゃないのよ?他にもいろいろ大きくなったのよ?」
そんなアルムに反撃すべく、アルヴィナは艶っぽく微笑んで顔を覗き込むように少し前傾姿勢になる。
そうなるとアルムもあまり意識しないようにしていたものが顔スレスレまで近付き、アルムの身体が強張る。
するとアルヴィナはパッと離れてニコッと笑う。
「アートさんほどじゃないけど、大きくなったでしょ?」
少し顔を赤らめて、それでいて悪戯な、しかしほんのり色気ので始めた魅力的な笑みを浮かべるアルヴィナに、アルムの顔も赤くなる。
《わー、悪女レベルがだいぶ上昇してるぞ〜》
なにが恐ろしいかといえば、別に計算しての振る舞いでは無いところだろう。
アルヴィナは母の持つ魔性の女の性質を潜在的にバッチリ引き継いでおり、アルムはスイキョウの言葉になんの反論もできず、早くもアルムは参ってしまいそうになるのだった。
◆
「少しは体調も良くなったかしら?」
「歩く分にはもう無理しなくて大丈夫かな。膝枕のお陰だね」
アルヴィナが膝枕を始めてから30分以上、たっぷりイチャついて会話がひと段落したアルムは、アルヴィナの脚も辛いだろうと思い身を起こす。
「母さんはまだ寝てるのかな?」
「最近貴方のおかげでミンゼル商会はずっと忙しいのよ。そこに年度末の決算のダブルパンチでアートさん獅子奮迅の働き具合だったの。だから1週間ほど休暇中よ。でももう少しで起きると思うわよ。最近この時間帯に『通信機』で連絡がくるもの」
アルヴィナがそう言うと、アートの寝室の方で何かが動いた反応をアルムとアルヴィナは探査の魔法で察知する。
「会って来てあげて。アートさんもずっと貴方の事に逢いたそうだったのよ」
アルムはアルヴィナの言葉に従い自分の部屋を出る。そして居間で待っていると、アートの寝室の扉が開く。
ふわ〜と気の抜けた欠伸をしつつ目を擦り、30才には見えない若々しい容姿を保つ美女は、居間に誰かがいる事に気づいてビクッとして、目をゴシゴシ擦る。
「アル、ム?」
その美女、アートの最後の記憶に残るのは自分より少し小さかった息子。
自分より目線の高い男性に最初はビックリしたが、その顔が自分に似ていることに直ぐ気付いた。
「うん、そうだよ。ただいま、母さん」
アートの記憶よりも少し低い声で、にっこりと笑って帰宅を報告するアルム。
アートの目から涙が溢れ出し、ヨロヨロとアルムに近づいていく。
「本当にアルムなの?」
「うん、ちょっぴり無茶して帰ってきたんだよ。ほら、幻じゃないよ。本物だよ」
アルムは虚空を開いて昔着ていた服を取り出して見せ、それからアートの手を握り自分の顔に触れさせる。
アートは震える手でアルムの顔をさすった。まるでそれが夢ではないか確かめるようにアルムの体にペタペタ触れた。
「背も伸びたけど、結構筋肉もついたんだよ」
少しはにかんだ様に、そして少し幼気な表情で笑うアルム。
そんなアルムとアートの記憶のアルムがしっかり重なる。
「改めて、ただいま、母さん!」
「っ……………!アルムっ、おかえりなさい!」
アートは嗚咽を漏らして泣きながら縋り付くようにアルムを抱き締める。そんなアートをアルムは優しく抱き返すのだった。
◆
アートがアルムと再会し会話が出来るほどに立ち直るのには30分ほどの時間を要した。
それからアートは2時間以上、我慢していた物が溢れ出したのかアルムに次々と質問を投げかけ、アルムはその全てに真摯に答えた。
そしてそれがひと段落したところで、アルムの部屋からそろりとアルヴィナが出てくる。
しかしアートはそれに驚いた様子も見せなかった。
「気付いていましたか?」
「貴方がアルムの帰宅に反応しない訳が無いと思ったのよ。そしてアルムもソワソワした感じがしないし、いるのはすぐにわかったわ」
アートの分析に、アルヴィナは流石ですね、と笑う。
「アルムは2ヶ月半は滞在するのでしょう?」
「そうだね。でも帰宅報告は本当に一握りだけにするよ。お爺さんとお婆さん、ゼリエフさん、ロベルタさん、ザリヤズヘンズさん、あとはラーグさん……………ヴェル辺境伯に嗅ぎ付けられると少し面倒だから、この6人以外には帰宅報告をしないよ。だから基本的にはずっと家に居るかな?」
因みに、ラーグさんとはアルヴィナの母の略称である。
「じゃあ色々とお話しできる時間はまだまだあるのね?」
「そうだね」
その答えを聞き、アートとアルヴィナは嬉しそうに笑うのだった。
◆
アルムは自宅に帰還してから、まずは祖父母に帰宅報告をした。
祖父母はもう今すぐパーティーでも開き出すのではないかと言うぐらい喜んでいたが、ヴェル辺境伯に勘付かれると面倒だからとアルムはなんとか説得してやめてもらった。
それほどまでに祖父母は大きくなって帰ってきたアルムを帰還を喜んだ。
その翌日は先に帰宅報告を終わらせるべく、アルムは弾丸ツアーを決行した。
「見事な変装ね」
「凄いでしょ、この薬。しかもお湯をかけてゴシゴシ洗ったら直ぐ色は落ちちゃうんだよ」
しかし万が一ヴェル辺境伯に帰着を気づかれるのも面倒ごとの予感しかしない。なのでアルムは朝からせっせと変装していた。
まず祖父からリタンヴァヌアの従業員用の服を借りて、アルムの臭いが分からないようにその服に香水を染み込ませる。
次に、アルムのトレードマークとも言える濡羽色の髪をフェシュアがくれた薬で金色染める。実際は染めるというより塗っていると言う表現が正しく、アルムの言うように洗えば簡単に色は落ちる。
アルヴィナは金髪になったアルムに激しい違和感を覚えたが、確かにこれではわからないわね、と思う。
「で、これをかければ、どうかな?」
そしてアルムは虚空から黒縁の眼鏡を取り出してかけた。度の入ってない所謂伊達メガネだが、別にファッションとして広く浸透しているわけではない。他宗教の者と直接目を合わせる事が戒律的にできない人達が愛用しているのである。なので伊達眼鏡は眼鏡屋などに行けば結構あっさり手に入る。
これはアルムの私物で、イラリアの元でバイトしている時に貰ったものである。眼鏡をかけている人に似合う服を作るというイラリアの実験的な試みに付き合わされた時に、モデルになるアルムの為にイラリアが買ってきたのだ。
その後は使わなくなったが、イラリアも返されても困ると言うので、アルムが一応虚空に収納しておいたのが、今この様に役立っているのである。
アルムは髪を金髪にしてそれをオールバックに、眼鏡をかけて、香水を染み込ませたミンゼル商会の従業員の服を装着。
そしてこれまた「しっくりこなかったから売らないけど捨てるのも勿体無い」とイラリアがアルムにくれた毛皮のコートを着込んだ。もちろんこれも従業員の服にかけた物と同じ香水を染み込ませている。
仕上げに口元を覆うようにマフラーを巻く。
姿も臭いもガラッと変わったアルムを見て、アルヴィナもこれならわからないわね、と頷く。
「私が一緒に動くと目立ってしまうからアルム1人で動くことになるけれど、大丈夫かしら?」
「そんな、ちっちゃい子のお使いじゃないんだよ?」
アルムが心配そうなアルヴィナに苦笑すると、アルヴィナは首を横に振る。
「そうじゃなくて、アルムってなにをしても高い割合で穏便にいかないでしょ?アルム自身に問題があると言うよりは、アクシデントや騒動が自分からアルムの方へ走ってくるじゃない?」
その指摘にアルムの息がウッと詰まる。
雪食い草の一件に始まり、私塾抗争、ククルーツイでのレイラとのデート中のあれこれ、ラレーズの件、遺跡の件、そして最も記憶に新しい公塾の編入試験の件…………思い当たることがあまりに多過ぎてアルムはガックリと肩を落とす。
「そう落ち込む事じゃ無いわよ?そのお陰でいい事もあったし、私も、その…………アルムに秘密を打ち明けられる大事な出来事になったしね?」
そんなアルムの顔を覗き込みフォローするアルヴィナに、アルムも少し元気を取り戻す。
「そう、だね。大変な事も多いけど、結果的にはいい事も起きてるよね」
自分がトラブルメーカー体質なのはアルムもいい加減認めているが、アルムはそれを前向きに捉える事にした。
「それでは、いってらっしゃい。ちゃんと夕ご飯までには帰ってきってね?今日はアートさん直伝の料理を私が作ってあげるから」
アルヴィナはそういうと、アルムの襟口を引き寄せて背伸びし、アルムの口の端にサッとキスをする。
「ちゃんと帰ってこれたら、あの時の“約束”の履行をするわよ?」
アルヴィナはそう言って微笑み、アルムはアルヴィナが何を言っているのか気付いた。
そしてアルムは妙に心臓に悪い方法でアルヴィナに送り出され、少し顔を赤くしつつ家を出るのだった。




