表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/159

13




「どうも、親方様に話は伺いましたよ。あっしはドンボでございます」


 部屋に戻って金の幾らかはポケットに入れると一瞬だけアルムに戻り【極門(プラダ・エスヴァギア)】に収納。街に興味がないアルムは体をスイキョウに再び渡す。

 ワクワクしながらスイキョウが商会の裏口から出ると、そこには恰幅の良い髭の立派なおっさんがいた。


 パッと見た感じ、ミンゼル商会のマークが施された制服に身を包んだ感じの良さそうな陽気な男だった。ただ、一瞬だけスイキョウは言い様もしれない不気味な感覚を覚えたが、それも会話を始めると霧散する。


「こんにちは、アルムです。今日はよろしくお願いします」


「これは丁寧にどうも。気軽にドンボと呼んでくだせえ」


 本当は見張りが付かない方がよかったが、融通の効きそうなおっちゃんで良かったとスイキョウはホッとする。仕事中に急に子守を押し付けられて不満そうかとも思ったが、その様な感じもない。むしろ好意的な感情を感じた。


「ところで坊ちゃん、一体何処にご用ですかい?」


「うーん、あんまりハッキリは決めてないんです。お小遣いも貰ったし、何か面白いものがあったら買おうかな、ぐらいの気持ちなんです」


 そういうとふむふむとドンボは頷く。


「ってこたぁ、ウチの商会で取り扱ってねえ商品を売ってるような場所がいいですかねぇ?」


「オススメとかあります?」


「いやぁ、坊ちゃんが何を気にいるか分からねぇんで、なんとも言えんですわ」


「別になんでもいいんですよ、暇つぶしですし」


「そうですかい、じゃあ男の子が喜ぶ場所に行きましょか」


 ドンボの先導で歩いて行くと、やがてすれ違う人の人種の傾向が変わってくる。明らかに男の数が多なり、一方で子供の数は少なくなってくる。男と言っても、ちょっと厳つい、ただの農家や市民には見えない人が多い。カンカンと独特の金属音がより大きく聞こえるようになり、煙が其処彼処で立ち上っている。


「ここは鍛治横丁なんて呼ばれてるんでさ」


 キョロキョロとお上りさんの様に辺りを見回すスイキョウにドンボは苦笑すると、やがてある建物の前で立ち止まる。


「ここなんてどうです?街で武器商と言えばここ、鍛冶師の組合の元締めがやってるクロスドック武具商店でさぁ」


 規模は僅かにミンゼル商会本店に劣るが、こちらもそこそこ大きい。ミンゼル商会にも警備員が立っていたが、こちらの警備員は厳つさも多さも上回っていた。


「扱ってるものが扱ってるものなんでね、やっぱり警備は厳しいでっせ。入ってみます?」


「入れるんですか?」


「坊ちゃん、ミンゼル商会はこの街の商人のボスでっせ。しかも今日の警備員はあっしの顔見知りなんで問題ないでしょうとも」


 ドンボが近づいていくと警備員はすぐに気がつき、ドンボが頭を下げると黙礼で返した。


「珍しいですね、ドンボさんがこちらにいらっしゃるとは。何か御用で?役員を呼びましょうか?」


「どうも。今日はただの付き添いなんでさぁ」


「こんにちは」


 恰幅のいいドンボに隠れてしまっていたスイキョウが後ろからひょっこり顔を出すと、警備員は驚いたような顔をする。


「どちら様で?ドンボさんの御家族ですか?」


「いやぁ、違いますよ。親方様のお孫さんでさぁ。ちょっと街を見て回りたいってんでね、ちょっくら見学にはいいんじゃねぇかと思った訳でさぁ」


 ドンボが頭をポリポリ掻きながら答えると、警備員は目に皺を寄せる。


「ドンボさんがわざわざ付き添いですか?それはまた……」


「ああ、あまり気にせんでくれると助かりますわ。それで、入ってもええかい?」


「引き留めてすみません。ですが商品には無闇に触れないように、危険ですので」


 警備員に通されてドンボと共に店内に足を踏み入れると、スイキョウは思わず「わぉ……」と感嘆の声をあげる。


「ああやっぱり男の子だ。女の子はちっとも喜ばねえんですが、どうです、凄いでしょぅ?」


 店内でじっくりと商品を眺めるのは筋肉質な男達とほんの少しの女性。設置された剣や槍などの武器、鎖帷子などの防具を食い入る様に眺めている。種類も豊富で、剣1つでも様々なサイズや形状があり、防具も皮鎧や金属鎧など種類も多い。


「ここにいる方たちってどのような人なんですか?」


「そうですねぇ、商人に雇われてる警備員とかから始まり、貴族の私兵も訪れますよぅ。それに警備隊もですね。本来は雇先の伝手とかで御用達の鍛冶師とかがいる方が多いんですけどねぇ」


「……あれ?警備隊は国の組織だから武器は与えられるんじゃないんですか?」


「そこは国も目を瞑るんでさぁ。警備隊も辺境警備隊も、迷宮探索隊も、命に関わる仕事。身につける物に妥協をするのは三流でさぁ。だからある程度自分の装備は変えていいんでさぁ。それなりに規定はあるみたいですが、職人もそこはわかってるんで、規定内の商品をわざわざ作ってるんでさぁ」


「そうなんですね、初めて知りました」


 冒険者ギルド自体はこの世界に存在しているが、スーリア帝国には存在していない。無論他のギルドも法によって立ち入りを許されていない。弱肉強食の帝国では、生ぬるい結束を必要としていないのだ。


 広大な大陸の8割を支配する強大な国故に、自国内での問題解決が可能で、人材にも事欠かない。むしろ国の垣根を超えた組織などを招いた方が人材の損失を招く、そう考えられるほどにスーリア帝国は武力と財力に優れていた。


 なので動物や魔獣の対処から迷宮と呼ばれる場所の探索まで、全てが国の組織の元で運営されている。


「…………うーん、でもすこーしだけお年が上の方か、逆に駆け出しのような人が多いような?」


「ほぅ、鋭いですね。そうです、ここに主にいるのはまだ下っ端か、警備隊や軍隊から引退して商人の警備員をしてる人がメインでさぁ」


「じゃあ1番脂の乗ってる人達は?」


「まぁ、お気に入りの鍛冶師を見つけてこなくなることも多いんですが…………此方へどうぞ」


 ドンボに連れられて店の奥に行くと、正規軍レベルの雰囲気と装備を持つ警備員が立っていた。


「何用で御座いましょう?」


「ミンゼル商会のドンボ、少々このお方と商品を拝見したく」


「その方は?」


「親方様のお孫さんでさぁ」


 ドンボが説明すると、警備員の1人が此方を見る。


 その時、不快な感覚がスイキョウを襲う。スイキョウは反射的に魔力は活性化して纏ってその感覚の原因となりそうな物を弾いた。


 これは魔術師の基本の防御方法で、濃度の高い魔力で周囲の魔法をジャミングしている。対物理には意味はないが、魔法相手ならそこそこ有効だ。スイキョウも狩りをするにあたり、アルムに最初のほうで対魔獣用の防御法として覚えさせられた技能だ。


 ただし、偏りなく均一に即座に全身に魔力障壁を纏うにはそこそこの技能が必要だ。だがスイキョウは操作する方が性に合っていたのか、割と容易に可能にしていた。


「っ!?」


 こちらを見た警備員は、魔法が弾かれて驚いたような顔をする。


「失礼しました。貴方も法魔使いでしたか。今のは危険物がないか一応探るための威嚇を兼ねた簡単な『探査の魔法』なんです。危険はありませんよ」


「そうでしたか。すみませんでした」


「いえいえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。どうぞ、お入りください」


 警備員が小さな金属製のドアを開けると、そこには地下へ続く階段があった。


「ささ、参りましょう」


 ドンボの後をついていき下に降ると、その先にあった部屋でスイキョウはあっけに取られた。


 そこには素人目で見ても先ほどよりも明らかにグレードが高い武器が壁にズラリと飾られていた。しかも多かれ少なかれ全てに魔力反応があるので、魔獣などの魔力を含んだ高価な素材が使われた一品であることをスイキョウは察した。値札の値段も0が1つか2つは多い。

 それに、先程は置いていなかった杖や指輪などの装具も見受けられる。


「あっしも武具はてんで扱えねえですが、何かこう滾るものがあるんでさぁ。ここで見ているだけでも、男らしくなった気分になっちまうんでさぁ」


 確かに凄い。魔力が分かるだけにスイキョウははっきりとここにある武具のレベルの凄さがわかっていた。


「そういえば坊ちゃん、魔法が使えるみたいですなぁ。ここら辺とかなにか興味ありまっか?」


 ドンボが指し示すは魔法使い用の武具が集められているエリア。スイキョウは近づいていくと、1つの装具に目を止めた。


「こりゃ、腕輪……ですかい?籠手とも言えますが…………」


 アルムの地属性由来の探知魔法ではなく、スイキョウの量子的な物に意識を巡らせた探査の魔法、それに籠手が激しく反応したのだ。純粋に魔力量なら他にも高いものはいくつもある。だが黒い長手袋に赤銅色と白銀色の金属がグルグルと巻きついている変な腕輪に、スイキョウは奇妙なまでに興味がわいた。


 スイキョウがじっとそれを眺めていると、静かに控えていた従業員がススっと近寄ってくる。


「此方が気になりますか?」


「はい。とても不思議な形ですね。一体これは何ですか?」


「迷宮の魔物由来の素材を使った半分観賞用の防具であります。他国から流れてきた物でして、絡繰兵士なんていう魔物の一部らしいですよ」


 動物と魔獣の違いは以前に魔法を使うか否かという点だが、魔物はまたそれとは違う。動物や魔獣はまだ生き物の括りではあるのに比べて、魔物は生物としての区分にない生き物を示す。生息するのは迷宮に絞られており迷宮から一切出てこない、そんな生物だ。殺しても肉体は迷宮に吸収されてしまう。ただし稀に吸収忘れのような物があったりする。それらは魔獣の素材同様に価値があるが、魔獣素材よりも価値が大きくブレる。つまりピンキリという事だ。



「絡繰兵士?」


「ええ、全て金属でできた体で動くらしいですよ。なんとも眉唾な不思議な話ですがね。それに魔物の素材ではありますが効果もよくわりません。お得意様のよしみで仕入れてみたのはいいもののなかなか買い手がつかず、しかし処分するわけにもいかず、という訳です」


 つまり、店側は値引きに応じようと暗に言っているわけだ。


「それでは、1万でお願いします」


 明らかに相場をまるで理解していないスタートに、従業員も顔を顰め呆れた表情になる。


「勘弁してください。元々小遣いじゃあ無理な値段なんですよ。どんなに最低でも100万セオンですよ」


「でも売れないんですよね?せめてどれくらいお小遣い貯めればいいんですか?」


 従業員は苦笑すると、しばらく考えた後に答えた。


「そうですね〜、じゃあ大負けに大負けして、50万セオンでどうでしょう?」


 普通に考えればかなりキツい目標だが、子供への大甘の評価と商売人としての現実的な思考に折り合いをつけた彼なりの適正価格。ドンボも従業員の気遣いに苦笑したが、すぐにギョッとした表情になる。


「では値引き成立で。50万セオンで買います」


 なぜドンボがギョッとしたのか。スイキョウはにっこり笑うと、板銀貨・甲種(10万セオン)をポケットから5枚取り出したのだ。


「え、あ、いや…………」


 元値は既に4割引で300万セオン。50万セオンというのは冗談に近く、従業員はタジタジになる。


「貴方は値引き交渉に応じ、僕が求めていた価格まで下げました。だから取引成立ですよね?」


 ドンボと従業員の表情は驚愕に染まる。つまり2人の目の前にいる小さな男の子は、全て計算尽くだった事を示唆したのだ。


「これは参りましたね、いや〜……」


 従業員は困ったように頬を掻くが、スイキョウはニッコリと笑ったまま50万セオンを突き付ける。子供特有の無知ゆえの図々しさを利用した一方的な交渉だ。


「相手がどのような人種、年齢であろうと、応じた時点で正式な取引です。よもや、冗談だったとは言いませんよね?街1番のクロスドック武具商店ですよね?」


 スイキョウは笑っているが目は全く笑っていない。従業員は純真そうな少年の目の奥に老獪な男の影を見た気がした。


「…………あ〜、御見逸れしました。完敗でございます。とんでもない秘蔵っ子がいたものですね」


 無論、そこらのクソガキに同じようなことをされても店員も強引に追い返しただろう。だが、後ろにいるドンボが、厳密にはドンボが着ているミンゼル商会の制服がそれを許さない。そしてその星宿を着た男がわざわざ仕事中に面倒を見るような相手は限られる。それなり知恵が回る者ならば、相手が誰だがなんとなく察することができてしまう。

 スイキョウはそこまで計算して、一気にゴリ押しをする。

 そんなスイキョウに対し店員は白旗をあげると、これは大目玉を喰らっちまうとぼやきつつ、従業員はカウンターまで2人を連れて行き一枚の書類を差し出す。


「こちらに御名前と購入金額のサインをお願いします。貴方も保証人のサインをよろしいですか?」


「構いませんでさぁ」


 スイキョウは指示通り所定の欄に名前を書き、購入価格を記入。その下にドンボと従業員もサインする。


 従業員は50万セオンを受け取り、飾られていた籠手を渡した。


「ありがとうございました」


 ちょっとサイズは大きいかな?と思いつつ左手を通してみると、サイズが調整できる部分があったので最小サイズまで調整する。


「よし、これでオッケー」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ