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アルムの試験がいよいよ実施される段階となると、「あれ?今からやるの?」のと言いたそうな表情をした他の試験監督達も8グループの方に集まって来てしまい、何故かアルムだけ周りに沢山の試験監督がいる状態になっていた。
普通ならば試験を脱落していく人も多いので、早い所だと1人5分もかからず終了してしまう場合もなくはない。
しかしフェシュアとレシャリアは全ての試験を途中脱落を起こさずに全てやり遂げた。
その上本来1分で終わる総評確認が2人とも6分も行われた。その2つの要因が重なり、他のグループの進行より試験の進行が丸々1人分が遅延した。
本来なら、次の受験生を迎える準備を進める必要があるので持ち場を離れられない。なのでこの様に野次馬のような事はできないはずなのだが、アルム達は10番目の最終のグループに属する。よって次の準備はしなくてもよく、後片付けも後でできる。
そんな訳で片付けまで終わっていたグループの試験監督達がなんとなくまだ全然終わってない8グループに近づき、集団の同調効果でなんとなーく近くのグループの試験監督達も寄ってくる。
すると遠目でも試験監督が沢山いるのは見えるので、離れいたグループの試験監督達も「何かあったのか?」と見に行ってしまう。
そんな事が積み重なり、アルムだけ何故か沢山の試験監督に見守られる羽目になっていた。
《どうしてこう、穏便にいかないんだろうな?》
「(僕こそそれは聞きたいんだけど)」
朝の馬車の面談から始まり、もうお腹いっぱいと思うが、考えても仕方ないので『別にやる事は変わらないよね』とアルムは頭を切り替える。
8グループの試験監督もそんなアルムを少し気の毒に思うが、それはお首にも出さず試験を開始する。
「随分お待たせしたね。ああ、周りの試験監督は気にしないでいいよ…………と言われても難しいかもしれないけれど、あくまで評価するのは私達だけだからね。事前申請では、六属性全てが使え、特技は“戦闘全般”。確認だけど、戦闘全般というのは、対人、対獣、近距離から遠距離も全てに於いて戦える、この認識でいいのかな?」
「はい、その通りです」
アルムが静かに肯定すると、ローブの男は大した自信だね、と言って笑い少し考え込む。
「私もね、君のこの状況は公平性を大きく欠く気がしているんだ。私でもこれだけの試験監督がいたら圧迫感を感じるよ。それで物は相談なんだけど、君には特別に放出系魔法の試験の形態を選ばせてあげるよ」
「いいんですか?」
そんな事をしていいのかとアルムは思うが、ローブ姿の試験監督は苦笑して頷く。
「もし文句を周りから言われたら、あと片付けもせずこっちにきてる試験監督全員共犯扱いにするから大丈夫だよ」
その言葉に周りの試験監督達の7割方が居心地悪そうに身を捩る。
そんな同僚達に呆れつつ、ローブ姿の試験監督が提案した試験形式は3つ。
1つが本来の試験形式だった、次々に投げられる泥団子を全て撃ち抜く試験形式。
もう2つは既にネタが判明しているフェシュアとレシャリアがした試験。つまりアルムがプレッシャーを受けるのを考慮したうえで、バランスを取るためにそれらを選択肢に入れたのだ。
試験監督も恐らくこの2つのどちらかだろうな、と思うがそこでふと野次馬している同僚が目に入る。
「ああ、こう言うのでもいいよ。周りで野次馬してる試験監督に光の球を作らせて撃ち抜くってのでも。私は天属性が使えないので参加できないが、野次馬してる連中だと使える人もいるからね。好きなのを選んでいいよ」
まあ、板か土柱の試験だろうな、と思いつつ一応提案してみた程度だが、試験監督の予想に反してアルムは4番目の形式を選択した。
「いいのかい、それで?」
「配慮して頂くのは嬉しいのですが、そんな貴方にも私にもケチがつくようなリスクは無くしたいので。それと、沢山の試験監督の方々がいるなら、逆に開き直ってしっかり全てを見てもらおうかな、と思いまして」
苦笑して答えるアルムに、ローブ姿の試験監督は「君は本当に肝が太いね」とコメントして周りの試験監督に話をつけにいくのだった。
◆
「これより、放出系統の魔法の実技試験を行うよ。試験形式の大まかな物は、先程の10-8-2番の子の試験と同じだね。でも今度は土の柱では無く光の玉だよ。これから試験監督達が次々に半径10cmほどの少し大きめ光の玉を生み出していく。君にはそれを撃ち抜いて欲しい。ただし、光の球は出現から30秒で消える。試験監督は君が消し漏らした光の球の数をカウントするよ。できるだけ多くの種類の放出系の魔法を使って撃ち抜けば評価は高く、私がやめと合図するまでは試験続行なのもさっきと一緒だよ。準備はいいかい?」
「大丈夫です」
これより行われるのは例外的な試験。それを受理したアルムに対して、試験監督が好奇の視線を向けているが、アルムは一切動じずに目を閉じた。
「はじめ!」
ローブ姿の試験監督が合図すると、アルムから半径15mくらいのところにポポポポポポポっと白い光の球が次々に生み出される。
アルムはスイキョウの量子の探査の魔法も借りると、探査の魔法と組み合わせて全方向を3Dマッピング状に知覚して、火の矢や光の矢、氷の矢、水弾、天属性の雷の魔法など手を変え品を変え次々に光の球を破壊していく。
全てがど真ん中、破壊に足りるピッタリな量の魔力だけを使って、アルムは頭の後ろにも目がついているのではないかと思うほど、一切動かずに全ての光の玉を目を瞑ったまま撃ち抜き続ける。
ただ撃ち抜くだけではなく、目を見張るべきはそのスピード。光の球が光った次の瞬間にはまるで出現位置を予測していたように霧散させている。
アルムは意識を集中させ、たまに遠くに作られる光の球も瞬時に破壊する。
そのうちいつも通りアルム自身へ魔法が飛ぶのだが、アルムはその魔法が発動して1mにも到達しないところで“殺力の魔法”を混ぜ込んだ超高速の水弾で全て相殺し、むしろ試験監督の方をビビらせていた。
何故なら、それは試験監督でさえ完全に知覚ができない弾丸のスピードだったからだ。まるでアルムの半径15mに見えない壁が有るかのように尽くが侵入を許されない。
そうすると見物していただけの試験監督の何人かも我慢できずに興味本位で魔法を撃ってみるが、その魔法も瞬時に破壊された。
試験監督達は未だ1つの隙もないアルムを見て近くの者同士で思わず顔を見合わせてしまう。
そんなアルムの足元にも急に土の柱が迫り上がるが、アルムはそれをずっと警戒していたのでせりあがる前に全て“分解の魔法”で無力化する。
これには実は土の柱をはやしていた張本人である戦士風の男も頬が引き攣る。
そんな調子なので、だんだんアルムに攻撃を仕掛ける試験監督もどんどん増えていくのだが、どの魔法も全て通用しない。
しかもその間にも同時並行でアルムは全ての光の球を処理し続けている。今や生成した瞬間に激しく動いたりして避けたり逃げたりしているが、空間全てを知覚し目視不可能なレベルの速度で水弾を放つアルムは的確に全てを破壊した。
「ねえ、フェーちゃん。もう魔術師の試験監督さんの殆どがルーム君に攻撃してるよね?しかももう5分以上やってるよね?」
「明らかに過剰な審査に思えるけど、ウィルの放出系魔法のレパートリーがまだ尽きてない以上試験が終わらない。それに本当ならば動きを入れた中で試験をさせたいけど、ウィルに隙がなさ過ぎて状況が動かない」
そんなアルムの状態を見ていたレシャリアとフェシュアも、これいつ終わるんだろう?とその様子を見ていた。
しかしそれはアルムもまた同様なのである。
「(これいつ終わるのかな?)」
《てか魔術師の試験監督のからの総攻撃っておかしくねえか?まあかなり手加減されてるが、なんか躍起になって15mラインを突破しようとしてないか?》
ローブ姿の試験監督も、本来は動きを入れながら実戦に近い状態での評価をしなくてはならないのにまだ全然余裕そうに中心に立ちっぱなしのアルムに正直頭を抱えたくなっていた。
《面倒だから試験監督倒したほうが早いんじゃねえの?てか試験監督っつってもそれ以外の奴に普通に攻撃受けてる訳だし。反撃しても言い返せるぞ?》
「(あ、そうだね。普通に対応してたけど、光の球を作ってる試験監督以外の人って、これただの攻撃だよね?)」
アルムも動かない状況に辟易してたのでスイキョウの悪魔の囁きに乗る。
そして試験に関係の無い、かつアルムに魔法を放っている試験監督を全てマークする。
「(複合魔法も見せちゃおうかな)」
《俺も協力するから一回派手なのやろうぜ》
「(うーん、確かに牽制用としては結構いいのかな?じゃあ攻撃の方向性の調整は任せるよ)」
《おう、任せとけ》
アルムは光の球を破壊しつつ、とんでくる魔法も破壊しつつ、頭上に厚い深い霧を作り出しそれを8グループの区間を、試験監督達もすっぽり覆いかぶせる様に展開する。
試験官達は何をする気だ?と上を見上げていたが、フェシュアとレシャリアはアルムが最近創り出したオリジナルの魔法を使おうとしている事を察して、アルムがこの状況に飽き飽きしていることを察する。
「(準備できたよ)」
《こっちもOKだ。出力調整は任せたぞ。それじゃ、いっちょやりますか》
アルムとスイキョウはお互いの存在に意識を深く張り巡らせ、ピントを合わせるように共有率を調整する。
《よし、シンクロ完了!んじゃ、いくぜ……………『撹散雷の魔法』ってな》
アルムがモーターをひっそりと回したところで、それにより生み出される電気エネルギーを大量に蓄積し、何時もの如く球状に抑えるスイキョウ。スイキョウはその電気エネルギーを雷撃として放出するのではなく、アルムが作り出した雲の様な物に押し込んだ。
そこで方向性を与えずにそれを解き放つ。アルムがその電気エネルギーを天属性の魔法と複合させて物理と魔法を組み合わせた特殊な雷を生成し、一気に解き放つ。
カッと雲が発光し、その雲からスイキョウが対象試験監督にラインを繋げておくことで特殊な雷撃はそのラインに乗って拡散した。
これは影の塊の怪物の飽和攻撃を受けて、大規模制圧用の魔法を作成すべきだと言うスイキョウの主張で編み出された魔法で、シンクロ前提の超高難度の複合魔法である。
ラインに乗った雷撃は一気に拡散して対象の試験監督を襲う。
この雷撃は物理的な雷撃と魔法的雷撃を強引に組み合わせているので色々と無駄が多い。攻撃力もどちらも下がる。なのでまだまだ改良の余地はとても多いのだが、結構派手な上にその魔法の性質上防御が困難で、軽いスタンガンに近い威力はある。
なので対象になった試験監督の半数以上はいきなりの攻撃に魔力障壁の展開もまともに出来ず、1/4は痺れと痛みに膝をつき、数人は気絶、1/2は痛みはあったが耐えた。
そして試験監督でも上位陣はアルムが何かしようとしている時点で既に魔力障壁を展開していて、その中でも更に数人だけはスイキョウのラインそのものに気付いてラインを捻じ曲げる事で完全に攻撃を逸らした。
《シンクロしても即座に仕留められないレベルがいるな》
「(師匠やイラリアさんだけじゃなく、やっぱりまだまだ上は居るんだね!)」
アルムは自分の攻撃を完封する実力を持つ試験監督達がお返しするように放ったかなりの威力の魔法を、“殺力の魔法”を練り込んだ泥の魔法で相殺する。
《おいおい、殺す気かっての。てか試験続行しているし》
「(やめって言うまで終わらないもんね。でもあの人達が動いてくれれば終わるんじゃない?)」
試験監督達でも恐らくトップクラスの者達に当たりをつけたアルムは、手加減抜きでその試験監督達に攻撃を仕掛けるが、きっちり無効化された上に天属性の雷撃などがお返しされて、遂にアルムも回避を選択する。
「(絶対楽しんでるよね、あれ)」
《気を取られてると光の球撃ち逃すぜ?》
スイキョウは幾つかの光の球を雷撃でひっそりと処理しつつ、アルムに忠告する。
「(ありがとう、此処からは1人でやるよ)」
《んじゃ、頑張れよ》
アルムは火の槍をの雨を水弾で相殺し、雹の群れを火の矢で相殺し、天属性の雷撃の魔法と急に地面から飛び出してくる土の槍を躱して、光の矢を『光円斬の魔法』でブロックし、更にその上で光の球を破壊し続けるという芸当を披露して、シンクロ状態のアルムにも劣らぬ実力を持った試験監督達は笑みを深める。
最早試験とは違う事をし始めているアルムにフェシュアとレシャリアは「どうしよう、これ?」と顔を見合わせて、ローブ姿の試験監督は自分より遥か上位の教師達が暴走し始めてしまい止めたいのだが、止めるとその後が怖い。どうしようかとまごついていると、校庭に轟くような罵声が響いた。
「なにをしているか大馬鹿ども!今すぐ止めんか!」
それは思わず耳を塞ぎたくなるほどの大音声で、その声が武霊術の肺強化による大声だとアルムは気付き、試験監督達はその声にビクッと震えて攻撃が止まる。
「審査の会議を行うはずなのに殆ど集まらんから何事かと思えば!なにをしとるんだお前達は!」
校庭の奥から声を響かせたその老人は怒鳴りながら第8グループの区画まで来て、試験監督達はクモの子を散らすようにサーっと道を開ける。
やってきたのは身長2mオーバーの非常に大柄でガタイの良い人物。見た目は60代過ぎ、口を覆うように真っ黒で豊かな髭が腹まで伸びている反面、頭はつるりとハゲ上がっていて、右眼に眼帯をする、一眼見たら絶対忘れないインパクトのある見た目をしていた。
その老人は、アルムでさえまだ確実には勝てないと思った試験監督も大声で怒鳴りつけており、その試験監督達は「やっべ」と顔に書いてありそうなほどバツの悪そうな顔をする。
数分ほど怒鳴りつけて少し溜飲が治ったのか、その人物は今度はズカズカと大股で今度はアルムの方に歩いてきて、ガバッと頭を下げた。
「うちの馬鹿どもがすまなかった!怪我はないか!?」
肺を強化してなくても声が相変わらずでかいその老人にアルムは思わず除けりたくなるが、なんとか耐えて大丈夫です、と回答する。
「本当か?んー、丈夫だな君は!あのバカどもは後でたっぷり叱り付けおくから許してくれたまえ!しかし無事なら良かったぞ!はっはっはっはっ!」
アルムの背中を老人は笑いながらバシバシ叩くが、力加減が絶望的に下手くそで、嫌な予感がしたアルムが金属性魔法で耐久力を上げても息が詰まりかけたが、アルムは微笑を貼り付けてなんとか耐える。
「おおそうだそうだ!儂はここの塾長をしてるキヒチョトエクウだ!皆にはキヒチョ塾長と呼ばれておるぞ!」
ハキハキとした低く野太い声で名乗る老人。
なかなか“濃い”人だなぁ、とアルムは老人、もといキヒチョ塾長を見上げるのだった。




