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「こっから本番だよね」
「ウィル、試験監督をボロ雑巾にしない?」
「フェーちゃんは言い過ぎだけど、本当に出来ちゃいそうだから気をつけてね」
「あのね、僕をなんだと思ってるの?それにフェシュアもレシャリアも、セーブしなきゃダメだからね?」
マナーなどの実技試験が終了すれば、2時間の昼休憩の後に、遂にそれぞれの得意分野を見る本命の実技試験である。
アルム達は他の受験生が寒くて校内から出れない中、平然とアルムがこっそり虚空から取り出した弁当を中庭で食べている。
そんな事ができるのも、先日アルム達が手に入れたイラリア謹製の特殊インナーのお陰である。アルヴィナ達の様にひっそりと縁脈誓約の魔法をかけられているフェシュア達にもイヨドの加護は作動し、インナーは完璧に肉体の温度を保ってくれるのでアルム達は寒さを全く感じていなかった。
そんな訳で試験監督の監視もなく、3人は昼食を摂りつつ割とぶっちゃけた会話をしていた。
「特にインナーで色々と実力がブーストされてるから、自分が思ったより力が出たりするからね?」
「かなり慣れてきた、はず、毎日着まわしてるし、貰ってからは」
「あたしも慣れてきたと思うかなぁ?着心地がいいとか悪いとかそんなんじゃなくて、本当に着てるの偶に忘れそうになっちゃうんだよね〜」
アルムのローブに付いていた加護の機能を更に強化した加護が付属しているインナーは、装備するだけで彼女らが自覚できるほどにその能力をブーストしていた。
それは着てから数日は感覚的な調整を有したほどである。
アルムも1日は調整に費やすほど性能が上がっていたので、試験監督をボロ雑巾に、と言うのも冗談ではなく、フェシュアは割と真面目に心配していた。
「でもこのインナーを着てからは、ムカリンも前より元気になったし、やっぱり色々違うんだな〜とは思うけどねぇ」
レシャリアはそう言って頭の上に鎮座するムカリンを下ろしてアルム達に見せるが、アルムとフェシュアには相変わらず太々しい顔で無反応な様に見えた。
因みに、試験中もずーっとレシャリアの頭の上にはムカリンが乗っていたが、周りの受験生も試験監督も何だあれは?と思いつつもあまりにムカリンが動かないので変な帽子だと思っている者も多かった。
尚、使い魔も魔術師の実力のうちなので、試験中は使い魔を召喚していても試験の妨害にならなければ特になにも言われない。
と言うよりもやはり皆はレシャリアの胸部装甲の方に目がどうしても向かうので、レシャリアの金髪に紛れがちな金色の毛のムカリンの方が比較的目立たないのである。
これが真っ黒な髪のアルムや、ただでさえ人目を惹きつけられる宝石の様に輝くアクアマリンのような透き通る水色の髪のフェシュアの頭に金色のムカリンが乗っていれば凄まじく目立った事は想像に難くない。
そんなムカリンだが、レシャリア曰く前よりも元気だそうで、アルム達は首を傾げる。
「前よりもね、お野菜いっぱい食べるんだよ!たまにいたずらしようとするラレーズちゃんまで食べようとするぐらいにね!」
ムカリンに悪戯してムカリンにラレーズが噛み付かれそうになるのもいつもの事では?とアルムとフェシュアは思うが、レシャリア曰くより“前より食いつきがいい”との事だった。
そんな気の抜けた会話を3人は寒空の下でし続けて、かなりリラックスした状態でアルム達の最後の実技試験に挑むのだった。
◆
最後の実技試験は外で行われる。
ルザヴェイ公塾は人工の森だけでなく、ゼリエフ私塾にもあったような校庭もあるし、大型の鍛錬場が3棟もある。
その中で校舎裏の校庭が試験会場となる。全員が一気に校庭へ行く訳ではなく、10回ほどに分けられて更に指定エリアに向かうのだ。
今回アルム達は同じタイミングで、しかも締め切りギリギリで受験申請したので受験番号は連番であり、最後の組にあたる10番目の第8グループに割り当てられた。
なのでかなりの待ち時間があり、アルムなどは校庭の方に探査の魔法を向けてどんな受験生がいるのか探って時間を潰していた。
そして一度部屋に集合させられてから2時間ほど。ようやくアルム達の番号が呼ばれ、試験が始まる。
験監督の先導について歩き、13月のとても冷たい風に身を震わせる中、アルム達は寒さを感じておらずリラックスした表情で校庭に着く。各エリアに皆が散っていく中で、アルム達は校庭の1番奥まで歩いて行った。
「ここは10番目第8グループの担当だ!君達の受験番号と名前を聞かせてもらおうか!」
アルム達がそこに到着すると、イベント用のテント内に机などが置かれていて、記録をつけている試験監督1人と、テントの外で待つ2人の試験監督に出迎えられた。
外で待つ2人のうち1人は魔化金属の合金の鎧を纏う大柄な筋肉質の50代過ぎの如何にも戦士風な男。もう1人は魔物由来と思われる素材のローブを纏ったいかにも魔術師風の40代くらいの中肉中背の男だった。
そのうち戦士風の男が、気の弱い子ならそれだけ縮み上がりそうな大声でいきなりアルム達に問いかける。
「10-8-1番のフェドーシア・パルパロトツイ・ノチェクルクヴォボサスです」
「あたしは10-8-2番のオレーシャ・メルーへス・マレウ・パリアル・ニャリエ、です!」
「10-8-3番、アルム・グヨソホトート・ウィルターウィルです」
戦士風の男がテントの文官風の男に視線を向けると、その男は受験票を確認して肯定する様に頷く。
「よし!確かに該当受験者と確認したぞ!ではまずは10-8-1番の者より実技試験を開始する!」
そこで試験官はバトンタッチ。魔術師風の男が懐から紙を取り出す。
「受験申し込みの事前申請では、火、金、水、地、獄の5属性が使えるようだね。特に地属性の泥の魔法、獄属性魔法の薬毒生成、消滅系が得意とも記されている。得意技能については後で別個で確認するとして、まずは放出系統の魔法の腕前を確認させてもらうよ。その白い線で書かれた円の中に立ってくれるかな?」
魔術師風の男が説明している間に、戦士風の男が大量の正方形の木の板をテントの裏から手押し台車に積んで持ってきた。板の大きさは1m×1mから30cm×30cmと小さな目な物までサイズはかなり疎ら。厚さもかなりバラバラだった。
フェシュアが半径2m程度の白線の円に立つと、戦士風の男がスウッと息を吸い込む。
「これより、俺が、徐々にお前から遠ざかりつつ、板をどんどん空中へ放り投げる!お前のすべき事は、その円の中だけで、金属性魔法で動態視力の強化、そして火と水の魔法の両方を使い、板が地面に落下する前に全てを撃ち抜く事だ!しかーしっ!俺が『やめ!』と合図するまでは“なにがあっても”円から出てはならず、試験は続行する事を肝に命じろ!」
「了解しました」
「よし!返事ができるのはいいことだ!」
いきなり始まった試験に対し平然と了承するフェシュア。
男は手押し台車を引きつつ「はじめ!」と叫ぶと共に板をスナップを利かせつつループを描くように放り投げていく。
フェシュアはその軌道を読むと、火の矢や水弾で次々に板を撃ち抜いていく。
フェシュアと戦士風の男の距離は最初は10m程度だったが、男は手押し車を引きつつどんどん離れていく。
射撃ゲームの様だが、男はかなり適当になげているので軌道はかなりまばらで、更にいやらしいのが木のサイズだけでなく、実は1枚1枚材質が違うのでしれっと強度が非常に高い奴が混じっていたり、祝福の魔法で耐火性が上昇していたり、木の裏に重りが付けられている物などもある。
つまり、ただ単調に魔法で撃ち抜こうとすると必ず失敗する様にできているのだ。
板の性質や重量を探査の魔法で常に確認しつつ、それを元に軌道を予想し、板にあった魔法をピンポイントでぶつける必要がある。その上、敢えて男が暴投してあらぬ軌道を描いたり、一気に数枚掴んで投げたりもするので、男の動きも観察していなければならない。
実戦においてただ的当てのように攻撃を放ち続ける状況など存在しない。そんな理屈で複数の事を同時にできるか試験では試されるのだ。
フェシュアと試験監督の距離が30mほど離れ、積まれた木の板も最初の1/4程度になり終わりが見えてきた。
そこまでフェシュアは全てを撃ち抜いてきたが、ここでフェシュアは反射的にその場で魔力障壁を張った。
「ほう、防ぎますか」
フェシュアが背面に張った障壁に水弾が当たって弾ける。フェシュアは後ろは見なかったが、攻撃をした人物がもう1人の魔術師風の男だと理解した。
そこからは更に試験は過激化していった。
フェシュアがどんどん離れていく戦士風の男の動きに注視しつつ軌道を予測して板を破壊していく中、フェシュアの背後より次々と魔術師風の男が放つ魔法をフェシュアは回避するか魔法で相殺していかなければならない。
しかも回避するにしても円から出てはならず、魔法は容赦なく足元にも放たれる。
それでもフェシュアは顔色1つ変えず全てを機械的に処理した。
アルムはフェシュアを金冥の森で活動させる上で、実はこれよりハードな事を課している。
アルムが正面に、そしてラレーズが後ろに立ち、両名の魔法の猛攻を捌き続けるのだ。この時アルムは魔法の発動機点もかなりの距離を持つので、全方向からフェシュアに攻撃を仕掛ける事ができる。
またラレーズは植物を操ってトリッキーな攻撃を仕掛けるし、アルムは更に簡易召喚した使い魔などをいきなり嗾ける事もザラだった。
時には小さな反魔力石を持たされ著しく魔法が使えない状況に追い込まれた状況でも同様の鍛錬を実施された。
最初はフェシュアもあっという間に飽和攻撃に耐えきれないままノックダウンされたが、今ではかなり長い時間耐久することができるようになっている。
加えて2ndエリアの蜚蠊や蠅の攻撃密度にも既にフェシュアは慣れている。特に蜚蠊は奇襲専門なので常に気を後ろにも張り巡らせる重要性をフェシュアはよく理解している。それ故に背後からの魔法も対応できたのだ。
そんな試験もそろそろ終盤。用意されていた木の板が無くなっていく。背後からの魔法を泥の壁で全て打ち消すと同時に特大の火の槍を空気を切るようなスピードで放ち、最後の1番大きな木の板を貫通して吹き飛ばす。
すると背後からの攻撃がストップし、戦士風の男はパチパチと拍手し、此方に歩きつつ大声で称賛する。
「素晴らしい!此処まで完成度の高い者はなかなかいないぞ!」
戦士風の男の称賛に頭を軽く下げるフェシュア。
その時ハッとしてフェシュアは背後に最大出力で水の弾丸を撃ち出す。その水弾は地面スレスレを飛んでいき、そして魔術師風の男がローブの下に隠し持ち最後に放り投げた木の板を落下ギリギリで撃ち抜いて粉砕した。
戦士風の男はニタッと笑い「やめっ!」と号令をかけた。
「そうだ、俺が『やめ』と言うまでは試験は続くのだ!実戦でも「勝った」と安心した時が命取りなのだ!よくぞ最後のトラップに反応できたな!放出系は満点だ!」
戦士風の試験監督は一度も自分だけが木の板を投げるとは一言も言っていない。
この試験方式では大体が木の板が1/4になるまでに次々と落下させてしまい、まず半分が脱落する。1/4を切って魔術師が奇襲を仕掛けてそのうちで反応できたり耐え切れるのは残りの半分、そして最後の拍手で意識を取られて背後で地面に落ちた音を聞いて受験生がハッとするのは毎回の事。
あるいはトラップは複数パターンあるが、その中でも結構いやらしいトラップに今回はフェシュアは当たっていたが(試験方式も最後のトラップもくじ引きで事前に決められている)、それもギリギリで気付いたのだ。
「休憩はなしだ!次の試験を行う」
だがその余韻に浸る余裕も無く、試験はどんどん進行するのだった。
◆
其処からはまるで製品検査の様に次々とフェシュアの実力がチェックされた。
視力の良さなどに身体測定の様な物から、動体視力の検査、迫りくる水弾から回避による運動神経のチェック、箱の中の物体をどれほど探査で見抜けるかのチェック、魔法の最高速度、発動起点距離、発動速度、有効射程距離―――――――――当然だが最初の試験で考えなしの魔力消費をするとこの検査の結果がボロボロになるが、公塾側は一々親切に警告などしない。
なので毎年この検査で泣き崩れて即退場になる者も多い。あるいは自分の本来の実力はもっとあると主張する事もあるが、それを判断するのは公塾側であり、そんな奴は100%試験は落ちる。
何故なら「後で得意分野を見る」と先に言っているのに魔力残量も考えてない様な間抜けは要らないからだ。
フェシュアは逆に超効率厨なので無駄な魔力消費は絶対にしない。特にインナーを装備し始めてからは魔力消費効率が格段に上がっているので、むしろどれほど効率化できるか其方側に傾倒している。
フェシュアは蟲人種故に元々魔法に向いている種族ではない。だから魔力も多い訳ではない。それは森棲人のレシャリアや元から人型の魔獣に近いのに精神体の層を厚くするなどと言う荒技で成長しているアルムの魔力総量と比べると、やはりフェシュアの魔力はあくまで比較的でも少ないのは事実。そうであるが故に誰よりも魔力の節約を心がけている。
更には魔重地の3rdエリアに入り浸っているので元々高い魔力操作性が更に跳ね上がっている。
なので、検査を終わった時点でもフェシュアの魔力残量は9割以上をキープし続けていた。
「ふーむ、実に繊細な魔力の使い方だ。とても素晴らしい!それではいよいよ得意分野を披露してもらおうか!」
得意分野の披露では、受験生側が何か用意して欲しい物が有れば塾側にオーダーできる。
大掛かりな物は無理だが、的が欲しいとか、試験監督とタイマンがしたいとか、獣との戦闘が得意なので使い魔と戦いたいとか、そんな程度ならあっさり許可が出る。
しかし、フェシュアはなにも必要無いと解答した。
「まずは、薬毒生成を披露します」
フェシュアはそう呟き、パチンと指を鳴らす。
次の瞬間、20×20、計400のカラフルな半径3cm程度の水の玉が等間隔で試験監督達の頭上に出現する。
試験監督達はそれを見上げてあんぐりと口を開けていた。
「私が生成できる薬毒の内、400種を同時生成しました」
フェシュアの扱う魔法の真骨頂はサークリエでさえ認める薬毒生成の技量にある。
薬を含ませた400個の水弾をこのスピードで生成するならアルムにもできる。しかし400種の薬毒を瞬時に生成するのはアルムにも全くできないフェシュアだけの技だった。
サークリエに年単位で叩き込み続けられた薬毒の真髄をフェシュアは全て習得している。サークリエがフェシュアを後継者と呼ぶのもこれほどの制御能力をフェシュアが持つからだった。
魔術師の試験監督は探査の魔法でフェシュアの言葉に一切の偽りがない事を理解できてしまう。しかもその4割が自分でも知らない薬毒となれば、それがどれほど異常な腕前かは察する事ができてしまう。
フェシュアは試験監督がそれをチェックした事を察すると次に移る。
「次、消滅系の魔法を披露します」
フェシュアはその水弾を全て氷結させる。それだけでも十分に異常な技なのだが、氷となり落下してきたそれらは一定のゾーンに達した瞬間、フェシュアが障壁の様に展開した“分解の魔法”に接してそのまま目視不可能なレベルに分解され消滅する。
なにが驚くべきかと言えば、本来射程距離が数m程度の消滅の魔法を、フェシュアが数十mのレンジで発動させた事である。流石にこの荒業はフェシュアも魔力をかなり食われるし、かなり前から練習していたので出来た事ではある。
しかし得意のレベルを超えた技である事は確かで、テントにいる記録者も唖然としていた。
そのあともフェシュアはマイペースにアルムに仕込まれた泥の魔法を披露し、それを火で煉瓦にして、煉瓦を魔法で部分的に分解して彫像を作ると言う曲芸を披露し、試験監督達を唸らせるのだった。




