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アルムはカッターの事から1つ1つ語った。
カッターとの別離。
私塾に通った事。そこで出逢った綺麗な少女、アルヴィナの事。
私塾抗争や辺境伯のメダルの事。アルヴィナとの結婚の約束。
ククルーツイに逃げたこと。そこで出会ったとある少女の事。盗賊との戦闘ととある少女、レイラとの結婚の約束の事。
自分はカッターに関わる真実を知る為に皇帝に直訴するべく計画を進めており、今は公塾に通う事が目下の目標である事もアルムは語った。
フェーナとレーシャが投げかける質問にも全て答え、答えるべきことは全て答えるように専念した。
「今はね、師匠とも話がついて公塾に通う為の費用は解決してはいるんだよね。だから概ね順調ではあるんだよ。お金の問題も解決したお陰で今後の予定もこっちである程度調整出来るようになったから、来年にはルザヴェイ公塾の上級部の編入生として入塾するつもりだよ」
私塾が資格取得の学び舎だとすると、公塾は私塾のそれとは大きく違う形態をとる。
もちろん公塾にも私塾に近い形態を取るものもあるが、質が高まるほど貴族の為の学び舎である学校となんら変わりない物に近づいていくのだ。
国が指定し私塾で認定できる資格は、分かりやすく言えば小学校で学ぶ知識程度の物である。
それだけの知識があれば、他の分野も自らで学んでいくことが可能な最低限の基礎知識の習得が国の定める基準なのである。
これが学校になると、貴族同士の社交場でもあるし、将来のエリート候補の集まりの組織になり、所謂キャリア組と呼ばれる存在に近い。彼らはよりシステマチックに11才から六年の期間をかけて英才教育を施され、17才の成人を迎えて卒業するのでほぼ即戦力クラスで登用されるのである。
例えば辺境警備隊に所属するにしてもヒラからのスタートではなく、最初から役職を持つ位からのスタートになる。彼らはいきなりその地位についても指揮できるように教育を受けているのだ。
公塾でも8つの帝都衛生都市をそれぞれ代表する八大公塾と呼ばれる公塾は、そんな学校のシステムを完璧に模倣している。
公塾を代表する様なOB、OGや・現職の文官や警備隊のエリート、貴族なども定期的に招かれるので他の学び舎よりも就職に大変有利で、実質学校のキャリア組と変わらない待遇を約束されているのだ。
要するにその公塾に入塾できただけでも強力なステータスになるし、卒業生のステータスは人生にずっと影響するほどに大きいのである。(スイキョウから見れば超有名大学にある現象によく似ている気がする。)
そんな八大公塾の1つが、バナウルルにあり武闘の頂点とされるルザヴェイ公塾である。
しかし、現実は上手くいかない。学校同様に原則六年をかけたカリキュラムで学習が進められるが、学費が高くてそもそも通えないケースだってある。
だがそんな下らない理由で貴重な人材を全て取りこぼすわけにもいかないので、公塾はとあるシステムを採用している。
それが低級部・上級部システムの導入である。
低級部とは言わば附属中学校の様な物で、まず11才から14才までの3年間で国の定める基準+αのレベルの教育を施す。因みにジーニャやレグルスはこの低級部に属していて今年で低級部の最上級生になる。
低級部は入塾自体に何か卓越した能力が必要な訳ではなく、とにかく親の財力が重要であり、低級部の最後の試験で落第点でも取らない限り順当に上級部へ進める。
15才から17才までが属する上級部からは一気に実力主義が強まっていき、私塾を卒業出来るほどの基礎学力を持っていれば、あとは本人の能力如何で試験を突破できれば、上級部に編入することも可能になる。
しかしその試験は苛烈で、私塾のようにどの程度の実力でどんなクラスに割り振るかを見定めるのではなく、限られた定員の枠を取り合う熾烈な落とす為の試験である。
毎年多くの者が八大公塾を受験するが、平均合格倍率は3倍以上で、この公塾の試験を合格する為の私塾まで存在しているような状態なのだ。
ただし合格できれば3年分のエグい学費は節約でき、キャリア組の待遇を保証される勝ち組ルートへ入ることができるのである。
アルムは今年で14才になる。既に私塾卒業レベルなど遥かに超越した学力を持っているので必死こいて受験勉強をする必要もない。
上級部の適正年齢は15才からなので、まだ1年の猶予がアルムにはある。
なのでイヨドの拷問鍛錬第2弾を含め自己鍛錬は継続するつもりだし、サークリエからもまだまだ学べることは沢山あるし、加えて魔重地、特に金冥の森の4thエリアへの本格的な潜入をして更なる修練を積む事を予定していた。
4thエリア以降ならサークリエもわざわざ買い求めるクラスの魔草が出現し始めるし、季節によって回収できる魔草も遭遇できる魔蟲も違うので探索を止めるなどあり得ず、アルムはサークリエの借金も出来るだけ早く返す腹積りでもあった。
サークリエの貸してくれる本もまだ大量に積み本になっていてアルムでさえまだまだ全く読み切れていない。しかし知識欲のアルムはそれらの貴重な本は絶対に全てを読破する気だった。
要するに、つまりここから一年はアルムにとっては鍛錬の1年になる事が既に予定されているのだ。
「体力もかなり上がったし、魔法の性能もかなり向上してる。だから原則は3日、或いは4日に1度の休息サイクルぐらいでこの1年は金明の森に通いっぱなしかな?」
イラリアのお陰で1500万セオンを手に入れた事を考えれば、アルムのざっくりした計算では残り1000万セオンは自分で稼がなければならない。
無論、その1500万セオンと今現在所有している資産を全てかき集めれば実はもう4000万セオンは突破している。
しかし今回の件の様にいつ何時大きなお金が必要になるかもわからず、お金を全額払ってすっからかんじゃ色々と困ることも予想されていた。故にアルムとスイキョウはこの1年で稼げるだけ稼ぐべきだと判断した。
なので、厳密には修練と金稼ぎに奔走する一年といったところだろう。
そんなアルムの言葉を聞いて、寝転ぶアルムに上から詰め寄る様にフェーナとレーシャが顔を覗き込む。
「私達も魔重地で活動してはダメ?魔重地での活動は魔術師にとって難しいのは理解してる。でも成果を見てみたい、私達の努力の」
「魔獣とか魔蟲なら、微かな物音でも立てたらあたしが気付けるし、フェーちゃんも触角で変な魔力の流れを見ればわかるはずだよっ。あとあたしには逆に活動しやすい所かもだしっ!」
実際、レーシャの言っていることは全くの見当違いでもない。ムカリンと言う超常の使い魔がいる上での考え方だが、レーシャの“黄金の魔力”体質は考えようによっては魔重地ではプラスに作用するのだ。
例えばレーシャの魔力が足りなくなっても、ムカリンに少しの間ドレインと魔力障壁の展開を抑えて貰えば、魔重地の超高濃度な魔力はあらゆる魔力に適応する“黄金の魔力”によって混じり合い、通常では考えられないスピードでの魔力回復が可能になるのだ。
本来ならばその一方で金属性魔法すらまともに使えなくなるのだが、レーシャに限って言えば反則的な能力を持つムカリンがいるので、回復が終了したらまたドレインと魔力障壁の展開を再開して貰えばいい。
また、魔術師にとっては魔重地とは鬼門の地ではあるが逆にこれ以上に無い魔力の修練場でもある。軍や警備隊に所属する魔術師達も定期的に魔重地などに皆で出向いて鍛えるのだ。成果を見るという点では魔重地は非常に向いていた。
アルムはそれらの知識を参考の元、フェーナとレーシャがなにをしようとしているか見当をつける。
「もしかして、フェーナ達も公塾に来ようとしてる?」
いやそんなまさか、とは思いつつの質問だったがフェーナ達はコクリと頷く。
「社会的にもとてもいいステータス、公塾卒業は。師匠も引きこもりの私が社交的な場に出てくるのは新規の客を得るためにも良い事だと言ってくれるはず。お金は心配無い。リタンヴァヌアは実力主義で、私は幹部クラス。給料は沢山ある。
レーシャは兄が国から金を使ってくれとせっつかれてるほど超のつくお金持ち。本人があの位の質素な規模のお店が好きなだけで、建てようと思えば帝都の貴族に劣らないお屋敷も建てられる。レーシャのリハビリの為と思えば、更に私とウィルが居るとなれば安心して、いいお金の使い道が出来たと喜んでレーシャを公塾へ送り出そうとするはず」
「それにあたし達の第2号は増やさないようにしたいからねっ!」
フェーナはアルムが納得せざるを得ない客観的理由を列挙し、レーシャはその素直さのまま本音をぶっちゃける。
示し合わせたわけでもないのにフェーナとレーシャの息ぴったりな説明に、アルムもついつい反論できずに納得してしまう。
「確かに基礎学力は2人とも問題無いレベルだからあとはこの一年で順当に努力すれば多分筆記試験は余裕だよね。だから更に実技方面を強化したいのは理に適ってるよ。でも僕は結構森の深くまで入ってくつもりなんだよね」
そんなアルムに、フェーナは一切問題無いと答える。
「魔重地に連れてってくれればあとは勝手にやる。3rdエリア迄ならラビヘケとムカリンが居て万が一は有り得ないし、ラレーズを助っ人にしてくれれば更に盤石。毒関係は私が全て対処可能で、怪我してもレーシャがいれば問題なし」
理詰めで説得するフェーナだが、実際にフェーナの説明は間違っていない。異能の性質上フェーナはラビヘケとムカリンの本当のスペックを把握している。この二体が多少やる気(本気では無い)を出せば金冥の森の魔獣や魔蟲は赤子未満の存在であり、戦闘にすらならない事をフェーナは知っている。
なので魔重地での活動も積極的だった。
そしてアルムもその真のスペックは把握できているので、フェーナの説得に反対する部分も理由も見つからない。
「本気で僕についてくる気なの?」
「ウィルが許す限りは、何処までも」
「あたしがもっとルーム君の役に立てるなら、あたしはどんなことでも頑張るよっ!」
そう告げるフェーナとレーシャにアルムは完全に陥落して、2人の願いを聞き入れる事にするのだった。
◆
一通りの話が済んだと思い、ふーっと息をつくアルム。
フェーナ達も気が抜けたのか、アルムの腕を抱えるようにしてその傍らに寝転んだ。
「ウィル、私達は貴方に受け入れてもらえたと言う認識でいいの?結局のところ」
「と言うより、あたし達とルーム君は、そ、その、どんな関係になるのかな?」
つまりは告白の答えを聞かせてくれと迫るフェーナ達に、既に腹を括り切ったアルムは頷く。
「僕は、2人とも好きだよ。ずっと目を背けてたけど、2人も僕が命をかけても護りたい女の子で、どうしようもなく好きなんだって今し方しっかりと分からせられたよ。だから、恋人って事になるよね」
やけにスッキリした表情で自らの本心を遂にアルムは認める。
そんなアルムに、フェーナは顔を少し赤つつフッと微笑んで、レーシャは顔を真っ赤にして目を潤ませつつもパーッと表情が明るくなり、2人で覆い被さる様にアルムの腕にギュッと強く抱きつく。
「ねえ、ウィル。私達が恋人になったのなら、呼び方を変えてくれる?」
「でも本名じゃないよ。えっと、あたし達の故郷には本名とも略称とも違う、幼少の名である字名の文化があるのは知ってる?」
「5才になるとそこまで育った事を祝福する『五越えの祝い』をして字名は呼ばれなくなる。けれど、配偶者になった者だけはその人の字名を呼ぶ事が許されるようになる。というより、私達の故郷には元々略称の文化が無く、字名呼びが結婚などを表していた」
今でこそシアロ帝国の女性を略称で呼ぶ文化は広く浸透しているが、その土地の本来の文化もそう簡単には消えはしない。なのでフェーナ達もその文化を当然のように知っていた。
「私の字名はフェシュア。フェシュアと呼んで欲しい」
「あたしは、レシャリアだよ」
だが本来は夫婦になってからの呼び方であり、恋人同士では早過ぎる。しかしそれがフェーナとレーシャ、もといフェシュアとレシャリアの意思を表しており、その文化も知っているアルムはその全てを理解した上で頷く。
「わかったよ、フェシュア、レシャリア」
そんなアルムの言葉に、2人は幸せそうな顔をして、お互いと目が合って笑い合うのだった。
◆
「ウィル、実はまだ話は終わってない」
アルムがフェシュア達への好意を認め正式に恋人にし、その好意を改めて確認して暫しの幸せを3人で共有していた。
だが立ち直りがいつでも早いフェシュアは既に通常の無表情モードになり、いきなり次の話をぶち上げてアルムをギョッとさせる。
「え、まだあるの?」
未だ幸せピーク状態で使い物にならないレシャリアは放置して、フェシュアは恋人になれたら聞こうと思っていた事を意を決して問いかける。
「ウィル、ジーニャの事はどうするの?」
互いに親友なので温い関係を保っていたフェシュアとレシャリア、そしてアルムの3人の関係に一石を投じた存在。
フェシュアとレシャリアにアルムへの想いを自覚させ結果的に火付け役となっていたジーニャについて、アルムは一体どうする気なのかとフェシュアは問う。
アルムは先送りにしていた2つ目の大きな問題を突かれて、ギクッとたじろぐ。
「ウィルなら気付いているでしょ?ウィルに対して接触を図ろうとする動きをジーニャが尽くブロックしてる。それにジーニャだけでは無い。モスクード商会が表立って貴方への外部からの接触を絶っている。それはモスクード商会の総意を表していると言っても過言では無い」
イラリアの店にいる超有能な美少年の噂は伝播し、モスクード商会の会長夫人が自ら動いた事で噂は更に盛り上がりを見せていた。
そこからのモスクード商会は非常に動きが早かった。まさに電光石火である。
奥方は早速御友人方に「如何でしたの?」と聞かれ「娘の意を全面的に支援する」とだけ解答。
その娘であるジーニャと言えば定期的にイラリアの店を訪れていてしかも件の人物にも定期的に接触しているとなれば、周りも何を暗示しているかわかる。
ジーニャはそれなりに位の高い貴族から見ても結婚相手として非常に有望される才媛である。
その上モスクード商会会長の正妻のただ1人の娘である事も付随し、モスクード商会会長の持つカードでも後継者である長男の次に重要なポジションにいる。
故に会長も安易に婚約などさせようとは思わなかったし、貴族からの申し出までやんわりとお断りしてきたのだ。
それはジーニャもよく理解しているので、ジーニャの身持ちの硬さも異能やその優秀さに並び有名であった。
そのジーニャが直接自ら接触を図る男性。ジーニャは“お嬢様的な御友人”にも詰め寄られその真意を問われたが、「懇意にさせて頂いている、“両親も認める”非常に素晴らしい殿方です」と解答し強く牽制した。
また会長夫妻やジーニャにとっては完全に計算外だったが、レグルスまでアルムと友好関係を築いている事がよりはっきりと「モスクード商会が本気でその少年を抱え込もうとしている」という意思表示になった。
無論、レグルスにはそんな気はさっぱり無いし母や妹の動向も全く把握する気もない。ただ単純にアルムと友達になりたかっただけである。しかしそんなレグルスの動きも自分達の総意の裏付けであるかのように奥方は上手く吹聴した。
そのお陰でアルムにアルバイト中に余計なトラブルが発生する事がなかった。もし彼女らがアルムの才覚を見抜き即座にガードに走らなかったら、最悪の場合は婚約の申し込みまでされていたかもしれないのだ。
そんな状況はイラリアからも仄めかされており、アルムはそれを理解していたが必死に目を逸らしていた。此処で何か反応をすれば状況がややこしくなる事もアルムはよく分かっていたからだ。
「断言できる。ジーニャは間違いなく本気。私達に関係を進めるようにちょこちょこ促していたあたり確信犯。ジーニャはこちらの事も分かった上で、全て織り込み済みで動いてる。あの子は家の為に結婚する覚悟があった。その上で、家の意思と、自分のタイプが合致する相手が見つかった。ジーニャはこのチャンスに全てを賭けている」
アルムがレグルスと2人きりで話すような時間があった一方で、それは女性陣だけで話す時間もあったということである。
ジーニャはアルムの片耳ピアスを見て色々と考慮した上に、フェシュアとレシャリア、そしてアルムの3人の状況を正確に読んでフェシュアとレシャリアの背中を押した。
片耳ピアスの片割れがあろうとも、ここでアルムがフェシュアとレシャリアを受け入れる動きをとるなら自分の動きも大きく変えられると思ったのだ。
そしてそこには一友人として2人の幸せを応援する姿勢もしっかりとあり、それに助けられた所が大いにあるフェシュア達はジーニャをどうしても無碍にできない。
見方によっては親切の押し売りとも取れるが、アルムへの献身性で言えば出逢いから今現在までジーニャが圧倒的に高い事をフェシュアは理解しているし、アルムもぼんやりと理解している。
その献身性を全く表に出さないところが余計に無視をさせてくれない。
そして、アルムと似通った視点を持つフェシュアは客観的にもジーニャの価値を試算していた。
まずもって父親が帝国公権財商で資金力も権力ある。特にことバナウルルでの影響力はサークリエに次ぐ大きさがある。またその財力により武闘派の頂点と名高いルザヴェイ公塾のスポンサーの代表の1人である一面を持つ。
そんな自らの父がスポンサーを務めるルザヴェイ公塾に通うジーニャは公塾でも入塾当初より学年首席をキープする超の付く優等生であり、容姿や頭の良さ、そして強力な異能まで持ち合わせたケチのつけどころのない才媛である。
そんな彼女と強い縁を結ぶ事ができればモスクード商会も大手を振ってアルムを支援する事ができ、ルザヴェイ公塾をほぼフリーパスで入塾する事などアルムの実力を考慮すれば余裕である。
公塾へ入塾した後の待遇も期待出来るし、公塾に通う他の生徒も牽制できる。よってアルムが余計な事で手を煩わされるリスクを大いに下げられるのだ。
因みに『サークリエの直弟子で彼女がアルムの正式な身元保証人』と発言するのはそれより遥かに強力な牽制ではあるが、水戸黄門の印籠の如く少々その影響力がデカすぎて、何か別種のデカイ騒動を起こす可能性も孕んでしまっているので容易に切れない切り札なのである。その点、モスクード商会のお墨付き、なら丁度いいハクなのだ。
閑話休題。
ジーニャと縁を結びモスクード商会と縁を結べれば更なる恩恵も見込める。
例えば、アルムが『公塾抗争』に出場したいと表明すれば確実に出場は100%可能になる。勿論アルムの実力あってのことだが、余計な横槍によるトラブルを回避できる。
それほどスポンサーの発言力とは強く、特に最大手のスポンサーからの要望は気に入ろうが気にいるまいが塾長も例外無く従うしかないのである。
ジーニャと縁を結ぶ事はアルムのこれからの将来設計をより盤石にしてくれるのは明確であり、逆にジーニャを突っぱねるのはモスクード商会との関係悪化が起きかねないため非常にリスキーな選択になる。
そして突っぱねられた程度ではへこたれずなお献身的に心から行動できるのがジーニャという少女であり、余計にアルムとしては無視できない
それに追い討ちをかけるようになおアルムを惑わせるのが、ジーニャ自身が本当に献身的で自分に何かを強制することもなければ、あまり負担をかけないように振る舞っていることがわかる振る舞いをし続けているので、アルムもジーニャと距離を置きたくないと思ってしまうところである。ケチの付け所のないイイ女なのだ。
しかしそれ以上にフェシュアやレシャリアの問題の方がアルムの中では潜在的に大きかったので、そっちの問題は頭の中からギリギリ追い出すことができていた。
だがレシャリアの鍛錬も1つ終わりを見せ、フェシュアとレシャリアとの関係も決着が付いた。
となると目下最大の問題はジーニャに関わることで、それはアルム自身も分かってはいたのだが、改めてフェシュアに、しかも恋人になれた直後に突きつけられるのは色々とクる物があるのだ。
「ウィルは、とても良い人なのは知っている。レーシャが心から信頼し想いを寄せる程に真っ直ぐで、私と同じように自分の定めたルールや基準を守ろうとする。紳士的にあろうとする。だからジーニャをまるで自分の願いの為の踏み台にする様な状況に気が引けている。そうでしょ?」
アルムの悩んでいる事を正確に言い当てるフェシュアに、アルムは力なく頷く。
「人が良すぎるとは言わない。そんなところがウィルの好きなところでもあるから。そうして悩んでいるウィルだから好感が持てる」
そう言ってフェシュアはアルムの肩の辺りに頭を乗せて身を任せる。
「もしかしたら、ウィルの視界を狭めるかもしれない、これを告げる事は。でも私は、私達は、ウィルがジーニャを受け入れてくる方が嬉しい。それは私達とジーニャの関係の1つの決着にもなるから」
「決着?」
不思議なことを言い出したフェシュアに気を取られ、一体どう言う事かとアルムが問うと、フェシュアはゆっくりとした口調で答えた。
「レーシャがあの子の声を見て、近づいてきたジーニャと仲良くなった。その縁で私とも友人関係を築いた。私とレーシャのたった1人の新しくできた貴重な友人で、色々な事も打ち明けあった。でも、私達の本当の事情は打ち明ける事ができていない。それは私達の怠慢である事は認める。けれど踏ん切りも付かずきっかけもなく、それは多分ジーニャもなんとなく気付いていて、私とレーシャのような関係に至れていない。本当は私もレーシャも、ジーニャと親友になりたい。もっといろいろな事を打ち明けられる関係でありたい。本当の本当に自然体で振る舞える仲になりたい。だから、ウィルに深い好意を抱き、ウィルを共に支援する者として新たに関係を強め、それを持って私達の秘密を全て打ち明けたい。
ウィルが私達にしてくれた様に、言いあぐねている事があることを察していても、なおそれをずっと待ってくれて私達と良き友達であろうとしてくれるジーニャに真実を打ち明けたい。
だから私達は、ウィルにジーニャも受け入れて欲しいと思う」
きっとウィルだけでは決め切れない。不義理だと思い悩み苦しみ続けるかもしれない。
アルムのそんなところまで読んだフェシュアはアルムの背中を大きく押す。
自分達の背中を押してくれたジーニャに応えるべく、フェシュアもアルムの背中を押してあげる。
アルムはそんな意図に気付き、苦い笑みが溢れる。
「僕ってだらしないなぁ。こんなに背中を押されて漸く迷いを断ち切れそうになるなんて」
そんなアルムに、漸くトリップ状態から帰還したレシャリアが擦り寄る。
「ジーニャちゃんね、ルーム君への声は真剣で優しさで包まれているけどとっても熱いんだよ。あたしが顔が赤くなってきちゃうくらいに、ルーム君の事を凄く慕ってて、もっと近づきたい!って思ってるのが、声の形だけでも伝わってくるの。
だからね、ジーニャちゃんの事も見てあげて欲しいなぁ、って思ったりするの。恋人になったあたしが言うのもちょっと変だけどねっ?」
フェシュアが理詰めで合理的かつ客観性を保ちつつ語る一方で、それを補う様にレシャリアはとにかくストレートに願いを、感情をアルムに伝えてくる。
恋人達にもう1人恋人を増やすように勧められるなんて本当に変な話だよね、と思いつつも、アルムは2人に背を押されてジーニャに対しても真剣に向き合う事を決意するのだった。
《一気に3人か。なかなか剛気なこった》
「(やっぱりダメかな?)」
《一度決めたらウジウジ言うなっての。それにヴィーナの返信の手紙にも公塾云々は書かれてただろ?『公塾で揉みくちゃにされるよりも先にガッチリ固めましたごめんなさい』って今度送る手紙に書いとけよ》
「(言い訳にしても酷すぎるね)」
アルムの少し呆れと自虐混じりの言葉に、スイキョウはケラケラと笑うのだった。




