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ちょっと煤けた感じの従業員に見送られつつ店を出るスイキョウたち。
スイキョウは手に入れた籠手を眺めながらニヤニヤしていた。
「(サンキューなアルム)」
《別に良いけれど、一体なんの道具なの?》
アルムが問いかけると、スイキョウは上機嫌に答える。
「(極めて電動率のいい金属製のコイル……まあ、前に話してた電気と磁力が使用できる可能性の高い道具だな。アルムがどうしても見たいって言った電気を予想より早く見せられそうだな。他にも効果はあるみたいだが、そこはアルムの方が分かるんじゃねえの?)」
《一回変わって調べていい?》
アルムとスイキョウはコントローラーを交代し、アルムは地属性魔法で籠手を調べる。
「(あまり硬くはないから防具にはならないけど、柔軟性があるね。あと形状維持能力と魔力による自動修復機能がついてると思う)」
《へえ、結構良い能力だな。しかしよくわかったな?》
「(父さんから預けられてる道具の中に似たような反応の道具があるんだよ。自動修復は無機系の魔物由来だと多いかな?)」
《魔物ってのも見てみたいな》
「(僕も実物は見たことないんだよね。でも迷宮は一般人じゃ立ち入りできないからなぁ………)」
スイキョウが手に入れた装備について2人で議論をしていると、ドンボが急に口を開く。
「それにしても、お見事でさぁ」
スイキョウはアルムと交代すると、ニコッと笑う。
「ありがとうございます」
「……ところで、50万セオンなんてよくポンっと出ましたね」
「お祖父さんがお小遣いにくれたんです」
「はぁ〜……親方様も人の子だなぁ」
しみじみといった感じで呟くドンボ。あ、今のは秘密でお願いしますよぉ、と慌ててドンボは失言をフォローをすると、スイキョウはクスクス笑う。
「では今の取引も秘密でお願いします」
「ええ、それはもちろん」
ドンボは、見た目は子供のこの美少年が中身は大人顔負けの腹黒である事を察して素直に頷いておく。特にドンボは比較的ミンゼル商会でも祖父に近い立場なので、本家側の事情とやらも知っているのだ。強引な力技で上げ足を取るように値切っただけではあるが、結局はそれを聞いた人がどう思うかだ。余計な騒動を起こしそうな事をドンボは吹聴したりはしないだけの分別がある。
「どうします?あと1件くらい…………駄菓子とかでも見ていきましょうか?」
「うーん、見ていて面白い物がいいです。お腹も空いてないしですし。あ、この腕輪みたいな変わったものがたくさんある場所だととても嬉しいです!」
「そうですかぁ、ではうってつけの店を案内させていただきますわぁ」
◆
ドンボが連れてきたのはスイキョウの予想に反してかなり古ぼけた感じの建物だった。
「ちょっくら埃っぽいのは勘弁してくだせえ。ですがミンゼル商会には回って来ねえ商品を1番取り扱っているのは多分ここでさぁ」
ギーッと軋むドアを開けると、そこは薄暗くて内装がよく分からなかったが、しばらくして暗がりに目が慣れるとスイキョウは息を呑む。
そこはまさしく魔窟と言える場所だった。多種多様なガラクタから何やらが乱雑に積まれていて、1人分がギリギリ通れる通路が奥に続いている。この世界の人々よりも情報化社会により写真や絵などで多くの絶景を見たことがあるスイキョウでも圧倒されるほど、物と言う物が所狭しと積み上げられ、それがまるで門の様に客を歓迎しているかのようだった。
「どうも、ザリヤズヘンズさん。ドンボです」
「ん〜?なんだか懐かしい奴が顔を見せたな〜。しかもオマケ付きときた」
その通路の奥にはこの店の主が居た。
ドンボよりも更に恰幅の良い、明らかに堅気の雰囲気でない隻脚の老人は、紫煙の立ち昇るデカい煙草を吹かしながらこちらを一瞥する。老人の顔や、半ズボンから出た脚にはいくつもの傷がついており、歴戦の戦士の様な気迫を感じさせる。鷹の様な鋭い目つき、毛量の多い白い髪と髭はまるで獅子の様であった。
「こちらは親方様のお孫さんでさぁ」
「ほ〜、あの坊やの孫か」
一瞬店主の雰囲気にのまれかけたが、スイキョウは引っかかる言葉を聞きなんとか持ち直すと、疑問を呈するように軽く首を傾げてみる。するとそれを見たドンボは苦笑していた。
「ザリヤズヘンズさんは土棲人と魔人のハーフでして、多分この街で最もお年を召していらっしゃいますよ。少なくとも100歳は超えています」
「カッカッカ、100以上はとんと数えなくなっちまってな、表舞台から引っ込んでからは長い長い道楽を続けているわけだ。おめえの爺さんのそのまた親父がおしめしてる時からおめえの家のことは知ってらぁ」
煙草をスパ〜っと吐き出すと、ザリヤズヘンズは野太い声で笑った。
「まあ勝手に見ていきな〜。骨董屋なんて言ってるが、ただのガラクタの掃き溜めだぜ」
辺りを見回すと、用途不明の木彫りの置物から穴の空いたフライパンまでゴミにしか見えないものから、瓶詰になった根っこや黒ずんだ指輪や髑髏のついた杖など怪しげなアイテムまで存在する。
ガラクタ?いいや、そうではない。意図的に隠蔽されているが、本当に価値あるのアイテムの反応が多数ある。それも武具商店で見た魔獣や魔物由来の武具よりも遥かに高い魔力を持った反応がある。
「手にとってみてもいいですか?」
「ああ、好きに見るといいさ」
一々興味の沸き立つような謎のアイテムが置いてあり、時間も忘れてスイキョウはアイテムを観察する。アルムも店内には興味が湧いたようで、2人が代わる代わるアイテムを見ていった。
そしてアイテムを物色していくうちにとあるものを見つけて、スイキョウはハッとする。
「これは…………」
ガラス玉のような透明な小さなカプセル、その中に入った液体の中の真っ黒な長方形の石。そんなカプセルが5つほど集めて置いてあった。
「ん〜?それかい?」
「はい、これは何ですか?」
スイキョウはその玉を持つと軽く埃を拭ってザリヤズヘンズに見せる。彼は暫く考え込むと、思い出したようにハッとする。
「確かそりゃ、どっかの国の迷宮の魔物由来の置物だったなぁ。北極石、引き付け石なんて言われててな、この石同士が引きあったり、油に浮かべとくと必ず北極星の位置を向くってもんで、航海にも使われた筈だ。この包みも魔物由来なもんでちょっとやそっとじゃ割れっこねえ。まあ遊び道具にしちゃあ随分お高いもんだが、買い手があまりつかずにここまで流れて来たんだ。俺には持ってた所でよう使えんがな」
スイキョウは黒い石が自然には存在しえないほどの極めて強力な磁石であることに気づいていた。金属製の籠手にカプセルがガッツリくっついており、引き剥がすのに身体強化が必要なレベルだった。
「其奴が欲しいのかい?」
「はい、とても興味が湧きました」
さてどれくらいの値が付くか、海外の魔物由来が2種類以上となれば、ただの置物とはいえ300万セオンは余裕で超えるだろう。だがスイキョウは最悪ヴルートヴォル狼の残りの素材を渡しても手に入れる心算だった。それほどまでにそれはスイキョウにとっては価値があった。
故にスイキョウは内心で強く意気込むが、対してザリヤズヘンズの答えは拍子抜けするものだった。
「うんじゃ1万セオンでいいぞ」
「え?」
スイキョウはポカーンとしてザリヤズヘンズを見ていた。
「だっておめえ、まだガキンチョだろ?それに言ったはずだがあってもどうしようもないんだ。ただの道楽だ、気にするなぁ〜」
しかしこれでは気が引ける。ただほど高い物はないのだ。そう思いスイキョウは10万セオンほどを取り出したが、ザリヤズヘンズは笑って首を振る。
「いいか坊主、商売をするのにとっても大事な物って何か知ってるか?」
「品物、お金、知識、色々思い浮かびますが……」
専門が違うとはいえ、院に至るまで様々な教育を受けてきたとスイキョウは自負している。その知識の中から当たり触りの無いものを挙げてみるが、ザリヤヘンズの首を横に振る。
「違う違う。もっとシンプルだ。1番大事なのはな、“買い手”がいる事だ」
「成る程」
言われてみればまぁ一理あるとスイキョウは頷く。
「俺ぁ見ての通り、真面目に商売をヤル気はねえ。金も欲しくわねぇ。この思い出のガラクタの中で余生をただ消費している。そんな長閑で刺激の日常の中で、たまに客がふらりとやって来る。俺にとっちゃあどうでもいい物を、一生懸命に眺めてる様を煙草をふかしながら見るのは今の俺の唯一の楽しみだ。だが客を呼ぶほど気力もなけりゃぁ、煩いのも嫌い、無能も嫌いだ」
ザリヤズヘンズは遠い目をすると、スゥっと吸い込み、紫煙を上に吐き出した。
「坊主がもし、気がひけるってんなら、お金よりもまた足を運んでくれる方がずっといい。ドンボの様に、見込みのある奴をここに連れてくれればなおいい。ここにある物の価値がわかる奴を連れてきて俺を楽しませてくれることが、この老体にとってなによりも価値がある事だ」
そういうと、ザリヤズヘンズは角ばった巌のような大きな手でポンポンとアルムの頭を撫でた。
「また来るといい」
独特の覇気に圧倒されたスイキョウは、1万セオンを払いコクリと頷くと、カプセルを抱えて静かに外へ出て行く。そうして見守っていたドンボが後を追って出ようとすると、ザリヤズヘンズが引き止めた。
「なんでしょうか?」
「…………おめえの親方に言っておけ。いい孫を持ったな、と」
ザリヤズヘンズはクックックっと笑いながら言うと、ドンボは唖然とする。
「まさか貴方に人を褒めるという技能が備わっているとは思いませんでした」
「馬鹿を言え、その薄くなってきた頭をかち割るぞ」
動揺するドンボを見ながらザリヤズヘンズは愉しげに笑い体を揺らす。
「…………【超価】の異能を持つ貴方の言葉は、重い意味がありまっせ」
「ただの老骨の妄言だ。それともう一つ、彼奴は絶対に商人に収まる器じゃないと言っておけ。ほら帰った帰った」
何か変な物でも飲み込んだような奇妙な表情のドンボを追い出すと、ザリヤズヘンズはフーっと息を吐き出す。
「ありゃあ何かによほど愛されてるんだろうなぁ」
ザリヤズヘンズの持つ異能【超価】。それはあらゆる物の潜在的価値を見抜くかなり特殊な異能だ。わらしべ長者の、最初の一本のわらしべの価値を見抜く、時系列まで含めた価値を知る異能だ。逆に言えばザリヤズヘンズにとって毒にも薬にもならなければ、価値は無いと判定されるので少し使いどころが難しいという点もあるが、彼が今までの人生を歩むうえでこの異能は幾たびも彼を救った。
世の中の総合的な価値観による価値の算出ではないので使いどころを選ぶが、ザリヤズヘンズはアルムの周りに纏わりつくいくつもの絶大な力の塊を見た気がした。それこそザリヤズヘンズの長き人生でも最高クラスの輝きをアルムに見た。
「長生きもしてみるもんだなぁ…………」
ザリヤズヘンズは満足げな表情で椅子に深く座り直した。




