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「うーん、久しぶりだねこの感覚っ」
「この酔いも久しぶり…………………」
「あたしは逆に絶好調かなぁ?」
「異能を発動しておいて正解だった様ですね」
4月、雪も溶けて春になった事により、遂に魔重地である『金冥の森』への立ち入り許可が公布された。
アルムはフェシュア達も連れて行く気ではあったが、ジナイーダも出来るだけ連れて行く事は約束していたのでスルーもできないし、レシャリアの会計業務もまだまだ軌道に乗ったとは言いづらい状態だった。
1度目くらいは3人を一緒に連れて行きたかったので、アルムはレシャリアが会計業務を軌道に乗せてからジナイーダの公塾の休み(公塾も週休2日)に重なるように日程を調整。そんな訳で、4月も中盤に差し掛かり金冥の森の雪解けにより悪化した足場も安定してきたころ、アルムはようやくフェシュア、レシャリア、ジナイーダの3人を連れて金冥の森に行くことができた。
ルリハルルによる転移の洗礼をフェシュアは再び味わって軽く酔い、金属性魔法で強化しているのもあるが、レシャリアは意外すぎるほどの三半規管の強さでケロッとしており、ジナイーダは魔法だけでなく異能まで使い耐久性を上げて転移の洗礼をなんとか乗り越えていた。
「本当にここまで一瞬だったね!」
「お話には伺っていましたが、実際にこうして御伽噺の中の奇跡を体感すると感慨深いものがあります」
レシャリアとジナイーダは事前にアルムが明かしているものの転移は今回が初体験。レシャリアは酔いが一切なかっただけにテンションが高く、ジナイーダも耐え切れたのでお嬢様然として上品に感想を述べる。
因みにもうレシャリアに一体化してるのでは?と思われるほどレシャリアの頭の上にずっと鎮座したままのムカリンは全く無反応だった。
そんな2人と1羽を「なんで平気なの?」と少々グロッキーなフェシュアが不思議そうに見ていた。
「まあ、来たとしてもフェシュアが初めて来た時同様に最初はこの環境に慣れる事にしてもらうよ」
春だろうとシアロ帝国の気温はかなり低い。
アルムはほぼ森の中と言ってよい近縁の場所を地属性魔法でサッと整地して半径5mの土のドームを作りそれを焼いて物質として固定化。インベントリの虚空を開き、カーペットを敷いて魔残油で動く暖房器具を設置して、その空間の中央にフェシュアの全面的協力もありだいぶ改良が進んでいる炬燵を鎮座させる。そして暇を持て余さないように本やボードゲームから始まり、オヤツなども置いていく。
その一方でフェシュアはラビへケを召喚し、魔力タンクであり体質的に他人に魔力供給もできるレシャリアに魔力を補給してもらう。
するとそれに反応したのか、まだ呼ぶ前なのにラレーズが種から発芽して現れポップコーンを摘み食いし始め、その代わりの様に自分から作り出したライムの様な果実をいくつか置く。
「ラレーズ、行儀が悪いから座って食べてね」
『ピーピー、ピ、ピ、ピピ!』
自重をかなぐり捨てて目も疑う様な事を涼しい顔してやっているアルムにレシャリアとジナイーダは顔を見合わせて苦笑し、フェシュアはそんなアルムに慣れているのでラレーズを捕獲して膝の上に乗せるとそのまま炬燵にサッと入る。
「ん、あったかい。レーシャもジーニャもこの素晴らしき発明品の良さを知るべき。これは陸の温泉」
近しい者でなくとも顔が緩んでいるとわかるほどに、とてもリラックスした表情で炬燵に足を突っ込むフェシュア。リタンヴァヌアの中はあったかいのでいまいち活躍せず、ジナイーダの前では【極門】を秘密にしていたので迂闊に出すことができず、実は炬燵初体験のレシャリアとジナイーダはフェシュアに倣って足を入れて、足からあったまる独特の感覚に目尻を下げてホッと息をつく。
「凄いポカポカだねぇ〜」
「指先が冷え性の私には凄くありがたい代物ですね」
フェシュアが言うことも分かると弛緩した表情で微笑みレシャリアとジナイーダ。フェシュアに抱き抱えられて嬉しそうなラレーズはパクパクとアルム手製の減塩ポップコーンを口に運び、その流れでレシャリア達もついつい机の上のおやつなどにも手が伸び、スイキョウは見慣れた光景が展開されて人種とか文化とか関係なく何処でもやはりそうなるんだな、とそんな光景を面白がって見ていた。
「お昼には一回戻ってくるからね。緊急事態の時はラレーズに伝言をよろしく。ルリハルルにも警護を任せるよ」
ずいぶん賑やかになったと思いつつも出立前に声をかけるアルム。
ルリハルルはコクリと頷き、フェシュアはラレーズと共に手を振り、レシャリアは元気に「いってらっしゃい!」と言い、ジナイーダはお淑やかに「いってらっしゃいませ」と微笑む。
アルムはそんな彼女らに行ってきます、と笑顔で返して久々の魔重地にアタックを再開するのだった。
◆
「アルムさんは、本当に幾つの手札を持っているのでしょうか?」
アルムが仮拠点であるドームをあとにした後、炬燵を堪能しつつ呟いたジナイーダに、フェシュアとレシャリアは確かに、と同意する。
「まずあの異能、【極門】。重量無視で物の持ち運びが可能。加えて入れる虚空を変える事で経過時間まで変えることができる。その利便性に対して発動も容易でデメリットはゼロ」
「あとは召喚の魔法だよね〜。御伽噺の転移の魔法を使えるルリハルルちゃんに、全属性が使えちゃうし不思議な移動もできるラレーズちゃん。あたしのムカリンだってルーム君が召喚してくれたんだよ」
フェシュアもレシャリアもジナイーダも、アルムの異能(まだ未知数かつ最後の切り札なのでワープホールの虚空は伏せられているが)や、召喚属性と呼べる魔法、ルリハルルやラレーズなど、アルムの持っている切り札の数々を既に打ち明けられている。
打ち明けられているが、聞くのと実際にこうして見せられて体感させられるのはインパクトが大きく異なる。
「それだけでは有りませんよ。基礎能力だけで充分に驚異的です。武霊術使いの同世代に並ぶ基礎身体能力、六属性の魔法全てを非常に高度なレベルで使い熟すだけでなく、複合魔法や自作の魔法まで使えるそうですね。魔力の制御能力も折り紙付きです。炎を糸状にして縫針の穴に通し、サッと作りあげた宿題のダミーはわざわざ偽物であると記さないといけないほどに精巧な物を作り上げました。あれは魔法の制御能力だけでなく並外れた記憶力も必要でしょう」
アルムの基礎スペックについて確認するように呟くジナイーダに、フェシュアが反応する。
「あの炎の糸を縫針の穴に通す技は、ウィルの父であるカッター様の特技だったらしい。1ヶ月前にできるようになって、珍しくとてもはしゃいだ感じで披露してくれた。あとこの素晴らしきコタツもウィルの発明品」
そんなフェシュアに更にレシャリアが頭の上のムクリンにポップコーンを食べさせつつ追随する。
「あと、このポップコーンも実はルーム君の発明なんだってね!教えてもらった時は凄いビックリしたよ!」
「ウィルの母は、ポップコーンを売り出して今破竹の勢いで勢力を拡大しているミンゼル商会の会長の娘。その伝手でアルムが懇意にしていた商会のとある人にポップコーンの利権を売ったらしい。本人はここに来る前に滞在していたククルーツイの図書館で本を読んでいて着想を得たらしいけど、だとしてもそれを体系化したのは凄い」
スイキョウがドンボへと売り渡したポップコーンは、アルムもスイキョウも全く知らないが今現在凄まじい勢いでシアロ帝国に広まっていた。
どれほど凄いかと言えばポップコーンに用いる爆裂種の玉蜀黍、プランテーションで国が主導で生産している玉蜀黍の生産を国が直々に増やすように指示を出した程なのである。簡単に摘めてフレーバーも豊富に用意することができるポップコーンはスイキョウの想定など遥かに超えるレベルでシアロ帝国の身分や種族関係なく老若男女全てに強く歓迎されたのだ。
下手に欲張らずに帝都や帝都衛星都市を本拠地にする大商会達に利権を早々売ったのが功を奏し、国まで噛む形でガッチリ金の卵を生む商品として認識されたのだ。
ミンゼル商会が特定の商会の派閥にも所属してないお陰でドンボは色々な大商会に利権を得ることができ、大商会同士も『コイツは確実に儲かる』とタッグを組んだ。
しかし、複数の大商会が絡み国まで出ばるようなプロジェクトで何処か特定の大商会が指揮を取るのは角が立つ。調整も面倒だ。となれば特定の商会についておらず本拠地も遥か北方ゆえに自分達と競合しない発案者であるミンゼル商会に指揮権(と責任)を与えて(押し付けて)しまえばいい。
そんな大商会同士の内密な紳士協定によりポップコーンプロジェクトの旗頭に祭り上げられたドンボは、オルパナや大商会から派遣されるスーパーエリート達の手を借りてなんとかプロジェクトを進めていた。
その功績と経済的影響力でドンボに帝国公権財商の称号を与える事が国でも審議され始めている事は本当に一握りしか知らない話だが、それはまた別の話である。
そんなわけで帝都衛星都市でもポップコーンの一大ムーブメントか発生しており、ジナイーダ達もそれは知っていた。
だからと言って彼女達、特に食に敏感なレシャリアなどにポップコーンをプレゼントされてもアルムには困るわけで、あっさりフェシュアとレシャリアにはことの顛末をバラしていたのだ。
フェシュア達もそんなまさか、とは思ったがアルムが種を所有していて、しかも目の前でポップコーンを魔法で作られたら納得せざるを得なかったのである。
「カッター様の事は伏せても、父様や母様にその事をお伝えすれば今すぐ婚約をさせようと思うほどの情報ですよね、それ」
抜け駆けはしたく無いので言いませんが、と締め括りつつも、ジナイーダはなにがあっても結婚まで漕ぎ着ける事が可能な要素をアルムが持っていることに頬が緩む。
「逆にルーム君に足りてない物ってなんだろうね?力もあるし、頭もうんといいし、将来的な甲斐性も絶対にあるよね?」
「顔も早々並ぶ物がいない美少年。その実力も師匠も溺愛しイラリオン兄さんが認めるほど。あのバイトを軽々こなすほどに貴族的な立ち振る舞いも完璧で度胸もある。そして師匠が頭を抱えるレベルで勤勉。性格も凄く良い」
更なる補足をレシャリアとフェシュアが付け加え、ジナイーダは微笑む。
「アルムさんはただの天才ではありません。此処に至るまで、私達の想像の及ばない力を身につけるまでに、どんな人よりも厳しい鍛錬も積み重ねてきたのでしょう。あれは一朝一夕で身についた物ではなく、厳しく鍛錬に長く取り組み続けた末にある物なのは分かりますよ。アルムさんは自分の目標の為に全速力で走り続けているんですね」
一切立ち止まる事なく、全てに置いて貪欲になって走り続けるのは辛い辛くないの次元で語れる話では無い。
しかし実際にアルムはここまで歩みを進めてきた事は紛れもない事実なのだ。
「あたし達、多分凄い人の恋人になってるんだよね?」
「凄いで簡単に片付けれない。私はウィルが宮廷魔導師どころか宮廷魔導師長まで最年少で上り詰めても全く不思議に思わない」
「そしてお二人の婚約者への態度を拝見しても、私達が簡単に捨てられるとは考えづらいですよね」
「一途なんだけど、その範囲が少し広い感じ?」
「多分前提条件のハードルが物凄く高いけど、一度そのハードルを越えた人は、自分のテリトリーにまで入った人は、絶対に大切にするタイプ。惚れっぽいわけじゃないのに多情」
「ではこれ以上テリトリーに入る人が増えないように、私達は尽力しなくてはなりませんね。特に公塾に入塾して以降ですが」
ジナイーダが少し冗談めかした言葉に、フェシュアもレシャリアも軽く苦笑して頷くのだった。
◆
「っくしゅん!」
《どうした、くしゃみなんかして》
「(ちょっと綿毛が鼻に入りかけちゃったんだよ)」
フェシュア達がアルムについて色々と話している一方で、少々“裏技”を使ったアルムは既に5thエリアにまで足を踏み入れていた。
春を迎えた金冥の森の4thエリアは、アルムが今まで見てきた暗く鬱蒼としている森と違い、花々が芽吹き始めてカラフルで明るい光景をアルムに見せていた。
といってもまだかなり寒さは厳しく、魔獣や魔蟲達も冬眠明けすらしているか怪しい時期。なので逆に活動もかなりし易く、休んでいた3ヶ月の間にも鍛錬を欠かさなかったアルムは、探査の魔法が使い易くなっている事に気付き自分の実力上がっていることを実感していた。
そんな訳でアルムにとっては春が旬の魔草をせっせと回収するだけでなく、まだ冬眠中で土の中など籠もっている強大な魔獣も探査で発見して、ワープホールでいきなり奇襲して手軽に斃して回収するというフィーバー状態だった。
如何なる魔獣だろうが魔蟲だろうが、数ヶ月寝ている所をいきなり祝福の魔法で最大強化されその上フェシュアが異能で覚醒させて最早別物になってる刃物で首を突き刺されてはどうしようもない。
しかもアルムはフェシュアに所有していた魔宝具の武器は全て昇華してもらっており、その武器を使って矢継ぎ早に首を針山にしてしまえば、元から弱体化しているのに頸動脈や喉笛を掻っ切られて更に属性攻撃の追い打ち、からの低酸素状態であっさり御陀仏するのである。
卑怯と言う無かれ。
最初思いついてしまったスイキョウも『我ながらエグいな』と思いつつも、実際に得られている 利益を考えればそんな考えはあっさり放棄するほどに効率が良いのである。これはゲームの様に常に全ての動物が起きているわけではない。相手が眠っている時に仕留めれば、格上だろうが簡単に仕留められる。
そんな卑怯な稼ぎがどれほど効率が良いのかと言えば、サークリエから貸し出された図鑑の知識を参照するに今日だけで残り250万セオン稼ぎきれてしまうのではないかと思うほどなのだ。
ゲームであればこんなバランス崩壊のような事は起きないだろうが、実際に相手は魔法を使えると言っても生き物であり、常に万全の状態で迎え受ける事ができる訳ではない。この場合は地中まで探査の魔法で3Dマッピングして、ワープホールで距離を無視して奇襲しているアルムがチート級の異分子なのである。
しかしそのアルムもここまで探査の魔法と異能を使いこなせるようになるまでに、拷問に耐えられるように教育されている現役の影の護衛でも心が壊れてしまう様な鍛錬をこなし続けてきたのである。
スイキョウと二人三脚とはいえ、アルムはそれをやり抜いた末のこの状態なのだ。
そもそもとして金冥の森の5thエリアまで単身で活動できるようになるには、魔法だけでなくそれ相応の身体能力も必要である。アルムはそれを身につけているからこそ活動可能なのだ。
実はアルム、イラリアにも服に使える素材の収集を依頼されており、痩せている魔獣でも毛皮が有れば確実に儲かるのである。なので毛皮を出来るだけ傷つけずに仕留められるが故に、冬眠中の魔獣を奇襲するのはより理にかなっているのである。だから自重をする理由がなにもなかった。
また、魔草もより生命的に奇怪な物が多く、最近フェシュアと計画しているラレーズの丸薬のバージョン3を作る為の素材になりそうな物も数多く存在しており、冬眠から覚めた獣達に食べられてしまう迄に回収もしておきたいので結構忙しく動いていた。
「(出逢ったとしても草食の魔獣が多いしね。下手に手を出さずに下がれば特に戦闘もしなくていいし)」
《本格的に生き物が活動を始めるまではスーパーフィーバータイムだよな。戦闘訓練は後回しにしても今は稼ごうぜ》
「(おっけー)」
そんな訳 でたっぷり正午まで荒稼ぎして、アルムはやけに艶々した表情で仮拠点に戻るのだった。




