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「えー、次は10-8-2番の君だね。事前申請では、全属性を使えるとか。得意分野は、複合魔法と治癒の魔法、祝福の魔法だそうだね。早速放出系の魔法を見させてもらいたいから、その広いところに立ってくれるかな?そう、そこでいいよ」
フェシュアの実技が終わった後、試験監督3人はフェシュアについてどう評価して記録するか、激しく興奮して熱の籠もった声で話し合った。
本来は1分程度で終わる程度の確認作業の筈なのだが、6分ほど話し合った後、試験監督達はようやく結論を出したようだった。
そしてずっと待ちぼうけをくらっていたレシャリアの番になる。
フェシュアと違う、レシャリアは円の中央ではなく、第8グループの区間の中央に立つようにいきなり求められた。
「君も放出系統の魔法を見させてもらうけど、先ほどの試験とは少し違うからね」
ローブを着る試験監督がそう告げたところで、区画の奥まで移動し仁王立ちしていた戦士風の試験監督が大声を上げる。
「これからお前には、地面より生える土の柱を破壊してもらう!自分の使える放出系統の魔法を多く使うほど評価は高くなるぞ!ただし、俺の背丈ほどの柱が10本できた時点で試験は終了とする!あるいは俺が『やめ』と号令するまでは試験は続くぞ!先ほど同様に号令がある迄はいかなる事があろうと試験を続行する様に!それでは、はじめ!」
戦士風の男がそう宣言し、フェシュアは急な試験に戸惑いつつもローブの試験監督がいつ魔法を発動させるのかジッと観察する。
しかしいつまで経ってもなにも起きない。レシャリアは不思議そうに首を傾げるが、後ろから揺れる様な音が“視えて”ハッとして振り向くと、自分の背後に既に3本の直径1m程度の土の柱がズルズルとはえてきていた。
「(でも魔力は全然……………あ、もしかして異能かな!?)」
レシャリアは土の柱を雹や光の矢などで破壊しつつ、なぜ自分が不意を突かれたかすぐに思い至る。
幸い、本当にただ地面から土の柱が迫り上がっているだけなので強度は低い。普通の成人男性が全力でタックルすれば崩れる程度のモロさだ。
しかし全方位から柱はゆっくりとだが生えていくる。これが魔法由来ならはえてくる前に予測してもっと速く対処できるが、異能由来なので前兆が無い。
だが、慌てない。レシャリアはアルムから教わったとあることを思い出す。例えば透明になる異能があった場合、如何にそれを探すのか。異能由来の技をどう対処するか、レシャリアは色々と教えを受けている。
「(こう言う時は柱に意識を向けるんじゃなくて、地面自体に探査を集中させるんだよね!)」
穴の場所もランダムなモグラ叩きを闇雲にしてもなかなか対応は追いつかない。柱を見てから破壊してはいつかは間に合わない。
なら発想を変える。平らな地面の表面の砂に意識を集中させて、それが動いた瞬間即座に其方に魔法を飛ばす。
探査は立体を知覚するのには向いていない。アルムの様な3Dマッピングしたような視点を得ている方が異常なのである。
なのでただ探査の魔法を放っていても、柱が割と生えてこないと知覚するのは本来難しい。大概は躍起になって立体的に捉えようと探査の魔法の制度をあげようとしてしまうが、そんな付け焼き刃では焼け石に水なのだ。
レシャリアは体質的に特に探査の魔法が得意では無いのを自分自身でよく理解している。
故に、逆に敢えて極端に平面状に知覚を鋭くする。その平面に僅かに揺らぎがあれば、それが発動の印とレシャリアは考えた。
イメージとしてはセンサーを張り巡らせるのに近い。なにも目で見るように土の柱を知覚しようとしなくて、センサーを通過した物体を捉えればそれだけで事足りるのだ。
ここにレシャリアの異能が加わり、柱が迫り出す時に出る僅かな音を見る事でその精度を上げる事ができる。
レシャリアの探査が軌道に乗りレシャリアは見ずとも次々に土の柱を壊し、一本たりとも1m以上に到達させない。
レシャリアもこれはイケるかも、と思った次の瞬間、レシャリアは大きくよろめいて小さく悲鳴を上げた。
レシャリアの足元がズズズっと急にせり上がったのだ。
予想外の事に意識が取られるが、レシャリアのセンサーにはそれと合わせて20本以上の柱が生え始めたのを知覚する。
早く壊さなきゃ!
レシャリアがそう思ったのを読んだ様に、レシャリアの元に水弾が大量に飛んできて更にレシャリアの思考を妨害する。
「(むーーー!じゃまーーー!!)」
明らかに潰しにかかってきてるコンビネーションに少しムッとしたレシャリアは、まだ使わないでおこうと思っていた魔法を発動させる。
レシャリアは柱をの位置を知覚すると、自分を中心に半径1m程度の高速で回転する光の円盤を5枚放つ。円盤達は地面を滑るように動き回り次々と柱をスパスパと切り裂き、水弾もその内の1枚が盾の様にレシャリアの前で回転してガードする。
アルムとスイキョウが考案したオリジナルの魔法の1つ『光円斬の魔法』は、光で形成した円盤を作り出す複合魔法である。
ただし光自体の強度は光の矢より格段に低い。その代わりに制御に重きを置いて、円盤を高速で回転させ、獄属性魔法のオリジナル魔法“分解の魔法”の要素を加える事で切断力を強化し複雑な軌道も描ける。元は消滅の魔法を組み合わせていたが、消滅の魔法では光も弱めてしまう難点があった。その点“分解の魔法は”物理破壊特化なので光に影響を与えない。
光の矢より純粋な攻撃力や射的距離、速度などは格段に落ちるが、面として機能するので攻撃範囲が広く、水や火など固形物体で無ければ盾としても機能する。
レシャリアはアルムから天属性と獄属性が使える事を前提としたいこの高難度のオリジナル魔法を教わったが、レシャリアは光の矢より此方の方が得意で、しかも今では創り出したアルムよりもレシャリアはこの魔法が得意だった。
レシャリアはその魔法により一気に形成逆転し、本来の自分のペースを取り戻す。
試験監督達はレシャリアが使い出した謎の魔法に目を見開くが、それを見てまだ余裕があると感じてニヤっとする。
まるでレシャリアを狙うように足元から次々生える土柱、そして妨害する様に放たれる魔法。
レシャリアは4つの円盤を1つのデカい光の円盤に収束させて、自分の周囲をぐるっと回るように動かして全て薙ぎ払う。
これには魔法の発案者のアルムも驚いていた。何故なら自分はそんな技を教えていないからだ。
レシャリアはそんな荒技で再び状況を仕切り直し、形成を一瞬で立て直す。
レシャリアも金冥の森では魔蟲の飽和攻撃に苦しめられた。其れを自分なりに解決する手段を考え、この融合と拡散の技術の習得に至ったのだ。アルムとて、一度形成した魔法を集合させて1つの大きな魔法に変えるのはかなり難しい。それなら新たに発動させた方が余程簡単なのである。
しかしレシャリアの魔力はその特性より混じり合い易い。特に自分の魔法で同種の魔法であれば抵抗はほぼ0である。なので一度発動させた魔法を合体するなどと言う荒技ができてしまうのだ。
既にレシャリアは普段使いできる放出系魔法は全て披露した。これ以上となると大技になってしまうので魔力残量の兼ね合いでレシャリアにも使用に踏み切れない物ばかり。
なので1番得意でこの試験にピッタリな大技である『光円斬の魔法』を制御し続け、草刈機の様に円盤を凪いで単調に土の柱を破壊し続ける。
飛んでくる魔法も1枚だけ吸収させなかった円盤で危なげなく全てガードする。
それを見てもうこれ以上はいいだろうと試験監督も顔を見合わせて「やめ!」と号令したのだった。
◆
その後、レシャリアはフェシュアと同じように製品チェックの様に基本的なスペックを色々調べられた。
尚、本来なら魔力の減りが早いレシャリアだと1回目の試験と次の検査だけでも8割以上の魔力を使ってしまうのだが、レシャリア専用の魔力バッテリーになっているムカリンから魔力を受け取りレシャリアは魔力を全回復させることができる。
『黄金の魔力』の持つ凡ゆる弱点を相殺し、良い所だけを引き出すムカリンの存在はなかなか反則に近い使い魔であり、知識がかなりついてきたレシャリアも最近はムカリンがどれほど異常な存在なのか理解し始めている。
ただ、ムカリンは本気モードでないと威厳は皆無であり、神の様な深い有り難みがなかなか感じれないのが悲しいところだが、ムカリン自身はただ魔力を貪ってるだけなのでありがたみがあるかと問われると微妙なところである。
閑話休題。
レシャリアの基本スペックの調査が終われば、最後に得意な技能試験となる。そこでレシャリアは適当な武器と、怪我した生物をオーダーしてみた。
流石に怪我した生き物はレシャリアもダメもとだったのだが、試験監督は受理して用意しに行った。
5分ほどすると、車輪の付いた大きな台座に乗った檻が運ばれてきた。
檻の中にいるのは体調2mに達する狼型の“魔獣”だった。その獣の手足は枷と鎖で檻に固定されており、枷には反魔力石まで取り付けられていた。
ただ、その魔獣は切り傷だらけで傷によっては重傷と思われる傷まで負っており、滴る赤い血はとても痛々しい物だった。
「治療の魔法の披露に使うのであろう?これでいいか?」
この様に捕獲されて試験などに用いられる魔獣は、だいたい金冥の森からたまに出てきてしまう逸れ個体が捕獲されたものである。
魔獣でも複数の反魔力石を押し当てられては著しく能力が下がる。そうして力を削いだ魔獣を檻に捕らえるのだ。
この様な魔獣は、軍の訓練に使われたり、公塾が鍛錬用などに買い上げる。
実は辺境警備隊は魔獣を狩るよりはこのように捕獲した方がずっと高い報酬が貰えるので、逸れ個体は漏れなく捕獲される。
ただしこの様にただの編入試験でそれを投入できるのは、自分達だけでも逸れ個体を確保して用意できるルザヴェイ公塾だけである。
試験監督は反魔力石を取り外さないと繊細な治癒の魔法は使えないかと思いどう取り外すか考えていると、レシャリアはそのまま檻に近いていく。
治癒の魔法は、全魔法中トップクラスで扱いが難しいとされる魔法である。
天属性魔法の“祝福の魔法”の要素で肉体を活性化させ、地属性魔法で精細な治療する時のモデルとする状態を調べて、獄属性魔法で邪魔な繊維を消し薬毒生成の要素で肉体の素となる物を補填し……………全属性が使えることが前提な上にプロセスがかなり難しく、そして医学に対する知識もある程度必要である。
そんな要素が全て揃って初めて“治癒の魔法”は使える。
六属性全てが使える人は0.1%〜0.01%程度と異能と大体同じくらいだが、実用可能なレベルで使える、と限定されると該当者の1/4程度。
ここに該当する人物の更に4/5しか治癒の魔法への素養は無いのである。
つまり、全人口でも0.02%〜0.002%しか“治癒の魔法”の使い手はいないと言う事である。
アルムでもレイラの治療から数々の経験と努力を積んで尚、“治癒の魔法”は発動対象を入念に調べた上で直接患部触れなければ全く発動させる事ができない。
そもそもとして他人の傷を治す機会というのも少ないし、かと言って自分の怪我なら金属性魔法で治した方が色々と無駄がない。
自分の怪我を治す時、金属性魔法でなく治癒の魔法でやるとどれほど非効率なのかと言えば、水道から垂れる水滴だけで手を洗おうと頑張るくらい非効率なのだ。
目の前に蛇口があるのだから捻れば水は普通に出てきて簡単に手が洗えるのに、わざわざ水滴だけで手を洗おうと頑張る人がいる訳がない。
しかも頑張ってみたところで時間はかかるし大して洗える訳でもない。それに治癒の魔法の1番の難点が、他人を治療する魔法なので魔力が反発し合い効率が極端に下がる部分にある。
幾ら自分に対しての治癒の魔法が上達したところで、他人の治療技術はあまり成長しない。
だが怪我人がそこら中にいる訳もなく、やはり治癒の魔法は上達のし難さでも難度が高い魔法である。
しかしレシャリアは気合を入れるようでも無く、近づいてきた自分に対して唸り声を上げる魔獣に「大丈夫だよ」と優しく声をかけて、檻に手を入れて魔獣の腰に触れる。
魔獣は激しく動こうとするが、急激に治っていく自分の身体に動揺し、レシャリアの宥めるような声で大人しくなっていく。
レシャリアは落ち着いてくれた魔獣を撫でると、更に魔力を適応させて一気に治療を施していく。
レシャリアは万が一噛み付かれる事が無い様にずっと腰に触れている。それだけで魔獣の顔を斬り刻むような深い傷も、首の切り傷も、脚も胴も、全ての切り傷を癒していく。
そして最後にオマケで“掃除の魔法”をかけてあげると付着した血や汚れなども全て綺麗に消し去り、魔獣は慣れない感覚に身体を震わせる。しかしそれが自分の身体にとって悪い事ではない事は理解できていたようで、レシャリアに対して穏やかな目を向けるようになった。
「ごめんね、貴方をここから出してあげられなくて」
魔獣の傷も何かも癒したところで、レシャリアはそう呟くと、そっと離れる。そんな奇跡の様な光景を見て、試験監督達は再びポカーンとする。
だが、それだけでは終わらない。レシャリアが異常な治癒の魔法を披露したあとは、用意された模擬戦用の潰した鉄剣に祝福の魔法をかけて、鋳潰してるのに斬れ味が生まれるほどの異常な強化を施したレシャリアにまたまたポカーンとし、再び興奮した様子で3人で額を突き合わせて6分ほど話し合う。
そして他のグループの早い所では試験が完全に終了している段階で、ようやくアルムの順番が回ってきたのだった。




