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『通信機』がアルムの恋人達とアートに行き渡ったという事は、アルヴィナ達との会話のやり取りが非常に楽になったという事である。。
若人ならではの適応能力の速さか、アルムらはすぐに文字を一々見なくても意味を理解できるようになり、メッセージのやり取りは日に日に速くなった。
今のところ1番タイピングが速いのはレイラで、次点が意外にもジナイーダだった。
アルムとレシャリアが大体同じくらいで、その次がアルヴィナとアート、そしてスイキョウが得意そうだと思っていたフェシュアが1番タイピングが遅かったりと意外な得意不得意も発見されたのだが、概ね全員がメッセージのやり取りを楽しんでいた。
それはグループ通信でも、1対1の通信でも、女子の中だとあっさり使いこなしたレイラの発案でアルムの恋人達だけの内密な通信もしていた。(と言ってもその殆どの内容はアルムの事である。そしてアルヴィナ達はそんなグループを作った事をアルムにも潔く伝えてあり、アルムは一体なにを話しているのかとソワソワするも、ガールズトークの大切さは貴族的な知識から理解しており、認めていた。)
しかしあまりにもその通信を皆が楽しむのでスイキョウがアルムに時間制限をした方が良いと助言する程であり、スイキョウはやっぱり年頃の子供にこんな物を与えるとこうなるよな、と変な感動を覚えていた。
閑話休題。
そんな訳で『通信機』の使い方も皆でルールを取り決めたりして色々とそれが軌道に乗った頃、遂にルザヴェイ公塾の編入試験の日を迎えていた。
「あんた達なら、まあ心配は無いだろうさ。頑張っといで」
今更緊張する事もなにも無いアルムとフェシュアとレシャリアは、サークリエに激励の言葉、にしては気の抜けた言葉を貰いリタンヴァヌアを出る。
するとリタンヴァヌアの外には真っ黒で大きな馬車が2台止まっていた。その馬車の側にはジナイーダが立っており、アルム達がリタンヴァから出てくるを見て顔を綻ばせる。
「おはよう。今日は本当にありがとうね、モスクード商会の馬車を迎えに出してくれて。こっちに来るのって遠回りでしょ?」
「ほんの少し遠回りなだけですよ。かかる時間が大きく変わる事はありません。何より母様が積極的でしたので、当家としても何も問題はありませんよ。順番が前後しましたが、おはようございます。フェーナさんもレーシャさんもおはようございます」
「ん、おはよう」
「おはよう、ジーニャちゃん!」
ルザヴェイ公塾はバナウルルでも金冥の森の完全に逆サイドの端っこに存在していて、逆に金冥の森のサイドにあるリタンヴァヌアからはなんと20km近い道のりになる。
しかも直通の乗合牛車も無いので迂回して乗り継ぐ必要があり、アルムもフェシュアとレシャリアとルート確認をしていて歩いたほうが早いんじゃないかと考える始める始末だったのだ。
そんな状況を見兼ねて、ジナイーダが少し両親に、つまりモスクード商会会長夫妻に相談してみた所、会長夫妻は商会の馬車を出す事を快諾した。
編入試験なので本来ジナイーダは関係ないのだが、自分が1番のスポンサーを務めるだけあり会長は試験を観覧できる。一応自分の影響力はしっかり示しておくため、会長は毎年編入試験は観覧するようにしている。
そのついでにアルム達を拾っていく程度なら全く構わないと言ったのだ。
しかしアルムが言ったようにそうなるとかなり遠回りだったりするが、普段はフットワークの重い奥方が「私も同伴します」と宣言すれば誰も反対などするはずも無いのである。
「その代わりと言ってはなんですが、アルムさんには少々御負担になるかもしれません。父と母の要望に応えてくださりこちらこそありがとうございます。試験前にこれはどうかと私も申し上げはしたのですが……………」
「その程度は全然構わないよ。ちゃんと挨拶してくるから任せてね」
ただ、何の理由も無くそんな遠回りをする為に会長自らが、腰の重い奥方が動く訳も無い。
本当の狙いは、公塾に到着するまでアルムと会話をする事にあった。
アルムはジナイーダと交際を開始した事は会長夫妻に手紙を書いて知らせている。
会長夫妻はその手紙を受け取り、またジナイーダの反応も見てとても喜んだ。喜んだのだが、愛娘と付き合い始めたアルムとじっくり話す機会が中々無く、それは残念に思っていた。
しかしジナイーダからアルムがサークリエに溺愛のレベルで非常に気に入られている事は聞いており、あまり自分達が動きすぎるとサークリエが動いて話がでかくなりすぎるかもしれないので迂闊な事も出来なかった。
なのでジナイーダが訪問のついでにアルムと会長夫妻の手紙のやり取りを仲介していたのだが、やはり対面して会話したいと、特に奥方は考えていた。
明らかに最近とても楽しそうです幸せそうな娘の彼氏としっかり腰を据えて話してみたかったのである。
「アルムさんは、前の馬車でお願いします。父様と母様もご乗車していますが、アルムさんを今か今かとお待ちしているでしょう。
フェーナさんとレーシャさんは私と後ろの馬車でお願いします」
そんな事情があり、アルムはルザヴェイ公塾に到着までの2時間の間、会長夫妻とたっぷりとお話しをする羽目になるのだった。
◆
アルムは恋人の両親と3人きりで、しかも馬車という密室で2時間話し続けると言うなかなか重いイベントをこなし、ルザヴェイ公塾の近くで降ろしてもらった。
するとフェシュアとレシャリアも馬車を降りて、アルムの元にやってくる。
「お疲れ様、ウィル」
「ジーニャちゃんも馬車の中でずっと気にしてたけど、お話はどうだった?」
フェシュアとレシャリアはアルムを気遣う様な表情をするが、当のアルムはケロッとしていて、2人の表情を見て(フェシュアの表情はアルムだから気付けるがぱっと見無表情である)少し苦笑する。
「みんなすごい心配してくれるけれど、別にとって食われるわけでも詰問される訳でもないんだよ?普通に「ジナイーダとは最近どうなの?」とか、「ジナイーダは僕の前だとどんな風なの?」とか、そんな程度だよ。
気を使ってくれてるのか、僕に関する質問は殆ど無かったよ。ただ、いつかジナイーダの家で楽器の演奏を披露してほしい、とは言われたけれどね」
普通はそれだけでも相当なプレッシャーだよね?とフェシュアとレシャリアは思わず顔を見合わせるが、アルムは持ち前の図太さで全く気にしていなかった。
特に遺跡の探検で死にかけてからは余計に肝が太くなっており、この程度ではアルムのメンタルは揺らがないのである。
「楽器の演奏は、もしかしたらフェシュアとレシャリアにも助力をお願いするかもしれないけど、いいかな?」
「ん、構わない」
「あたしもジーニャちゃんちは何回かは行った事あるし、大丈夫だよ!」
自分の提案を快く受け入れてくれるフェシュアとレシャリアにアルムは感謝を伝えようとするが、そこで周囲の視線に気付く。
「まあ、これ以上のお話はまた後でね。試験開始時間も近づいてきてるし」
公塾に既にかなり近い位置なので、他にも試験を受ける人達がアルム達の側を通っていく。
そんな中で距離感が近いアルム達はイチャついてる様にしか見えず(実際否定できないのだが)、アルムは白い目線を向けられて苦笑する。
変に悪目立ちしちゃったな、と思いつつもアルムは頭を切り替えて、2人を連れて遂にルザヴェイ公塾の正門を潜るのだった。
◆
ルザヴェイ公塾は、公塾の中でも1位2位を争う歴史の長さを持つ歴史ある公塾である。
金冥の森に近い帝都衛星都市バナウルルは自然と昔から戦闘に秀でる物が多く集まる。そうなれば武具屋が多くでき、更に戦士を呼び込んだ。
そんなバナウルルに居を構えるが故に、ルザヴェイ公塾で求められたのは“戦闘力”だった。
金冥の森が帝国に齎している利益は非常に大きく、ルザヴェイ公塾を卒業した者の多くは将来的に何らかの形で金冥の森に関わってくる事が多かった。故に国もルザヴェイ公塾には多額の支援を行い、ルザヴェイ公塾は八大公塾の武の頂点に立ったのだ。
だからこそ、ルザヴェイ公塾に生半可な物は要らない。
ルザヴェイ公塾は力と金を尊ぶシアロ帝国の精神性を1番表していると形容されるほど、兎に角、大いなる武力か、それを退かせる程の莫大な資産がある者のみを歓迎する。
その様な気質の為、ルザヴェイ公塾は非常にストイックな事でも知られており、例え入塾できても成績でハッキリと待遇が変わる。それにより上を目指すことを奨励し、上に立つ者も抜かれないように努力をするよう仕向けるのだ。
ただ、あまりの厳しさに毎年数%は脱落者が発生するのもルザヴェイ公塾ぐらいである。
しかしその一方で教育の為の施設も全公塾中トップクラスのクオリティを誇り、学校よりも広い敷地内には金冥の森などを想定した人工の森が丸ごと1つある、といえばどれほど金がかかっているかはわかるだろう。
金冥の森と真反対の位置なので壁を築く必要が無いので出来る事でもあるが、それでも森と呼べる規模の物を施設の1つとして持つのは貴族の通う『学校』でもそんな所は無い。
学校が所有する森がある場合はあるが、塾に隣接するように人工の森を作ってしまったのは、ルザヴェイ公塾の高い資金力と脈々とそれを発展させた代々の塾長の働きがとても大きい。
教育のレベルと厳しさ、設備の全てに置いてトップに君臨する、それがルザヴェイ公塾である。
次に、より具体的な形態だが、まず低級部は毎年100人程度が入塾する。前述の通り兎に角ここに通うには金が必要である。金さえ有ればよほど大馬鹿で無い限り入塾を断られる事はない。
一方、上級部は編入試験により毎年180人強が新しく入塾する。最大定員200人以上でありながら、最終的な合格者毎年200人未満であり、200人を超えるなど10年に一度あるかどうか、のレベルである。
それほど迄に編入試験はかなり厳しい。
また、上級部は低級部と違い実力主義が一気に高まり、組分けなども実施され、低級部から上がってきた坊ちゃんやお嬢様も容赦無く実力で待遇が変わる。
まずもってルザヴェイ公塾には寮が存在する。人工の森などを作っているのでバナウルルの端っこにあり、家からだと公塾は結構通い難いのである。
低級部に通えるような子の家は馬車を自分の家で出せるが、編入試験を受けて入塾する過程だとそんな事はできないケースの方が圧倒的に多い。なので公塾の校舎の近くに寮が存在している。
しかし、その寮の部屋割りから既に成績によって場所は割り振られる。
特に、本来の各年次最大定員想定数の280人の内の1割、上位28人の扱いは全く異なる。
彼等は暫定的に公塾抗争に出場する可能性が高いので、個室が与えられる。それ以外は皆5人ずつくらい纏めてなので如何に扱いが違うか分かるだろう。
また、ルザヴェイ公塾は各年次を5つのクラスに分ける。それは家の派閥や住むエリア、塾生の能力、種族、性別などを考慮した非常に難しいクラス分けなのだが、それぞれの各年次のクラスで最も優秀で模範的な塾生はクラス長に任命される。クラス長は自分のクラスの塾生の風紀など取り締まる必要があったり、点呼や号令などと色々な仕事を与えられる。
ただし、クラス長は鍛錬場の優先的な貸し出し、食堂利用時間や就寝時間の規定が無いなどの大きなメリットがある。
また公塾内の図書館でも閲覧できる本も増えたり、購買で買える日用品などが半額になるなど、破格の待遇を受けるのだ。
加えてクラス長は1番高いランクの個室を与えられる。それは高級ホテルに匹敵するほどで備え付けの家具の質もとても高く、色々と私物を置く事も可能である。
勿論だが、成績優秀者でなければトップは認められない。8月末の中間試験でトップを維持出来なければ、クラス長の地位は容赦無く剥奪される。
また年次上位28人は六芒星のバッチを、クラス長は更に龍を模したバッチをつけるので、ルザヴェイ公塾では前者をそのまま『二十八星』と呼び、組長は全校でも15人しかいないので『十五の龍』と称される。
そうして目に見える形でも待遇を変え、徹底した実力主義を強いることを推し進める公塾、それがルザヴェイ公塾である。
◆
「どうだった?」
「過去問と難易度に差は無かった。解答欄は全て埋めている」
「あたしは、地理問題が2つと、算術の1番最後が分かんなかったけど、それ以外は全部自信あるよ!」
そんなルザヴェイ公塾の試験はまず3時間ぶっ通しの筆記試験から始まる。因みちゃんと校舎の中でやる。むしろゼリエフ私塾の様に殆ど全てを外でやるケース方が圧倒的に少ないのである。
閑話休題。
3時間とかなり長い試験だが、見られているのは学力だけでは無い。集中力が切れてくる受験生達を試験監督達は観察しており、姿勢や態度が悪い者にはペケがつけられる。
それがまた受験生をメンタル的に追い詰めていくのだが、アルムもフェシュアもレシャリアも魔重地で命をかけた戦闘を3時間以上気が張り詰めた状態で日常的にしているので、その程度のプレッシャーなど微風の様に受け流していた。
3時間の筆記試験が終わり、30分を挟み次はマナーなどの実技だったが、休憩中にアルム達ほど余裕そうな表情をしている者は極めて少ない。
休憩中でも試験監督は色んな場所に立って受験生を観察しており、休憩なのに自分の席でガチガチになっていたり、憔悴している受験生もいる中で、平然としているアルム達の事は試験監督達もしっかりマークしているのだ。
アルムはそんな視線にも気付いており、試験監督と目が合えば軽く会釈をし、試験監督達はアルムへの評価を上げていた。
次のマナーなどの実技だが、これは名前を呼ばれて一人一人順に審査される。勿論、複数の部屋で同時に行っていくが、裏を返せば公塾にはそれだけマナーの試験監督ができる教師が揃っていると言う事である。
人によっては名前を呼ばれる前に緊張で意識を失ったり、試験が終わり部屋から出てその場で泣き崩れたりしてその場で即退場などという光景も見られる中で、アルムはむしろ試験監督を唸らせるほどのロベルタ直伝の立ち振る舞いを見せつけ、フェシュアもレシャリアも試験監督がうんうんと頷くほどに自然に優雅な立ち振る舞いを見せ、本人達もしっかり手応えを感じていた。




