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「(…………………あれ?えっと)」
アルムは身体に感じた寒気で目を覚ます。しかし意識はかなり朦朧としており、身体を起こすので精一杯だった。
「(スイキョウさん?)」
一体なにをしていたのか、それさえ朧げな中でアルムが呼びかけると、反応がある。
《ん……………アルムか。大丈夫か?》
「(頭がすっごいクラクラするよ)」
苦しそうな答えるアルムにスイキョウは色々と伝えたいことがあったが、目下1番言うべきことを伝える。
《アルム、造血の魔法で血を増やせ。アルムの身体は今かなり重度の貧血だ》
スイキョウにそう指摘され、アルムは朧げな意識の中で魔法を使う。
それから20分ほど経過してアルムは漸く頭がまともに動き出し、周りの状態を把握する。
「(そっか、僕はスイキョウさんと3体の怪物と戦って、気を失っちゃった?)」
《アルムも俺も血液が魔法の対価に含まれてる訳だが、恐らく1人の身体で2人分の対価を払わされたせいで血が一気に減りすぎたんだ。だから最後にあのデカブツを仕留めてアルムは気絶したんだ》
アルムはそれを聞いて全ての理解が追いついてくる。
《あと、恐らく脳自体にも相当の負荷がかかったんだろうな。360度の完全な把握、魔法の大量の同時行使、無理やりな意識のシンクロ……………その負荷が全部一気にアルムに襲いかかって鍛えていたアルムでも流石に意識を保てなかったんだ》
戦闘に於いて意識を失うのはなによりも危険で、アルムはゼリエフにもイヨドにもとにかく意識を飛ばさないように厳しく鍛えられた。
特にワープホールで自ら転移するようになってからは気絶耐性が異常な高さがあったのだが、そのアルムですら昏倒させるほどの負荷がアルムの身体にはかかっていたのだ。
「(今、何時かな?)」
《分からんが、相当時間が経過しちまってる。戦闘開始がおよそ9時から11時までとしても、どれくらい気絶してたのかは俺も分からん。しかも今回は俺も意識が朦朧としてて、アルムが意識を取り戻して俺も目が覚めた感じだ。恐らくシンクロの余波を食らったんだな》
アルムはそこで激しい空腹を感じて、堪らずインベントリから魔蟲食でも6thエリアの魔蟲を使ったとっておきの魔蟲食をガツガツと食べ始める。
「(確かにこの空腹は一、二食抜いた程度の空腹じゃないかも)」
アルムはまるでダークホールの如く皇帝ですら食せるか怪しい高級珍味を躊躇いもなく平らげつつ、首を傾げる。
「(ねえ、もしかしてこの底冷えといい、一晩以上開けてる?)」
《その可能性が高いよな》
アルムが目を覚ました原因である部屋に満ちる冷気。ローブを着ているはずのアルムが寒さで目を起こすと言う事は相当に空気が冷え込んでいる事が2人には予想された。魔力濃度も戦っていた時に比べてかなり高くなりつつある。
「(どうしよう、これ帰ったら絶対に怒られるよね…………?)」
《恐らくこの金属が魔法をシャットアウトしてるから、どんな方法でも誰もアルムの居場所が分かってねえだろうな》
つまり今現在の自分は行方不明扱いがの可能性が極めて高い。アルムはそう現状を理解する。
《まあ、開き直って探索終わらせようぜ。死体だって回収しなきゃならんし》
魔蟲食をガツガツ食べてるアルムの周りには気絶する前と変わらず大きな死体が3つ転がっていた。
普段こんな魔重地で気絶していれば間違いなく死んでいただろうが、周りは魔力が相当濃いので生き物は1匹も近寄ってこない。
しかも気絶前こそ心地よい魔力濃度だったが、今はもう4thエリアの魔力濃度に近づいており、それがまた周囲の魔力濃度高さ、ついでに時間も結構経過している事を知らせてくる。
「(確かにこのまま魔力濃度が外と同じになったら探索はできなくなっちゃうよね)」
スイキョウの悪魔の囁きにアルムは理由をつけて乗ることにする。
ハッキリ言えば、開き直ったのであるが。
アルムはサークリエに教わった薬でも強力な滋養強壮剤(とても苦い)を一気飲みして立ち上がる。
「(じゃあ、パッと探索しちゃおうか)」
◆
まずは怪物3体の死体をインベントリに押し込み、アルムは計画を練る。と言っても凄く簡単だったが。
「(スイキョウさんとシンクロしたついでに感知したけど、この通路の先って部屋が1つだけなんだよね)」
《これだけの建物も内部に魔力を入れない為のただのシェルターか。何かこうすべき理由があったのか?》
その巨大な見た目に反して、この殺風景な空間の上に1つの部屋があるだけ。そんな事あるだろうかとアルム達はまず広い空間を壁伝に、そして床も天井も全て、隠し通路でも無いか虚空を開こうとしたが発見できた空間は影の塊と黒い粘体が閉じ込められていた空間だけ。
他は全てキャンセルされ、通路の類い一切は無いことが証明された。
「(本当にこの通路の先に部屋があるだけだよね)」
アルムは通路の先にワープホールの虚空を開き、実は戦闘中ずっと床に放置されていたクマムシもどきの使い魔を拾い上げる。
どうやら使い魔はなんのダメージも受けていないようで、元気に足を動かしていた。
アルムが召喚時に結んだ契約は建造物の探索が終わるまで居続けて貰うと言う物。かなりアバウトだったが使い魔の知能が高くないのでそれをシステマチックに守っていたようだった。
アルムはこれ幸いと思い、今度は警戒心たっぷりで通路の先にワープホールで使い魔を送り込むが、なんの反応もなかった。
「(多分さっきのトラップが、最大最高のトラップだったんだろうね)」
スイキョウの勘が当たっただけで、あのままアルムが呑気に通路に近づけばバリア、しかも2人は気付いてないが電撃まで食らって吹っ飛ばされて、不意打ちの大ダメージを負ったところに、影の塊の攻撃を喰らって御陀仏だったのだ。
よしんば一発目を躱せても、感電ダメージがあるところにあの3体で攻撃されたらアルムとスイキョウはあっさり死んでいた。
むしろそれに気付けても、普通は雷撃や熱の塊など扱える魔術師など存在する訳がなく、アルムのように反魔力石を大量に持ち歩けるのもおかしいのである。
アルムとスイキョウでなければ今回のトラップは如何なる者も易々殺害する類の悪辣な罠だったのである。そしてこれも既に知る由も無いが、もしバリアを打ち破って通っても、侵入者を感知したクリスタルが作動して破壊光線を放ち、1本道では避けることも出来ず普通は焼き殺される。
しかし本来は奥の部屋に待機している防御中枢のクリスタルの怪物が破壊され、施設内の防御システムのほぼ全てが沈黙しているのだ。
なのでアルムがワープホールを使って通路に侵入しても、なんの攻撃を受けることもなかった。
アルムは非常事態だと思い、インベントリの虚空を盾の如く前方に展開して1本道を進んでいく。それは四角に螺旋を描きつつ上に登り、アルムはその先の部屋に辿り着く。
その部屋は高さ15m、30m四方の先ほどより小さな部屋だった。
これもまた殺風景な空間なのだが、先ほど違うのは高さ10m、15m立方の青白い金属の塊が鎮座している事だった。
「(なにこれ?)」
アルムはワープホールを開けるか試してみるが、その金属の塊の中ではワープホールが普通に開けた。しかしクマムシもどきを試しに入れようとした所でアルムは初めての現象を確認する。
何故かクマムシもどきを入れることができないのだ。まるで見えない壁でも出来てるかのように、全て弾かれてしまう。
中に空間があるのに干渉不能という謎な事態にアルムは首を傾げるが、アルムはワープホール越しに何故か馴染み深い感覚を感じた。
「(これ、時間の進みがとっても遅い虚空から感じる雰囲気と同じ?)」
《時間の経過が違うから弾かれてるのか?って事は、この金属の塊の機能は…………………》
そこでアルムは金属の塊に何かが取り付けられているのを発見する。
スイキョウはアルムにコントローラーを代わってもらい、量子の探査で調べながらじっくりと観察する。
スイキョウは心の中の声をシャットアウトしつつ、自分にとっては『機械のパネル』にしか見えない代物と睨めっこする。
「(まさかそんな……………)」
スイキョウはパネルに触れて電源を流してみると、パネルが一瞬点灯しバチンっと何かが弾ける音がする。そしてプシューーーっと空気の抜けるような音がして、金属の塊の一部分に高さ3m強、幅1.5mの長方形状に線が走る。
《え、何が起きたの?》
「(強引に解錠できたっぽいな)」
スイキョウは亀裂の部分に少し強めに圧力をぶつけると、ドアが開くようにバンッと亀裂の部分が開いた。
そして光の魔法で中を照らし、スイキョウとアルムは息を呑んだ。
「(何だこりゃ、生物、なのか?)」
部屋の中で最も目を引くのは、ドアのすぐ先に横たわる全長3m程度のナニカの死体だった。
放散虫の様な胴体は、蛞蝓の肌を貼り付けたようで底部も蛞蝓の脚のごとく縁取られている。その中からビッシリと細かなピンクの触手にような物が見えており、それが足だとなんと無くスイキョウは見抜く。
そんな脚とは反対に、胴からは太いタコの脚の様な物が何本も生えていた。
1本は象の鼻にそっくりで、2本は蟹のハサミの様な物が先に付いている。他には熊手のような形をした手のようにも見える物が付属した物が3本生えている。
そしてそれより目立つのが2本。
1本は球体にブブゼラを4本深く差し込んだかのような物で、物を吸い込む様な構造をしているように見えた。
もう一本はミラーボールに丸いガラスを嵌め込んだ様な形状をしていた。スイキョウはそれが頭部の様に思えた。その頭部の付いた触手だけが、自らのハサミで切り裂いたのか斬られていて白い体液が漏れていた。
一本のハサミに同じ白い液体が付着している事からも死因は楽に推察できた。
そしてアルムがコントローラーを返してもらい探ってみても、スイキョウと似たような結論に辿り着いた。
「(これ、第四旧文明に栄えた種族の自殺死体、だよね?)」
《ククルーツイの図書館で見たイラストにも、発見された書籍の挿絵から復元されたイラストが載っていたが、これに似てたな》
「(けれど、何故自殺したんだろう?しかも、まだ死んでから殆ど時間が経ってるようにも思えないよね)」
その死体の周りには機械や何らかの物質も積まれており、監禁場所には見えなかった。零れた体液も靴で少し触れてみても、少々乾きつつあるがちゃんと液体のままだった。
《アルム、俺はなんとなく状況が推測出来たぞ。まず前提としてだが、多分この建造物の本来の役割は、何かのシェルターだったんじゃないか?》
「(シェルター?)」
《厳密には分からんが、個々にある機械や物資は別にこんな手の込んだ守り方をすべき物資には見えない。神賜遺宝物ってなら別だが、同じような物が明かに重複してあるだろ?》
アルムが部屋をもう一度見ても、特段強い魔力が宿っている物でもない道具と思しきものが数種類、重複するように置いてあるのは宝物を守ってる空間と言うよりは倉庫に見えた。
《そして外部からへの侵入を拒む仕掛けといい、こんな物資を貯め込んでいる感じといい、やはりなんらかの存在に対するシェルターだったんじゃないかと俺は思うわけだ》
アルムは確かに、と納得するが1番の疑問は氷塊してなかった。
「(でもシェルターだとしても、どうしてこんな状態になったんだろうね?)」
どうしてそんなシェルターの倉庫にただ1人だけが居て、しかも自殺したのか、アルムには理解できなかった。
《ここからは俺の予想がかなり入ってくるんだが、多分このシェルターはアルムが初めての侵入者だっと思う。なんせあの通路は完全に封鎖されていたからな。
それでなんだが、つまりはこの施設はシェルターとして一度も起動したことが無かったんじゃないか?》
「(それが何を意味するの?)」
《第四旧文明に栄えたこの生物どもはどんな幕引きを迎えたかは分かってない。つまり一気に滅びた可能性がある。このシェルターも考えるに、何か外敵の襲来でも予見していたのかもしれない。だからこのシェルターを作ったが、立て篭もるのに物資をこうしてストックしておく必要もあった。この自殺した奴は、物資の点検にでも来てたんじゃないか?》
「(だから1人だけなの?)」
《更に此処からもっと憶測だが、アルムはこの中の空間の時の流れが止まって感じたんだよな?相対的に見れば、俺が解錠する前のこの倉庫での1時間は外での何千年という時間の流れとイコールなんじゃないか?理由は分からないが、この人はこの時空の歪んだ倉庫の中に入り、何かが起きて閉じ込められた。防御機能でも作動したのかもしれないな。とにかくこの人は倉庫に閉じ込められ…………………さて、その状態で数日とか経過したらアルムはどう思う?》
例えばとある箱の中で1時間過ごすと外の世界では100年間経過すると知っていて、その中入って数時間も経過したと考えたら。アルムはそう考えてゾッとした。
《万が一何かのミスで閉じ込められても、時の流れの違いですぐに扉は開く筈だった。なのに扉が開かず、時が経って……………その時差をもし知っていたら…………この人は外でどれくらいの時間が経過しているのかも理解してしまった。うっかり閉じてしまっても本来は誰かが1秒も立たず開けてくれるドアが、何分何時間と開かなかった。そして全てを察して絶望し、命を絶ってしまった》
それはスイキョウのザックリとした推察だったが、アルムにはそれが真実に思えた。
それならば数千年以上前に滅びたはずの種族の死体がまだ新鮮な理由も説明がついたからだ。
「(とりあえず全て回収だね、この倉庫ごとさ)」
《恐らく俺たちが用途に頭を捻っているより、道具の機能について看破するエキスパートがアルムの恋人にはいるわけだからな》
アルムは死体だけは別で回収して体液も綺麗に消し去る。第四旧文明に栄えた生物の死体はあまりに大発見過ぎたからだ。
アルムは倉庫を出ると、インベントリに丸ごと倉庫をつっこむのだった。
「(凄い成果を上げたはずなんだけど、ちょっとしんみりしちゃったね)」
《発展しすぎた技術の引き起こした悲劇なんだろうな》
アルムはもう何も無くなった部屋を静かに後にして、遺跡から脱出するのだった。
◆
遺跡を後にしたアルムはこれからどうしようかと考えつつ少し歩いていると、目の前で氷の霧が怒るように荒々しく渦巻いていた。
「(あれ?)」
なんか凄く見覚えがある。アルムがそう思った次の瞬間、イヨドが氷の霧から現れた。
一目でわかるほど凄まじく不機嫌で、アルムの背筋が反射的に伸び冷や汗が噴き出した。
「コ、コンニチハ」
恐怖のあまり片言になるアルムをイヨドは鋭く睨みつけた。
『何処をほっつき歩いていたのだこの大馬鹿者!たわけ!縁脈誓約の魔法の有効範囲から完全に反応が消えて、我でもすぐに座標を確認せねばならんほどの事態だったのだぞ』
アルムは「え?」と首を傾げるが、アルム達が思っている以上に遺跡を構成する金属の魔力遮断は非常に強固で、イヨドも縁脈誓約の魔法でアルムの反応が追えなくなっていたのだ。
『しかも丸1日以上だぞ。一応言っておくが、アルムの母親やあの娘どもの持つ魔宝具の機能であるアルムの現在地や生存判断は、我の縁脈誓約の魔法を元にしているのだぞ。我が一時的に意識を奪ったからいいものの、アルムが死んだと勘違いした故に酷い恐慌具合だったのだからな』
アルムはそれを聞いてサーっと血の気が引き、顔が真っ青になった。一方でスイキョウはイヨドが大事にならないように意識を奪っている事に、『肝心なところで変に面倒見がいいよな』と呑気に考えていた。
実際にイヨドの言う通りで、アート、アルヴィナ、レイラの持つアルムに関わる情報を知る機能を持つ魔宝具は、イヨドの縁脈誓約の魔法が仲介になる事で発動しているのだ。
そのイヨドでさえアルムの反応をロストしたと言う事は、魔宝具も情報をロストする。そうなればアート、アルヴィナ、レイラからすれば、アルムが死亡したと判断できてしまうのだ。
おまけにそんな事態になればアルムに念話をできるはずもなく、余計に信憑性が高まってしまうのである。
イヨドは反応をロストした時点で即座に実体化し、イヨドがひっそりとアルムのローブに付けているとある機能を元にアルムの座標を探って位置情報を捉えた。
そして実は念話もイヨドが仲介しているので、発狂するようなアート達の念話がイヨド経由で叩きつけられ、イヨドは面倒臭いと思いつつも即座に3人を魔法で気絶させた。
実を言うと念話や位置情報の仲介は簡単な事ではなく、イヨドはアルムに言っても無いがアート達にもひっそりと縁脈誓約の魔法をかけている。
だからこそ、装備の使用者固定もできるのである。イヨドがアルムにローブの機能について説明したように、縁脈誓約の魔法でリンクしている人物だからこそその機能が使えるのである。
そしてイヨドはその機能を万が一彼女らが悪用した時のためにいくつかトラップ式の魔法も仕込んでいる。最悪の場合は存在を抹消してしまうレベルの極悪な魔法が仕込んであるが、アルムに判断を仰ぐことも想定して気絶程度の魔法も仕込んでいる。
そのうちの1つを発動させたのだ。
しかしアルムはそんな事知るはずもなく、ただただ冷や汗をダラダラかいて一体どうすれば、と慄いていた。
『ちっ、面倒だ。今回はあまりアルムに非があった訳ではないのも事実ではある。今回が異例中の異例だったのだ。我が想定を甘くしていたのも今回の件を招いた一端でもある』
極めて不機嫌そうでありながらも真っ青になっているアルムを見てイヨドは言葉を続ける。
『今回のみは特例中の特例だ。手紙でもなんでもさっさと書け。ただし今すぐだ。そうしたら直接あの娘どもに送りつけてやる。どうせ今は意識を失って寝かせられている。期を見て起こし隠蔽処理でもした手紙を送ってやる。だからさっさと書け、この大馬鹿者』
口調こそとてもぶっきらぼうだったが、多大な温情が込められた言葉にアルムの顔がパーッと明るくなる。
「いいんですか!?」
《さっさと書けと言っておるだろうが。我は気の長い性格では無いぞ》
「書きます!今すぐ書きます!」
と言ったものの、3人への手紙を書き終える頃には1時間分以上も経過しており、これにはイヨドも処置無しと深々と溜息を吐くのだった。




