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アルムの手に入れたオーバーテクノロジーな品々の調査が終了すると、サークリエに、流石に頭を整理する時間が欲しい、と言われてアルム達は執務室を退出した。
退出した瞬間に3人に抱きつかれるように捕獲されたアルムは、13階の探索で最初に発見した広い庭園や湖のある部屋に有無を言わさずドナドナされ、4人とも地面に直接腰を下ろしたところで、アルムは切り出した。
「色々言いたい事をあると思うけれど、まずは心配かけてごめんね」
アルムがそう謝罪すると、まだアルムに引っ付いたままの3人は無事ならそれでいいと許した。
「でも本当に見つかっちゃうなんて思わなかったよっ!お姉ちゃんだってただの噂よって言ってたし!」
「最も技術力が発展していたとされる第四旧文明世紀末期の遺跡と遥古遺宝物となれば、しかも利用すら可能ならば、アルムさんの名が歴史書に刻まれる程の世紀の大発見ですよね」
レシャリアとジナイーダが興奮したように言うと、フェシュアだけは少し落ちついた様子で問いかける。
「それよりも、6thエリアを探索できるアルムが死に際まで追い詰められた番人があれとは少し思えない。何か隠してる?」
相変わらず鋭い、とフェシュアの観察眼を評価しつつアルムは頷く。
「実は番人は3体いたんだよね。それとどれも見た目通りの性能なんかじゃなかったんだよ。それをフェシュアに見てもらいたくって」
アルムは3人に断りを入れて立ち上がると、3体の怪物の死体をインベントリから引っ張り出した。
「なにこれ………………」
「生き物、なのでしょうか?」
一体は影の塊のような材質も目ではなにも推察できない体。
一体は結晶体。
一体は大きな黒いブヨブヨな塊。
レシャリア達のリアクションは当然のものだったが、フェシュアは先程の遥古遺宝物の性能の方で驚き尽くしたので、平然と手袋を脱いで3体を異能で調べる。
そしてちょっとワクワクしてる様子のあるアルムにフェシュアは説明を始めた。
「まずこの三体に共通して言えるのは、師匠も言ったように純粋な生命体ではない。複数の生物をなんらかの手段で組み合わせ、精神を操作して、機能を調整され、恐らくあの透明な液体である生物活性剤を大量に吸収させて創り上げられた、“生物兵器”と形容できる存在。ウィルが全てを五体満足で撃退し、帰還できたのは、奇跡と断言できるほどに外敵排除のみに特化してる人工生命体…………………それがこれらの正体」
それは驚くべき事実ではあったが、なんとなく予想はしていたアルムはあまり動じない。フェシュアもそんな気はしていたのでさっさと本題に入る。
「恐らくウィルが最も関心がある事、つまりこれらを素材として何かに活用でき、また何らかの付属効果を持っているか、両方とも答えは肯定」
まず影の塊の素材は物質耐久性はそう高くないが、極めて柔軟性と伸縮性に優れ、霊力が僅かにでも有れば自己再生し、魔力と霊力の両方があれば非実体と実体の中間の様な膜を生成する事が可能で、自らの身を守る事ができる。
クリスタルの素材も、クリスタル本体の耐久性は極めて高くはない。しかし魔力、霊力、雷に近い力――――――つまり電気エネルギーさえあれば、バリア生成機より遥かに強力な物理障壁の展開、加えて電気エネルギーの置換で熱光線の放射が可能となる。
黒いタールの様な塊の素材は、他の2つの様な特殊効果はないが、その性質は魔物であるスライムに酷似している。ただし、魔力で即座に自己再生し、魔力の増幅作用という強力な能力を持ち、またスライムと比較しても物理エネルギーの吸収率が極めて高いという素敵な物質だった。
実は反魔力石を直接体内に大量に撃ちこまれるなどというイレギュラーでも無い限り、周囲から魔力を吸収し続けて魔法を乱発しまくり、負傷しても魔力で立ち所に復活するそうそう死ぬはずのない1番厄介な存在が、黒いタール状の怪物の本来のスペックだったのである。
「勿論こんな異常な能力はずっと維持はできない。けれどあの生物活性剤のほんの少し揮発した蒸気に触れるだけでも完全に最高の状態へ元通り。素材として異常に優秀。これらで衣類を作成すれば、国宝を鼻で笑うクラスの装備が作れる」
フェシュアはサラッと異常な事を言いながら、そう締めくくった。
◆
「という訳でなんです」
12月下旬、イラリアはとある少年に商談を持ちかけられていた。
そしてその内容を聞き、唖然としていた。
「この素材を使って、衣服を?」
「全てを使う必要は有りませんが、この2つを使って作成して頂きたいんです。お金に関しては問題ありません」
その少年は最近恐ろしい程に強力な素材(しかもフェシュアが昇華させ更にエグい能力を得ている)を入手したアルムなのだが、スイキョウはそれらを使用した衣類製作の交渉をイラリアに持ち掛けていた。
「この2つの素材があれば、肌にピッタリくっついていても問題が無いので、タイツ状の全身ウェアの作成をして欲しい、ね。そして6thエリアの魔獣や魔草素材も必要なら提供可能な訳ね」
スイキョウは影の塊の怪物の素材を実際に触れてみて、スポーツ用のインナーにとても手触りが似ている事に気付いた。
そこから着想を得て、戦闘衣装をわざわざ作るよりはどんな戦闘衣装の下にも着れる万能インナーを作成した方がいいのでは?とスイキョウは考えた。しかも表面に黒いタール状の塊を薄く貼り付ければ物理耐久も非常に上がるし、他にも6thエリアでゲットした非常に有用な効果を持つ素材もある。
これらを組み合わせれば、最強のインナーができると思い、スイキョウはイラリアに依頼を持ちかけたのだ。
「サイズもあとで変更出来るから合計50セットを用意して欲しいって条件も別に無理では無いのよね」
スイキョウがイラリアに求めた万能インナーの条件はそう多くない。
影の塊とタール状の怪物の素材を2種共に使う事。
それをピッタリ張り付くような素材にする事。
動きや魔力を阻害しない様に特化させる事、なお隠蔽処理などの付属効果は無しで温度なども度外視して良い物とする。
素材は使えるだけ使っていいのでそれを50セットほど仕上げる。
そして、取引に於ける凡ゆる情報の黙秘。
サイズや温度調整は物が物だけに既にイヨドに加工を依頼している。彼女も縁脈誓約の魔法による位置情報のロストとアルムの生命の危機が同時に発生した一件を経て、もう少し高い防御効果のある装備が必要と考え、その申請を条件付きで承諾した。
ローブはただの布製品を後から強引に加工した物で、イヨドもアルムがローブの力だけに振り回されないようにセーブもしていた。しかし今回は元となる素材が非常に魔法適応性を持つので加工の施し易さは段違いであり、更に強力な効果をつける事ができると考えていた。
なのでサイズやら温度やらはイヨドが後から解決できるので条件を設けなくて良いのだ。
「これ、沢山用意するという事はアルム君の為だけでは無いってことよね?本当にサイズは画一化していいの?」
「小さすぎは困りますので、身長180cm中肉中背の男性を想定したサイズでお願いします。その後の調整は少々裏技を使いますので」
スイキョウがそう回答すると、イラリアは目を瞑り深く考えこんだ後、少し楽しそうに笑みを浮かべた。
「もしかしてレーシャ達の分も考えてる?」
「まあ、そう言うことになりますね」
それはアルムたっての希望であり、スイキョウも素材を全て使い切るのはどうかと思ったがアルムの要望を受け入れて条件に盛り込んだのだ。
ただしサイズも調整でき使い減りしても即座に回復可能な代物を50セット以上も用意する必要はやはり疑問だったが、これ以上の用途も思いつかなかったのだ。
なので抱え込むよりはパーーっと使ってしまおう、とスイキョウもアルムの提案に乗った。
スイキョウはそんな事情があり少し苦笑して答えると、イラリアは笑みを浮かべた。
「恐らく国宝を安易と超える代物を恋人たちにプレゼントとは、器が大きいわね。妹やその大事な人が着るであろう装備だし腕によりをかけて取り組ませてもらうわよ。お金は要らないわ。私にとって今後一生触れないであろう貴重な素材を加工するいい経験になるし、私を信頼し私の腕を信用してくれたから、今回は大負けしてプラスレスでね。あとデザイン案もしっかりしてあるの値引き。編入試験もあるし、それに間に合うように2週間未満で仕上げてあげる。その代わり、妹の事は任せたわよっ」
そこらの男を1発で籠絡させるほど魅力的な笑みを浮かべてパチっとウインクするイラリア。
スイキョウはこの人が男なのは本当に勿体無い、としみじみ思ってしまうのだった。
◆
「(あら?何かしら、これ…………)」
アルヴィナが年末の業務に忙殺されながらミンゼル商会で1日働き通して帰ってくると、アルヴィナの部屋の机の上に見覚えの無い物置いてあった。
しかし机の上にある物のうちの1つである手紙かけてある強力な封印は、アルヴィナの最近の記憶に新しい物だった。
アルムの生命反応も現在位置も分からなくなって、イヨドがアルムに伝えたようにアルヴィナは発狂しかけ、イヨドに知らないまま気絶させられ、目が覚めたら封印を施された手紙がアルヴィナの手に握られていたのはアルヴィナの記憶に新しいのだ。
「(アルムは緊急用の手紙でほぼ1度しか使えない手を使って手紙を届けてくれたみたいだけど、どうしてまた?…………………何かあったのかしら?)」
それは、旧文明の遺跡の発見、それによる魔法阻害で位置情報などが一時ロストし深い心配をかけたであろうことを謝罪するアルムからの手紙。
いつもかかってる手紙の封印より遥かに強力な封印がかかっているので、アルヴィナは目覚めた時に手に握られていた手紙が本物だと確信した。
それに同じ様な手紙はアートにも送られている事をアルヴィナは翌日確認している。
アートはアルムが無事だと確信し、情報を確認しあった後に涙を流しながらアルヴィナを思い切りハグするくらいには喜んでいたのをアルヴィナは思い出す。
だが、手紙の内容はその事情をざっくり説明しそれに関する謝罪文があっただけ。詳しい状況はアルヴィナ達も未だ分かっておらず、その詳細を知らせる手紙がいつ来るだろうかと首を長くして待っていた。しかしあまりに早すぎて、それが最近の手紙の様にまともな手段で送られていない事はなんとなく分かった。
「(この袋もよくわからないわね)」
アルヴィナは一応罠や呪いの類はない事は確認すると、机の上の手紙とその下に置かれていた、何重にも折り畳まれ紐で縛られた真っ黒な革袋を手に取る。
アルムがアルヴィナに譲渡した漆黒のローブと似た雰囲気をアルヴィナは鋭い魔力感覚で感じとり、この袋も加護の様な物が宿ってる事を直感する。
でもそんな気がするだけで、探査で探ってもちょっと変な反応の革袋だと思うだけの代物。だがアルヴィナはアルムがただの革袋を遣すとは考えられない。
その答えを知るべくアルヴィナは早速手紙の方を先に片付ける事にした。
そこにはアルムの文字でまたビッシリと色々な事が記されていた。しかし今回は報告だけでは無かった。色々な物の説明書もアルムの手書きで入っていた。
「(第四旧文明の遥古遺宝物の各種耐久性を引き上げた物をプレゼントする?アルムってばほんと…………………)」
また神賜遺宝物級の代物をくれるの?と思いつつ、今度は説明書を全て読んでアルヴィナは絶句した。
「(この袋にアルムの異能の下位互換の様な機能があるの?)」
アルヴィナはそんなまさかと思いつつ、既にイヨドがローブと似たような加護を全部つけてアルヴィナに使用者固定し耐久性を異常に引き上げ、最早別物になってる拡張収納袋の紐を解き、急くように折り畳まれた袋を広げる。
深呼吸していざ袋を開けてみると、真っ暗な闇の様な空間に手紙に書かれていたように5種の代物が入っていた。
それを慎重にアルヴィナは取り出してベッドの上に並べ、深い溜息をついた。
「(…………………これが全部国宝を軽々超える代物なのね。なんだか胃が痛くなってきたわ)」
全てイヨドがアルヴィナに使用者固定をして強力な認識阻害などまで施された品々は、まさしく国宝など鼻で笑う宝物の数々だった。
1つが、アルムが何かに使えればいいな、とついでに入れておいたフェシュアにより更に耐久性を強化された『魔力遮断の布』が3枚。
絶対にこっちは何か使い道が有るはずと思いアルムが入れた、これまたフェシュアにより密封性が昇華済みの『保存袋』が5枚。
スイキョウが起動させて使用可能になっている『通信機』が一基。これはボタンの記号にそれぞれシアロ帝国公用語の文字を割り振ってある。
因みに、第四旧文明の生物の使っていた文字よりシアロ帝国公用語の文字数の方が少なかったので全ての文字を割り振ることができていた。
当然こんな事を思いつくのは類似品を知っているスイキョウである。
それらだけでもアルヴィナは歓喜で舞い上がりお腹いっぱいに近いのに、本命の2つが残っていた。
1つはイラリアがサークリエまで巻き込み完成させた特殊インナーの上下3セット。
ローブと同等の効果でしかもそれを更に強力にした加護を宿し、フェシュアが昇華しているので完全物理衝撃耐性と影の分身の作成まで可能になってる代物であり、何処の神へ喧嘩を売りにいくのかと言いたくなる超オーバースペックな代物である。
イラリアもサークリエもあまりの素材のスペックに張り切りすぎて、完成して冷静になりやり過ぎてしまったと頭を抱えているレベルの代物を更にイヨドが強化しているので、アルムでさえ本当に冗談や誇張抜きで神賜遺宝物に匹敵してしまうスペックを獲得しているインナーに慄くほどだった。
むしろ恋人達や母親に積極的にプレゼントして精神的負担を無意識に減らそうとするぐらいの代物である。
そしてそれに匹敵する問題児が、最後の1つ。
それは七色のクリスタルを嵌め込んだネックレスである。
核のクリスタルは、インナーに使われなかったクリスタルの怪物の素材を使用している。
アルムはイヨドの手を借りて機能を消さないままクリスタルの怪物の死骸を分割し、スイキョウが膨大な電気エネルギーを充電させて、フェシュアに昇華してもらい、更に性能は強化されている。
それをイヨドとアルム、そしてどんな魔力でも適応できるレシャリアの手を借りて一匹と2人がかりで整形して機能を調整し、ジナイーダの伝手を借りて美麗な装飾品にしか見えないネックレスに加工している。
因みにクリスタルを象る銀細工や鎖は全てジナイーダにより提供された特殊なミスリル合金を使用している。
このネックレスは、クリスタルに少し魔力を流すだけで、クリスタルが使用者の霊力を僅かに吸収してアルムとスイキョウを苦しめた物理障壁を展開する事ができる効果が付いている。
大きさなどの兼ね合いで物理障壁のスペックは本家のスペックの1/50であるが、本家は攻撃超特化のスイキョウを完璧に無効化する性能で、1/50でも一回ならスイキョウの全力全開の雷撃に耐えうるスペックがある。
そもそも物理防御が弱いのが魔術師の最たる弱点なので、このクリスタルをアルヴィナ達が所有するのはなかなか反則に近い物がある。ゲームで言えば物理攻撃が通るからギリギリOKな某メタルでスライムな敵だったのに、物理反射まで獲得されたら運営頭おかしいんじゃないかと文句も言いたくなるであろう。しかしアルムはそれを実現させてしまったのである。
「(前にも言ったけれど、アルムは私をどうするつもりなの?このままだと私は人型の最終兵器になっちゃうわよ?)」
しかしこれほどの物を贈られて嬉しくないはずもなく、ましてや使わないなど有り得ず、アルヴィナは自覚以上にとても緩んだ表情でネックレスを眺めていた。
そして説明書と睨めっこしつつ、ワクワクしながら『通信機』を調整し始めるのだった。
◆
「(本当に出来てる……………)」
アルヴィナにプレゼントが贈られた一方で、レイラにも同様の物が贈られていた。
年納め直前なので、レイラが仕えているフットワークの軽すぎるお嬢様も最近は屋敷にいる事が多い。その為幾分か時間に余裕がある。
レイラが影の護衛のシフトを代わり自室に行くと、平然と置かれた手紙と革袋を発見し、そして全てを知って、レイラはアルヴィナとは対照的に呆れまじりに笑っていた。
最愛の恋人が本当に人間の領域を踏み越え始めている、と。
しかしアルムがどうなろうとこんな贈り物をされてはより想いも募る物で、レイラは1番興味があった『通信機』を説明書を読みつつ、つまみの様な物を回したりと色々と弄っていると、遂に『通信機』についたランプが点灯する。
レイラはアルムに手紙で指示されたように念話のメッセージを送り起動した事を知らせると、アルムより『了解/接続/開始』と返答がある。
実は『通信機』は改めてスイキョウがしっかり調べれば調べるほど高性能で、スイキョウも『これじゃSNSの機能と同等じゃねえか』と内心で驚愕していた。
一基ごとにシリアルナンバーの様な物があり、それを使う事で簡単にペアリングを作ることができ、1対1でも、複数同時でもメッセージがやりとりができる。
メッセージのやり取りも全てログとして残り、本当にスイキョウの知るSNSの機能と同等の性能を有していたのだ。
レイラはそんな『通信機』の操作を説明書からざっくり理解し、アルムが事前に知らせていたコードに信号を送ると、パネル上に文字が白く発光して浮かび上がる。
ボタンの下のつまみを回すと画面のスクロールも可能で、レイラはアルムとフェシュア達がテストとして通信をした履歴があるのを確認する。
しかし浮かび上がる文字は第四旧文明時代の文字なので、ボタンを見て割り振られた文字と文字を示し合わせて解読する必要があったが、リアルタイムで文通の様な物ができると実感し、レイラは目をキラキラ輝かせるのだった。




