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「今年は非常に粒揃いですね」
「“非常に”で片付けられない子もいますがね」
編入試験当日深夜、大きな円卓の置かれた会議室では本日行われた試験について合格者選定及びクラス分けの会議が行われていた。
尚本来なら埋まっているはずの席の半分ほどが空いているのは、塾長に未だに怒鳴りつけられている教師が多いからである。
しかし合否通知及び順位、配当クラスは3日以内には必ず公表しなければならない。今居る者だけでも話を進める必要があるのだ。
「今年の合格者は187人…………其方は概ね例年通りではありますけど、クラス分けは難しいですよね」
「難しい所ではない。特にこの3人が問題なんだ」
試験監督の1人が指し示す3人は、聞かずとも部屋にいる全員が察する。
「本当にどうしましょうか?彼らはジーニャさんとも懇意で、男の子の方に至っては噂ではジーニャさんと婚約関係に近いとか?モスクード商会の馬車で来て、モスクード商会の馬車で帰っていったのは多数目撃されているので強ち間違いでもないでしょう」
「ではジーニャさんのクラスに入れるのか?」
1人がそう問いかけると、ほぼ全員がそれは無理だと即答する。
「ジーニャさんは武具系商会トップのモスクード商会の娘さんで、低級部万年首席だ。彼女に紅牙組のクラス長を任せない選択肢は無い。一方で彼の実力や成績も見るに、彼をクラス長に任命しないのは色々とまずいだろ?紅牙組に割り振ったら過剰戦力だ」
「何処を任せます?まさか黒尾組ですか?」
「それしかないだろう?彼のバックはサークリエ様だぞ?サークリエ様が毎年幾ら寄付してると思ってるんだ?他の何処のクラスに入れてもパワーバランスがおかしくなってしまうだろうが」
「じゃあこの2人もそこに入れるのか?1人はサークリエ様の直弟子、1人はあの有名デザイナーのイラリアさんの妹だ。しかも2人ともリタンヴァヌアの従業員だぞ?この2人だって十分バランスブレイカーだ」
ルザヴェイ公塾は各年次を派閥などを考えた結果生まれた5つの組に分ける。
バナウルルに於いては他の街や都市より大きな影響力を誇る武具系の商会などをトップに据えた“紅牙組”。
武具系以外の主に食糧品関係の商会を中心とした“白翼組”。
ルザヴェイ公塾で最も多い軍や警備隊関係の家が中心となる“青鱗組”と“緑甲組”。
これら4つの組には主に低級部から上がってきた子達が20人〜30人くらいずつ配分される。
そして、低級部達の子が割り振られない、通称その他大勢組である5つ目の組が黒尾組である。
ただ、誤解の内容に言っておくと、黒尾組は別に他の組に劣っている子たちが集められているわけではない。
家の経済力は弱いが子供が優れた異能を持っていたので合格判定を得た者。特級伯爵に選ばれ家族と共にバナウルルで暮らし始め(特級伯は配偶者及び二親等内なら共に移住して良い)、そのお金で通う事になった異種族の子(レシャリアがまさにこれに当たる)。あるいは新興の騎士爵や魔術師爵の家の子など。他の組に割り振りずらいクセが強い子供が黒尾組に多いのだ。これが下手に関係のない派閥の組に入れられると浮いたりして面倒な事になる。
「ですからーーーーーーーーー」
◆
「アルムさん達は私と近しいので紅牙組に入れたいところですが、バックがそもそも武具とは何ら関係がありません。では単純に白翼組に入れてもパワーバランスが崩壊しますし、青鱗組も緑甲組も軍・警備隊関係で纏められています。ですので、リタンヴァヌアを中心とした新たな派閥と捉えて、アルムさんを黒尾組のクラス長に据え、第六席次、第七席次のフェーナさんとレーシャさんのお2人も黒尾組に割り振られたのだと私は考えました」
13月某日。1番のスポンサーである権限を使ってアルム達の合否通知を受けとったモスクード商会は、ジナイーダにそれを持たせてリタンヴァヌアを訪れさせた。
無論3人とも合格だったが、フェシュアとレシャリアは上位28人に選ばれ金の六芒星のバッチを受け取る事になり、アルムも勿論上位28人に選ばれて金の六芒星のバッチを受け取ったのだが、アルムには更に黒い龍のバッチと、ルザヴェイ公塾の校章が刻まれた白銀のバッチも贈られていた。
そのバッチやクラス分けに関して、今し方ジナイーダがアルム達に説明していたのである。
「その校章が刻まれた白銀のバッチは第一席次、つまり年次首席を表すバッチです。ですのでアルムさんは、年次上位28人の証である金の六芒星のバッチ、黒尾組のクラス長の証である黒龍のバッチ、そして首席の証である校章入りバッチの3種をつける必要がありますね」
因みに私は第二席次で副首席ですので1年次生の代表であるアルムさんの補佐であり、紅牙組のクラス長ですので、紅龍のバッチと校章を刻まれた銅色のバッチをつけますよ。
ジナイーダはそう言って、自分のバッチである、アルムの黒龍のバッチの色違いである紅龍のバッチと白銀のバッチの色違いの校章入りの銅色のバッチを見せる。
「うーん、ちょっと恥ずかしい、かな?でも付けなきゃダメなんだよね?」
「校則ですのでそこはご了承下さい。普通だと少しは自慢したがる物なのですが、恥ずかしがるとはアルムさんらしいですね」
アルムは受け取ったやけに目立つバッチを見て、ちょっと派手じゃない?と困った様な顔をしていて、ジナイーダはクスクス笑う。
「ねえジーニャちゃんっ、あたし達って『二十八の星』になると思うんだけど、他の子と違う事ってあるの?」
そんなジナイーダに、受け取った金のバッチを眺めつつ質問を投げかけるレシャリア。レシャリアの質問にジナイーダは「もちろんありますよ」と微笑みつつ答える。
「まず1番大きいのは個室が与えられる事ですね。それ以外ですと組ごとに男女別で約5人単位に纏められて寝泊りする事になります。
あとは食堂の列順の優先や、購買での値引きなど様々な部分で優遇措置が取られますね。加えて一部の校則が適応されません。私物の持ち込みの規制もかなり緩くなりますよ。その代わり、本来は週休2日ではありますがそのうち1日は特殊な講義が実施され『公塾抗争』に備えさせられます。メリットの裏にはデメリットもあるのですよ」
レシャリアはお休みが減るんだねぇい、と呟き、フェシュアは破格の優遇措置にも納得する。
「クラス長は更にその上ですね。定期的にクラスの風紀を取り締まり、クラスのメンバーの健康状態の確認、点呼、授業の号令など色々な仕事があります。代わりに、クラス長のみが使える施設がいくつか存在し、鍛錬場などは優先的に借りることができます。食堂でも自分で取りに行かずに、逆にオーダーを取りに来てもらえますよ。また食堂の利用時間や就寝時間などの規則もありません。図書館で閲覧可能な書籍の冊数や一回の貸し出し可能冊数も増えますし、購買などは半額で利用できます。持ち込める私物の制限も一切ありません。
アルムさんは年次の取りまとめである首席ですので最高の部屋を割り当てられますし、更に1年次の寮内全てが立ち入り可能ですし、ええ、なんと女子の部屋でも緊急時は立ち入りできますよ。また、図書館で全ての書籍を閲覧、借りることが可能です。購買では全商品75%OFF、食堂では首席だけがオーダーできる裏メニューがあるそうです」
あまりに待遇が違うね、と思いつつアルムは少し疑問を感じる。
「でも普段の場合は、女子の部屋はどうすればいいのかな?勝手に立ち入りできないというか、男としてそれは如何かと思っちゃうんだけど?」
アルムがそう言うと、今まで黙って聞いていたフェシュアがアルムをちょんちょんっと突っつく。
「ウィル、私とレーシャが副クラス長。その通知もきてる。黒尾組の女子は私達が担当する」
クラス長の下には2人の副クラス長が置かれ、アルムが懸念した様に異性の部屋は立ち入りはあまり歓迎されないので、各組のクラス長と違う性別の子が選ばれる。
ただしバッチは無く、仕事中にタスキをかけるだけ。クラス長ほどの破格の待遇は受けられないが、時間関係の校則は緩くなり、2人で作業が分担できる利点がある。
今回の場合、男であるアルムが黒尾組のクラス長なので、黒尾組の副クラス長には女性であるフェシュアとレシャリアが選ばれた訳である。
因みに紅牙組はジナイーダがクラス長で、副クラス長はレグルスとその友人が担当する。実はレグルスもちゃんと上位二十八人に入っており、しかもレシャリアの次の第八席次である。
「そっか、そうだよね。フェシュアとレシャリアが副クラス長で僕も凄く気が楽になったよ」
アルムはクラス長就任は少し大変そうだな、と思うも、クラス長仲間にはジナイーダ、副クラス長にはレシャリアとフェシュアがいるのでなんとかやっていけそうかな、と思うのだった。
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アルヴィナ→鱗
レイラ→幻
フェシュア→寵
レシャリア→音
ジナイーダ→剛
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〜恋人達のトークルーム〜
鱗:フェーナさん、レーシャさん、編入試験合格おめでとうございます
幻:おめでとー!
音:ありがとうー!
寵:ありがと
幻:『二十八の星』ってやつにもなれたんでしょ?
音:そうだよ!フェーちゃんが第六次席で、あたしが第七次席だよ!リリーさんって『二十八の星』について知ってるの?
幻:流石に帝国の全公塾の武の頂点に立つルザヴェイ公塾については、貴族でも知っておかないと常識無しの烙印を押されちゃうからね〜
鱗:私もアルムが入塾すると聞いて調べたけれど、超実力主義のようね
音:その公塾でルーム君は首席だからね!試験の時も凄かったし!
剛:正直なところ、万年首席の肩書は少しプレッシャーでもあったので、私としては肩の荷が降りた気分です、アルムさんには申し訳無く思いますが
幻:確かにそれは結構なプレッシャーだよね。でもアルムなら涼しい顔してそうな気がするけど。ところでフェーナちゃん起きてる?
寵:ん、大丈夫。打つの遅いから見てる方が楽。ちゃんと起きてる
鱗:また遅くまでやっていると、アルムに一言言われてしまうかもしれないわね?
寵:寝落ち率ではレーシャが断トツの一位。一度ボタン押しっぱなしで寝たからログが酷い事になったのは記憶に新しい
幻:途中から『、、、、、、、』ってずーっと記号が並んでたから、ちょっと怪文書みたいになってたよね
寵:押しっぱなしだとずっと打ち続けてしまうのが難点。私がレーシャを起こしにいかなかったらずっとあのままだった可能性がある
音:その節はごめんなさーい!
幻:気にしないでいいよー。でも私とかが押しっぱなしで寝落ちしたら翌日までその状態って事だよね?
鱗:私も気をつけているけれど、夜はどうしてもうとうとしかける時もあるわよね
剛:眠気を感じたら私は素直に寝るようにしていますよ。その代わり早起きします。アルムさんも早朝が1番レスポンスが速いんですよね
幻:アルムってそこは結構マメだよね。毎朝メッセージくれるし
鱗:反面、夜はレスポンスが無くなるわよね
音:サークリエさんに毎日20時から23時まで講義を受けるから、終わるとすぐに寝ちゃうみたいなんだよ〜
鱗:一度サークリエさんにもお会いしてみたいわね。アルムも凄くお世話になってるとよく口にするし、祖母の様に慕っているわよね
音:どっちかと言えば、サークリエさんがルーム君を孫の様に可愛がってる感じかな?
剛:かなり溺愛していらっしゃいますよね。アルムさんの頼み事を退けた事は一度も無いみたいですし
幻:私としてはビッグネーム過ぎて驚きなんだけどね。アルムがザリヤズヘンズ様とも懇意なのは知らなかったよ
鱗:今も私は定期的にお会いしてお話を伺ったりする事もありますので、かなり身近な、恐らく祖父がいたらこんな感じなのでしょうね、と思うほど近しい方なのだけれどね
幻:多分世代が上の人ほどよく知っているし、カッター様より有名なんじゃない?軍の頂点である総帥を勤められて、大陸中央の内戦を平定。平定と共に行方を晦ました伝説の英雄だよ?サークリエ様と縁があったのは初耳だったけどね
鱗:改めて文にされると凄い経歴だけど、私としてはやはり気の良いお爺さん、なのだけれどね。でもゼリエフ塾長より更に博識なのも納得がいくわね
剛:アルムさんの結んでいる縁は凄い人物ばかりですね。でもアルムさんはそのような権威などには凄く無頓着なんですよね。首席のバッチを見て恥ずかしがるお方ですし
幻:そこがアルムの良さであると言うか、その手の人達に凄く気に入って貰える要因の1つなんだろうね。
ところでフェーナちゃん起きてる?
音:反応がないよぅ。これもう寝落ちしちゃってる!
剛:確かにもうかなり遅い時間ですよね
鱗:そうね。私ももう寝ようかしら?
幻:意外とフェーナちゃんも寝落ちが多いよね。でも私も欠伸出るし、明日は新年祭で色々と動かなきゃいけないし、もう寝ようかな?おやすみ〜
鱗:おやすみなさい。私も寝ますね
音:おやすみ〜
剛:おやすみなさい
◆
公塾関連のドタバタを追え、新年を迎えた。
一方、アルムは、とある計画の為にまたせかせかと動いていた。
「(えっと、この本のシリーズのコピーは完了したよね?)」
《そうだな。しかし何冊あるんだ?》
「(師匠から借りてる本で、特に有用な物だけに絞ったつもりだったんだけど ……………図鑑サイズに置き換えても100冊以上あるよね)」
《終わりまでが遠いなぁ》
アルムはまた分厚い本を1ページめくり、オリジナルの『記読の魔法』でその内容を頭にインプットし、横に積んだ紙を1枚持って『転写の魔法』で全てインプットした内容をコピーする。
『記読の魔法』の魔法は、要するにコピー機のスキャンと同じである。一見簡単に見えるが、実際にはかなり面倒なプロセスを踏んでおり、そもそもアルムとスイキョウがシンクロ状態になっていないと発動できない。
まずスイキョウが量子の探査でインクを読み取り、アルムの記憶力をもってしてそのスキャン内容をアルムが一時保存する。これを一括にしたのが記読の魔法。スイキョウが“スキャン”と言う概念を理解しているからこそ発動ができるのだ。
そして、そのインプットした内容を元にシンクロ状態のスイキョウが読み取り、その通りにレールを紙に貼り付ける。そのレールにアルムが魔法で生成したインクを流し込む。これを一括化したのが『転写の魔法』である。
アルムとスイキョウの両方の力がなければどうにもならない繊細な魔法だが、これを使うと簡単に本のコピーを作ることができる。
では何故アルムがせっせと本をコピーしているか。それは金冥の森が上冬になり封鎖されたからではない。
事の発端はスイキョウがアルムにとある提案をしたからである。
《里帰りにするにしても、お土産無しは不味いから、どうしようかと考えた結果、本が1番いいと結論付けた訳だが、全部やる気か?》
「(拡張収納袋があるしスペースに困らないからね ……………って思ったんだよね)」
《あの魔力遮断の布に包むと、物が入ってても、ある程度近くに置いても大丈夫な事も分かったからな》
公塾は4月からスタートするので、アルムには3ヶ月の自由時間ができた。今年は時間に追われるような仕事も無く、イヨドの鍛錬も最近は今の成長の上限に近くなってきたのでそれも中断している。
要するに暇になのだが、そこでスイキョウがふと思った。
3ヶ月もあれば余裕で里帰りできなくないか?と。
上位28人の塾生は冬休みも特別講義を受けさせられるので冬休みが存在していない。つまり此処からは3年間公塾には通い詰めで、纏まった休養期間が得られない事はジナイーダからアルムも聴いている。
つまりこの3ヶ月しか今後纏った休暇は得られない可能性が極めて大きい。ここで一度里帰りしておくのは如何だろうか?とアルムにスイキョウは提案した。
上冬に入り雪は降り始めているが、それはかえって外を出歩く人も減るという事。多少大掛かりな移動手段を使っても問題ないわけで、アルムもそう言われると途端に帰りたくなった。
公塾に無事通える様になった事を報告しておきたい人物はアルヴィナやアート以外にも当然いるわけで、確かにここで帰らないと次にいつその機会があるのかは一切未定になる。
このまま順調にいけば、レイラとは数年以内に再会できる可能性はある。
だが、アルヴィナと再会できるのは本当にいつの話になるか全くわからない。
帰れる時に帰っておくべきだとアルムも深く同意し、年明けからいきなり里帰りの準備を開始した。
まずサークリエに里帰りをする旨を伝え、リタンヴァヌアを開けることの連絡と講義の停止の許可を申請。(公塾に通いだしても休日にリタンヴァヌアに戻る程度ならアルムも簡単であり、講義も既にサークリエが必ず伝授しようと思っていた薬毒は全て学習済みなので、簡単に許可は降りた)。
またアルヴィナにはサプライズとして伝えないことにしたが、里帰りする事はフェシュア達にはちゃんと知らせた。するとフェシュア達は里帰りするアルムに、アルヴィナやアートに渡してほしいと色々な物を預けた。
そこでアルムも確かに土産が必要なことに思い至った。
しかし衣類やアクセサリー、化粧品など女性として貰って嬉しい物は既にフェシュア達が用意しており、アルムはなにを手土産にすれば良いのか悩んでしまった。
そこでスイキョウと色々と考えた結果、読書家であるアルヴィナの為に本を用意すればいいのでは?と考えついた。
因みにアートへのお土産は、魔法が使えないアートの為に便利な魔宝具をプレゼントする事にしており、ジナイーダが手配してくれて既に用意は完了している。
そんな理由がありアルムはアルヴィナの為になる本をせっせとコピーしているのだが、1日かけても4割を漸く終了した所だった。
そしてそんなアルムに協力して、アルムがコピーした紙をフェシュアとレシャリアが製本しており、アルムは色々と手伝ってくれるフェシュア、レシャリア、ジナイーダにも何かお返しをしなきゃなあとぼんやり考えていた。
尚、製本作業では、フェシュアが紙を薬剤につけて状態を良くしたり、革を薬で処理して鞣すなどの作業を担当。
レシャリアは更にそこに強力な祝福の魔法をかけて保存状態などを引き上げ、イラリア直伝の裁縫技術を応用して本の状態まで仕上げている。
そして今回大量に必要になった紙の手配はジナイーダが商会の伝手を使って用意してくれたものだったりする。
そんな彼女達の助力を受けて、アルムは行動を開始して4日目で漸く全ての準備を終えた。
◆
「(うーん、ルリハルルの転移リロード時間を考えても、だいたい1日で行けるかな?)」
《イヨドが動いてくれればひっ飛びなんだがな》
「(謝罪用の手紙を送ってもらって、1ヶ月も経たずにプレゼントの配送もして貰ったからね)」
《ありゃプレゼントの製作に自分がかなり関わってたから故の特例中の特例だったんだろうな。本人もアルムに甘過ぎだなってぶつぶつ言ってたし》
1月4日の夜、アルムは1人バナウルルの外に居た。
外は雪が降っており凍えるような寒さでは無いが、白い息が出るほどのにはしっかり冷えこんでいた。
スイキョウの言う通り、イヨドが直接動けばリタンヴァヌアから直接ミンゼル商会の方の離れまで移動する事もできるのだが、特例が2度も続いたイヨドは動いてくれそうにはなかった。
と言っても元よりアルム達は自己解決するつもりであり、ルリハルルの転移もあるし簡易召喚でペガサスでも喚べば結構簡単に到着できると読んでいた。
因みにルリハルルの1度の最大転移距離は300kmだが、距離に応じて指数関数状にリロード時間が伸びてしまうので、時間効率で考えると1回の適正転移距離は大体25km程だった。
そして今回の通るべき推定ルート約2300kmほど。ルリハルルの転移も連続して行えば寧ろリロード時間が一気に跳ね上がるため多用はできない。
なのでこの季節でも比較的人通りが多いバナウルルからククルーツイ迄は隠密制の高いルリハルルの転移でガンガン移動して、人目の少ない場所に来たらペガサスで山越えをしてリロード時間を稼ぎ、それを臨機応変に繰り返す事にした。
そこにアルムの休養時間などを入れて算出されたのが1日という時間である。
これを馬でなんとかしようとすると、馬の休憩なども必要だし自分自身も休養が必要になる。加えてククルーツイ以北の道はどんどん整備の質が下がっていく。
なので上冬である事を考慮すれば通常は6ヶ月以上は確実にかかる道のりである。
サークリエが裏技でミンゼル商会の支店の方に手紙を届けたり、ミンゼル商会が北方への輸送のエキスパートだからこそ、アルムとアルヴィナ達の手紙は2ヶ月で届ける事ができたのである。
これは全く別の話だが、実は『通信機』により手紙を書く必要はもう無いのだが、アルム達はヴェル辺境伯などに怪しまれたりしないように手紙のやり取りは続けていたりする。
閑話休題。
「それじゃ、行こうかな」
アルムは暫しの別れをバナウルルに告げると、スタンバイ済みのルリハルルに跨り、早速転移するのだった。




